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第3章
6節 闘技場のある街
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「――闘技大会?」
「ああ。それが目当てで来たのではないのかね?」
ひげを生やした兵士の問い掛けに、アレニエさんが目を瞬かせる。
「や、わたしたちはたまたま仕事と情報貰いに大きな街に来たかっただけなんだけど……そっか、それでこんなに人が多いんだね」
「うむ。大会の開催中はそれに乗じた露店なども数多く出る。一種の祭りのようなものだ。楽しんでいくといい。大会のパンフレットも持っていくかね?」
「うん、貰ってく。それじゃ入らせてもらうね」
審査を通った私たちは、兵士の詰所を抜け、城門の内側へと足を踏み入れた。
――――
私とアレニエさんは今、ハイラント帝国の帝都、デーゲンシュタットにやって来ていた。
詰所の兵士が言っていたように、街はまるでお祭りのように賑やかだった。通りには至る所に露店や屋台が開かれ、多くの客で溢れ返っている。ただ、それだけなら、他の街でも見られる光景だろう。
この街の最大の特色は、件の闘技大会が開かれる闘技場だ。
街のどこにいてもその威容を目にすることができるこの巨大な施設は、皇帝が治める皇城と並び、街を代表する建造物となっている。
元々この国は、大陸北側からの魔物の侵攻を防ぐ役割で建てられた、城郭都市だったらしい。別名、〈大陸の盾〉とも呼ばれ、これまで幾度も魔物の侵入を防いできた実績がある。闘技場も、そのための戦士を集め、厳選する場所だったそうだ。
しかし、今ではその本来の目的はほとんど忘れ去られ、興行の側面のほうが強くなってしまったらしい。大会に合わせた商売と共に、賭け試合などで巨額のお金が動くという。
――――
「ふーん。「試合は死人が出ないよう審判が決着を判断。怪我人はお抱えの神官団が治療します」ね。至れり尽くせりだね」
アレニエさんは歩きながら、詰所で貰ったパンフレットに目を通している。器用に周りにも気を配っているのか、人にぶつかるようなこともない。
「あぁ、そのあたりはちゃんと考えられてるんですね」
少しホっとした。生死を問わないような殺伐としたイベントだったらどうしようかと。
「「ただし、事故による死傷者も毎年数名出ることがあります。ご了承ください」」
「う……」
「「我こそは、という猛者を闘技場は求めています。奮ってご参加ください」……だってさ」
「……死人も出るかもしれないんですね」
私は過去の経験から、目の前で死者が出ることに精神的に耐えられない。また、もし目の前でそんな事態に遭遇した場合、衝動的に助けようとしてしまう。なのでついつい気になってしまう。
「まぁ、武器を使って戦う以上は、ある程度しょうがないんだろうね。なんでもありの殺し合いよりはマシだと思うしか」
「……そう、ですね」
「それにしても……」
パンフレットから目を離し、アレニエさんが周囲を見る。
「本当に、お祭りみたいだね。パルティールの王都より多いかも」
私だけでなく、旅慣れているアレニエさんも少し驚いているようだった。それほどに人が多く、そして騒々しい。
「なんか、人が多すぎてちょっと酔いそう」
アレニエさんがほんのわずかに顔をしかめる。そういえばこの人、人嫌いだった。
「あと、お祭りみたいなものって言う割には、なんだかちょっとピリピリしてる気もするね」
「ピリピリ、ですか?」
「うん。ほら、わたしたちが入ってきた門とか、大きめなお店の前とか、他にもあちこちに、兵士がたくさんいて目を光らせてる」
そう言われて目を配ると、白い兜と鎧を着込んだ兵士たちの姿が、至る所にあることに気がつく。
「ほんとだ……。……大会が開かれる間、何事も起きないように、でしょうか?」
「そうかもしれないけど……うーん……なんかスッキリしないなぁ」
納得がいかないのか、小さく唸るアレニエさん。そこまでハッキリとしていないけれど、どこか違和感が拭い切れないようだ。
「まぁ、とりあえずはいっか。ちなみに、噂の闘技大会は三日後だけど、どうしよっか?」
「どう、と言うと……?」
「せっかくだし、見ていこうか? リュイスちゃんの好みじゃなさそうだけど、帰った時の話のタネにはなるかもしれないよ?」
「……」
私の右目は神から与えられた加護で、〈流視〉という特殊な力を持つ瞳だ。
『物事の流れを視認する』というこの目は、時に未来の流れを目に映すことさえあり、他者に知られれば悪用されることは想像に難くない。実際、私は実の両親にこの目を利用され、その果てに故郷の村を滅ぼしている。
この目を秘匿するべく総本山にほぼ軟禁されていた私は、広い外の世界に憧れを持ち、いつか自分の目で見ることを望んでいた。その意味で、確かにこの街も、闘技場も、ここまで旅をしなければ見られなかった景色には違いない。それに……
「……なるべく死人が出ないように配慮されているなら、見てみましょうか。……もし誰かが死にそうになって私が飛び出していったら、止めてくださいね」
「うん、任せて。さて、そうと決まったら、まずは宿を探さないとだね」
「この賑わいだと、通常の宿は全部埋まっているかもしれませんね」
「そうだね。まだ冒険者の宿のほうが空いてるかも。そっちから回ってみよっか」
頭を切り替え、方針を定め、私たちは帝都を進んでいく。一軒目は満室だったが、二軒目で……
「いらっしゃい。宿かい? うちならまだ部屋は空いてるよ」
幸いにも空きを見つけることができたため、数日間滞在することにした。ちなみに店名は〈盾の守り人亭〉。街の別名にあやかった名なのだろう。
代金を払い、部屋の鍵を預かった私たちは、部屋に向かう前に、まずはこの宿の店主(五十才前後の男性だった)に世間話程度に噂を聞こうと思ったのだけど……
「毎度あり。お前さんたちも、目的は闘技大会かい?」
こちらが何か言う前に、店主のほうから話を振ってくれた。
「一応、そうかな。ほんとは情報収集と、何かちょうどいい依頼があれば、って感じだったんだけど、せっかく来たからついでに見ておこうと思って」
「そうかそうか。大会は観戦だけでも盛り上がるし、期間中は誰が勝つかの賭博も開かれてるから、それだけでも楽しめるぞ。ちなみに出場はしないのかい?」
「あー……あんまり興味ないかな。目立つの嫌いだし。リュイスちゃんも、出たかったりはしないよね」
「はい、私も目立つのはあまり……」
好きじゃないというのもあるが、私の場合〈流視〉の件を他人に知られないためにも、目立たないに越したことはない。
「そうか。まぁ、無理強いするものでもないしな」
「他に、何か変わった噂ってあるかな」
「そうだな……今この国では、軍備の拡張と移民の受け入れに熱心てのは、噂されている。軍拡に反対した騎士や文官が投獄された、なんてのもあったかな」
「軍備はともかく、移民?」
「ああ。この国が元々、パルティールから派遣された開拓団が興した国、ってのは、知ってるかい?」
アレニエさんは首を横に振る。
「開拓団の実情は、志願者を募ったとか、故郷を追われた連中の集まりだとか、色々言われているが実際のところは分からん。ともかく、この地に辿り着いた先祖たちは街を興し、北方から来る魔物への対処に従事するようになったらしい。これに関しては、パルティールが自分たちの安全のため、魔物に対する抑止力としてこの国を創らせたとも言われていて、帝国民はパルティールへの不満を募らせている。実際今も、この国は最前線の一つであり続けてるからな」
そのパルティールからやって来た私は、そんな話を聞かされて気が気じゃないのですが……アレニエさんは特に顔色も変えず、店主の言葉に相槌を打っている。
「闘技場も、元々は魔物と戦う戦士を選別するために建てられた施設でな。国の内外から優秀な戦士を集める目的で闘技大会を開催するようになったらしい」
そこで、アレニエさんはピンときたらしい。
「じゃあ、今、移民の受け入れに熱心っていうのは……」
「最近は、魔王がたったの十年で復活したのもあって、戦える人員の需要が高まってるからな。この闘技大会で人を集め、そのまま移住してもらい、あわよくば戦力になってもらうって方策なんじゃないかとわしは思っている」
「なるほどねー」
「それと、これは噂というか実際目にした違和感なんだが、街の至る所に兵士がいるってのは、みんな気にしてるな」
「いつもこうってわけじゃないんだ?」
「ああ。普段からいるわけじゃないし、これまでの闘技大会の時にもそんなことはなかった。だからちょいと気になってな。まぁ、大会中の治安維持に力をいれてるだけかもしれんが」
「ふーん……?」
「あぁ、あと、勇者が来てるらしいな」
「へ? この街に来てるの?」
「ああ。残念ながらうちには泊まってないんだけどな。来てくれてたらそれを売りにできたんだがなぁ」
惜しいことをした、と店主が嘆く。商魂たくましい。
「まぁ、それも理由の一つかもしれんな、兵士が多いのは。せっかく訪れた勇者一行に何事もないように、警備を増員してるのかもしれん」
「ずいぶん大掛かりな気もするけど、確かにそれならおかしくもないかな……?」
「と、まぁ。とりあえずはそんなところか」
「そっか、ありがと。参考になった。それじゃ、わたしたちはひとまず部屋に行って荷物置いてくるよ」
「おう。ごゆっくり」
私たちは話を打ち切り、割り当てられた部屋に向かうことにした。
「ああ。それが目当てで来たのではないのかね?」
ひげを生やした兵士の問い掛けに、アレニエさんが目を瞬かせる。
「や、わたしたちはたまたま仕事と情報貰いに大きな街に来たかっただけなんだけど……そっか、それでこんなに人が多いんだね」
「うむ。大会の開催中はそれに乗じた露店なども数多く出る。一種の祭りのようなものだ。楽しんでいくといい。大会のパンフレットも持っていくかね?」
「うん、貰ってく。それじゃ入らせてもらうね」
審査を通った私たちは、兵士の詰所を抜け、城門の内側へと足を踏み入れた。
――――
私とアレニエさんは今、ハイラント帝国の帝都、デーゲンシュタットにやって来ていた。
詰所の兵士が言っていたように、街はまるでお祭りのように賑やかだった。通りには至る所に露店や屋台が開かれ、多くの客で溢れ返っている。ただ、それだけなら、他の街でも見られる光景だろう。
この街の最大の特色は、件の闘技大会が開かれる闘技場だ。
街のどこにいてもその威容を目にすることができるこの巨大な施設は、皇帝が治める皇城と並び、街を代表する建造物となっている。
元々この国は、大陸北側からの魔物の侵攻を防ぐ役割で建てられた、城郭都市だったらしい。別名、〈大陸の盾〉とも呼ばれ、これまで幾度も魔物の侵入を防いできた実績がある。闘技場も、そのための戦士を集め、厳選する場所だったそうだ。
しかし、今ではその本来の目的はほとんど忘れ去られ、興行の側面のほうが強くなってしまったらしい。大会に合わせた商売と共に、賭け試合などで巨額のお金が動くという。
――――
「ふーん。「試合は死人が出ないよう審判が決着を判断。怪我人はお抱えの神官団が治療します」ね。至れり尽くせりだね」
アレニエさんは歩きながら、詰所で貰ったパンフレットに目を通している。器用に周りにも気を配っているのか、人にぶつかるようなこともない。
「あぁ、そのあたりはちゃんと考えられてるんですね」
少しホっとした。生死を問わないような殺伐としたイベントだったらどうしようかと。
「「ただし、事故による死傷者も毎年数名出ることがあります。ご了承ください」」
「う……」
「「我こそは、という猛者を闘技場は求めています。奮ってご参加ください」……だってさ」
「……死人も出るかもしれないんですね」
私は過去の経験から、目の前で死者が出ることに精神的に耐えられない。また、もし目の前でそんな事態に遭遇した場合、衝動的に助けようとしてしまう。なのでついつい気になってしまう。
「まぁ、武器を使って戦う以上は、ある程度しょうがないんだろうね。なんでもありの殺し合いよりはマシだと思うしか」
「……そう、ですね」
「それにしても……」
パンフレットから目を離し、アレニエさんが周囲を見る。
「本当に、お祭りみたいだね。パルティールの王都より多いかも」
私だけでなく、旅慣れているアレニエさんも少し驚いているようだった。それほどに人が多く、そして騒々しい。
「なんか、人が多すぎてちょっと酔いそう」
アレニエさんがほんのわずかに顔をしかめる。そういえばこの人、人嫌いだった。
「あと、お祭りみたいなものって言う割には、なんだかちょっとピリピリしてる気もするね」
「ピリピリ、ですか?」
「うん。ほら、わたしたちが入ってきた門とか、大きめなお店の前とか、他にもあちこちに、兵士がたくさんいて目を光らせてる」
そう言われて目を配ると、白い兜と鎧を着込んだ兵士たちの姿が、至る所にあることに気がつく。
「ほんとだ……。……大会が開かれる間、何事も起きないように、でしょうか?」
「そうかもしれないけど……うーん……なんかスッキリしないなぁ」
納得がいかないのか、小さく唸るアレニエさん。そこまでハッキリとしていないけれど、どこか違和感が拭い切れないようだ。
「まぁ、とりあえずはいっか。ちなみに、噂の闘技大会は三日後だけど、どうしよっか?」
「どう、と言うと……?」
「せっかくだし、見ていこうか? リュイスちゃんの好みじゃなさそうだけど、帰った時の話のタネにはなるかもしれないよ?」
「……」
私の右目は神から与えられた加護で、〈流視〉という特殊な力を持つ瞳だ。
『物事の流れを視認する』というこの目は、時に未来の流れを目に映すことさえあり、他者に知られれば悪用されることは想像に難くない。実際、私は実の両親にこの目を利用され、その果てに故郷の村を滅ぼしている。
この目を秘匿するべく総本山にほぼ軟禁されていた私は、広い外の世界に憧れを持ち、いつか自分の目で見ることを望んでいた。その意味で、確かにこの街も、闘技場も、ここまで旅をしなければ見られなかった景色には違いない。それに……
「……なるべく死人が出ないように配慮されているなら、見てみましょうか。……もし誰かが死にそうになって私が飛び出していったら、止めてくださいね」
「うん、任せて。さて、そうと決まったら、まずは宿を探さないとだね」
「この賑わいだと、通常の宿は全部埋まっているかもしれませんね」
「そうだね。まだ冒険者の宿のほうが空いてるかも。そっちから回ってみよっか」
頭を切り替え、方針を定め、私たちは帝都を進んでいく。一軒目は満室だったが、二軒目で……
「いらっしゃい。宿かい? うちならまだ部屋は空いてるよ」
幸いにも空きを見つけることができたため、数日間滞在することにした。ちなみに店名は〈盾の守り人亭〉。街の別名にあやかった名なのだろう。
代金を払い、部屋の鍵を預かった私たちは、部屋に向かう前に、まずはこの宿の店主(五十才前後の男性だった)に世間話程度に噂を聞こうと思ったのだけど……
「毎度あり。お前さんたちも、目的は闘技大会かい?」
こちらが何か言う前に、店主のほうから話を振ってくれた。
「一応、そうかな。ほんとは情報収集と、何かちょうどいい依頼があれば、って感じだったんだけど、せっかく来たからついでに見ておこうと思って」
「そうかそうか。大会は観戦だけでも盛り上がるし、期間中は誰が勝つかの賭博も開かれてるから、それだけでも楽しめるぞ。ちなみに出場はしないのかい?」
「あー……あんまり興味ないかな。目立つの嫌いだし。リュイスちゃんも、出たかったりはしないよね」
「はい、私も目立つのはあまり……」
好きじゃないというのもあるが、私の場合〈流視〉の件を他人に知られないためにも、目立たないに越したことはない。
「そうか。まぁ、無理強いするものでもないしな」
「他に、何か変わった噂ってあるかな」
「そうだな……今この国では、軍備の拡張と移民の受け入れに熱心てのは、噂されている。軍拡に反対した騎士や文官が投獄された、なんてのもあったかな」
「軍備はともかく、移民?」
「ああ。この国が元々、パルティールから派遣された開拓団が興した国、ってのは、知ってるかい?」
アレニエさんは首を横に振る。
「開拓団の実情は、志願者を募ったとか、故郷を追われた連中の集まりだとか、色々言われているが実際のところは分からん。ともかく、この地に辿り着いた先祖たちは街を興し、北方から来る魔物への対処に従事するようになったらしい。これに関しては、パルティールが自分たちの安全のため、魔物に対する抑止力としてこの国を創らせたとも言われていて、帝国民はパルティールへの不満を募らせている。実際今も、この国は最前線の一つであり続けてるからな」
そのパルティールからやって来た私は、そんな話を聞かされて気が気じゃないのですが……アレニエさんは特に顔色も変えず、店主の言葉に相槌を打っている。
「闘技場も、元々は魔物と戦う戦士を選別するために建てられた施設でな。国の内外から優秀な戦士を集める目的で闘技大会を開催するようになったらしい」
そこで、アレニエさんはピンときたらしい。
「じゃあ、今、移民の受け入れに熱心っていうのは……」
「最近は、魔王がたったの十年で復活したのもあって、戦える人員の需要が高まってるからな。この闘技大会で人を集め、そのまま移住してもらい、あわよくば戦力になってもらうって方策なんじゃないかとわしは思っている」
「なるほどねー」
「それと、これは噂というか実際目にした違和感なんだが、街の至る所に兵士がいるってのは、みんな気にしてるな」
「いつもこうってわけじゃないんだ?」
「ああ。普段からいるわけじゃないし、これまでの闘技大会の時にもそんなことはなかった。だからちょいと気になってな。まぁ、大会中の治安維持に力をいれてるだけかもしれんが」
「ふーん……?」
「あぁ、あと、勇者が来てるらしいな」
「へ? この街に来てるの?」
「ああ。残念ながらうちには泊まってないんだけどな。来てくれてたらそれを売りにできたんだがなぁ」
惜しいことをした、と店主が嘆く。商魂たくましい。
「まぁ、それも理由の一つかもしれんな、兵士が多いのは。せっかく訪れた勇者一行に何事もないように、警備を増員してるのかもしれん」
「ずいぶん大掛かりな気もするけど、確かにそれならおかしくもないかな……?」
「と、まぁ。とりあえずはそんなところか」
「そっか、ありがと。参考になった。それじゃ、わたしたちはひとまず部屋に行って荷物置いてくるよ」
「おう。ごゆっくり」
私たちは話を打ち切り、割り当てられた部屋に向かうことにした。
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