6 / 11
第6回「ウナギを守りてメイド来る」
しおりを挟む
リゼル・セルビーを拘束してから、僕たちは党支部の地下へとやってきた。そこは幹部だけしか立ち入ることができない場所で、ここまで来るのは初めてだった。実際、今ここにやってきたのは支部長である樺山さん、客分であるタチアナさん、それに僕と、僕が背負っているリゼルだけだった。一般の党員は長い長い階段の上で見張りを続けていた。
階段が終わったと思ったら、もう一つ階段があって、さらにエレベーターに乗った。年代物のエレベーターに思えた。古いハリウッド映画に出てくるような、「かご」という表現が最適な代物だ。見る人が見たら、この製品は1900年代に云々と解説をしてくれるような気がした。
エレベーターが着くと、さらに扉があって、そこに樺山さんが手をかざした。赤い走査線が走って、思ったよりあっけなく扉は開いた。
「党の支部の中に、なぜ地下鉄が」
僕は純粋に冒険心を掻き立てられた。
そうなのだ。党支部の地下に、なんと地下鉄が走っていたのだ。ここにはそんなものがあるはずもないのに。いや、そもそもこの町には地下鉄なんてないはずだった。
先ほどのエレベーターの雰囲気とは裏腹に、地下鉄構内は新しく設置されたもののようにピカピカだった。
「私は『愛と欲望の地下鉄』と呼んでいます。貴方の世界の『欲望という名の電車』という戯曲が好きでして。ご存じですか」
「知りません」
「そうですか」
タチアナさんはちょっと残念そうだったので、僕も申し訳ない気持ちになった。もう少し文化芸術のことについても勉強すべきかもなと反省した。
そこへ、音もなく列車が入ってきた。まるで辺りが無音になってしまったかのような気がして、僕は耳のあたりを手で叩いたが、これはちゃんと聞こえた。
「これは、本当に現実なんですか」
「現実ですよ。もっとも、現実と虚構を隔てるものが何であるかは、私にも定かではないですけれど。さあ、乗りましょう」
僕は樺山さんを見た。
行ってこい、と彼女は腕組みをした。
行ってきます、と僕は力強く拳を握った。
そうして、タチアナさんとともに列車に乗り込んだ。
「誰もいない」
「ええ。専用列車ですから」
「これに乗っていれば、異世界に着くんですか」
「そう、私や彼女にとっての故郷、ディルスタインへ着きますよ」
列車は来た時と同じように音もなく動き出した。樺山さんの姿は見る見るうちに小さくなった。だが、これが今生の別れなどではないことは、しっかりと確信していた。なぜなら、僕がこの程度で死んでしまうはずもないし、樺山さんも既存の勢力などにやられるはずがないからだ。
リゼルをシートに置き、タチアナさんにも座るよう勧めた。彼女が座るのを待ってから、僕も座ることにした。別に紳士的な振る舞いを心掛けたわけではなかったが、そうすべきだと心の中で誰かが叫んでいた。してみると、やっぱり僕の中に紳士が潜んでいたのかもしれない。あるいは、紳士の顔をした悪魔だろうか。タチアナさんがもしも敵だったら、という前提に立って考える悪魔だ。
「どうして地下鉄なんでしょうか。誰かが作ったのかな」
「そうですねえ。本当に『地下鉄』というものかどうかはわかりませんね。私の世界にはまだ地下鉄道はありませんし、それに、貴方と私とでは少々見えているものが違うようですから」
「見えているものが違う」
「そうです。視覚というものはしょせん外の世界を認識する機械にすぎません。そのレンズが違えば、映り方も大きく変わってくる。概念が根本から変化すれば、見えるものは全く違ってくるでしょう」
わかりにくいことがわかった。少なくとも、タチアナさんと僕とでは違うものが見えている可能性があるようだ。
いや、あれはどうだ。
僕の目の前、つまりタチアナさんの視界にも映っているであろうそれは、あまりにも異質だった。
地下鉄の窓の向こうに、メイドさんが張り付いている。彼女は勢いをつけたかと思うと窓を打ち割り、さらに全身を躍らせて中へと入ってきた。赤髪のショートヘアが勝気に映える少女だった。
「見つけたぞ」
「敵だ」
僕は確かめるようにつぶやいた。
「そのようですね」
タチアナさんも同調した。
僕らはわざわざ言葉に出すことなく散開し、メイドさんを挟み撃ちする格好になっている。
しかし、彼女は全く意に介していないらしい。両手に一本ずつナイフを持ち、僕に狙いを定めたようだった。
直感が告げている。
彼女は、強い。
「我が名はショショ・アレハンドラ・バスケス。皇帝陛下の勅命である。貴様らを断罪する」
階段が終わったと思ったら、もう一つ階段があって、さらにエレベーターに乗った。年代物のエレベーターに思えた。古いハリウッド映画に出てくるような、「かご」という表現が最適な代物だ。見る人が見たら、この製品は1900年代に云々と解説をしてくれるような気がした。
エレベーターが着くと、さらに扉があって、そこに樺山さんが手をかざした。赤い走査線が走って、思ったよりあっけなく扉は開いた。
「党の支部の中に、なぜ地下鉄が」
僕は純粋に冒険心を掻き立てられた。
そうなのだ。党支部の地下に、なんと地下鉄が走っていたのだ。ここにはそんなものがあるはずもないのに。いや、そもそもこの町には地下鉄なんてないはずだった。
先ほどのエレベーターの雰囲気とは裏腹に、地下鉄構内は新しく設置されたもののようにピカピカだった。
「私は『愛と欲望の地下鉄』と呼んでいます。貴方の世界の『欲望という名の電車』という戯曲が好きでして。ご存じですか」
「知りません」
「そうですか」
タチアナさんはちょっと残念そうだったので、僕も申し訳ない気持ちになった。もう少し文化芸術のことについても勉強すべきかもなと反省した。
そこへ、音もなく列車が入ってきた。まるで辺りが無音になってしまったかのような気がして、僕は耳のあたりを手で叩いたが、これはちゃんと聞こえた。
「これは、本当に現実なんですか」
「現実ですよ。もっとも、現実と虚構を隔てるものが何であるかは、私にも定かではないですけれど。さあ、乗りましょう」
僕は樺山さんを見た。
行ってこい、と彼女は腕組みをした。
行ってきます、と僕は力強く拳を握った。
そうして、タチアナさんとともに列車に乗り込んだ。
「誰もいない」
「ええ。専用列車ですから」
「これに乗っていれば、異世界に着くんですか」
「そう、私や彼女にとっての故郷、ディルスタインへ着きますよ」
列車は来た時と同じように音もなく動き出した。樺山さんの姿は見る見るうちに小さくなった。だが、これが今生の別れなどではないことは、しっかりと確信していた。なぜなら、僕がこの程度で死んでしまうはずもないし、樺山さんも既存の勢力などにやられるはずがないからだ。
リゼルをシートに置き、タチアナさんにも座るよう勧めた。彼女が座るのを待ってから、僕も座ることにした。別に紳士的な振る舞いを心掛けたわけではなかったが、そうすべきだと心の中で誰かが叫んでいた。してみると、やっぱり僕の中に紳士が潜んでいたのかもしれない。あるいは、紳士の顔をした悪魔だろうか。タチアナさんがもしも敵だったら、という前提に立って考える悪魔だ。
「どうして地下鉄なんでしょうか。誰かが作ったのかな」
「そうですねえ。本当に『地下鉄』というものかどうかはわかりませんね。私の世界にはまだ地下鉄道はありませんし、それに、貴方と私とでは少々見えているものが違うようですから」
「見えているものが違う」
「そうです。視覚というものはしょせん外の世界を認識する機械にすぎません。そのレンズが違えば、映り方も大きく変わってくる。概念が根本から変化すれば、見えるものは全く違ってくるでしょう」
わかりにくいことがわかった。少なくとも、タチアナさんと僕とでは違うものが見えている可能性があるようだ。
いや、あれはどうだ。
僕の目の前、つまりタチアナさんの視界にも映っているであろうそれは、あまりにも異質だった。
地下鉄の窓の向こうに、メイドさんが張り付いている。彼女は勢いをつけたかと思うと窓を打ち割り、さらに全身を躍らせて中へと入ってきた。赤髪のショートヘアが勝気に映える少女だった。
「見つけたぞ」
「敵だ」
僕は確かめるようにつぶやいた。
「そのようですね」
タチアナさんも同調した。
僕らはわざわざ言葉に出すことなく散開し、メイドさんを挟み撃ちする格好になっている。
しかし、彼女は全く意に介していないらしい。両手に一本ずつナイフを持ち、僕に狙いを定めたようだった。
直感が告げている。
彼女は、強い。
「我が名はショショ・アレハンドラ・バスケス。皇帝陛下の勅命である。貴様らを断罪する」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる