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序章 Oracle
同類
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「……で、あいつ、どこまで話した?」
「具体的な話はされてない。ただ……境遇が似ている誰かが、彼の近くにいるんだろうと」
「なるほどな」
シルビオはまだ帰って来ない。
ユーガとヴォルガは、ぽつぽつと話を続けていた。
「そんだけヒントもらってれば、まぁ気付くよな。こんな傷ついてる奴、ジェイドでも珍しいし」
かなり踏み込んだ話に気を悪くすることもなく、ユーガはあっけらかんと呟く。
ここに留まることになったという時点で、早々に話す予定ではいた。
それに、酒場の常連は皆知っている話だ。
ユーガは目を閉じ、過去の記憶を呼び覚ます。
「似てるってんなら大体分かるだろ。裏切られて、罪を着せられて、弁解の余地もなく拷問刑。ようやく解放されたと思ったら『烙印』押されて、辺境の地に追いやられて……って訳だ。まぁ、俺は元々ジェイド出身だからそこに関しては問題なかったが。それはそれとして、生きる気力は残ってなかった」
だらりと脱力している腕に視線が向く。
気を抜くと力が入らない。
身体は元気な筈だから、精神的なものらしい。
全てを投げ出して、死ぬまで倒れ伏していたいと思ったことは何度もあった。
今でも、頭に過ぎることがある。
「復讐するまでは死んでやらねえって、最初の頃は思ってたよ。でも、もう疲れた。『烙印』なんか抱えて生きていく方が嫌だって、そう思ったら糸が切れたんだ」
事実、帰って来てからしばらくはずっと塞ぎ込んでいた。
歳の離れた姉が面倒を見てくれていたが、生ける屍の如く何も出来なかった。
ヴォルガも共感しているのだろう。
神妙な顔で俯いている。
…けれど。
ユーガは薄く微笑む。
そして、続けた。
「でも、俺は今生きている。光の当たらない場所で縮こまってる訳でもなく、誰かの下僕として従わされてる訳でもない。『烙印』持ちだと知った上で、色んな奴が対等に接してくれてる」
「……」
ヴォルガが顔を上げる。
苦笑いして、返答する。
「それは、シルビオがいたからか?」
「……ああ」
静かに頷き、階下にいるであろうシルビオの方へと何となく目を遣った。
「こう言うのも何だがな。俺は、シルビオに救われた。あいつに出会ってから、少しずつ前を向けるようになった。人と関わることが怖くなくなった。シルビオがいてくれたから、死なずに済んだ」
そして、ヴォルガに軽く目配せする。
「お前もそうだろ?シルビオが見つけなければ、ほぼ間違いなく死んでいた。そんで、あいつに励まされて少しだけ生きる自信がついた」
「……!」
聞いていたのか、と言いたげに目を丸くするヴォルガ。
素直な反応が心地好い。
ユーガはただ微笑を返し、変わらぬトーンで話を続ける。
「人懐っこい良い奴だろ?『烙印』なんてもの背負わされて不安なのは分かる。でも、シルビオはそんなの吹き飛ばすくらいの善人だよ。お前が嫌がることは何もしない。俺がそうだったからな」
思わず苦笑が浮かぶ。
基本他者には厳しいユーガだが、シルビオにはやたら甘いことを何度も指摘されてきた。
自分でも気付かない内に相当絆されていたらしかった。
だって彼は、ユーガを何一つ否定しないのだ。
雛鳥みたいにくっついて、きらきらと目を輝かせて全てを認めてくれる。
それなのに、自分だけ彼を否定し続けるのは違うだろう。
…心に深く傷を負った人間が、それでもこうして情を向けられる相手がシルビオだった。
「勿論、俺もお前のことはちゃんと面倒見るよ。ここまで境遇が似通った奴は初めてだしな……ああ、過去については深く聞かない。話したくなったら話せば良い。だから、気楽にな」
そっと肩を叩く。
完全にシルビオ相手の癖で、慌てて手を引っ込めたが。
大人しく聞いていたヴォルガは俯いて表情を歪め。
突然、ぽろぽろと涙を零した。
「っ……あ、あー、ごめんな?不用意に触れるのは良くなかった……」
ユーガは弁明しつつ乾いた布を渡すが、彼はふるふると首を横に振って掠れた声で呟いた。
「違う……わからない、けど……すごく、ほっとして……」
どんどん涙は溢れ、本格的に泣き始めるヴォルガ。
負の涙ではなかったらしくほっとするユーガだが、そこで扉が開く音がする。
「ただいまー……っ?!ユーガ、何したの?!」
「いや、違……くはないんだが……」
「ヴォルガ、大丈夫?どっか痛い?」
湯気の立つマグカップをテーブルに手早く置き、シルビオはヴォルガに駆け寄って身体を支える。
ヴォルガは力なく首を振るだけで、壊れたようにひたすら涙を零す。
シルビオの態度が拍車を掛けているのだが、本人に自覚は一欠片もなかった。
結局、ヴォルガが泣き止むまでにはしばらくかかり、シルビオとユーガは頭を抱えることになったのだった。
数時間後。
日は傾き始め、部屋は暖かな橙色に染め上がっている。
ソファーでは泣き疲れたヴォルガが眠っていて、シルビオとユーガは彼を見守りながら会話をしていた。
「怪我、早く治るといいなぁ」
「そうだな。多少動けるようになったら店開けるか。まぁ、そんなに長くはかからんだろ」
「……うん」
シルビオにはあまり元気がない。
ヴォルガのことが気がかりらしく、ちらちらと視線が向いている。
「ヴォルガ、泣いてたね」
「まぁな。ずっと過酷な環境だっただろうしな。突然優しくされたら泣きたくもなる」
「そっかぁ……」
ユーガの言葉にそう呟いて、ふとシルビオは立ち上がった。
「……じゃあ、それが当たり前の場所にしないとだね。頑張らなきゃ」
静かではあるが、眼光は強く真っ直ぐだ。
シルビオは食器を抱え、ユーガに視線を向ける。
「ねぇ、ヴォルガに何か作ってあげたいんだけど……」
「あぁ、まぁ、いいけどよ。キッチン壊したら自分で治せよ」
「うっ……が、頑張る!……から、手伝って……」
「分かった分かった。今度はちゃんと作れるといいなー」
「棒読みなんだけど?!」
小さい声で騒ぎながら、二人は部屋を出る。
きらりと、赤く燃え上がる太陽が輝いた。
「具体的な話はされてない。ただ……境遇が似ている誰かが、彼の近くにいるんだろうと」
「なるほどな」
シルビオはまだ帰って来ない。
ユーガとヴォルガは、ぽつぽつと話を続けていた。
「そんだけヒントもらってれば、まぁ気付くよな。こんな傷ついてる奴、ジェイドでも珍しいし」
かなり踏み込んだ話に気を悪くすることもなく、ユーガはあっけらかんと呟く。
ここに留まることになったという時点で、早々に話す予定ではいた。
それに、酒場の常連は皆知っている話だ。
ユーガは目を閉じ、過去の記憶を呼び覚ます。
「似てるってんなら大体分かるだろ。裏切られて、罪を着せられて、弁解の余地もなく拷問刑。ようやく解放されたと思ったら『烙印』押されて、辺境の地に追いやられて……って訳だ。まぁ、俺は元々ジェイド出身だからそこに関しては問題なかったが。それはそれとして、生きる気力は残ってなかった」
だらりと脱力している腕に視線が向く。
気を抜くと力が入らない。
身体は元気な筈だから、精神的なものらしい。
全てを投げ出して、死ぬまで倒れ伏していたいと思ったことは何度もあった。
今でも、頭に過ぎることがある。
「復讐するまでは死んでやらねえって、最初の頃は思ってたよ。でも、もう疲れた。『烙印』なんか抱えて生きていく方が嫌だって、そう思ったら糸が切れたんだ」
事実、帰って来てからしばらくはずっと塞ぎ込んでいた。
歳の離れた姉が面倒を見てくれていたが、生ける屍の如く何も出来なかった。
ヴォルガも共感しているのだろう。
神妙な顔で俯いている。
…けれど。
ユーガは薄く微笑む。
そして、続けた。
「でも、俺は今生きている。光の当たらない場所で縮こまってる訳でもなく、誰かの下僕として従わされてる訳でもない。『烙印』持ちだと知った上で、色んな奴が対等に接してくれてる」
「……」
ヴォルガが顔を上げる。
苦笑いして、返答する。
「それは、シルビオがいたからか?」
「……ああ」
静かに頷き、階下にいるであろうシルビオの方へと何となく目を遣った。
「こう言うのも何だがな。俺は、シルビオに救われた。あいつに出会ってから、少しずつ前を向けるようになった。人と関わることが怖くなくなった。シルビオがいてくれたから、死なずに済んだ」
そして、ヴォルガに軽く目配せする。
「お前もそうだろ?シルビオが見つけなければ、ほぼ間違いなく死んでいた。そんで、あいつに励まされて少しだけ生きる自信がついた」
「……!」
聞いていたのか、と言いたげに目を丸くするヴォルガ。
素直な反応が心地好い。
ユーガはただ微笑を返し、変わらぬトーンで話を続ける。
「人懐っこい良い奴だろ?『烙印』なんてもの背負わされて不安なのは分かる。でも、シルビオはそんなの吹き飛ばすくらいの善人だよ。お前が嫌がることは何もしない。俺がそうだったからな」
思わず苦笑が浮かぶ。
基本他者には厳しいユーガだが、シルビオにはやたら甘いことを何度も指摘されてきた。
自分でも気付かない内に相当絆されていたらしかった。
だって彼は、ユーガを何一つ否定しないのだ。
雛鳥みたいにくっついて、きらきらと目を輝かせて全てを認めてくれる。
それなのに、自分だけ彼を否定し続けるのは違うだろう。
…心に深く傷を負った人間が、それでもこうして情を向けられる相手がシルビオだった。
「勿論、俺もお前のことはちゃんと面倒見るよ。ここまで境遇が似通った奴は初めてだしな……ああ、過去については深く聞かない。話したくなったら話せば良い。だから、気楽にな」
そっと肩を叩く。
完全にシルビオ相手の癖で、慌てて手を引っ込めたが。
大人しく聞いていたヴォルガは俯いて表情を歪め。
突然、ぽろぽろと涙を零した。
「っ……あ、あー、ごめんな?不用意に触れるのは良くなかった……」
ユーガは弁明しつつ乾いた布を渡すが、彼はふるふると首を横に振って掠れた声で呟いた。
「違う……わからない、けど……すごく、ほっとして……」
どんどん涙は溢れ、本格的に泣き始めるヴォルガ。
負の涙ではなかったらしくほっとするユーガだが、そこで扉が開く音がする。
「ただいまー……っ?!ユーガ、何したの?!」
「いや、違……くはないんだが……」
「ヴォルガ、大丈夫?どっか痛い?」
湯気の立つマグカップをテーブルに手早く置き、シルビオはヴォルガに駆け寄って身体を支える。
ヴォルガは力なく首を振るだけで、壊れたようにひたすら涙を零す。
シルビオの態度が拍車を掛けているのだが、本人に自覚は一欠片もなかった。
結局、ヴォルガが泣き止むまでにはしばらくかかり、シルビオとユーガは頭を抱えることになったのだった。
数時間後。
日は傾き始め、部屋は暖かな橙色に染め上がっている。
ソファーでは泣き疲れたヴォルガが眠っていて、シルビオとユーガは彼を見守りながら会話をしていた。
「怪我、早く治るといいなぁ」
「そうだな。多少動けるようになったら店開けるか。まぁ、そんなに長くはかからんだろ」
「……うん」
シルビオにはあまり元気がない。
ヴォルガのことが気がかりらしく、ちらちらと視線が向いている。
「ヴォルガ、泣いてたね」
「まぁな。ずっと過酷な環境だっただろうしな。突然優しくされたら泣きたくもなる」
「そっかぁ……」
ユーガの言葉にそう呟いて、ふとシルビオは立ち上がった。
「……じゃあ、それが当たり前の場所にしないとだね。頑張らなきゃ」
静かではあるが、眼光は強く真っ直ぐだ。
シルビオは食器を抱え、ユーガに視線を向ける。
「ねぇ、ヴォルガに何か作ってあげたいんだけど……」
「あぁ、まぁ、いいけどよ。キッチン壊したら自分で治せよ」
「うっ……が、頑張る!……から、手伝って……」
「分かった分かった。今度はちゃんと作れるといいなー」
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