王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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序章 Oracle

夢か、現か

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「はぁ~……」

深く、深く溜め息をつく。
ぐったりと座り込むシルビオの前で、件の青年は静かに眠っていた。

時刻は二時過ぎ。
すっかり暖まったリビングで、シルビオはようやく青年の治療を終えた。
温かいお湯で身体を洗い、包帯を巻き、服を着せて毛布をかける。
それだけの作業だが、華奢とはいえ成人していると思しき男相手ではかなり労力を使う。
死んでしまわないかと気を張っていたのもあるのだろう。
魔力充填の効果がある魔法稼働式の暖炉の暖かさもあり、一気に眠気が押し寄せていた。
ちなみにユーガは既に眠っており、リーリエは隣の部屋に待機してもらっている。
とは言え仮眠は取っている筈だから、今起きているのはシルビオだけだった。

本当は、彼のことを看ていてあげたい。
けれど、瞼が落ちていく。

離れたくなくて、そっと手を握った。
今度はちゃんと体温が感じられる。
良かった、と心の底からほっとして、シルビオはそこで力尽きた。



💧



暗い、暗い檻の中。

全身の至るところが悲鳴を上げている。

痛い。痛い。いたい。

癒えることも許されない傷が、知りもしない罪を責め立てる。

『認めろ。そうすれば楽にしてやるぞ』

何度も言われた。

けれど、認められる訳がない。

潔白を、潔白を示さなければ。

そうじゃなければ、何のためにここまで来たのか分からない。

自分は何もやっていない。

やっていない。

やって、いな─


『─本当に?』


─いない、はず、なのに。

どうして。

どうして、誰も、信じてくれないんだ。



💧



「…………っ、ぁ……!」

目が覚めた。
シルビオは勢い良く身体を起こし、激しく鼓動する心臓を押さえるように胸へ手を当てた。

そこは、変わらずリビングだった。
シルビオは青年が眠るソファーに上半身を預けながら眠っていて、彼の手をきつく握りしめたままだった。
青年はまだ目を覚ましていない。
窓の外を見ると、雨は止んで薄らと陽の光が差し込んでいる。
気付けば夜は明けていたらしい。
けれど、全く眠った気はしなかった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」

荒い息を吐き出し、蹲る。
全身から汗が吹き出て止まない。
あちこちにナイフで突き刺されたような鋭い幻覚いたみを覚える。
心はずっしりと重く、今にも吐きそうだった。

…夢を見た。
檻の中に閉じ込められ、ひたすらに罪を責め立てられ、何度も何度も殴られる夢。
悪夢と言っていい。
けれど、これは現実にあったこと。
目の前の青年が実際に経験した、紛れもない絶望なのだ。

シルビオの魔法は、同系統の魔法使いの中でもかなり特殊だ。
属性は闇だが、彼の真骨頂は精神に直接作用する精神魔法と呼ばれるものである。
用途は様々だが、例えば今のように。
望む相手の過去に触れ、記憶を追体験することもできる。
大抵は無意識の内にやってしまうから、夢という形で現れるのだが。
勿論、こんなことを当たり前のようにやる魔法使いなど皆無に等しい。
シルビオの魔法の才能は飛び抜けている。
生まれついてから『人の心の清濁を見抜く』という特殊な目を持っていたシルビオは、精神魔法においては国の中でもトップクラスの腕前の持ち主だった。

そんな訳で、青年の背景が何となく読めた訳だが。

(やっぱり、拷問されてたな……)

擬似的とはいえ経験してしまったら嫌でも分かる。
それも決して軽いものではない。
普通の人間であれば容易に心が折れる。
シルビオが本当にこれを受けたら間違いなく一日と持たないだろうし。
そしてもう一つ、大事なことがある。

(彼は、

所謂無実の罪だ。
間違いはない。
そもそも、初めて見かけた時から何となく思っていた。
この人は、救わなければならない人だと。
決して見捨てるべき悪人ではないのだと。
シルビオの直感は外れない。
これだけで生き延びてきたのだから。
信憑性は自分が一番よく分かっている。

つまり、結論。

(この人は、保護しよう)

ユーガは嫌な顔をするだろうが、きっと認めてくれる。
何せ不遇な身の上かつ『烙印』持ちだ。
思わないところがない訳がない。

「……」

苦しそうだったユーガの表情を思い出す。
せっかく見せないようにしていたのに、自分で気付いてしまった。
あまり、ユーガを苦しめたくはないのだけれど。
同じくらい、この青年にも苦しんで欲しくなかった。
まだ話したことすらないのに、虫の良い話だが。

「……よし!」

パシッと頬を叩く。
暗いことばかり考えていると気分がどんどん落ち込んでしまう。
取り敢えず、シャワーでも浴びよう。
さっぱりして、ユーガに美味しい朝ご飯を作ってもらって、それから色々考えよう。
ぐちゃぐちゃな内情は全て頭の片隅に押し込めて、シルビオは立ち上がる。
ぐっと伸びをして、カーテンを開けて日光を浴び、風呂場へ向かおうとした。
その時だった。

「…………ぅ、う……」

小さな呻き声が、部屋から聞こえてきたのは。
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