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第8回「ここがウナギ狩りの総本山」
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「彼女を追うべきでしょうか」
僕が早口で尋ねると、タチアナさんはすぐに「いいえ」と返してきた。
「ここは世界の狭間を駆け抜けるワールド・エクスプレス。うかつに外に出ると、元の世界に戻ってこれないかもしれません」
「しかし、ショショはどこからか現れ、消えていった」
「彼女は時魔法が使えるのかもしれませんね。そうであれば、時空間を歪めてここに介入してきたのも頷けます。だからこそ、彼女単独でしか、私たちを襲撃できなかったわけですが」
魔法にも種類があるようだ。
それにしても、時魔法とはいかにも上級な、あるいは禁忌に触れているような響きである。もしも漫画のキャラクターのように時間を止めたり、加えて自在に操ったりしてきたら、僕といえども苦戦は免れないだろう。
もちろん、負ける気はない。最後には勝つ。勝ってやるという意気込みが丹田にある。
「もっと多くのウナギさえあれば、怖くない」
「ええ。貴方にはそれを可能にする、とびきりの魔法をお教えしますわ。……さあ、列車が着くようです」
窓が二か所も打ち割られたことで気付いたが、実はこの列車もほんのわずかに駆動音がしていた。その音が少しずつ小さくなっていき、ついに駅の構内へと滑り込んでいった。駅名の表示はなかったが、雰囲気は党支部の地下に似ていた。だが、決定的に違うこととして、柱には見知らぬ紋章が刻まれていた。
扉が開く。タチアナさんが降りたので、僕も気を失ったままのリゼルを背負って従った。
それから彼女が再び閉ざされた扉に手をかざすと、今度は青い走査線が現れ、開いていった。
党支部の地下と違って、そこから先に階段はなかった。代わりに暗い空間の中に白い床が浮かび上がっていて、タチアナさんと僕はそこに足を踏み入れた。するとたちまち景色が一変して、魔法陣が描かれた部屋になってしまった。
ワープした、転移した、そういう表現が今の現象を説明するのに最適なように思えた。
分厚い木製の扉を開けると、また同じような扉があったので、それもタチアナさんが先導して開けていった。
「よう、望月。久しぶりだな」
その先にあった客間らしきところには、懐かしい顔がいた。僕と同じくウナギ絶滅党の戦闘細胞として働く、安斎夕介だった。もっとも、彼はコミュ力が戦闘能力よりも高く評価されていて、支部では「調達班」を拝命していた。どこかに長期の任務に出ているとは聞いていたけど、まさかこんなところにいたなんて。
「安斎くん。異世界に来てたんだ」
「ああ、今はこのディルスタインが、『調達』である俺の仕事場ってわけさ。タチアナさんもご無事で何より。ファティマさんが帰ってくるのを待ってましたよ。……あと、その背中の姉ちゃん。もう下ろしていいぞ」
安斎くんがおおいと声を出すと、別の部屋から若い男女たちが入ってきた。僕は彼らにリゼルを託して、ようやく身軽になった。
「待たせてしまいましたね。ちょっと異世界観光を楽しんでいたもので」
「こっちが気楽な情勢なら、とびきりおいしいウナギ屋も教えたんですけどね。何しろ最近の保護派の勢いはすごい。ん、そのあたりの事情、お前は知ってるか」
「絶滅派が味方で、保護派が敵だ」
僕の答えに、安斎くんは満足した様子で何度も頷いた。
「上等。実にシンプルでわかりやすいだろう。もっと言うなら、絶滅派は俺たちみたいな地下活動を強いられてて、保護派には帝国の後ろ盾がついてるってことくらいかな。詳しくはファティマさんが教えてくれるだろう。そう、絶滅派のリーダー的存在だと思ってもらっていい」
「よく食べる人かな」
「逆だ。全く食べない。すべてのウナギを焼却処分したいと考えている」
「もったいない」
焼くなら食べればいいのだ。蒲焼きはもとより、白焼きでも美味い。
また、味はやや落ちるが、姿焼きも結構いけるそうだ。僕は食べたことはないが、江戸の初め頃の日本ではそちらの方が主流だったという。それだけ、蒲焼きは発明だったのだ。
「考え方は違えど、ウナギの絶滅を志す同志さ」
ファティマさんのところへ行こう、と安斎くんが促すので、タチアナさんと僕は従った。
彼女の部屋は二階にあるようだった。地下活動をしている組織とは言うが、こうして構えている拠点は結構いい家のようだ。いや、もしかしたら、この世界の生活水準が高いだけかもしれない。
安斎くんがノックをし、返事を聞いてから扉を開く。促されてタチアナさんとともに入った先に、褐色の肌を持った少女が後ろ手で立っていた。
「ようこそ。すべてのウナギを滅する戦場へ」
窓からの光を浴びて立つ姿は、さながら王の威風を漂わせていた。
そうだ。
彼女は、何か特別な存在のように思えたんだ。
僕が早口で尋ねると、タチアナさんはすぐに「いいえ」と返してきた。
「ここは世界の狭間を駆け抜けるワールド・エクスプレス。うかつに外に出ると、元の世界に戻ってこれないかもしれません」
「しかし、ショショはどこからか現れ、消えていった」
「彼女は時魔法が使えるのかもしれませんね。そうであれば、時空間を歪めてここに介入してきたのも頷けます。だからこそ、彼女単独でしか、私たちを襲撃できなかったわけですが」
魔法にも種類があるようだ。
それにしても、時魔法とはいかにも上級な、あるいは禁忌に触れているような響きである。もしも漫画のキャラクターのように時間を止めたり、加えて自在に操ったりしてきたら、僕といえども苦戦は免れないだろう。
もちろん、負ける気はない。最後には勝つ。勝ってやるという意気込みが丹田にある。
「もっと多くのウナギさえあれば、怖くない」
「ええ。貴方にはそれを可能にする、とびきりの魔法をお教えしますわ。……さあ、列車が着くようです」
窓が二か所も打ち割られたことで気付いたが、実はこの列車もほんのわずかに駆動音がしていた。その音が少しずつ小さくなっていき、ついに駅の構内へと滑り込んでいった。駅名の表示はなかったが、雰囲気は党支部の地下に似ていた。だが、決定的に違うこととして、柱には見知らぬ紋章が刻まれていた。
扉が開く。タチアナさんが降りたので、僕も気を失ったままのリゼルを背負って従った。
それから彼女が再び閉ざされた扉に手をかざすと、今度は青い走査線が現れ、開いていった。
党支部の地下と違って、そこから先に階段はなかった。代わりに暗い空間の中に白い床が浮かび上がっていて、タチアナさんと僕はそこに足を踏み入れた。するとたちまち景色が一変して、魔法陣が描かれた部屋になってしまった。
ワープした、転移した、そういう表現が今の現象を説明するのに最適なように思えた。
分厚い木製の扉を開けると、また同じような扉があったので、それもタチアナさんが先導して開けていった。
「よう、望月。久しぶりだな」
その先にあった客間らしきところには、懐かしい顔がいた。僕と同じくウナギ絶滅党の戦闘細胞として働く、安斎夕介だった。もっとも、彼はコミュ力が戦闘能力よりも高く評価されていて、支部では「調達班」を拝命していた。どこかに長期の任務に出ているとは聞いていたけど、まさかこんなところにいたなんて。
「安斎くん。異世界に来てたんだ」
「ああ、今はこのディルスタインが、『調達』である俺の仕事場ってわけさ。タチアナさんもご無事で何より。ファティマさんが帰ってくるのを待ってましたよ。……あと、その背中の姉ちゃん。もう下ろしていいぞ」
安斎くんがおおいと声を出すと、別の部屋から若い男女たちが入ってきた。僕は彼らにリゼルを託して、ようやく身軽になった。
「待たせてしまいましたね。ちょっと異世界観光を楽しんでいたもので」
「こっちが気楽な情勢なら、とびきりおいしいウナギ屋も教えたんですけどね。何しろ最近の保護派の勢いはすごい。ん、そのあたりの事情、お前は知ってるか」
「絶滅派が味方で、保護派が敵だ」
僕の答えに、安斎くんは満足した様子で何度も頷いた。
「上等。実にシンプルでわかりやすいだろう。もっと言うなら、絶滅派は俺たちみたいな地下活動を強いられてて、保護派には帝国の後ろ盾がついてるってことくらいかな。詳しくはファティマさんが教えてくれるだろう。そう、絶滅派のリーダー的存在だと思ってもらっていい」
「よく食べる人かな」
「逆だ。全く食べない。すべてのウナギを焼却処分したいと考えている」
「もったいない」
焼くなら食べればいいのだ。蒲焼きはもとより、白焼きでも美味い。
また、味はやや落ちるが、姿焼きも結構いけるそうだ。僕は食べたことはないが、江戸の初め頃の日本ではそちらの方が主流だったという。それだけ、蒲焼きは発明だったのだ。
「考え方は違えど、ウナギの絶滅を志す同志さ」
ファティマさんのところへ行こう、と安斎くんが促すので、タチアナさんと僕は従った。
彼女の部屋は二階にあるようだった。地下活動をしている組織とは言うが、こうして構えている拠点は結構いい家のようだ。いや、もしかしたら、この世界の生活水準が高いだけかもしれない。
安斎くんがノックをし、返事を聞いてから扉を開く。促されてタチアナさんとともに入った先に、褐色の肌を持った少女が後ろ手で立っていた。
「ようこそ。すべてのウナギを滅する戦場へ」
窓からの光を浴びて立つ姿は、さながら王の威風を漂わせていた。
そうだ。
彼女は、何か特別な存在のように思えたんだ。
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