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終章
2節 交わる流れ
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「キース。私がいない間、変わりはなかった?」
キースと呼ばれた少年――子供たちの中で一番背が高かったので年長だろうか――が、ライエさんの言葉に笑って返す。
「シスターが応対に出てから大して時間も経ってないよ。誰も怪我とかしてない」
「なら良かった」
少年の返答に、ライエさんは小さく安堵の吐息を漏らす。そこへ、他の子供たちが押し寄せてくる。
「ライ姉ちゃん、その人たちがお客さん?」「誰ー?」
「このおねーちゃん、剣を二本も持ってるよ」「剣士さま?」「ぼーけんしゃ?」
「こっちのおねえさんは、新しいシスター?」「かわいい~」
「あ、あの……」
子供たちは私とアレニエさんを見てめいめいに口を開く。そればかりか、近づいて聖服の裾をつまんできたりして……えーと……こういう時、どう対応したらいいんだろう。
ちらりと目を向ければ、アレニエさんは笑顔――仮初ではなく自然な笑顔だ――で子供たちの質問に応じていた。意外と子供好きなのかもしれない。
「ほらほら、あなたたち。お客さんが困ってるでしょ。離してあげなさい」
「「「はーい」」」
窘められると、私の服を掴んでいた子供たちは素直にその手を離してくれた。……た、助かった……
「この人たちは、ここの卒業生の娘さんたちよ。今日は顔を見せに来てくれたの」
「へー」「そうなんだ」
ライエさんの説明に、子供たちが興味があるようなないような返事をする。卒業生の子供という存在がピンとこないのかもしれない。
そこで、不意にライエさんが何かを思いついたように声を上げる。
「そうだ。ね、アレニエさん、リュイスさん。良ければ、この子たちにお手本見せてあげてくれないかな」
「お手本? わたしたちが?」
「ええ。腕を磨きたいなら、たまには〝本物〟を見るのも大事でしょ? でも、私だけじゃ教えるのも限界があるし、かといって外にみんなを連れていくのは危ないし。だから、ここで見せてあげられると助かるんだけど」
なるほど。確かに彼女の言う通り、物事の上達には上手い人の動きを見て覚えることも大事な要素だろう。でも……アレニエさんはともかく、私で手本になれるだろうか……?
そんな疑念を抱く私をよそに、アレニエさんが前向きに返答する。
「そういうことなら、わたしとリュイスちゃんで模擬戦でもしてみせよっか」
「え……わ、私が?」
「他にリュイスちゃんはいないし、最近は朝の稽古でもやってることでしょ?」
「で、でも、子供たちの前で……それに、私なんかじゃ……」
神官としても冒険者としても、とても本物などとは呼べないのでは……
「……リュイスちゃんが何を心配してるのか、なんとなくしか分からないけどさ」
アレニエさんは心配ないというように柔らかい笑顔を浮かべる。
「リュイスちゃんは強くなったよ。最初こそ実戦では上手く動けなかったみたいだけど、今はここまでの旅で色んな経験を積んで、訓練通りの、ううん、それ以上の強さを出せるようになってる。こないだだって、助けられたばかりだしね。だから、大丈夫だよ」
「アレニエさん……」
そう、だろうか。少しでも、強くなれているだろうか。自分に自信のない私は、自分ではそう思えない。
けれど、傍で見てきてくれた彼女がそう言うのなら……
「……分かりました。やってみます」
「うん」
満足そうに頷いて、アレニエさんが笑う。
「あなたたち、誰か木剣一本貸してくれない?」
「いいよー」
彼女は子供の一人から木剣を受け取り、具合を確かめるように持ち手をくるくる回したり軽く振ってみせたりする。そうしてから、二人で子供たちから距離を取り、互いに離れた位置で向かい合った。
「《……守の章、第一節。護りの盾、プロテクション》」
両の拳に光の盾を纏い、左手を前方に、右拳を腰だめに置き、軽く腰を落とす。私の準備が整ったのを見て、アレニエさんが声を上げる。
「それじゃ、いくよー」
「はい」
こちらの返事に、アレニエさんが一つ頷く。その直後――
タン――
と、軽い足音を残して、アレニエさんが一足跳びに接近してくる。
「(……! いきなり……!)」
正面から滑るように近づいてきたアレニエさんは、いつものように逆手に握った木剣を袈裟懸けに振り下ろす。
ビシュン――!
剣閃が空を切る。かろうじて軌跡の外側に逃れ回避したが、剣は私の髪を掠め、髪の毛の一筋をはらりと落としていく。
訓練用の木剣とはいえ、まともに当たれば大怪我のおそれもある。当たりどころによっては死んでもおかしくない。まして、それを振るうのが〈剣帝〉の弟子であるアレニエさんならなおさら――
気を引き締め直した私は、瞬時に頭を働かせる。何度も稽古に付き合ってもらった今なら、彼女の動きをある程度予測できる。初撃をかわされた彼女は、おそらく剣を順手に握り替え、横薙ぎに切り払ってくる――!
果たして、彼女は私の予想通りに動いてみせた。逆手に握っていた木剣をくるりと回し、順手に持ち替え、さらなる追撃を図る。
そこへ、私は一歩踏み出した。相手の力が乗り切る前、振り始めの段階で、両手に纏わせた盾で木剣を押さえ込む。
バチィ――!
光の盾に弾かれた剣は、反発で反対方向に流されていく。彼女の体勢がわずかに崩れる。
「(ここ!)」
隙を逃がさずさらに一歩踏み込み、右の拳を打ち込む。このタイミングなら、かわすことも木剣で受け止めることも難しい。私の拳は彼女の胴体に吸い込まれるように叩き込まれる――はずだった。
ここで、アレニエさんは剣を弾かれた勢いを利用し、反時計回りに鋭く旋回。こちらが突き出した拳に対して、回し蹴りの要領で右膝蹴りを打ち込んでくる!
「――!」
あの体勢から間に合ったのも驚きだが、蹴りの威力も驚異的だった。武器を通してもいないのに、右手に纏わせた神の盾が砕かれる。
「(……なら……!)」
蹴りの威力に押されながらも、残った左手の盾を打ち込む。こちらの体勢も多少崩れているが、彼女はそれ以上に不安定な姿勢のはずだ。今度こそ反撃はできない――
そう思っていた私の目の前で、彼女は逆手に握った木剣の柄を前方に掲げた。
トン――
力が乗り切る前の左拳は、木剣の柄頭で静かに押さえ込まれる。そのまま彼女は軸足だけでバランスを取り、踏み込み、前方に体重を移動させ、上げていた右足を強く地面に降ろし、踏み抜いた。
ダン――!
瞬発力で生み出した『気』と、彼女の全身の体重が、その手に握る木剣の柄に集中する。集約された力は私の左手の盾を打ち抜き、やはり破壊する。そうして両手の盾を失った私目掛け――
ヒュ――
アレニエさんの斬撃が、私の首を狙って横薙ぎに襲い来る。
「くぅ……!」
咄嗟に両手を引き戻し、グローブの手甲で剣撃を防ぐ。両腕にジーンとした痛みと痺れが広がった。わずかでも遅れていたら、この両腕の痛みが私の首を襲っていたはずだ。その時は、痛いでは済まない衝撃が走っていただろう。今になって背筋を冷やりとしたものが伝う。
「(アレニエさん、朝の稽古の時より、本気でやってる……?)」
もしかして、子供たちの前だから張り切っているんだろうか。それとも……私の腕を、認めてくれてのこと、なのだろうか。もしそうならば嬉しいは嬉しいのだけど……本気のアレニエさんとやり合うのは、たとえ木剣だとしても、ちょっと怖い。
「ほんとに、強くなったね、リュイスちゃん」
「アレニエさん……」
アレニエさんは追撃してこない。彼女は剣を握っていた手を下ろし、力を抜いた。仕掛けてくる様子は見られない。
それに気を削がれた私も、構えていた両手から力を抜く。手の痺れはいつの間にか治まっていた。
そこへ、歓声が沸く。観戦していた子供たちからだ。戦いが一段落ついたのを察したのだろう。
「すごーい!」「お姉ちゃんたち、かっこいいー!」「今の、どうやるの、どうやるの!?」
「なんで逆さまに剣持ってるのー?」「わたしにも教えて!」「オレも!」
彼らは口々に、若干興奮したように声を上げ、こちらに駆け寄り、自分たちにも教えるようせがんでくる。剣を持った子たちはアレニエさんの元へ。格闘術を練習していた子たちは私の傍に集まり、聖服の裾を引っ張りながら懇願してくる。
それにどう対応しようか悩んでいるところで、不意にアレニエさんと目が合う。子供たちに囲まれた今の状況がなんだかおかしくて、どちらからともなく笑みを浮かべた。
『戦場』に程近い街に佇むウィスタリア孤児院。
私たちの義理の親であるオルフランさんとクラルテ司祭。二人が幼少期を過ごした場所で、二人から受け継がれた小さな流れに、娘である私たちが今こうして交わっている。
その事実に、言葉にならない感慨を覚えながら、私たちは孤児院の流れに新たな足跡を刻むのだった。
***
陽が落ち、完全に沈んでしまう前に、私たちはウィスタリア孤児院を後にすることを決めた。荷物を背負い直し、出立の準備を整えた私たちに、見送りに来てくれたライエさんが口を開く。
「今日は色々ありがとね。子供たちも喜んでたわ」
「こっちこそ。孤児院案内してくれて助かったよ。おかげでとーさんがどんな風に暮らしてたか、なんとなく想像できた」
「私もです。司祭さまが育った場所で、司祭さまの原点を知られて、前より彼女を身近に感じられた気がします」
「そっか。なら良かった。それより、ほんとに今から宿を取りに行くの? ここに泊まっていってもいいのよ?」
「さすがにそこまで世話になるのは悪いし、ちょっと路銀も心もとなくなってきたから、ついでに仕事も探そうかと思ってて。情報収集もしたいから、どのみち冒険者の宿には寄るつもりなんだ」
「そう……分かった。でも、夜間の出歩きには気を付けてね。神官のリュイスさんは特に」
その言葉に、私とアレニエさんは顔を見合わせる。
「それはもちろん気を付けるけれど……何か、あるの?」
戦火の遠いパルティールなどと比べれば、戦場に近いこの街は治安がいいとは言えないのだろう。陽が落ちればなおさらだ。が、彼女の口ぶりからは、それ以上の何か明確な厄介事を想定しているように聞こえた。
「ええ。今、この街では――」
キースと呼ばれた少年――子供たちの中で一番背が高かったので年長だろうか――が、ライエさんの言葉に笑って返す。
「シスターが応対に出てから大して時間も経ってないよ。誰も怪我とかしてない」
「なら良かった」
少年の返答に、ライエさんは小さく安堵の吐息を漏らす。そこへ、他の子供たちが押し寄せてくる。
「ライ姉ちゃん、その人たちがお客さん?」「誰ー?」
「このおねーちゃん、剣を二本も持ってるよ」「剣士さま?」「ぼーけんしゃ?」
「こっちのおねえさんは、新しいシスター?」「かわいい~」
「あ、あの……」
子供たちは私とアレニエさんを見てめいめいに口を開く。そればかりか、近づいて聖服の裾をつまんできたりして……えーと……こういう時、どう対応したらいいんだろう。
ちらりと目を向ければ、アレニエさんは笑顔――仮初ではなく自然な笑顔だ――で子供たちの質問に応じていた。意外と子供好きなのかもしれない。
「ほらほら、あなたたち。お客さんが困ってるでしょ。離してあげなさい」
「「「はーい」」」
窘められると、私の服を掴んでいた子供たちは素直にその手を離してくれた。……た、助かった……
「この人たちは、ここの卒業生の娘さんたちよ。今日は顔を見せに来てくれたの」
「へー」「そうなんだ」
ライエさんの説明に、子供たちが興味があるようなないような返事をする。卒業生の子供という存在がピンとこないのかもしれない。
そこで、不意にライエさんが何かを思いついたように声を上げる。
「そうだ。ね、アレニエさん、リュイスさん。良ければ、この子たちにお手本見せてあげてくれないかな」
「お手本? わたしたちが?」
「ええ。腕を磨きたいなら、たまには〝本物〟を見るのも大事でしょ? でも、私だけじゃ教えるのも限界があるし、かといって外にみんなを連れていくのは危ないし。だから、ここで見せてあげられると助かるんだけど」
なるほど。確かに彼女の言う通り、物事の上達には上手い人の動きを見て覚えることも大事な要素だろう。でも……アレニエさんはともかく、私で手本になれるだろうか……?
そんな疑念を抱く私をよそに、アレニエさんが前向きに返答する。
「そういうことなら、わたしとリュイスちゃんで模擬戦でもしてみせよっか」
「え……わ、私が?」
「他にリュイスちゃんはいないし、最近は朝の稽古でもやってることでしょ?」
「で、でも、子供たちの前で……それに、私なんかじゃ……」
神官としても冒険者としても、とても本物などとは呼べないのでは……
「……リュイスちゃんが何を心配してるのか、なんとなくしか分からないけどさ」
アレニエさんは心配ないというように柔らかい笑顔を浮かべる。
「リュイスちゃんは強くなったよ。最初こそ実戦では上手く動けなかったみたいだけど、今はここまでの旅で色んな経験を積んで、訓練通りの、ううん、それ以上の強さを出せるようになってる。こないだだって、助けられたばかりだしね。だから、大丈夫だよ」
「アレニエさん……」
そう、だろうか。少しでも、強くなれているだろうか。自分に自信のない私は、自分ではそう思えない。
けれど、傍で見てきてくれた彼女がそう言うのなら……
「……分かりました。やってみます」
「うん」
満足そうに頷いて、アレニエさんが笑う。
「あなたたち、誰か木剣一本貸してくれない?」
「いいよー」
彼女は子供の一人から木剣を受け取り、具合を確かめるように持ち手をくるくる回したり軽く振ってみせたりする。そうしてから、二人で子供たちから距離を取り、互いに離れた位置で向かい合った。
「《……守の章、第一節。護りの盾、プロテクション》」
両の拳に光の盾を纏い、左手を前方に、右拳を腰だめに置き、軽く腰を落とす。私の準備が整ったのを見て、アレニエさんが声を上げる。
「それじゃ、いくよー」
「はい」
こちらの返事に、アレニエさんが一つ頷く。その直後――
タン――
と、軽い足音を残して、アレニエさんが一足跳びに接近してくる。
「(……! いきなり……!)」
正面から滑るように近づいてきたアレニエさんは、いつものように逆手に握った木剣を袈裟懸けに振り下ろす。
ビシュン――!
剣閃が空を切る。かろうじて軌跡の外側に逃れ回避したが、剣は私の髪を掠め、髪の毛の一筋をはらりと落としていく。
訓練用の木剣とはいえ、まともに当たれば大怪我のおそれもある。当たりどころによっては死んでもおかしくない。まして、それを振るうのが〈剣帝〉の弟子であるアレニエさんならなおさら――
気を引き締め直した私は、瞬時に頭を働かせる。何度も稽古に付き合ってもらった今なら、彼女の動きをある程度予測できる。初撃をかわされた彼女は、おそらく剣を順手に握り替え、横薙ぎに切り払ってくる――!
果たして、彼女は私の予想通りに動いてみせた。逆手に握っていた木剣をくるりと回し、順手に持ち替え、さらなる追撃を図る。
そこへ、私は一歩踏み出した。相手の力が乗り切る前、振り始めの段階で、両手に纏わせた盾で木剣を押さえ込む。
バチィ――!
光の盾に弾かれた剣は、反発で反対方向に流されていく。彼女の体勢がわずかに崩れる。
「(ここ!)」
隙を逃がさずさらに一歩踏み込み、右の拳を打ち込む。このタイミングなら、かわすことも木剣で受け止めることも難しい。私の拳は彼女の胴体に吸い込まれるように叩き込まれる――はずだった。
ここで、アレニエさんは剣を弾かれた勢いを利用し、反時計回りに鋭く旋回。こちらが突き出した拳に対して、回し蹴りの要領で右膝蹴りを打ち込んでくる!
「――!」
あの体勢から間に合ったのも驚きだが、蹴りの威力も驚異的だった。武器を通してもいないのに、右手に纏わせた神の盾が砕かれる。
「(……なら……!)」
蹴りの威力に押されながらも、残った左手の盾を打ち込む。こちらの体勢も多少崩れているが、彼女はそれ以上に不安定な姿勢のはずだ。今度こそ反撃はできない――
そう思っていた私の目の前で、彼女は逆手に握った木剣の柄を前方に掲げた。
トン――
力が乗り切る前の左拳は、木剣の柄頭で静かに押さえ込まれる。そのまま彼女は軸足だけでバランスを取り、踏み込み、前方に体重を移動させ、上げていた右足を強く地面に降ろし、踏み抜いた。
ダン――!
瞬発力で生み出した『気』と、彼女の全身の体重が、その手に握る木剣の柄に集中する。集約された力は私の左手の盾を打ち抜き、やはり破壊する。そうして両手の盾を失った私目掛け――
ヒュ――
アレニエさんの斬撃が、私の首を狙って横薙ぎに襲い来る。
「くぅ……!」
咄嗟に両手を引き戻し、グローブの手甲で剣撃を防ぐ。両腕にジーンとした痛みと痺れが広がった。わずかでも遅れていたら、この両腕の痛みが私の首を襲っていたはずだ。その時は、痛いでは済まない衝撃が走っていただろう。今になって背筋を冷やりとしたものが伝う。
「(アレニエさん、朝の稽古の時より、本気でやってる……?)」
もしかして、子供たちの前だから張り切っているんだろうか。それとも……私の腕を、認めてくれてのこと、なのだろうか。もしそうならば嬉しいは嬉しいのだけど……本気のアレニエさんとやり合うのは、たとえ木剣だとしても、ちょっと怖い。
「ほんとに、強くなったね、リュイスちゃん」
「アレニエさん……」
アレニエさんは追撃してこない。彼女は剣を握っていた手を下ろし、力を抜いた。仕掛けてくる様子は見られない。
それに気を削がれた私も、構えていた両手から力を抜く。手の痺れはいつの間にか治まっていた。
そこへ、歓声が沸く。観戦していた子供たちからだ。戦いが一段落ついたのを察したのだろう。
「すごーい!」「お姉ちゃんたち、かっこいいー!」「今の、どうやるの、どうやるの!?」
「なんで逆さまに剣持ってるのー?」「わたしにも教えて!」「オレも!」
彼らは口々に、若干興奮したように声を上げ、こちらに駆け寄り、自分たちにも教えるようせがんでくる。剣を持った子たちはアレニエさんの元へ。格闘術を練習していた子たちは私の傍に集まり、聖服の裾を引っ張りながら懇願してくる。
それにどう対応しようか悩んでいるところで、不意にアレニエさんと目が合う。子供たちに囲まれた今の状況がなんだかおかしくて、どちらからともなく笑みを浮かべた。
『戦場』に程近い街に佇むウィスタリア孤児院。
私たちの義理の親であるオルフランさんとクラルテ司祭。二人が幼少期を過ごした場所で、二人から受け継がれた小さな流れに、娘である私たちが今こうして交わっている。
その事実に、言葉にならない感慨を覚えながら、私たちは孤児院の流れに新たな足跡を刻むのだった。
***
陽が落ち、完全に沈んでしまう前に、私たちはウィスタリア孤児院を後にすることを決めた。荷物を背負い直し、出立の準備を整えた私たちに、見送りに来てくれたライエさんが口を開く。
「今日は色々ありがとね。子供たちも喜んでたわ」
「こっちこそ。孤児院案内してくれて助かったよ。おかげでとーさんがどんな風に暮らしてたか、なんとなく想像できた」
「私もです。司祭さまが育った場所で、司祭さまの原点を知られて、前より彼女を身近に感じられた気がします」
「そっか。なら良かった。それより、ほんとに今から宿を取りに行くの? ここに泊まっていってもいいのよ?」
「さすがにそこまで世話になるのは悪いし、ちょっと路銀も心もとなくなってきたから、ついでに仕事も探そうかと思ってて。情報収集もしたいから、どのみち冒険者の宿には寄るつもりなんだ」
「そう……分かった。でも、夜間の出歩きには気を付けてね。神官のリュイスさんは特に」
その言葉に、私とアレニエさんは顔を見合わせる。
「それはもちろん気を付けるけれど……何か、あるの?」
戦火の遠いパルティールなどと比べれば、戦場に近いこの街は治安がいいとは言えないのだろう。陽が落ちればなおさらだ。が、彼女の口ぶりからは、それ以上の何か明確な厄介事を想定しているように聞こえた。
「ええ。今、この街では――」
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