王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

文字の大きさ
上 下
9 / 58
序章 Oracle

同類

しおりを挟む
「……で、あいつ、どこまで話した?」
「具体的な話はされてない。ただ……境遇が似ている誰かが、彼の近くにいるんだろうと」
「なるほどな」

シルビオはまだ帰って来ない。
ユーガとヴォルガは、ぽつぽつと話を続けていた。

「そんだけヒントもらってれば、まぁ気付くよな。こんな傷ついてる奴、ジェイドでも珍しいし」

かなり踏み込んだ話に気を悪くすることもなく、ユーガはあっけらかんと呟く。
ここに留まることになったという時点で、早々に話す予定ではいた。
それに、酒場の常連は皆知っている話だ。
ユーガは目を閉じ、過去の記憶を呼び覚ます。

「似てるってんなら大体分かるだろ。裏切られて、罪を着せられて、弁解の余地もなく拷問刑。ようやく解放されたと思ったら『烙印』押されて、辺境の地に追いやられて……って訳だ。まぁ、俺は元々ジェイド出身だからそこに関しては問題なかったが。それはそれとして、生きる気力は残ってなかった」

だらりと脱力している腕に視線が向く。
気を抜くと力が入らない。
身体は元気な筈だから、精神的なものらしい。
全てを投げ出して、死ぬまで倒れ伏していたいと思ったことは何度もあった。
今でも、頭に過ぎることがある。

「復讐するまでは死んでやらねえって、最初の頃は思ってたよ。でも、もう疲れた。『烙印』なんか抱えて生きていく方が嫌だって、そう思ったら糸が切れたんだ」

事実、帰って来てからしばらくはずっと塞ぎ込んでいた。
歳の離れた姉が面倒を見てくれていたが、生ける屍の如く何も出来なかった。
ヴォルガも共感しているのだろう。
神妙な顔で俯いている。

…けれど。
ユーガは薄く微笑む。
そして、続けた。

「でも、俺は今生きている。光の当たらない場所で縮こまってる訳でもなく、誰かの下僕として従わされてる訳でもない。『烙印』持ちだと知った上で、色んな奴が対等に接してくれてる」
「……」

ヴォルガが顔を上げる。
苦笑いして、返答する。

「それは、シルビオがいたからか?」
「……ああ」

静かに頷き、階下にいるであろうシルビオの方へと何となく目を遣った。

「こう言うのも何だがな。俺は、シルビオに救われた。あいつに出会ってから、少しずつ前を向けるようになった。人と関わることが怖くなくなった。シルビオがいてくれたから、死なずに済んだ」

そして、ヴォルガに軽く目配せする。

「お前もそうだろ?シルビオが見つけなければ、ほぼ間違いなく死んでいた。そんで、あいつに励まされて少しだけ生きる自信がついた」
「……!」

聞いていたのか、と言いたげに目を丸くするヴォルガ。
素直な反応が心地好い。
ユーガはただ微笑を返し、変わらぬトーンで話を続ける。

「人懐っこい良い奴だろ?『烙印』なんてもの背負わされて不安なのは分かる。でも、シルビオはそんなの吹き飛ばすくらいの善人だよ。お前が嫌がることは何もしない。俺がそうだったからな」

思わず苦笑が浮かぶ。
基本他者には厳しいユーガだが、シルビオにはやたら甘いことを何度も指摘されてきた。
自分でも気付かない内に相当絆されていたらしかった。
だって彼は、ユーガを何一つ否定しないのだ。
雛鳥みたいにくっついて、きらきらと目を輝かせて全てを認めてくれる。
それなのに、自分だけ彼を否定し続けるのは違うだろう。
…心に深く傷を負った人間が、それでもこうして情を向けられる相手がシルビオだった。

「勿論、俺もお前のことはちゃんと面倒見るよ。ここまで境遇が似通った奴は初めてだしな……ああ、過去については深く聞かない。話したくなったら話せば良い。だから、気楽にな」

そっと肩を叩く。
完全にシルビオ相手の癖で、慌てて手を引っ込めたが。

大人しく聞いていたヴォルガは俯いて表情を歪め。
突然、ぽろぽろと涙を零した。

「っ……あ、あー、ごめんな?不用意に触れるのは良くなかった……」

ユーガは弁明しつつ乾いた布を渡すが、彼はふるふると首を横に振って掠れた声で呟いた。

「違う……わからない、けど……すごく、ほっとして……」

どんどん涙は溢れ、本格的に泣き始めるヴォルガ。
負の涙ではなかったらしくほっとするユーガだが、そこで扉が開く音がする。

「ただいまー……っ?!ユーガ、何したの?!」
「いや、違……くはないんだが……」
「ヴォルガ、大丈夫?どっか痛い?」

湯気の立つマグカップをテーブルに手早く置き、シルビオはヴォルガに駆け寄って身体を支える。
ヴォルガは力なく首を振るだけで、壊れたようにひたすら涙を零す。
シルビオの態度が拍車を掛けているのだが、本人に自覚は一欠片もなかった。

結局、ヴォルガが泣き止むまでにはしばらくかかり、シルビオとユーガは頭を抱えることになったのだった。


数時間後。
日は傾き始め、部屋は暖かな橙色に染め上がっている。
ソファーでは泣き疲れたヴォルガが眠っていて、シルビオとユーガは彼を見守りながら会話をしていた。

「怪我、早く治るといいなぁ」
「そうだな。多少動けるようになったら店開けるか。まぁ、そんなに長くはかからんだろ」
「……うん」

シルビオにはあまり元気がない。
ヴォルガのことが気がかりらしく、ちらちらと視線が向いている。

「ヴォルガ、泣いてたね」
「まぁな。ずっと過酷な環境だっただろうしな。突然優しくされたら泣きたくもなる」
「そっかぁ……」

ユーガの言葉にそう呟いて、ふとシルビオは立ち上がった。

「……じゃあ、それが当たり前の場所にしないとだね。頑張らなきゃ」

静かではあるが、眼光は強く真っ直ぐだ。
シルビオは食器を抱え、ユーガに視線を向ける。

「ねぇ、ヴォルガに何か作ってあげたいんだけど……」
「あぁ、まぁ、いいけどよ。キッチン壊したら自分で治せよ」
「うっ……が、頑張る!……から、手伝って……」
「分かった分かった。今度はちゃんと作れるといいなー」
「棒読みなんだけど?!」

小さい声で騒ぎながら、二人は部屋を出る。


きらりと、赤く燃え上がる太陽が輝いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

使命を全うするために俺は死にます。

あぎ
BL
とあることで目覚めた主人公、「マリア」は悪役というスペックの人間だったことを思い出せ。そして悲しい過去を持っていた。 とあることで家族が殺され、とあることで婚約破棄をされ、その婚約破棄を言い出した男に殺された。 だが、この男が大好きだったこともしかり、その横にいた女も好きだった なら、昔からの使命である、彼らを幸せにするという使命を全うする。 それが、みなに忘れられても_

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない

時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。 通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。 黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。 騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない? ◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。 ◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...