11 / 58
一章 紫碧のひととせ
灰の月
しおりを挟む
柔らかい陽光がカーテンの向こうから射し込む。
呻きながら身体を起こし、カーテンをゆっくりと開ける。
外には見慣れた青い空と、薄汚れているが賑やかな街並みが見える。
シルビオが二十年を過ごした、ならず者の街だ。
「ん~っ……ふわぁ」
大きく伸びをし、猫のような欠伸を零してくしくしと目元を擦る。
長い黒髪は寝癖がついてふわふわと跳ねている。
早く支度しなきゃなぁと暢気に考えながら、シルビオは目を覚ました。
髪を手櫛で整えつつ隣を見ると、壁に背をつけてすぅすぅと眠る同居人の姿があった。
絹のような青い髪、透き通った白い肌、そしてあちこちに巻かれた包帯。
今やシルビオのパートナーとなった謎の美青年、ヴォルガである。
「えへへ……」
寝顔は天使のように美しい。
しかし、この一週間ですっかり彼に慣れたシルビオは、遠慮なくヴォルガの頬に触れた。
むにむに。
「……何触ってる」
すると、一秒も経たずに彼は目を覚ます。
無垢な光を閉じ込めたアクアマリンの瞳は、しかしシルビオには冷淡な視線を送ってくる。
シルビオはにへらと笑ってそれをいなし、懲りずにヴォルガの髪を優しく撫でた。
「おはよーヴォルガ。調子どう?」
ヴォルガは未だ不満げだが、それ以上突っ込むことはなく素直に返答する。
「大分良くなったよ。普通に動けると思う」
ゆっくりと起き上がり、シルビオの手をやんわりと払い除けるヴォルガ。
寝ている時は触れても文句一つ言わないが、契約外でのボディタッチはやはり嫌らしい。
まぁ、仕方ない。
ちょっと寂しいけど。
シルビオはぽつりと払われた手を眺めてから、いつもの調子を取り戻した。
「じゃあ、予定通り今日から働くってことでいい?」
「ああ」
既に、ヴォルガを拾ってから一週間が経っている。
美味しい食事とゆっくり休める環境に恵まれ、ヴォルガは順調に回復していた。
既に立って歩ける程度には怪我も癒えており、実は昨日、彼本人から打診があったのだ。
そろそろ働かせてもらえないか、と。
体調を鑑みて簡単な作業からになるが、ユーガの許可も得たため、今日は久々に酒場を開け、ヴォルガはシルビオと共にその営業を手伝うことになっていた。
きらきらとした目で見つめ尋ねるシルビオに、ヴォルガは相も変わらず素っ気ない返事をよこす。
でも、とっても嬉しい。
また酒場で働けるのも、そこにヴォルガがいるのも。
わくわくする気持ちが抑えきれない。
ベッドからぴょんと飛び降りて、シルビオは元気に告げた。
「よーし!!じゃあ、まずは朝ご飯だね!!」
「そんな大声出さなくても聞こえる……」
そして、早速苦情をもらうのであった。
「美味しかった~!」
「……ご馳走様でした」
「はいはい」
数十分後。
酒場になっている一階のカウンターで食事を取ったシルビオとヴォルガは、ユーガに片付けを任せて業務内容の確認をしていた。
「最初は、ヴォルガは裏にいてくれればいいよ。ホールは俺一人で何とかなるし、ユーガの方の手伝いお願い。食材の下処理とか、皿洗いとか、やることいっぱいあるからさ」
「分かった」
「絶対目立つし絡まれるから、キッチンから出ない方がいいと思う。知らない人と話すの、あんまりしたくないでしょ?」
「……まぁ、うん」
真剣な顔で説明を続けるシルビオを、複雑そうに見つめるヴォルガ。
シルビオがきょとんとして彼を見つめ返すと、ヴォルガはふいっと目を逸らして呟いた。
「そこまで気遣わなくても……そんなに弱く見えるのか?」
何だか拗ねているようにも見える。
この一週間で分かったことだが、ヴォルガはどうも負けず嫌いな性質らしい。
一昨日も、暇つぶしにカードゲームをしていたら、彼が勝ち越すまで止めようとしなかったし。
中性的で儚い美貌のせいで、気を遣われることが多かったのかもしれないが。
普段は大人びているのに、こういうところは子供っぽくて可愛いなぁと思う。
シルビオはくすりと笑い、細身のパンツに包まれた長い足を組み替えた。
「違うよ~。ヴォルガが嫌がることしたくないの!一応俺先輩だし、後輩にはストレスなく働いて欲しいな~って」
「後輩……」
何だか物申したげな視線を感じるが、事実なので仕方ない。
シルビオは飄々とした態度のまま、彼の肩をばしばしと叩く。
「そう、後輩!先輩の言うことはちゃんと聞いて、そこそこに敬うように!ね!」
「……」
ものすごく不満げなヴォルガ。
しかし、事実は理解しているのか、特に文句は言わず小さく頷いた。
「……分かった。困ったことがあれば、頼らせてもらう」
殊勝というか、生真面目というか。
いかにも彼らしい返答に、シルビオは思わず吹き出してしまった。
「おい、何笑ってる。お前が言ったんだろ」
「ふふ……いや、ヴォルガって可愛いよね」
「殴るぞ」
蚊の一匹も殺せないような顔だが、案外喧嘩っ早いヴォルガであった。
時刻は進み、太陽が中天を過ぎた頃。
シルビオは、一人外に出て看板を出していた。
久方ぶりに触れる看板には薄ら埃が被っていて、軽く手で払ってから表に向ける。
『営業中』の文字を見るのも一週間ぶりだ。
あれからもう一週間かぁと、今更ながら感慨に耽っていたシルビオは、背後から掛けられた声で現実に引き戻された。
「やっと営業再開?」
「……あ、師匠!」
はっと振り返ったシルビオは、その姿を認めてぱっと顔を輝かせた。
灰青色の長髪を括り、優しげな黒い瞳でシルビオを見つめている若い男。
その呼び名通り、幼き頃のシルビオに魔法教育を施してくれた恩人─ハルトである。
彼はシルビオをよしよしと撫で回し、しかし穏和で整った顔立ちを微かに曇らせて話しかけてくる。
「心配してたんだよ?何かあったの?ここ数年、一週間も休みになることなんてなかったでしょ」
ハルトはユーガの昔馴染みでもある。
連絡も無しに酒場を閉めてしまったことで、相当心配をかけてしまっていたらしい。
シルビオは苦笑いし、ハルトの手を掴んで引っ張った。
「んー……まぁ、師匠ならいっか。せっかくだし寄ってってよ。ユーガも喜ぶだろうし」
「そうするよ。明日には戻らなきゃだしね」
「あ、そっか。間に合って良かった~」
開店直後だが、どうやらもう一波乱ありそうだ。
呻きながら身体を起こし、カーテンをゆっくりと開ける。
外には見慣れた青い空と、薄汚れているが賑やかな街並みが見える。
シルビオが二十年を過ごした、ならず者の街だ。
「ん~っ……ふわぁ」
大きく伸びをし、猫のような欠伸を零してくしくしと目元を擦る。
長い黒髪は寝癖がついてふわふわと跳ねている。
早く支度しなきゃなぁと暢気に考えながら、シルビオは目を覚ました。
髪を手櫛で整えつつ隣を見ると、壁に背をつけてすぅすぅと眠る同居人の姿があった。
絹のような青い髪、透き通った白い肌、そしてあちこちに巻かれた包帯。
今やシルビオのパートナーとなった謎の美青年、ヴォルガである。
「えへへ……」
寝顔は天使のように美しい。
しかし、この一週間ですっかり彼に慣れたシルビオは、遠慮なくヴォルガの頬に触れた。
むにむに。
「……何触ってる」
すると、一秒も経たずに彼は目を覚ます。
無垢な光を閉じ込めたアクアマリンの瞳は、しかしシルビオには冷淡な視線を送ってくる。
シルビオはにへらと笑ってそれをいなし、懲りずにヴォルガの髪を優しく撫でた。
「おはよーヴォルガ。調子どう?」
ヴォルガは未だ不満げだが、それ以上突っ込むことはなく素直に返答する。
「大分良くなったよ。普通に動けると思う」
ゆっくりと起き上がり、シルビオの手をやんわりと払い除けるヴォルガ。
寝ている時は触れても文句一つ言わないが、契約外でのボディタッチはやはり嫌らしい。
まぁ、仕方ない。
ちょっと寂しいけど。
シルビオはぽつりと払われた手を眺めてから、いつもの調子を取り戻した。
「じゃあ、予定通り今日から働くってことでいい?」
「ああ」
既に、ヴォルガを拾ってから一週間が経っている。
美味しい食事とゆっくり休める環境に恵まれ、ヴォルガは順調に回復していた。
既に立って歩ける程度には怪我も癒えており、実は昨日、彼本人から打診があったのだ。
そろそろ働かせてもらえないか、と。
体調を鑑みて簡単な作業からになるが、ユーガの許可も得たため、今日は久々に酒場を開け、ヴォルガはシルビオと共にその営業を手伝うことになっていた。
きらきらとした目で見つめ尋ねるシルビオに、ヴォルガは相も変わらず素っ気ない返事をよこす。
でも、とっても嬉しい。
また酒場で働けるのも、そこにヴォルガがいるのも。
わくわくする気持ちが抑えきれない。
ベッドからぴょんと飛び降りて、シルビオは元気に告げた。
「よーし!!じゃあ、まずは朝ご飯だね!!」
「そんな大声出さなくても聞こえる……」
そして、早速苦情をもらうのであった。
「美味しかった~!」
「……ご馳走様でした」
「はいはい」
数十分後。
酒場になっている一階のカウンターで食事を取ったシルビオとヴォルガは、ユーガに片付けを任せて業務内容の確認をしていた。
「最初は、ヴォルガは裏にいてくれればいいよ。ホールは俺一人で何とかなるし、ユーガの方の手伝いお願い。食材の下処理とか、皿洗いとか、やることいっぱいあるからさ」
「分かった」
「絶対目立つし絡まれるから、キッチンから出ない方がいいと思う。知らない人と話すの、あんまりしたくないでしょ?」
「……まぁ、うん」
真剣な顔で説明を続けるシルビオを、複雑そうに見つめるヴォルガ。
シルビオがきょとんとして彼を見つめ返すと、ヴォルガはふいっと目を逸らして呟いた。
「そこまで気遣わなくても……そんなに弱く見えるのか?」
何だか拗ねているようにも見える。
この一週間で分かったことだが、ヴォルガはどうも負けず嫌いな性質らしい。
一昨日も、暇つぶしにカードゲームをしていたら、彼が勝ち越すまで止めようとしなかったし。
中性的で儚い美貌のせいで、気を遣われることが多かったのかもしれないが。
普段は大人びているのに、こういうところは子供っぽくて可愛いなぁと思う。
シルビオはくすりと笑い、細身のパンツに包まれた長い足を組み替えた。
「違うよ~。ヴォルガが嫌がることしたくないの!一応俺先輩だし、後輩にはストレスなく働いて欲しいな~って」
「後輩……」
何だか物申したげな視線を感じるが、事実なので仕方ない。
シルビオは飄々とした態度のまま、彼の肩をばしばしと叩く。
「そう、後輩!先輩の言うことはちゃんと聞いて、そこそこに敬うように!ね!」
「……」
ものすごく不満げなヴォルガ。
しかし、事実は理解しているのか、特に文句は言わず小さく頷いた。
「……分かった。困ったことがあれば、頼らせてもらう」
殊勝というか、生真面目というか。
いかにも彼らしい返答に、シルビオは思わず吹き出してしまった。
「おい、何笑ってる。お前が言ったんだろ」
「ふふ……いや、ヴォルガって可愛いよね」
「殴るぞ」
蚊の一匹も殺せないような顔だが、案外喧嘩っ早いヴォルガであった。
時刻は進み、太陽が中天を過ぎた頃。
シルビオは、一人外に出て看板を出していた。
久方ぶりに触れる看板には薄ら埃が被っていて、軽く手で払ってから表に向ける。
『営業中』の文字を見るのも一週間ぶりだ。
あれからもう一週間かぁと、今更ながら感慨に耽っていたシルビオは、背後から掛けられた声で現実に引き戻された。
「やっと営業再開?」
「……あ、師匠!」
はっと振り返ったシルビオは、その姿を認めてぱっと顔を輝かせた。
灰青色の長髪を括り、優しげな黒い瞳でシルビオを見つめている若い男。
その呼び名通り、幼き頃のシルビオに魔法教育を施してくれた恩人─ハルトである。
彼はシルビオをよしよしと撫で回し、しかし穏和で整った顔立ちを微かに曇らせて話しかけてくる。
「心配してたんだよ?何かあったの?ここ数年、一週間も休みになることなんてなかったでしょ」
ハルトはユーガの昔馴染みでもある。
連絡も無しに酒場を閉めてしまったことで、相当心配をかけてしまっていたらしい。
シルビオは苦笑いし、ハルトの手を掴んで引っ張った。
「んー……まぁ、師匠ならいっか。せっかくだし寄ってってよ。ユーガも喜ぶだろうし」
「そうするよ。明日には戻らなきゃだしね」
「あ、そっか。間に合って良かった~」
開店直後だが、どうやらもう一波乱ありそうだ。
1
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
使命を全うするために俺は死にます。
あぎ
BL
とあることで目覚めた主人公、「マリア」は悪役というスペックの人間だったことを思い出せ。そして悲しい過去を持っていた。
とあることで家族が殺され、とあることで婚約破棄をされ、その婚約破棄を言い出した男に殺された。
だが、この男が大好きだったこともしかり、その横にいた女も好きだった
なら、昔からの使命である、彼らを幸せにするという使命を全うする。
それが、みなに忘れられても_
王子様と魔法は取り扱いが難しい
南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。
特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。
※濃縮版
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる