王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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序章 Oracle

暗き印

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「ユーガ!!ユーガぁ!!!」

ドカン、という扉が壊れかけたような音と共に、大音声の叫び声が店中に響き渡る。
声の主は勿論シルビオで、その腕の中には血と雨で濡れた青髪の青年が収まっていた。
突然騒がしく飛び込んできたシルビオに訝しげな顔をしていたユーガだが、その大きな荷物に気が付くと流石に血相を変えてカウンターを飛び出してきた。

「おい、何だそれ」
「分かんない!!道で倒れてた!!死にそう!!どうしよう?!」
「なぁんでそんなもん拾ってくんだよお前は!!」

盛大に悪態をついてから、ユーガは大きく溜め息をつく。

「分かった。分かったよ。取り敢えずリーリエを起こしてくる。上のリビングは暖炉あるから、そこで治療だ。身体冷やしたままなのはまずい。服は脱がせとけ」
「了解!!」

端的ながら的確な指示に返事だけ返し、シルビオは慌ただしく階段を駆け上っていく。
その背後でもう一度聞こえた溜め息は、聞かなかったふりをした。


二階は、シルビオとユーガの居住スペースになっている。
手前の一番大きい部屋がリビングだ。
急いで扉を開け、ソファーに青年を横たわらせる。
暖炉には魔力を全力で込めて全開にし、ユーガに言われた通り冷たい水が染み込んだ服を脱がせていく。
露わになるのは、察していた通りに酷く痩せ細った身体と、全身の至るところに刻まれた多種多様な傷痕だった。

「……」

思わず顔を顰めてしまう。
その美貌故か顔にはほとんど傷はなかったが、首から下は酷い有様だ。
ただ野盗に襲われたとか、その程度ではこうはならないはずだ。
少なくとも、月単位で継続的に痛めつけられている。
考えられるのは、拷問か。
よく見れば、手首や足首に拘束具の痕もある。
更に気分が悪くなった。

(何をやったらここまでされるの……?)

正直、過剰すぎる気がする。
この青年のことは何も分からないが、重罪人という雰囲気は欠片もない。
むしろ森の中の泉のような清浄な気配だ。
…嫌な予感がする。
なるべく傷痕に触れないように、そっと上半身を抱きかかえ、横を向かせる形で再び寝かせる。
先程は衣服に隠れて見えなかった背部が目に入る。
そこには…

「シルビオ!!」

と、聞き慣れた声が聞こえてきた。
扉を開けて入ってきたのは、ユーガと一人の少女だった。
豊かな白金の髪とトパーズの瞳が美しい彼女は、夜中に突然起こされたからか髪も服装も乱れている。
しかし表情は真剣そのもので、部屋に入るや否やシルビオの元へと駆け寄ってきた。

「怪我人、どこ?!」

その声で現実に引き戻される。
シルビオは彼の身体の向きを直してから顔を上げ、慌てて手を振った。

「こっちこっち!!魔力込めといたから、ちょっとは猶予あると思うけど……」
「助かる~!!いやぁ、思ってたよりボロボロだねぇ」

酷い有様に思い切り顔を顰めているが、一切臆することなく近付いていく。
手には瞳と同じ色の宝石が嵌められたステッキが握られており、青年に近付くと同時にそれは眩い光を発した。

彼女はリーリエ。
一見ただの清楚な町娘だが、彼女の本職は治癒士である。
この世界─正確にはこの国─で用いられる特殊技能、『魔法』によって怪我を癒すことが出来るのだ。
この治癒の魔法を使える者は決して多くない。
中でも彼女はかなり高精度の魔法使いであり、歳若いながら街中で頼られているプロの治癒士であった。

柔らかい金の光は青年の身体を包み込み、暖かく優しい魔力を零す。
このまま一分もしない内に、傷口は徐々に塞がって傷痕も残さず完治するだろう。
これだけの重傷でも、リーリエは容易にそれをこなせる程度の能力を持っている。
彼女が間に合った時点で、青年の生存は確定的だ。
部屋に安堵が満ちた。
その時だった。

「……ひゃっ?!」

リーリエが悲鳴を上げて仰け反る。
金の光が徐々に弱まっていく。
シルビオとユーガは彼女に駆け寄った。

「何、どうしたの?!」
「大丈夫か?」

その声に涙目で頷きつつ、リーリエは杖を持っていた右手を擦りながら答える。

「うぅ、大丈夫だけどぉ……ちょっとビリッてしたぁ……何だろ、呪詛返しカウンター?」

よく見ると、傷痕に毒々しい紫の光が広がり、治癒を押し留めている。
誰が妨害している訳でもない。
青年の身体に組み込まれた機構システムに拒否されている、と言うべきか。

それを見て、ユーガがはっと目を見開かせた。

「……これ、は……まさか」

彼は青年の身体に触れる。
確認するのは、先程のシルビオと同じ─背中だ。

「……」

シルビオは暗い顔で俯く。
数秒もすると、ユーガも顔を歪めて舌打ちをした。

「ふざけろ……『烙印』持ちかよ」
「えっ?!」

リーリエも目を丸くし、ユーガの背後からそれを見る。

王国の象徴、女神アステルの聖剣があしらわれた紋様。
その焼き印が、くっきりと浮かび上がっていた。

『烙印』。
それは、重罪人や背教者にのみ押される非国民の証。
あくまで暗黙の了解ではあるが、この印を刻まれた者は、唯一奴隷としての使役が認められている。
つまり、『烙印』持ちとは、この国で最も立場の弱い人間なのだ。

「……この傷は、全部呪具でつけられてるな。治癒魔法が効かないならそれしかない」
「じゃ、じゃあ、傷塞がらないよね……?どうしよう……」

不安げにおろおろするリーリエ。
ユーガは今にも吐きそうな顔色で淡々と続ける。

「傷が治らなくても、魔力を与えるって意味では重要だ。やりすぎるとさっきみたく仕返し食らうから、ほどほどに続けろ。シルビオ、救急箱と乾いた服取ってこい。お前の部屋にあるだろ」

そう言うと、壁に寄りかかって深く息をついた。
額に汗が滲んでいる。
シルビオは躊躇いがちにユーガへ近寄る。

「……大丈夫?」

迷子の子供のような声。
ユーガはしばらく黙り込んでから、大分無理のある笑顔でシルビオの背を叩いた。

「わっ」
「俺のことはいいから。早く手当てしないと出血で死にかねないぞ」
「あ、う、うん……」

ユーガを気にかけつつも、シルビオは素直に去って行く。
ユーガは彼を見送ってから、ぼそりと呟いた。

「ますます見捨てられなくなったじゃねえかよ……」
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