ウナギ絶滅計画

真里谷

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第1回「すべてのウナギは滅ぼされるべきである」

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 僕はとにかく腹が減っていた。目の前のうな重を、一気に平らげたかった。それができなかったのは、樺山支部長が僕をこの冷房のきいた小会議室に呼び出したからだ。そんなところにほかほかのうな重が置いてあって、さらには僕の鼻先にあるっていうんだから、本当に残酷な仕打ちだ。

「すべてのウナギは滅ぼされるべきである。理由がわかるか、望月くん」

 樺山支部長は言った。彼女は世に言う巨乳で、安斎のやつなんかはいつも揉んでみたいとこぼしているが、僕にとってはどうでもいいことだった。ただ、眼前にある美食の塊に食らいつきたい。その衝動だけが全身を包んでいた。
 だが、なぜそんなウナギが滅ぼされるべきなんだろう。
 確かに気になったので少し考えて、ウナギを見ながら答えることにした。

「絶対的かつ破滅的なまでに美味しいからです」
「違う」
「違うんですか」

 あまり興味はないが、それでも先を聞きたいのも確かだった。

「まったくの間違いではないが、それだけでは足りない。大カトが同じようにカルタゴを敵視したように、私もまたウナギを敵視している。彼らは人類にとっての脅威であり、滅ぼされなければならない存在だからだ。彼らの生存は我々の屈辱であり、魂を堕落させることに繋がるからだ」
「はあ」
「はあ、じゃない。君もウナギ絶滅という崇高なる理念のもとに集ったのならば、正しい理解を得ておかなければならないぞ」
「そうかもしれません。でも、僕はウナギがとにかく好きで好きで、食べて応援しなくちゃなって思って」

 そうなのだ。
 日本国を取り巻く絶対的で支配的な論説はこうである。ウナギは今にも絶滅しそうだ。だからこそ、食べて応援してあげなくてはならない。
 この言説の正しさなんてどうでもよくて、僕としてはとにかくウナギを食べたかった。毎日だ。毎食だ。毎時間だ。

「その通りだ。食べて食べて食べまくれ。これはどんな創作教本も『書いて書いて書きまくれ』『描いて描いて描きまくれ』『読んで読んで読みまくれ』と一念を通ずるのが大切なことに触れてあるのと同じで……」
「支部長」
「いいかな、望月くん。君の最大の武器はその食欲だ。あらゆるウナギを絶滅させるために、その食欲は必要不可欠だ」
「はい、わかりました。でも、樺山支部長」
「君はさらに美徳を持っている。ほとんど性欲を有していないという点だ。大半の男どもは実につまらない。いつも私の胸や股ばかりを見つめている。くだらん。そんな輩の子孫を残したいなどと思うはずもないだろうに。その点、君は非常に優秀な戦士だ。まさしく選び抜かれた戦闘細胞だ。ウナギ絶滅の大義を成すにあたって、なくてはならない逸材だ。今こうして私が語っているというのに、ずっと蒲焼きを見ている。その姿勢こそがすばらしい」
「そうです、その通りです。だから、そろそろ食事を……」
「いいや、君には重大な任務を伝えなければならん。これまで秘密にしていたが、我が党の活動範囲はこの地球に留まらない。ざっくり言ってしまおうか。君はあらゆる次元、あらゆる異世界のウナギを食べ尽くすのだ。それが君に与えられた使命だ」

 そうか。
 そうだったのか。
 僕は日本の、世界の、地球のウナギだけではなく、すべての宇宙、すべての次元、すべての異世界のウナギを食べ尽くさなければならなかったのか。
 なるほど、と得心した。それなら僕がウナギに抱いている愛情にも近い食欲を理解できる気がしたからだ。
 まあ、それはともかく、今はひたすらにウナギが食べたかった。僕の食事を邪魔するならば、たとえ樺山支部長であっても●●せねばならないと感じていた。恐ろしい想像だ。この伏せ字は僕の良心が残っている証拠でもある。
 だけど、僕はすでに何度も●●を経験してしまった。今さら隠すことに何をためらっているのだろうか。
 どうでもいい。
 今は、ウナギ。
 目の前の、ウナギ。
 芳醇に漂うそのハーモニーを、五感のすべてで感じ取る。
 いいだろう。僕はウナギ絶滅党の戦闘細胞だ。ウナギを絶滅させるために生まれた食欲の権化だ。たとえ最後に待っているのが破滅だとしても、僕はもはや止まることはないだろう。
 さあ、早く、ウナギを食わせろ。
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