未来さん、よろしく

真里谷

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未来さん、よろしく

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 南洋の名もなき小島にて、ある国の部隊が必死の抵抗を続けていた。今や祖国の命運は風前の灯火であるにもかかわらず、健気にも最終的な勝利を信じ、戦闘を継続していたのだ。
 しかし、その島にも充分な資源があるわけではなかった。

「隊長、大変です。もう水も食料も残っていません」

 司令部代わりの洞窟に駆け込んできた兵士が、悲痛な声を上げた。

「なんということだ。輸送も滞り、周囲は敵だらけ。木の根も皮も食べてしまった」

 島の地図とにらめっこしていた司令官は、腕組みをして唸った。彼の言う通り、食べられそうなものはすべて食べてしまったのである。例外として、煮れば食べれるものもいくらかは残っていたが、煮るための水さえ枯渇したような状況だった。

「このままでは死んだ戦友の肉を食うしかなくなります」
「しかも、水なしでか。餓鬼だ。畜生だ。そこまでして生きなければならないのか」

 司令官はいよいよ腕組みをしたまま、猛犬のように唸った。彼の顔には悲壮な決意が宿りつつあり、兵士もいよいよ最期の時を覚悟する顔つきとなっていた。
 そこへ、洞窟へ入ってきた男がいた。こんな悲惨な島に来るような格好とも思えず、背広に鞄という出で立ちだった。

「そんな貴方をお助けしにやってきました」
「貴様、何者だ」
「私は地獄の営業です」

 営業を名乗る男は、ぺこりと頭を下げた。

「何っ、地獄」
「はい。といっても、ここの戦況の方がよほど地獄ですな。というわけで、私は貴方がたを助けにやってきたのです。見れば、食糧難のご様子ですが」
「ああ、そうだ。もはや玉砕しかないと腹をくくっていたところだ」

 なんということでしょう、と営業は言った。どこか芝居がかったような言い草ではあった。

「それはいけません。生き残ることこそが真にお国に、ひいては世界に奉公する道ではありませんか」
「そうは言っても、食料がないのです。自分たちは飲まず食わずでは生きていけません」

 兵士の言葉はいよいよ悲惨そのものだった。彼はすっかりやせ細っていて、おそらく戦友も同様であろうと思われた。つまりは、食べるような肉がないということだ。骨と皮をしゃぶっても、人間は生きていけるようなものではない。
 しかし、営業はうんうんとうなずいて、大きく口を開けて笑った。

「ははは、ご安心なさい。『助けにやってきた』と言ったではありませんか。私は貴方がたに綺麗な水も美味い食事も与えましょう」
「本当か」
「ただし、一つ気をつけて欲しいことがあります。ここで提供する水や食料は、貴方がたの未来からの前借りとなります。つまり、子孫から借りるということになりますな」
「なんと。私たちの子孫から」

 司令官は少し驚いた様子で、同時に訝るような様子も見せた。

「そうです。しかし、もしも未来にお国が繁栄したならば、今を生き延びる程度の水や食料なんて大したことではないでしょうね」

 むむっと考えた様子の司令官は、しかし、すぐに何度も頷いた。

「うむ、その通りだ。我々は今を生き残らなければならない。そうして勝つことが、子々孫々のためでもある。君、その契約を結ぼう」
「ありがとうございます。こちらが約束の水と食料になります」

 営業が手をかざすと、たちまち炊きたての飯や焼いたばかりの肉が現れた。とても孤島では調達できないようなごちそうである。さらには綺麗な水、料理人によって選びぬかれたような名水が、桶の中になみなみと入っていた。

「おおっ、なんとすばらしい」
「飯だ。おおい、みんな、飯があるぞう。水もあるぞう」

 兵士が小躍りしながら洞窟の外に出ていった。営業はそれを笑顔で見送ってから、改めて司令官の方を振り返った。

「では、私はこれにて失礼します」
「ありがとう。君のことは一生忘れないよ」

 司令官は満足そうに敬礼し、営業が洞窟の外に出ていくのを見送った。



「ということがあったんだ」
「いいんですか。先輩の言う通り、未来にとってはさほど痛手ではないでしょう」

 そこは小洒落たバーだった。先輩と呼ばれているのは、先ほど洞窟を訪れた営業である。ただ違うことは、先輩にも後輩にも、おどろおどろしい悪魔の翼が生えていた。

「それが、そうでもないのさ。人間はいつだって今を楽して生きようとする生き物だ。だから、遠い未来なんかには自分の責任を感じない。責任じゃないとわかれば、じゃんじゃん使おうって気になる。国債もそうだし、エネルギー問題もそうだ。他にも対象になるものはいっぱいある」
「なるほど……。考えてみれば、今、『繁栄』というものを作り上げているはずの国々は、ほとんどすべてが借金やその他の問題で苦しんでいますね」
「ネイティブアメリカンのことわざに、こういうのがある。『自然は祖先から譲り受けたものではなく、子孫から借りているのだ』ってね。ああいう自然とともに生きていた人間はそれを覚えているんだが、残念ながら、文明なるものはそういう無垢さを駆逐するからな」
「いつだって、欲深い人間は未来に責任を押し付けるということですか」
「そういうことだ」

 店内の隅っこにある小さいテレビが、移民問題とそれに伴う経済問題による戦争の危機を訴えていた。彼らはまるで戦うために繁栄を取り戻したのだと言わんばかりに、お互いを罵っていた。
 営業は酒を飲み干して、グラスをテーブルに置いた。このグラスを洗うのも未来の誰かの責任になるんだ。そう言って、指先で軽く弾いた。
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