1 / 11
第1回「すべてのウナギは滅ぼされるべきである」
しおりを挟む
僕はとにかく腹が減っていた。目の前のうな重を、一気に平らげたかった。それができなかったのは、樺山支部長が僕をこの冷房のきいた小会議室に呼び出したからだ。そんなところにほかほかのうな重が置いてあって、さらには僕の鼻先にあるっていうんだから、本当に残酷な仕打ちだ。
「すべてのウナギは滅ぼされるべきである。理由がわかるか、望月くん」
樺山支部長は言った。彼女は世に言う巨乳で、安斎のやつなんかはいつも揉んでみたいとこぼしているが、僕にとってはどうでもいいことだった。ただ、眼前にある美食の塊に食らいつきたい。その衝動だけが全身を包んでいた。
だが、なぜそんなウナギが滅ぼされるべきなんだろう。
確かに気になったので少し考えて、ウナギを見ながら答えることにした。
「絶対的かつ破滅的なまでに美味しいからです」
「違う」
「違うんですか」
あまり興味はないが、それでも先を聞きたいのも確かだった。
「まったくの間違いではないが、それだけでは足りない。大カトが同じようにカルタゴを敵視したように、私もまたウナギを敵視している。彼らは人類にとっての脅威であり、滅ぼされなければならない存在だからだ。彼らの生存は我々の屈辱であり、魂を堕落させることに繋がるからだ」
「はあ」
「はあ、じゃない。君もウナギ絶滅という崇高なる理念のもとに集ったのならば、正しい理解を得ておかなければならないぞ」
「そうかもしれません。でも、僕はウナギがとにかく好きで好きで、食べて応援しなくちゃなって思って」
そうなのだ。
日本国を取り巻く絶対的で支配的な論説はこうである。ウナギは今にも絶滅しそうだ。だからこそ、食べて応援してあげなくてはならない。
この言説の正しさなんてどうでもよくて、僕としてはとにかくウナギを食べたかった。毎日だ。毎食だ。毎時間だ。
「その通りだ。食べて食べて食べまくれ。これはどんな創作教本も『書いて書いて書きまくれ』『描いて描いて描きまくれ』『読んで読んで読みまくれ』と一念を通ずるのが大切なことに触れてあるのと同じで……」
「支部長」
「いいかな、望月くん。君の最大の武器はその食欲だ。あらゆるウナギを絶滅させるために、その食欲は必要不可欠だ」
「はい、わかりました。でも、樺山支部長」
「君はさらに美徳を持っている。ほとんど性欲を有していないという点だ。大半の男どもは実につまらない。いつも私の胸や股ばかりを見つめている。くだらん。そんな輩の子孫を残したいなどと思うはずもないだろうに。その点、君は非常に優秀な戦士だ。まさしく選び抜かれた戦闘細胞だ。ウナギ絶滅の大義を成すにあたって、なくてはならない逸材だ。今こうして私が語っているというのに、ずっと蒲焼きを見ている。その姿勢こそがすばらしい」
「そうです、その通りです。だから、そろそろ食事を……」
「いいや、君には重大な任務を伝えなければならん。これまで秘密にしていたが、我が党の活動範囲はこの地球に留まらない。ざっくり言ってしまおうか。君はあらゆる次元、あらゆる異世界のウナギを食べ尽くすのだ。それが君に与えられた使命だ」
そうか。
そうだったのか。
僕は日本の、世界の、地球のウナギだけではなく、すべての宇宙、すべての次元、すべての異世界のウナギを食べ尽くさなければならなかったのか。
なるほど、と得心した。それなら僕がウナギに抱いている愛情にも近い食欲を理解できる気がしたからだ。
まあ、それはともかく、今はひたすらにウナギが食べたかった。僕の食事を邪魔するならば、たとえ樺山支部長であっても●●せねばならないと感じていた。恐ろしい想像だ。この伏せ字は僕の良心が残っている証拠でもある。
だけど、僕はすでに何度も●●を経験してしまった。今さら隠すことに何をためらっているのだろうか。
どうでもいい。
今は、ウナギ。
目の前の、ウナギ。
芳醇に漂うそのハーモニーを、五感のすべてで感じ取る。
いいだろう。僕はウナギ絶滅党の戦闘細胞だ。ウナギを絶滅させるために生まれた食欲の権化だ。たとえ最後に待っているのが破滅だとしても、僕はもはや止まることはないだろう。
さあ、早く、ウナギを食わせろ。
「すべてのウナギは滅ぼされるべきである。理由がわかるか、望月くん」
樺山支部長は言った。彼女は世に言う巨乳で、安斎のやつなんかはいつも揉んでみたいとこぼしているが、僕にとってはどうでもいいことだった。ただ、眼前にある美食の塊に食らいつきたい。その衝動だけが全身を包んでいた。
だが、なぜそんなウナギが滅ぼされるべきなんだろう。
確かに気になったので少し考えて、ウナギを見ながら答えることにした。
「絶対的かつ破滅的なまでに美味しいからです」
「違う」
「違うんですか」
あまり興味はないが、それでも先を聞きたいのも確かだった。
「まったくの間違いではないが、それだけでは足りない。大カトが同じようにカルタゴを敵視したように、私もまたウナギを敵視している。彼らは人類にとっての脅威であり、滅ぼされなければならない存在だからだ。彼らの生存は我々の屈辱であり、魂を堕落させることに繋がるからだ」
「はあ」
「はあ、じゃない。君もウナギ絶滅という崇高なる理念のもとに集ったのならば、正しい理解を得ておかなければならないぞ」
「そうかもしれません。でも、僕はウナギがとにかく好きで好きで、食べて応援しなくちゃなって思って」
そうなのだ。
日本国を取り巻く絶対的で支配的な論説はこうである。ウナギは今にも絶滅しそうだ。だからこそ、食べて応援してあげなくてはならない。
この言説の正しさなんてどうでもよくて、僕としてはとにかくウナギを食べたかった。毎日だ。毎食だ。毎時間だ。
「その通りだ。食べて食べて食べまくれ。これはどんな創作教本も『書いて書いて書きまくれ』『描いて描いて描きまくれ』『読んで読んで読みまくれ』と一念を通ずるのが大切なことに触れてあるのと同じで……」
「支部長」
「いいかな、望月くん。君の最大の武器はその食欲だ。あらゆるウナギを絶滅させるために、その食欲は必要不可欠だ」
「はい、わかりました。でも、樺山支部長」
「君はさらに美徳を持っている。ほとんど性欲を有していないという点だ。大半の男どもは実につまらない。いつも私の胸や股ばかりを見つめている。くだらん。そんな輩の子孫を残したいなどと思うはずもないだろうに。その点、君は非常に優秀な戦士だ。まさしく選び抜かれた戦闘細胞だ。ウナギ絶滅の大義を成すにあたって、なくてはならない逸材だ。今こうして私が語っているというのに、ずっと蒲焼きを見ている。その姿勢こそがすばらしい」
「そうです、その通りです。だから、そろそろ食事を……」
「いいや、君には重大な任務を伝えなければならん。これまで秘密にしていたが、我が党の活動範囲はこの地球に留まらない。ざっくり言ってしまおうか。君はあらゆる次元、あらゆる異世界のウナギを食べ尽くすのだ。それが君に与えられた使命だ」
そうか。
そうだったのか。
僕は日本の、世界の、地球のウナギだけではなく、すべての宇宙、すべての次元、すべての異世界のウナギを食べ尽くさなければならなかったのか。
なるほど、と得心した。それなら僕がウナギに抱いている愛情にも近い食欲を理解できる気がしたからだ。
まあ、それはともかく、今はひたすらにウナギが食べたかった。僕の食事を邪魔するならば、たとえ樺山支部長であっても●●せねばならないと感じていた。恐ろしい想像だ。この伏せ字は僕の良心が残っている証拠でもある。
だけど、僕はすでに何度も●●を経験してしまった。今さら隠すことに何をためらっているのだろうか。
どうでもいい。
今は、ウナギ。
目の前の、ウナギ。
芳醇に漂うそのハーモニーを、五感のすべてで感じ取る。
いいだろう。僕はウナギ絶滅党の戦闘細胞だ。ウナギを絶滅させるために生まれた食欲の権化だ。たとえ最後に待っているのが破滅だとしても、僕はもはや止まることはないだろう。
さあ、早く、ウナギを食わせろ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる