[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

文字の大きさ
上 下
123 / 144
終章

8節 犯人についての考察

しおりを挟む
「ソニア」

 わたしたちは宿に帰り着いてすぐ、彼女に声を掛けた。

「アレニエさんにリュイスさん、おかえりなさい。買い物は終わっ――」

「あの三人は? 帰ってきてる?」

「え? ええ。シュタインさんとリーリエさんは夕刻頃に帰ってきてからそれぞれの部屋に。アルクスさんは先ほど帰ってこられましたよ」

「そう……」

 ということは、全員アリバイがないも同然か。帰ったばかりのアルクスはもちろん、部屋に籠っている二人も、窓から抜け出すなりして外には出られただろうから。

「……何か、あったのですか?」

 こちらの様子に、ソニアが声のトーンを低める。それに合わせるように、わたしも声量を落とした。

「話があるから、昨日と同じく深夜に集合ね」

「分かりました」

 昨夜とは逆にこちらが呼び出す形で約束を取り付け、わたしたちは一度部屋に戻った。


   ***


「……そうですか。そんなことが……」

 深夜。
 ソニアの案内で例の隠し部屋に通されたわたしたちは、帰り道で襲撃された経緯を彼女に語っていた。フードと仮面で顔を隠した人物に襲われたこと。それが、街に侵入した魔族かもしれないことなど。

「その襲撃者が、事件の犯人でしょうか」

「多分ね。リュイスちゃんを――神官を執拗に狙ってたし、まず間違いないと思う」

「それで、お二人共怪我は……」

「それは大丈夫。わたしもリュイスちゃんもピンピンしてるよ」

 こちらの様子に、ソニアはほっ、と息をつく。

「しかし、昨日の今日でもう襲われるなんて……」

「それはわたしも気になってたんだよね。仮にこっちの調査状況が漏れてたんだとしても、狙われるのが早すぎるかなって」

「お二人への依頼は極秘裏に進めましたし、情報が洩れているということはないと思います。そうなると……」

「街を徘徊してた犯人に、たまたま目をつけられた?」

「もしくは、あの三人と行動を共にしたことが原因、でしょうか」

「え……? で、でも、詠唱なしで魔術を扱っていたんですから、犯人は推定魔族なんですよね? なら、エルフのアルクスさんや人間のリーリエさんたちの疑いは晴れたんじゃ……」

 疑問を呈するリュイスちゃんに、ソニアが答える。

「問題は、魔族が潜入した方法によります」

「……と、いうと?」

「通常なら、魔族が街に入ろうとしても、見た目ですぐに分かります。角や尖った耳、肌の色。他種族とは明らかに違う特徴が多いですし、衣服で隠し切れるものでもありません。城門での審査で気づかれます」

「……はい」

「仮になんらかの方法で内部に忍び込めたとしても、その後も見つからずに行動するのは難しいはずです。外見もそうですが、彼らは、扱う魔術の規模や、発する魔力などから、基本的にはとても目立つ存在だからです。ですが……犯人は実際、なんの証拠も残さずに、ここまで犯行を続けています。それはつまり――」

「……相手は、外見や魔力を偽る方法を持っている……?」

 リュイスちゃんの答えに、ソニアは頷く。

「少し前にも、人間に化けた魔族が勇者さまご一行に討伐された、という事件がありましたからね。犯人が、アルクスさんたちの姿に化けているかもしれない。その可能性は捨てるべきではないと思います。それがなんらかの魔術や加護によるものなのか、それとも魔力を抑制する魔具などがあるのかは分かりませんが」

 ちょっとドキリとする。まさに魔具で人間の姿を保っている半魔がここにいるのだ。

「そう、ですね……」

 リュイスちゃんが少ししょんぼりと俯く。共に依頼をこなしたことで情が湧いたのか、彼ら三人が犯人であってほしくないのかもしれない。わたしはそれに追い打ちをかけるように、次の問題を提示する。

「それに、推定犯人が魔術で造った武器も気になってるんだよね」

「剣に、槍に、弓、ですか。確かに、彼ら三人の得物をなぞっているようにも思えますね」

 ソニアが難しい顔をして唸る。

「しかしこれで、被害者の傷跡がバラバラだったことには得心がいきました。魔術で思い通りに武器を生み出せるのならば、凶器の特定ができないのも道理です。それに、お二人が襲われた状況をかんがみれば、複数犯の線も消えたと見ていいでしょう」

「そうだね。他に仲間が出てくる様子はなかった。単独犯だと思う。なにより……」

 先刻襲われた時を思い出す。
 不意の魔術に驚いて後手に回った部分はあったが、それを差し引いても――

「数を頼りに襲ってくる類とはものが違った。かなりの手練れだったよ。生来の能力に胡坐あぐらをかく魔族にはありえないほどの――……」

「(……魔族には、あり得ない……?)」

 自分の言葉に、自分で引っかかりを覚える。
 そうだ、あり得ない。確かにおかしい。
 なぜなら、生まれついて強大な力を有する魔族には、努力や修練は必要ない。必要がなければ、それを行うという発想も生まれない……

 ……あ、いや。一人、剣の修練をしていた魔族に心当たりはあるけれど。
 とはいえ彼は、必要に迫られてではなく趣味で腕を磨いていただけの剣術マニアだったし、今は死んでいる真っ最中だ。今回の件には関わりないし、こちらに姿を見せることがあるとしても大分先の話だろう。それはともかく。

 先刻の襲撃犯の動きは明らかに、地道な修練によって身に付けたものだと感じられた。鋭く、隙がなく、対人戦を意識した動作。通常の魔族にはあり得ない、努力の賜物……
 本来魔族にあり得ない行動を取るということは、逆に言えば〝魔族ではない〟ということになる。魔族ではなく、けれど魔族の魔術を操る者。わたしはその存在に心当たりが――この場の誰よりも――あった。つい先刻ドキリとした心臓が、再び打ち鳴らされる。

「(それに――)」

 襲撃者が使ってみせた三種の武器。それらにも引っかかるものを覚えたのは、例の三人を連想させるからだけじゃない。それぞれの武器を扱う際の動作、そのうちの一つが、記憶にあるものと重なったからだ。あの動きは、そう、今日見たばかりの――

「……アレニエさん?」

 ふと気づけば、リュイスちゃんがわたしを心配そうに覗き込んでいた。ソニアも怪訝そうにこちらを見ている。急に黙って考え込んでいたからだろう。

「ごめん。なんでもないよ。とりあえず、今日手に入れた情報はこんなところかな」

 わたしは気を取り直すようにいつもの笑顔を浮かべた。
 まだ自分の中で情報を整理し切れていないし、もしもわたしの推測通りの相手だとしたら、軽はずみに発言はできない。リュイスちゃんはともかく、ここにはソニアもいる。勘付かれる危険はわずかであろうと避けたい。

「……そうですね。まだ犯人の特定には至りませんが、手口や人数が判明したのは大きな進歩と言えるのではないでしょうか。ひとまず、当宿を利用している神官の皆さんには、こちらから注意喚起をしておきます。あとは、明日以降の調査についてですが――」

「それなんだけど、あえてあの三人に手伝ってもらって反応を見るのはどう――」

 ソニアと議論しながら、けれど頭では別のことを考えていた。
 犯人の正体。それを、彼女らに伝えるかどうか。
 明確な答えを出せないまま、夜は過ぎていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした

万千澗
ファンタジー
魔女の国――ユリリア国。 住んでいるのは女性だけ、魔法と呼ばれる力を扱う存在。 エネミット王国の孤児院で育ったあたしは伯爵家の使用人として働いていた。 跡取りのウィリアムと婚約を果たし、あたしの人生は順風満帆。 と、思っていた。 それはたった一夜で壊れていく。 どうやらあたしは”魔女”と呼ばれる存在で、エネミット王国からすれば敵となる存在。 衛兵から必死に逃げるも捕まったあたしは王都へと護送される。 絶望に陥る中、現れたのは白馬に乗った一人の少女。 どうやら彼女も魔女であたしを助けに来てくれたみたい。 逃げるには護衛を倒さないといけない。 少女は魔法と呼ばれる力を使って無力化を図る。 でも、少女が魔法を使うにはあたしとの”口づけ”が必要で――――。 ※小説家になろうでも連載中です

魔の森の鬼人の非日常

暁丸
ファンタジー
訳あって全てを捨て、人が住めない魔の森で一人暮らしの鬼人のステレ。 そんなステレが出会ったのは、いろいろ常識外れの謎の男。 「そこの君、俺と勝負しない?」 謎の男に見込まれたことで、死ぬまでただ生きるだけだったステレの日常は、ちょっとだけ変わったのでした。 *初作。拙い文才ですが頑張ってみます。見切り発車なのでどうなるか自分でもさっぱり。設定ゆるゆるなんで大目に見て下さい。 *所々パロネタが出てきますが、作者の習性です。転生キャラとかじゃありません。 *舞台も登場人物も少ないです。壮大とかそういうのとは無縁のちっちゃな物語です。

まほカン

jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。 今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル! ※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】双子の兄×幼馴染(男)のカプを横目で見ながらあたしは好きに生きます

ルコ
ファンタジー
 あたしの名前はカグラ、十五歳。一応次代の魔王候補だけどそんなにやる気はない。 だって双子の兄のショウが魔王になって、幼馴染のルイ(男)が王妃になるのが魔族の国にとって一番いいと思うから。 だってこの二人はあたし達が生まれた翌日からラブラブなんだもん。 そしてあたしはこの国の平和を守るため、今日も相棒の契約精霊、ホワイトライオンのミミと一緒にパトロールよ! まずはドラゴンを制圧しに行きますか! これは、魔族最強の母カグヤに強さも見た目も性格も激似の娘カグラが、魔王候補にもかかわらず好き勝手に無双する物語。 ーーーーーーーー ☆R18なBLで書いている、王子ちゃんシリーズの異世界編から派生した物語ですが、こちら単体でお読みいただけるようになっております。 ☆設定等はゆっるゆるです。寛大な心でお読み頂けると助かります。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏
ファンタジー
【2023/12/19】 1~3話を約二年ぶりにリライトしました。 以前よりも世界観などがわかりやすくなっていると思いますので、読んでいただければ幸いです。 魔法が当たり前、人間によく似た長寿の生命体は「神」と呼ばれる異世界、「デウスガルテン」。 かつて一つだった世界は複数の「箱庭」という形でバラバラに分かたれてしまい、神も人間も別々に生きている。 物語は、神のみが生きる箱庭「キャッセリア」から始まる。 ユキア・アルシェリアは、若い神の少女でありながら、神と人間が共存する世界を望んでいる。 それは神としては間違いで、失敗作とも役立たずとも揶揄されるような考え方。 彼女は幼い頃に読んだ物語の感動を糧に、理想を追い続けていた。 一方。クリム・クラウツは、特別なオッドアイと白銀の翼を持つ少年の姿をした断罪神。 最高神とともに世界を治める神の一人である彼は、最高神の価値観と在り方に密かな疑問を持っていた。 彼は本心を隠し続け、命令に逆らうことなく断罪の役割を全うしていた。 そんな中、二人に「神隠し事件」という名の転機が訪れる。 ユキアは神隠し事件に巻き込まれ、幼なじみとともに命の危機に陥る。 クリムは最高神から神隠し事件の調査を任され、真実と犯人を求め奔走する。 それは、長く果てしない目的への旅路の始まりに過ぎなかった────。 生まれた年も立場も違う二人の神の視点から、世界が砕けた原因となった謎を追うお話。 世界観、キャラクターについては以下のサイトにまとめてあります↓ https://tsukuyomiraika.wixsite.com/divalega ※ノベルアップ、カクヨムでも掲載しています。

処理中です...