[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

文字の大きさ
上 下
117 / 144
終章

2節 交わる流れ

しおりを挟む
「キース。私がいない間、変わりはなかった?」

 キースと呼ばれた少年――子供たちの中で一番背が高かったので年長だろうか――が、ライエさんの言葉に笑って返す。

「シスターが応対に出てから大して時間も経ってないよ。誰も怪我とかしてない」

「なら良かった」

 少年の返答に、ライエさんは小さく安堵の吐息を漏らす。そこへ、他の子供たちが押し寄せてくる。

「ライ姉ちゃん、その人たちがお客さん?」「誰ー?」
「このおねーちゃん、剣を二本も持ってるよ」「剣士さま?」「ぼーけんしゃ?」
「こっちのおねえさんは、新しいシスター?」「かわいい~」

「あ、あの……」

 子供たちは私とアレニエさんを見てめいめいに口を開く。そればかりか、近づいて聖服の裾をつまんできたりして……えーと……こういう時、どう対応したらいいんだろう。

 ちらりと目を向ければ、アレニエさんは笑顔――仮初ではなく自然な笑顔だ――で子供たちの質問に応じていた。意外と子供好きなのかもしれない。

「ほらほら、あなたたち。お客さんが困ってるでしょ。離してあげなさい」

「「「はーい」」」

 たしなめられると、私の服を掴んでいた子供たちは素直にその手を離してくれた。……た、助かった……

「この人たちは、ここの卒業生の娘さんたちよ。今日は顔を見せに来てくれたの」

「へー」「そうなんだ」

 ライエさんの説明に、子供たちが興味があるようなないような返事をする。卒業生の子供という存在がピンとこないのかもしれない。
 そこで、不意にライエさんが何かを思いついたように声を上げる。

「そうだ。ね、アレニエさん、リュイスさん。良ければ、この子たちにお手本見せてあげてくれないかな」

「お手本? わたしたちが?」

「ええ。腕を磨きたいなら、たまには〝本物〟を見るのも大事でしょ? でも、私だけじゃ教えるのも限界があるし、かといって外にみんなを連れていくのは危ないし。だから、ここで見せてあげられると助かるんだけど」

 なるほど。確かに彼女の言う通り、物事の上達には上手い人の動きを見て覚えることも大事な要素だろう。でも……アレニエさんはともかく、私で手本になれるだろうか……?
 そんな疑念を抱く私をよそに、アレニエさんが前向きに返答する。

「そういうことなら、わたしとリュイスちゃんで模擬戦でもしてみせよっか」

「え……わ、私が?」

「他にリュイスちゃんはいないし、最近は朝の稽古でもやってることでしょ?」

「で、でも、子供たちの前で……それに、私なんかじゃ……」

 神官としても冒険者としても、とても本物などとは呼べないのでは……

「……リュイスちゃんが何を心配してるのか、なんとなくしか分からないけどさ」

 アレニエさんは心配ないというように柔らかい笑顔を浮かべる。

「リュイスちゃんは強くなったよ。最初こそ実戦では上手く動けなかったみたいだけど、今はここまでの旅で色んな経験を積んで、訓練通りの、ううん、それ以上の強さを出せるようになってる。こないだだって、助けられたばかりだしね。だから、大丈夫だよ」

「アレニエさん……」

 そう、だろうか。少しでも、強くなれているだろうか。自分に自信のない私は、自分ではそう思えない。
 けれど、傍で見てきてくれた彼女がそう言うのなら……

「……分かりました。やってみます」

「うん」

 満足そうに頷いて、アレニエさんが笑う。

「あなたたち、誰か木剣ぼっけん一本貸してくれない?」

「いいよー」

 彼女は子供の一人から木剣を受け取り、具合を確かめるように持ち手をくるくる回したり軽く振ってみせたりする。そうしてから、二人で子供たちから距離を取り、互いに離れた位置で向かい合った。

「《……守の章、第一節。護りの盾、プロテクション》」

 両の拳に光の盾を纏い、左手を前方に、右拳を腰だめに置き、軽く腰を落とす。私の準備が整ったのを見て、アレニエさんが声を上げる。

「それじゃ、いくよー」

「はい」

 こちらの返事に、アレニエさんが一つ頷く。その直後――

 タン――

 と、軽い足音を残して、アレニエさんが一足跳びに接近してくる。

「(……! いきなり……!)」

 正面から滑るように近づいてきたアレニエさんは、いつものように逆手に握った木剣を袈裟懸けに振り下ろす。

 ビシュン――!

 剣閃が空を切る。かろうじて軌跡の外側に逃れ回避したが、剣は私の髪を掠め、髪の毛の一筋をはらりと落としていく。

 訓練用の木剣とはいえ、まともに当たれば大怪我のおそれもある。当たりどころによっては死んでもおかしくない。まして、それを振るうのが〈剣帝〉の弟子であるアレニエさんならなおさら――

 気を引き締め直した私は、瞬時に頭を働かせる。何度も稽古に付き合ってもらった今なら、彼女の動きをある程度予測できる。初撃をかわされた彼女は、おそらく剣を順手に握り替え、横薙ぎに切り払ってくる――!

 果たして、彼女は私の予想通りに動いてみせた。逆手に握っていた木剣をくるりと回し、順手に持ち替え、さらなる追撃を図る。
 そこへ、私は一歩踏み出した。相手の力が乗り切る前、振り始めの段階で、両手に纏わせた盾で木剣を押さえ込む。

 バチィ――!

 光の盾に弾かれた剣は、反発で反対方向に流されていく。彼女の体勢がわずかに崩れる。

「(ここ!)」

 隙を逃がさずさらに一歩踏み込み、右の拳を打ち込む。このタイミングなら、かわすことも木剣で受け止めることも難しい。私の拳は彼女の胴体に吸い込まれるように叩き込まれる――はずだった。

 ここで、アレニエさんは剣を弾かれた勢いを利用し、反時計回りに鋭く旋回。こちらが突き出した拳に対して、回し蹴りの要領で右膝蹴りを打ち込んでくる!

「――!」

 あの体勢から間に合ったのも驚きだが、蹴りの威力も驚異的だった。武器を通してもいないのに、右手に纏わせた神の盾が砕かれる。

「(……なら……!)」

 蹴りの威力に押されながらも、残った左手の盾を打ち込む。こちらの体勢も多少崩れているが、彼女はそれ以上に不安定な姿勢のはずだ。今度こそ反撃はできない――

 そう思っていた私の目の前で、彼女は逆手に握った木剣の柄を前方に掲げた。

 トン――

 力が乗り切る前の左拳は、木剣の柄頭で静かに押さえ込まれる。そのまま彼女は軸足だけでバランスを取り、踏み込み、前方に体重を移動させ、上げていた右足を強く地面に降ろし、踏み抜いた。

 ダン――!

 瞬発力で生み出した『気』と、彼女の全身の体重が、その手に握る木剣の柄に集中する。集約された力は私の左手の盾を打ち抜き、やはり破壊する。そうして両手の盾を失った私目掛け――

 ヒュ――

 アレニエさんの斬撃が、私の首を狙って横薙ぎに襲い来る。

「くぅ……!」

 咄嗟に両手を引き戻し、グローブの手甲で剣撃を防ぐ。両腕にジーンとした痛みと痺れが広がった。わずかでも遅れていたら、この両腕の痛みが私の首を襲っていたはずだ。その時は、痛いでは済まない衝撃が走っていただろう。今になって背筋を冷やりとしたものが伝う。

「(アレニエさん、朝の稽古の時より、本気でやってる……?)」

 もしかして、子供たちの前だから張り切っているんだろうか。それとも……私の腕を、認めてくれてのこと、なのだろうか。もしそうならば嬉しいは嬉しいのだけど……本気のアレニエさんとやり合うのは、たとえ木剣だとしても、ちょっと怖い。

「ほんとに、強くなったね、リュイスちゃん」

「アレニエさん……」

 アレニエさんは追撃してこない。彼女は剣を握っていた手を下ろし、力を抜いた。仕掛けてくる様子は見られない。
 それに気を削がれた私も、構えていた両手から力を抜く。手の痺れはいつの間にか治まっていた。

 そこへ、歓声が沸く。観戦していた子供たちからだ。戦いが一段落ついたのを察したのだろう。

「すごーい!」「お姉ちゃんたち、かっこいいー!」「今の、どうやるの、どうやるの!?」
「なんで逆さまに剣持ってるのー?」「わたしにも教えて!」「オレも!」

 彼らは口々に、若干興奮したように声を上げ、こちらに駆け寄り、自分たちにも教えるようせがんでくる。剣を持った子たちはアレニエさんの元へ。格闘術を練習していた子たちは私の傍に集まり、聖服の裾を引っ張りながら懇願してくる。
 それにどう対応しようか悩んでいるところで、不意にアレニエさんと目が合う。子供たちに囲まれた今の状況がなんだかおかしくて、どちらからともなく笑みを浮かべた。

『戦場』に程近い街に佇むウィスタリア孤児院。
 私たちの義理の親であるオルフランさんとクラルテ司祭。二人が幼少期を過ごした場所で、二人から受け継がれた小さな流れに、娘である私たちが今こうして交わっている。
 その事実に、言葉にならない感慨を覚えながら、私たちは孤児院の流れに新たな足跡を刻むのだった。


  ***


 陽が落ち、完全に沈んでしまう前に、私たちはウィスタリア孤児院を後にすることを決めた。荷物を背負い直し、出立の準備を整えた私たちに、見送りに来てくれたライエさんが口を開く。

「今日は色々ありがとね。子供たちも喜んでたわ」

「こっちこそ。孤児院案内してくれて助かったよ。おかげでとーさんがどんな風に暮らしてたか、なんとなく想像できた」

「私もです。司祭さまが育った場所で、司祭さまの原点を知られて、前より彼女を身近に感じられた気がします」

「そっか。なら良かった。それより、ほんとに今から宿を取りに行くの? ここに泊まっていってもいいのよ?」

「さすがにそこまで世話になるのは悪いし、ちょっと路銀も心もとなくなってきたから、ついでに仕事も探そうかと思ってて。情報収集もしたいから、どのみち冒険者の宿には寄るつもりなんだ」

「そう……分かった。でも、夜間の出歩きには気を付けてね。神官のリュイスさんは特に」

 その言葉に、私とアレニエさんは顔を見合わせる。

「それはもちろん気を付けるけれど……何か、あるの?」

 戦火の遠いパルティールなどと比べれば、戦場に近いこの街は治安がいいとは言えないのだろう。陽が落ちればなおさらだ。が、彼女の口ぶりからは、それ以上の何か明確な厄介事を想定しているように聞こえた。

「ええ。今、この街では――」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした

万千澗
ファンタジー
魔女の国――ユリリア国。 住んでいるのは女性だけ、魔法と呼ばれる力を扱う存在。 エネミット王国の孤児院で育ったあたしは伯爵家の使用人として働いていた。 跡取りのウィリアムと婚約を果たし、あたしの人生は順風満帆。 と、思っていた。 それはたった一夜で壊れていく。 どうやらあたしは”魔女”と呼ばれる存在で、エネミット王国からすれば敵となる存在。 衛兵から必死に逃げるも捕まったあたしは王都へと護送される。 絶望に陥る中、現れたのは白馬に乗った一人の少女。 どうやら彼女も魔女であたしを助けに来てくれたみたい。 逃げるには護衛を倒さないといけない。 少女は魔法と呼ばれる力を使って無力化を図る。 でも、少女が魔法を使うにはあたしとの”口づけ”が必要で――――。 ※小説家になろうでも連載中です

魔の森の鬼人の非日常

暁丸
ファンタジー
訳あって全てを捨て、人が住めない魔の森で一人暮らしの鬼人のステレ。 そんなステレが出会ったのは、いろいろ常識外れの謎の男。 「そこの君、俺と勝負しない?」 謎の男に見込まれたことで、死ぬまでただ生きるだけだったステレの日常は、ちょっとだけ変わったのでした。 *初作。拙い文才ですが頑張ってみます。見切り発車なのでどうなるか自分でもさっぱり。設定ゆるゆるなんで大目に見て下さい。 *所々パロネタが出てきますが、作者の習性です。転生キャラとかじゃありません。 *舞台も登場人物も少ないです。壮大とかそういうのとは無縁のちっちゃな物語です。

まほカン

jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。 今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル! ※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。

開拓島〜最強の不老不死になって、誰の指図も受けずに自由に生きます!〜

SaLi
ファンタジー
人からの頼み事を断れずに貧乏くじを引いてきた主人公が、残業帰りのクリスマスイブに偶然見つけた夜カフェのお店。なぜか心惹かれ立ち寄ってみると、なんとそこは、異世界の神様が転生者を見つけるためのカフェだった。 悩んだ末(いや、そんなに悩んでない)、異世界転生を望んだ主人公が今度こそ誰の指図も受けずに好きに楽しく生きてやるぞ!!と固く決意し、チートスキルを駆使して自由に生きていくお話。 さて、まずは誰にも邪魔できないほど、強くなるぞ。 「貴族?だから?」「王様って何様?」「捕まえる?出来るものならお好きにどうぞ」 心身ともに生まれ変わって、やりたいことだけをやる! さ、神様から貰ったこの島もどんどん発展させちゃうよー!!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

処理中です...