[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

文字の大きさ
上 下
104 / 144
第3章

幕間2 ある男と大男は救出する

しおりを挟む
 街は闘技大会の祭りのような盛り上がりから、次第に戦争の勝利への熱狂に移り変わっているように見えた。皇帝の発した宣戦布告が人の噂と共に広がっているのだろう。住民の大半が祖国の勝利を望み、信じ、願って止まない。

「(実は魔物と手を組んでいる、などと知れたらどうなってしまうのだろうな)」

 ジャイールと共に熱狂に沸くデーゲンシュタットの大通りを駆けながら、オレは胸中でそんなことを思う。

 魔物はアスティマ――邪神が生み出したと言われる、人類の明確な敵だ。本能で他の生物を襲い、生きながらにして穢れを発し、死した後はさらなる穢れを周囲に撒き散らす、唾棄だきすべき存在。
 アスタリア教徒はこれを存在そのものが悪として、見つけ次第駆除するよう推奨(悪を駆除する=悪の世界を減少させる という善行になるらしい)しているほどだ。そんなものと手を組んだと知れば……

「(敬虔なアスタリア教徒なら耐えられんだろうな)」

 教義で禁止されているため自殺まではしないだろうが、自暴自棄にはなるだろう。まぁ、長く戦地であり続けたこの街では、世界を創造した女神より、勝利を司る戦神のほうが信仰されているそうだが。自殺はなくとも、武器を手に魔物に特攻するくらいはあるかもしれん。

「あそこだ!」

 この街の冒険者の先導で、件の収容所が目視できる位置まで辿り着いた。ここからは路地裏に入り、物陰から突入のタイミングを見定める必要がある。

 元はただの兵舎だったという収容所は、石造りで二階建ての簡素な建物だった。街として発展するにつれ兵舎としての務めは必要なくなった(城壁の傍に新造の兵舎があるらしい)が、軽犯罪者(特に祭りで浮かれた類)を収容しておくには有用だったため、こんな大通りの傍に残り続けているのだとか。

「表の見張りは二人か……やはり外に展開された軍や、出入り口と闘技場の封鎖に人員を割かれてるらしいな。祭りの混乱に乗じれば、不意を突いて倒せるだろう」

 先導していた冒険者の一人、戦士風の男が、こちらに聞こえるように呟く。

 こちらの戦力はオレとジャイールに加え、〈盾の守り人亭〉の店主から紹介された四人組の冒険者たち(内訳は、男剣士、女盗賊、女神官、男魔術師)。数が多すぎると目立つし身動きが取りづらいため、道案内と人手の確保に一パーティーだけ借りてきた。
 闘技場のほうには別の冒険者パーティーを待機させてある。こちらの解放が済み次第そちらに合流し、共に皇帝を襲撃する手筈だ。

「よし、行くか」

「おう」

 オレはジャイールに声を掛け、物陰から無造作に足を踏み出す。ジャイールも同様に歩き出し、同時に収容所に近づいていく。

「ちょ、おい、あんたら――」

 背後から戦士の戸惑いの声が聞こえてきたが、とりあえず無視だ。今は時間が惜しい。
 大通りを進む人の流れに紛れて歩を進め、収容所の前まで近づく。見張りの兵士がこちらに目を向け――る前に駆け出し、懐から短剣を取り出したオレは、短剣の柄で兵士の顔を殴りつける。

「ぐぁっ!?」

 吹き飛び、仰向けに倒れる兵士。上手く今ので意識を奪えたらしい。起き上がることなく地面に寝そべる。そしてもう一人の見張りは……

「がっ……」

 ジャイールの大剣の腹で頭部を叩かれ、やはり地面に倒れ伏していた。

 通行人の一部が少しざわついたが、やがて街の喧騒にかき消されていく。凶行を止めるべき兵士は目の前でのびており、他にとがめ立てする者もいない。
 わずかに遅れて、冒険者の四人組がこちらにやってくる。

「……ずいぶん、手馴れてるんだな」

「そんなことはないさ」

 まさか普段からこうやって生きているなどと言えるわけもなく、適当に返事をして誤魔化す。

「それより、今のうちに中に入るぞ。速やかに目的の人物を見つけねばならん」

「ああ、そうだな」

 騒ぎが広がればさすがに警備の兵士や騎士がこちらに派遣されるかもしれない。その前に目標を確保すべく、我々は収容所内に侵入した。


   ***


 ギ、ィィィィ……

 きしんだ音を立てて、鉄格子の扉が開く。

「ここにいたか、勇者のお嬢さん」

「あなたは……」

 室内で膝を抱えて座っていた少女――名は確か、アルメリナ・アスターシアと言ったか――が、驚きに目を見開く。

 鎧は纏ったままだが、室内に武器は見当たらない。没収されたのだろう。手錠は既に外されていた。

 彼女とはわずかに面識があるのだが、関係性はそれだけだ。助けに来る人物としては、予想外と言うほかないだろう。

 収容所内に入り込んだ我々は、内部を警邏けいらしていた守衛を昏倒させ、鍵を奪い、目的の人物を探した。
 所内の扉は鉄格子が填められて(兵舎だった頃は木製の扉だったらしい)おり、中に誰がいるかを確認するのは容易だった。首尾よく勇者を見つけ出し、扉の鍵を開けるに至る。

「ここから出してくれるんですか? でも、どうしてあなたがここに……?」

「君の救出を依頼されてな。珍しく人助けなどしているわけだ」

「依頼……?」

「ああ。アレニエ・リエスという名に憶えは?」

「! 師匠!?」

「師匠?」

「はい。ぼくの、剣の師匠なんです。そっか、師匠が……」

 彼女がしみじみと噛み締めている間、後ろでジャイールのやつが、「勇者の嬢ちゃんの師匠だぁ? あいつ、そんな面白そうなことしてるの隠してやがったのか」とか呟いていたが、面倒なので無視しておく。

「でも、師匠自身は、どこに? どうして依頼なんて出して……」

「アレニエ嬢は別の依頼があってな。この場には来られなかった」

「別の、依頼……そうですか……」

 少し寂しそうにしょんぼりする勇者の少女。ずいぶん懐かれているじゃないか、アレニエ嬢。

「こっちも見つけたぞ! 鍵をくれ!」

「ああ」

 分担して二階を探索していた冒険者たちが、階段からこちらに呼び掛ける。オレは持っている鍵束(守衛の部屋で見つけたのはこの一束だけだった)を素直に渡した。向こうには盗賊の少女もおり、自力で鍵開けを試みることもできただろうが、その時間も惜しいのだろう。 

「とにかく、今は急いでここを出るべきだ。動けるな?」

「はい……あ、ぼくの、仲間たちは!? みんな無事ですか!?」

「そちらはこれからだ。手分けして探すぞ」

「はい!」

 威勢よく返事をし、彼女は各扉を鉄格子越しに探し始める。やがて二階を探していた四人組も首尾よく要人を確保したのか、背後に見慣れない男性三人を引き連れて戻ってきたので、鍵束を受け取り、残った勇者の守護者たちを順に解放していく。

「シエラ! アニエス! エカル! みんな、よかった……!」

「勇者さま!」

 勇者パーティー感動の再会。特に神官の少女が熱烈に勇者に抱擁し、無事を確かめ合う。あまり興味はなかったため、オレはその間、彼女らの装備を求めて収容所内を探索していた。

 勇者一行と捕縛されていた騎士の武装と思しき物は、とある部屋の一室(見たところ、遺失物置き場のようだった)にまとめて置かれていた。それぞれに渡し、武装を整えてもらったところで、こちらの目的を告げる。

「我々はこれから闘技場に向かい、皇帝を襲撃する」

「えっ……!?」

「皇帝は魔物と結託し、パルティールを、そしてその途上にあるルーナを攻め落とすつもりだ。それを阻止するため、皇帝に布告を撤回させ、その報せをもって軍を停止させる」

「あぁ……やはり陛下は決行してしまわれたのか」

 解放された一人、がっしりした体格の中年の騎士が、嘆くように言葉を漏らした。

「計画を聞いた我々は陛下を止めるべくその場でいさめたのだが、聞き入れてはもらえなかった。おかげでここに拘束されてしまってな……君たちが我々を解放したのは、つまり……」

「皇帝を打ち倒し、布告を撤回させる。だが素直に聞き入れない場合は――」

「我々のうちから代理を立て、軍に撤退命令を下させる。そういうことか」

「そうだ。できるか?」

「ああ。やってみせよう。こう見えて私は騎士団長だからな。帝国の御旗を持参して呼びかければ、進軍を止めるくらいはできるだろう」

 団長だったのか。

「あの……ぼくたちも、連れて行ってください」

 続けて声を上げたのは勇者の少女、アルメリナ嬢。

「もちろん手伝ってもらうとも。なにしろ闘技場を封鎖している騎士や兵士を我々だけで相手取らなければならないからな。人手は多いに越したことはない――」

「いえ、それはもちろん協力しますけど、そうじゃなくて……」

「?」

「その、できれば皇帝さんと戦うのは、ぼくにやらせてほしいんです」

「はぁ? あの皇帝は俺の獲物だぞ。いくら勇者の嬢ちゃんでも譲るわけには――」

「ジャイール。少し黙っていろ」

 振り向かず、手振りで背後の大男を黙らせ、少女に続きを促す。

「何か、理由でも?」

「……さっき、闘技場で彼は、ぼくを――勇者を、殺そうとしていました。そして言われたんです。「魔王を討伐されては困る」と。それが、どうしても気になっていて……だから戦いたい、というより、その前に話をしたいんです。それに……」

「それに?」

「どちらにしても倒して言うことを聞かせるっていうなら、こんな小娘に倒されるほうが一層こたえると思うんですけど……どうでしょうか」

「ふむ……」

 しばし考えながら、目の前の少女を値踏みする。

 以前出会った際はなんの経験もない少女にしか見えなかったが、今日観客席から見た戦いぶりは存外様になっていた。短い間によほど鍛錬と経験を積んだ(アレニエ嬢が教えていただって?)のだろう。皇帝ともやり合えるかもしれない。
 それに確かに、こんな小柄な少女に力で打ち負かされるほうが、より皇帝の心を折れるかもしれない。

「いいだろう。ひとまず皇帝は君に任せよう。だが危険だと判断した場合、即座にジャイールと交代してもらう。いいな?」

「分かりました」

「俺は後回しかよ……」

「そう言うな。獲物は皇帝以外にもいるだろう。常に最前線で鍛え上げられているという帝国の騎士たちが。十分に楽しめると思うぞ」

「フン……分かったよ。とりあえずそれで我慢してやる。……あの中じゃ、皇帝が一番やりそうだったんだがなぁ」

 まだ少しぶつぶつと漏らしていたが、ひとまずは納得してくれたようだ。基本扱いやすくはあるが、餌を与えねば不機嫌になるのが難点だな、こいつは。

「さて、それでは次に進むとしよう」

 集まった人員の前で宣言し、皆で収容所を後にする。
 向かう先は、本日二度目の闘技場。今度は見る側ではなく、戦う側としてだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした

万千澗
ファンタジー
魔女の国――ユリリア国。 住んでいるのは女性だけ、魔法と呼ばれる力を扱う存在。 エネミット王国の孤児院で育ったあたしは伯爵家の使用人として働いていた。 跡取りのウィリアムと婚約を果たし、あたしの人生は順風満帆。 と、思っていた。 それはたった一夜で壊れていく。 どうやらあたしは”魔女”と呼ばれる存在で、エネミット王国からすれば敵となる存在。 衛兵から必死に逃げるも捕まったあたしは王都へと護送される。 絶望に陥る中、現れたのは白馬に乗った一人の少女。 どうやら彼女も魔女であたしを助けに来てくれたみたい。 逃げるには護衛を倒さないといけない。 少女は魔法と呼ばれる力を使って無力化を図る。 でも、少女が魔法を使うにはあたしとの”口づけ”が必要で――――。 ※小説家になろうでも連載中です

魔の森の鬼人の非日常

暁丸
ファンタジー
訳あって全てを捨て、人が住めない魔の森で一人暮らしの鬼人のステレ。 そんなステレが出会ったのは、いろいろ常識外れの謎の男。 「そこの君、俺と勝負しない?」 謎の男に見込まれたことで、死ぬまでただ生きるだけだったステレの日常は、ちょっとだけ変わったのでした。 *初作。拙い文才ですが頑張ってみます。見切り発車なのでどうなるか自分でもさっぱり。設定ゆるゆるなんで大目に見て下さい。 *所々パロネタが出てきますが、作者の習性です。転生キャラとかじゃありません。 *舞台も登場人物も少ないです。壮大とかそういうのとは無縁のちっちゃな物語です。

まほカン

jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。 今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル! ※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。

開拓島〜最強の不老不死になって、誰の指図も受けずに自由に生きます!〜

SaLi
ファンタジー
人からの頼み事を断れずに貧乏くじを引いてきた主人公が、残業帰りのクリスマスイブに偶然見つけた夜カフェのお店。なぜか心惹かれ立ち寄ってみると、なんとそこは、異世界の神様が転生者を見つけるためのカフェだった。 悩んだ末(いや、そんなに悩んでない)、異世界転生を望んだ主人公が今度こそ誰の指図も受けずに好きに楽しく生きてやるぞ!!と固く決意し、チートスキルを駆使して自由に生きていくお話。 さて、まずは誰にも邪魔できないほど、強くなるぞ。 「貴族?だから?」「王様って何様?」「捕まえる?出来るものならお好きにどうぞ」 心身ともに生まれ変わって、やりたいことだけをやる! さ、神様から貰ったこの島もどんどん発展させちゃうよー!!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

処理中です...