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一章 紫碧のひととせ
初めての打ち上げ
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「ほい、初仕事お疲れ」
「……おう」
その日の深夜。
最後の客を見送り、看板を下ろしてから、三人は照明を落とした酒場でささやかな打ち上げをしていた。
ユーガにグラスへ入れられた黄金色の酒を渡され、ヴォルガは若干遠慮がちに受け取る。
「これ、結構いいやつじゃないか?」
「お、酒の目利きは出来るのか。いいんだよ、どうせ山ほど送られてくるから。それに、お前が想像以上に使えることが分かったからな。俺からの追加報酬」
ユーガの表情は変わらず薄いが、瞳は優しい。
ヴォルガはその言葉に少し安堵した様子で、それならと頷いた。
ユーガは次にヴォルガの隣でそわそわしているシルビオのグラスへそれを注ぎ、じとりと彼を睨む。
「飲みすぎるなよ」
「はーいっ!」
シルビオは酒好きである。
しかし、酔うといつも以上に面倒になる(ユーガ談)ので、介抱が大変だから飲むのは大勢で騒いでる時くらいにしろと厳命されているのだった。
なので、たまにこうして酒類を与えられると子供のようにはしゃぎ始める。
たまにこっそり客から飲まされているのだが、大抵ユーガにバレて叩かれるので、堂々と飲める日は結局テンションが高かった。
「ねぇユーガ、おつまみは~?」
「今持ってくるよ。大人しく待ってろ」
「はぁ~い」
ご機嫌なシルビオに押され、やれやれとキッチンに向かうユーガ。
ヴォルガはグラスに手をつけずに二人の様子を窺っている。
シルビオはそんな彼をじっと見つめ、ふとグラスを掲げた。
「ん!」
「……ん?」
「乾杯しよ!ほら、グラス持って」
「ユーガが戻ってきてからじゃなくていいのか?」
「そんな遠慮してたら全部なくなっちゃうよ~?なぜなら俺が飲んじゃうからねっ!ほら、取られたくなかったら乾杯!」
「別に、欲しいならやるけど……」
「ちーがーう!!一緒に飲みたいの!!お酒飲めるんでしょ?」
「まぁ、飲めるけど……」
「ならはい、グラス持って!」
やたら元気なシルビオに促されるまま、ヴォルガはそっとグラスを掲げる。
シルビオはにかっと笑い、優しく自分のグラスを触れさせた。
チン、と軽い音がする。
「はい、乾杯。お疲れ様」
「……乾杯」
先程の大騒ぎは何だったのか、静かな合図だった。
二人は視線を交わし、同時にグラスを傾ける。
…ヴォルガが、激しくむせ込んだ。
「けほっ、けほっ……待っ、度数高……っ」
「あ、もしかして蒸留酒慣れてない?これ結構強いんだよ~、俺もすぐ酔っちゃう」
あっけらかんと言って、シルビオはよしよしとヴォルガの背を撫でる。
涙目のヴォルガは突っ込む余裕もないようで、そのまま文句も言わなかった。
みるみる顔が赤くなっていく。
「あれ、だいじょぶ?」
「平気……っ、はぁ……驚いただけだ。アステル教徒だし、潰れることはない」
水と光を司る女神を崇める信者達は、基本ステータスとして状態異常耐性が高い。
毒が効きづらいというのは有名な話だが、その副作用で酒にも強い。
性質上量を飲まないというのもあるが、酒の席ではアステル教徒は大抵けろっとしている。
ヴォルガも例に漏れないのだろう。
魔法の能力はかなり高いようだし。
とはいえ、酔わない訳ではない。
カウンターの上の水差しから水を注いでヴォルガに渡したシルビオは、くすりと笑って足を組んだ。
「焦って飲まなくてもほんとに取ったりしないよ?」
「分かってる……」
若干膨れて水を手に取るヴォルガ。
瞳に光る涙の痕が、グラスの水面に映るランタンの灯りを反射してきらきらと輝いている。
…本当に、美しい人だ。
「ヴォルガは……綺麗だね」
口を衝くように零れていた。
背に触れていた指が、さらりと流れる青い髪に触れる。
ヴォルガがぽかんとシルビオを見つめる。
「な、何だよ、急に」
「急じゃないよ?ずっと思ってた」
シルビオは目を細め、ヴォルガの白い頬に指を滑らせる。
「今だけは、独り占めだね」
穏やかなアメジストの瞳に熱が篭もる。
静かなのに、身体の芯まで響く艶やかな声。
そっと手に力が込められ、ヴォルガはそのまま身体を寄せられ……
「…………っ!!」
そこで、限界を迎えた。
目にも止まらぬ速度でシルビオの手を振り払い、その勢いで彼を床に思い切り叩きつける。
「にゃっ?!」
ゴッと鈍い音がして、シルビオがのたうち回った。
「いっっっったぁ~~~~っ!?」
「急に触れてくる方が悪い!!」
ヴォルガは彼から若干距離を取り、赤い顔で呻き荒く息をする。
人懐っこく距離が近いのはかなり慣れたが、距離の詰め方がいつもと違ったせいで拒否反応が出たらしかった。
ちょうどキッチンから軽食を運んできたユーガが、呆れ顔でシルビオを見下ろす。
「お前、酒入るとすぐ人口説くの止めた方がいいぞ」
「口説いてないよぉ、本音が出ちゃうだけ」
にへら、と笑って身体を起こすシルビオ。
かなり勢い良く投げられていたが、何事も無かったかのようにふらつきもせず立ち上がった。
「赤くなってるヴォルガ可愛くてさぁ。ねっ?」
「……なるほどな、そうやって色んな人間を口説いてたんだな」
「軽蔑の目?!」
「当たり前だろ……」
一つ席に間を置いて座り直すヴォルガ、彼の前におつまみを起きつつ溜め息をつくユーガ、そして寂しそうなシルビオ。
会話の内容はともかく、三人の関係性はこの一週間で粗方確立し、ヴォルガも大分馴染んでいるのが分かる。
まだ遠慮気味ではあるが、『烙印』持ちなら仕方のないことだ。
新体制での営業初日としては、成果は上々であった。
それもあっての打ち上げである。
「あ、これ美味しいんだよ!ユーガの自家製でね、こういう強いお酒には合うんだぁ」
「もう少し弱いのはないのか?」
「あるけど、こっちを消費して欲しいんだよ。ここの客は安酒が好きだから、あんまり売れないんだ」
「おかげでタダで美味しいお酒飲めるからラッキーだけどね~」
「お前はもう水な」
「なぁんでぇ?!」
騒がしい会話が深い夜を揺らす。
このまま、何事も起こらずに事が進めば良いのだが。
はてさて。
「……おう」
その日の深夜。
最後の客を見送り、看板を下ろしてから、三人は照明を落とした酒場でささやかな打ち上げをしていた。
ユーガにグラスへ入れられた黄金色の酒を渡され、ヴォルガは若干遠慮がちに受け取る。
「これ、結構いいやつじゃないか?」
「お、酒の目利きは出来るのか。いいんだよ、どうせ山ほど送られてくるから。それに、お前が想像以上に使えることが分かったからな。俺からの追加報酬」
ユーガの表情は変わらず薄いが、瞳は優しい。
ヴォルガはその言葉に少し安堵した様子で、それならと頷いた。
ユーガは次にヴォルガの隣でそわそわしているシルビオのグラスへそれを注ぎ、じとりと彼を睨む。
「飲みすぎるなよ」
「はーいっ!」
シルビオは酒好きである。
しかし、酔うといつも以上に面倒になる(ユーガ談)ので、介抱が大変だから飲むのは大勢で騒いでる時くらいにしろと厳命されているのだった。
なので、たまにこうして酒類を与えられると子供のようにはしゃぎ始める。
たまにこっそり客から飲まされているのだが、大抵ユーガにバレて叩かれるので、堂々と飲める日は結局テンションが高かった。
「ねぇユーガ、おつまみは~?」
「今持ってくるよ。大人しく待ってろ」
「はぁ~い」
ご機嫌なシルビオに押され、やれやれとキッチンに向かうユーガ。
ヴォルガはグラスに手をつけずに二人の様子を窺っている。
シルビオはそんな彼をじっと見つめ、ふとグラスを掲げた。
「ん!」
「……ん?」
「乾杯しよ!ほら、グラス持って」
「ユーガが戻ってきてからじゃなくていいのか?」
「そんな遠慮してたら全部なくなっちゃうよ~?なぜなら俺が飲んじゃうからねっ!ほら、取られたくなかったら乾杯!」
「別に、欲しいならやるけど……」
「ちーがーう!!一緒に飲みたいの!!お酒飲めるんでしょ?」
「まぁ、飲めるけど……」
「ならはい、グラス持って!」
やたら元気なシルビオに促されるまま、ヴォルガはそっとグラスを掲げる。
シルビオはにかっと笑い、優しく自分のグラスを触れさせた。
チン、と軽い音がする。
「はい、乾杯。お疲れ様」
「……乾杯」
先程の大騒ぎは何だったのか、静かな合図だった。
二人は視線を交わし、同時にグラスを傾ける。
…ヴォルガが、激しくむせ込んだ。
「けほっ、けほっ……待っ、度数高……っ」
「あ、もしかして蒸留酒慣れてない?これ結構強いんだよ~、俺もすぐ酔っちゃう」
あっけらかんと言って、シルビオはよしよしとヴォルガの背を撫でる。
涙目のヴォルガは突っ込む余裕もないようで、そのまま文句も言わなかった。
みるみる顔が赤くなっていく。
「あれ、だいじょぶ?」
「平気……っ、はぁ……驚いただけだ。アステル教徒だし、潰れることはない」
水と光を司る女神を崇める信者達は、基本ステータスとして状態異常耐性が高い。
毒が効きづらいというのは有名な話だが、その副作用で酒にも強い。
性質上量を飲まないというのもあるが、酒の席ではアステル教徒は大抵けろっとしている。
ヴォルガも例に漏れないのだろう。
魔法の能力はかなり高いようだし。
とはいえ、酔わない訳ではない。
カウンターの上の水差しから水を注いでヴォルガに渡したシルビオは、くすりと笑って足を組んだ。
「焦って飲まなくてもほんとに取ったりしないよ?」
「分かってる……」
若干膨れて水を手に取るヴォルガ。
瞳に光る涙の痕が、グラスの水面に映るランタンの灯りを反射してきらきらと輝いている。
…本当に、美しい人だ。
「ヴォルガは……綺麗だね」
口を衝くように零れていた。
背に触れていた指が、さらりと流れる青い髪に触れる。
ヴォルガがぽかんとシルビオを見つめる。
「な、何だよ、急に」
「急じゃないよ?ずっと思ってた」
シルビオは目を細め、ヴォルガの白い頬に指を滑らせる。
「今だけは、独り占めだね」
穏やかなアメジストの瞳に熱が篭もる。
静かなのに、身体の芯まで響く艶やかな声。
そっと手に力が込められ、ヴォルガはそのまま身体を寄せられ……
「…………っ!!」
そこで、限界を迎えた。
目にも止まらぬ速度でシルビオの手を振り払い、その勢いで彼を床に思い切り叩きつける。
「にゃっ?!」
ゴッと鈍い音がして、シルビオがのたうち回った。
「いっっっったぁ~~~~っ!?」
「急に触れてくる方が悪い!!」
ヴォルガは彼から若干距離を取り、赤い顔で呻き荒く息をする。
人懐っこく距離が近いのはかなり慣れたが、距離の詰め方がいつもと違ったせいで拒否反応が出たらしかった。
ちょうどキッチンから軽食を運んできたユーガが、呆れ顔でシルビオを見下ろす。
「お前、酒入るとすぐ人口説くの止めた方がいいぞ」
「口説いてないよぉ、本音が出ちゃうだけ」
にへら、と笑って身体を起こすシルビオ。
かなり勢い良く投げられていたが、何事も無かったかのようにふらつきもせず立ち上がった。
「赤くなってるヴォルガ可愛くてさぁ。ねっ?」
「……なるほどな、そうやって色んな人間を口説いてたんだな」
「軽蔑の目?!」
「当たり前だろ……」
一つ席に間を置いて座り直すヴォルガ、彼の前におつまみを起きつつ溜め息をつくユーガ、そして寂しそうなシルビオ。
会話の内容はともかく、三人の関係性はこの一週間で粗方確立し、ヴォルガも大分馴染んでいるのが分かる。
まだ遠慮気味ではあるが、『烙印』持ちなら仕方のないことだ。
新体制での営業初日としては、成果は上々であった。
それもあっての打ち上げである。
「あ、これ美味しいんだよ!ユーガの自家製でね、こういう強いお酒には合うんだぁ」
「もう少し弱いのはないのか?」
「あるけど、こっちを消費して欲しいんだよ。ここの客は安酒が好きだから、あんまり売れないんだ」
「おかげでタダで美味しいお酒飲めるからラッキーだけどね~」
「お前はもう水な」
「なぁんでぇ?!」
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はてさて。
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