王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

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翌日。
シルビオ(二日酔いのすがた)とヴォルガ(無事)は昨日のように作業を分担し、シルビオはホール、ヴォルガは裏方でせっせと働いていた。
今日は教会が定めた週に一度の休日であり、昼から人は多い。
何故休日なのに酒場を開けているのかと言えば、店主のユーガが無宗教者だからであった。

「どこぞの神様にお祈りなんぞしてる時間があったら店を回させろ」

というのが彼の言い分であるが、教会職に聞かせたら憤慨ものである。
魔法という便利な能力は、神を崇めることで得られるものだ。
それでも神信仰を忌避するユーガは、なかなか筋金入りの頑固者であった。
いつもはそんな彼のことも認めているシルビオだが、昨晩に案の定飲み過ぎではしゃぎまくった結果見事な二日酔い状態となり、今日ばかりは店を閉めてくれないかなと遠い目になった。
ユーガにはだから言ったのにと言いたげな目で突っぱねられたが。

「うぅ~、頭痛ぁ……リーちゃんは今日いないの……?」
「とっくに教会行ったぞ。自業自得なんだから我慢しろ」
「うぇぇ~……」

治癒魔法にも頼れず青い顔をしながらも、しかしちゃんと仕事はこなすシルビオ。
あちこちから飛び交う注文を的確に捌き、キッチンの二人へ伝える。
ひたすら野菜の皮剥きをしていたヴォルガも、感心した様子でシルビオの声を聞いていた。

「シルビオ、ちゃんと働けば優秀なんだな」
「ちゃんと働けば、な」

三つのフライパンと二つの鍋を同時に見ているユーガは、手を動かしながら苦笑いでヴォルガに返答した。

「昨日みたいに、気分でとことんダメになる日もある。接客は頗る得意なんだが、やる気にムラがありすぎるのが難点だな」
「……苦労してそうだな」
「これからお前も存分にすることになるぞ」

どこか嬉しそうに困ったことを告げてくるユーガ。
一緒に苦労子守りしてくれる仲間ができて嬉しいのかもしれない。
疲れた顔で溜め息をつくと、賄いをもらいにふらふらやって来たシルビオが不思議そうにヴォルガとユーガを見つめた。


昼時のピークを過ぎ、夕方に差し掛かった頃。
常連客がわいわいといくつかのテーブルで騒いでいるくらいに客足が落ち着き、ユーガもカウンターまで出てくる余裕が出てきた。
ヴォルガは裏で夜用の食材の仕込みをこなしており、そんな彼を気にかけつつシルビオもホールでユーガを交えて馴染みの客と談笑していた。
そんな時だった。

壊れんばかりの勢いで、酒場の扉が蹴り開けられたのは。

「……!」

常連客たちは訝しげな顔をし、シルビオは顔を顰める。
ユーガはぴくりと眉を動かしたが、何も言わず棚の酒のボトルを整理する作業に戻った。

荒々しく入ってきたのは、ガタイの良い五人ほどの男たちだった。
彼らは鼻につく嘲るような笑みを浮かべ、その中心にいた一際大柄な男がカウンターに佇むユーガへ大声を張り上げた。

「よぉ、『烙印』持ちの店主さん。奴隷風情が随分ご立派な店出してんだなぁ?」

ピシッと、空気が凍った。
客たちは皆男たちを睨みつけ、シルビオは据わった目で彼らに無感情な視線を向ける。
ユーガは怒りも怯えもせず、いつも通りの落ち着いた声で淡々と返した。

「ああ、そうだな。ここは酒場だ。恫喝する場所じゃない。金を払って飲食する気がないなら他所に行け」
「……っ!!」

男たちが顔を真っ赤にしてユーガを睨みつけた。
おおよそユーガが言った通りのことを考えていたらしい。
『烙印』持ちであり弱い立場のユーガを脅して金もしくは酒を奪い取る、そういう魂胆だったのだろう。
図星を突かれたからか、逆上したらしい男たちの内の一人がカウンターを乗り越えてユーガの胸ぐらを勢い良く掴んだ。

「てめえっ、調子乗ってんじゃねえぞ!!『烙印』持ちの癖に、何偉そうな口利いてんだよ!!」

その勢いのまま、拳を作ってユーガの右頬を殴りつけた。
全く加減のない一撃に、客たちは顔を引き攣らせ、男たちは何が面白いのかけらけらと笑い始める。

「おいおい、無抵抗かよぉ。つまんねーじゃん」
「せっかく『命令』しないでやってんのになぁ?」
「つーか、ここの客も馬鹿だなぁ。『烙印』持ち相手の癖に、何普通にお客様やってるんだか」

ついには、ユーガだけでなく常連客たちにも嘲り始めた。
自分たちがこの場で最も優位に立っているという驕りが発言の節々から感じられる。
屈強な男たちの傍若無人っぷりを目の当たりにし、格下と見られ煽られた常連客たちは…

「うわぁ、あいつらマジかよ……」
「どうせ噂だけ聞いて東の方から来たんだろ」
「こういうアホ見かけんの久々だなぁ……」
「こりゃいいツマミになりますわ」

すっかり落ち着いていた。
というか、高みの見物を決め込んでいた。

「……あ?何抜かしてんだてめえら。まとめてボコられてえのか?マゾ?」

先程中心にいた大柄な男が苛立った表情で振り返り、客にも暴力を振るおうとしたのか、ずんずんとホールへ歩み寄る。
…次の瞬間だった。

目にも止まらぬ速さで足に何かを叩きつけられ、男は勢い良く床に転がった。

「……は?」

男たちは呆然と倒れ伏す彼を見つめる。
その背後に佇んでいるのは、掃除用のモップを手にした、長い黒髪の青年だった。

「営業妨害、恫喝、傷害。随分派手にやってくれたね?」

その顔にはいつもの笑み。
けれど、目は笑っていない。

「お客さんは大事だけど、ゴミは別。さっさと掃除するから、ちょっとだけ待っててね」
「……な、何言って─」

突然の出来事に男たちがどよめいた、次の瞬間。
シルビオが前傾姿勢で足を踏み出し、肉薄。
モップの柄を槍のように突き出し、一人の鳩尾を的確に突いた。

「ぐはぁ……っ?!」

男が倒れるのを待たず、今度はモップを器用に回転させ、一人の首元に柄を横から叩き込む。
ゴキッと嫌な音がして、男はそのまま崩折れた。

「……な、何が起きて……」

青ざめるもう一人には、モップを投擲して再び鳩尾に突き立てる。
よろめいた男の胴体に回し蹴りを叩き込み、男は勢い良くカウンターに叩きつけられ、そのまま動かなくなった。

「……は、はぁ?!」

ユーガを掴み上げていた男は動揺して彼を取り落とし、ユーガはそのまま床に座り込む。
あれだけ勢い良く殴られた癖に、彼はけろっとした顔でシルビオに声を掛けた。

「殺すなよ」
「それは相手次第かな」

シルビオはにっこり笑い、残った男にずんずんと歩み寄る。

「ふ、ふ、ふざけんな……っ?!」

すっかり威勢をなくした男は今度はシルビオに殴りかかるが、シルビオはいとも容易くそれを避け、お返しと言いたげにユーガと同じ右頬を殴りつけた。

「ぐ、ぅ……っ」

バランスを崩して尻餅をつく男に、シルビオは静かに歩み寄り、額に指を押し当てた。
そして、微笑む。

「一生覚めない悪夢の世界へようこそ」

シルビオの身体から吹き出した闇色の何かが、男の額に吸い込まれていく。
初めは何が何だかと言いたげに固まっていた男だが、次第に顔色が悪くなり、ついには激しく震えて金切り声を上げ、めちゃくちゃに腕を振り回しながら酒場から走り去っていった。
その様子を冷めた目で見送ってから、シルビオは元気に立ち上がっていつも通りの明るい声で客たちに呼びかける。

「はーい、お騒がせしてごめんね~。すぐ片付けちゃうから、ごゆっくり~」

次の瞬間、弾けるような歓声と拍手が湧き上がった。

「さっすがシルビオ!!やるねぇ!!」
「前より強くなったんじゃねえか?」
「久々にいいもん見せてもらったわぁ~」

宴会の如く騒ぎ立て始める常連客たち。
シルビオは照れ笑いしつつ、怪我を負ったユーガの下へと駆け寄った。

…そう、シルビオは肉弾戦も強いのだ。
幼い頃から喧嘩慣れしているユーガの指導を受けており、周りにあるものを臨機応変に使い、体格に勝る複数人相手でも無傷で切り抜けられるほどの実力の持ち主である。
『烙印』を刻まれてから反撃できなくなったユーガの代わりに、シルビオは彼の用心棒役でもあった。
このことは常連客だけでなく、ジェイド北西部に住む者なら皆知っている。
だからこそ、彼らを知る客たちは絶対に二人を─特にシルビオを本気で怒らせない。
ユーガが『烙印』持ちであることを知られても街に溶け込めているのは、護衛役のシルビオの存在が大きいのだ。

「ごめんね、殴らせちゃった」
「別にいい。気にするなって言ってるだろ」

治癒魔法士のリーリエがいないため、彼女が帰ってくるまでは応急処置をするしかない。
シルビオがカウンターに閉まってある応急キットを探していると、カウンターの向こうから呻き声のような低い声が聞こえてきた。

「ふざ……けんな……っ、このガキ、ぶっ殺してやる……!!」
「……!」

最初に転がされた大柄の男が、気付けばカウンターの前まで這い寄って来ていた。
怒りで痛みを忘れたのか、立ち上がってナイフを手にシルビオを睨みつけている。
シルビオは立ち上がり、ユーガを庇うように前に出る。

「そんな物騒なもの持ってたんだ。余計にタダで帰す訳にはいかなくなっちゃったね」
「は……っ、ほざいてろ……!!これが、ただのナイフだと思うなよ……!!」

男は余裕のない顔で笑い、ナイフを掲げる。
すると、ナイフに赤い粒子が集まり、光り輝き始めた。
ユーガの表情が、ここで初めて歪んだ。

「まさか、魔剣か?」
「え、魔剣って……」

シルビオも驚いて目を見張った。
魔剣。
創造神クライヤを崇めるクライヤ教徒にのみ創ることのできる、邪道の武器。
祈りではなく呪詛を糧とするかの邪神に捧げられたこの武器は、精霊を生贄とすることで無宗派の人間でも魔法が使えるようになる、非常に希少かつ残虐な武器である。
表向きは製造を禁止されており、使用しただけで罪に問われる代物だが、貧民区であるジェイド地区では法の目を盗んで未だ売買が行われている。
そして、今男が持っているナイフの色は…

「赤……炎の魔剣」
「あぁ、その通りだよぉ!!」

男は狂気じみた笑みを浮かべて二人を睨みつけた。

「たまたま手に入ったんで、売っぱらっちまおうと思ってたが……気が変わった!!俺たちをコケにしてくれた礼に、店ごと燃やし尽くしてやるよぉ!!」

これには、流石に全員顔色が変わる。
魔剣は一度使っただけで粉々に砕けてしまう消耗武器だが、その分威力は凄まじい。
何としてでも発動は避けなければならないと、客含め全員が男を押さえつけようと─


「……『弓よアルクス』」


無垢で、力強い声が響いた。
次の瞬間、蒼穹の矢がナイフを掲げた男の腕を貫いた。
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