[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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第2章

6節 再会と頼み

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「…………」

「? アレニエさん、どうかしましたか?」

「……ううん。とりあえずなんでもない」

「……とりあえず?」

 誰かの視線を感じた気がしたけれど、街の喧騒に遮られはっきりとしない。
 気配はそれっきりなにも感じなかったので先を急ぐことにしたが、なんとなく、新たな厄介ごとの予兆のようにも思えた。

  ――――

 勇者一行と別れてから数日。わたしたちは次の街、ポルトに辿りついていた。

 パルティールとルーナの国境付近にあるこの街は、両国の人や物が行き交う流通の要だ。
 二国間の関係は良好。人や物の行き来もあまり制限されていないため、各地の特産品が集まりやすく、特に商人にとって魅力のある場所になっている。

 街では住人よりも冒険者や商人などの旅人のほうが多く見受けられ、他とは異なる独特の活気に包まれていた。
 通りには通常のお店以上に屋台や露店が立ち並んでおり、そこには種々雑多な品物と、水色の髪の毛をぶかっとした帽子で隠した少女の姿が――

「あ、ユティル」

「ん? よう、アレニエと神官の姉ちゃん。あんたたちもこっちに来てたのか」

 彼女――ユティルは口元をわずかに笑みの形に歪めると、こちらに片手を上げて挨拶してくる。

 ユティルはわたしの知り合いで、一人でふらっと出かけては自分の手で様々な品物を仕入れてくる商人だ。その私生活には謎が多い。
 普段はパルティール王国の王都下層でしか会うことがない(わたしがそこを拠点に生活してるため)ので、他の場所で出会うのは実際珍しかった。

「お久しぶりです、ユティルさん」

「神官の姉ちゃん、リュイス、だったよな。あんたも無事でなによりだよ」

 リュイスちゃんもユティルに挨拶を交わす。二人もわずかだが面識がある。
 出会った当初のユティルは、総本山の神官であるリュイスちゃんを警戒していた。王都上層の住人は、基本的に下層民を見下しているからだ。

 ただ、孤児だったリュイスちゃんには、そういった上層の人間らしい高慢さが欠片もなかったため、ユティルもすぐに警戒を解いていた。

「いや本当、よく無事だったね。アレニエと一緒だと色々大変だろ?」

「あはは……まあ」

 ちょっと、そこの二人。

「人嫌いだし、衝動的に動くし、寝てるとこを邪魔されると無意識に指折るし」

「そうですね……もう少し考えてから行動してくれるとありがたいんですけど……」

「本当にな。あと、自分が好きなもののことを悪く言われるとすぐ不機嫌になるんだよな。店のこととか、〈剣帝〉のこととか」

「あぁ、分かります。でも、そういうところ、ちょっと可愛いですよね」

「……あんたすごいな。こいつを「可愛い」なんて言える人間、そう多くないぜ」

 可愛いってリュイスちゃんが可愛いってわたしのこと可愛いって言ってくれてどうしようすごく嬉しい嬉しいんだけどユティルの前で言われるのはちょっと恥ずかしい。

 決して人前で表には出さないけれど、心の中のわたしは色々な意味で真っ赤になっていた。
 照れ隠しも含めて、わたしは二人の会話を止めるべく声を掛ける。

「二人ともー。それ以上本人の前でからかうなら泣かせちゃうよ。――ベッドの中で」

「「すいませんでした」」

 揃ってこちらに頭を下げる二人。
 顔を上げたユティルは表情や口調は変えず、声だけをわずかに潜めて再び口を開く。

「冗談はこれくらいにして……なあ、気のせいか? 妙な気配を感じるような」

「多分、気のせいじゃないよ。わたしもちらちら感じてるし」

「え? え?」

 わたしも少し声量を落として応じる。リュイスちゃんはなんのことか分からずあわあわしていた。

「また他から恨みでも買ったのか?」

「えー? 最近はそういうの控えてるし、ほんとに覚えがないんだけどなぁ」

「……」

 あ、リュイスちゃんがジト目でこっちを見てくる。
 いや、その、確かに勇者にケンカ売ったばかりだけど、ほら、今回は恨みを買うような関わり方じゃなかったし……ね?

「まぁ、あんまり気にしてもしょうがないか。それよりあんたたち。今日はこの街で一泊するのか?」

「うん。そのつもりだけど」

「なら、あたしらで大部屋取って一緒に泊まらないか? 個室より一人当たりの宿代が安くなるからな」

「相変わらずしっかりしてるね、ユティルは」

 わたしは特に異存ないけど、念のためリュイスちゃんにも目線で確認をとってみる。

「私は構いませんよ。大勢で泊まるのって初めてなので、やってみたいです」

「大勢って、たった三人だぜ?」

「あ、はは……私にとっては、それでも大勢なんです。今までこんな機会、全然ありませんでしたから」

「そんなもんかね」

 そういえばリュイスちゃん、総本山では孤立してて居場所がないし、個室が割り当てられてるから寝る時も一人なんだっけ。普段から寂しさと憧れを募らせてたのかもしれない。

「それじゃ、ユティルの提案に乗って、今日は一緒の部屋に泊まることにしよっか。誘ったからには、いい宿知ってるんだよね?」

「任せろ。安値で質もいいとこ紹介してやるよ。こっちだ」

 言うが早いかパっと品物をまとめ上げ、宿までの道を先導すべくユティルが歩き出す。
 素直にその背を追い、しばらく歩いた先で辿り着いたのは、大通りから少し離れた小路に建てられた、落ち着いた雰囲気の二階建ての建物だった。


  ◆◇◆◇◆


「じゃあ、わたしちょっとギルドに顔出して情報収集してくるから。リュイスちゃん、ユティルの相手よろしくねー」

「あんたあたしを何歳だと思ってんだ」

 文句を言いつつ、その後は黙って見送るユティルさん。閉められた扉の外からは、アレニエさんが階下に降りる足音が響く。
 やがてそれも聞こえなくなると……部屋の内部も、静寂に包まれる。

「……」

 同じく部屋に残ったユティルさんの様子を窺いながら、しかし凝視するわけにもいかず、なんとはなしに部屋の内装に視線を泳がせる。

 最大六人まで泊まれるという大部屋にはベッドが六つ用意されており、その全てが綺麗に整えられていた。調度品もいい物を使用してるように見える。旅人が多く訪れる街ゆえに、こうした宿も競争が激しいのかもしれない。

「……」

 彷徨わせていた視線を再び、そして控えめに彼女に向ける。

 人見知りの私にとって、知り合いの知り合いというのは難しい立ち位置だ。共通の知人がいる時はなんとか会話に混ざれても、二人きりではなにを話せばいいのか途端に分からなくなる。しかしこのまま沈黙し続けるのも辛い。
 意を決し、話しかけようとしたところで……

「なぁ、リュイスの姉ちゃん。少し聞きたいことがあるんだが」

「え、あ、はい。なんでしょう」

 ユティルさんのほうから声を掛けてくれた。彼女も現状を気まずく思っていたのかもしれない。が……

「……あたしはあまり腹芸が得意じゃないから、はっきり聞くんだが……あんた、もしかしてアレニエが隠してる秘密がなんなのか、知ってるのかい?」

「ぶふっ……!?」

 思わぬ言葉に盛大に吹き出してしまった。

「なん……なん、で……!?」

「ひょっとしてと思ったら、その反応……ほんとに知ってるのか」

「う……」

 本人のいないところで肯定するのもはばかられ、思わず息を呑み、黙り込む。

「神官は嘘をつけないが、沈黙は許されてるんだったな。だが沈黙するってことは……まぁ、そういうことだよな」

「……その……。……」

「あぁ、すまねぇ。別に問い詰めたいわけじゃないんだ。誰とも組まないはずのあいつが、同じ相手と続けて冒険するのは珍しいから、ちょいと気になってな」

 そういえば、アレニエさんは普段一人で冒険しているのだった。

「……ユティルさんも、知っていたんですか?」

〈クルィーク〉のこと、そして、それが隠している半魔の身体のことを――

「何を隠してるのかは知らない。けど、何か隠してるのは態度で丸わかりだった。あいつ、まだ冒険に出ない子供のうちから、あの左手の黒い篭手だけはずっと身につけてたからな。怪しくも思うさ」

 アレニエさんが左手に填めている黒い篭手、〈クルィーク〉は、彼女の亡くなったお母さんが最後に造り出した魔具で、幼い頃からずっと所持しているものだと聞いたことがある。一度身につけると外せない代わりに、彼女の成長と共に自動で大きさも調整されるのだとか。

 冷静に考えれば、幼少期から身につけ続けている装身具は怪しまれて当然かもしれない。付き合いが長い人にとってはなおさらだろう。

「そのせいなのか、それとも別の理由からか。あいつは誰に対しても一歩引いた位置からしか接しないところがある。付き合いが長いあたしにもな」

 ほんの少し自嘲気味にユティルさんは笑う。

「そんなあいつが、あんたにはずいぶん心を許してるし、自然に笑ってる。いつもはもっと張り付けた笑顔ばかりなのに」

 その差に気づくということは……ユティルさんも、彼女の笑顔の仮面を知っていたのかもしれない。

「……だから……私が彼女の秘密を知っている、と?」

「そうでもなけりゃ、あの顔は見られないと思ってな。あたしが知る限り、他にあいつがあんな顔見せるのは、オルフランの旦那といる時くらいさ」

 オルフランさんはアレニエさんの義父で、冒険者の宿、〈剣の継承亭〉のマスターだ。そして……十年前に失踪した伝説の剣士、〈剣帝〉その人でもある。

「それで……もし、私が本当に知っていたとして……ユティルさんは、私になにを求めているんでしょうか」

「ん。あぁ、そうだな。本題に入ろう」

 言い置いてから、彼女は真っ直ぐにこちらを見つめ、こう切り出した。

「アレニエの助けになってやってくれ」

「……?」

 アレニエさんを助ける……?

「それは……どういう意味で……?」

 助けというなら、むしろ私のほうが彼女にいつも助けられてばかりなのだけど……

「言葉通りの意味さ。戦いの場でもいいし、精神的なことでもいい。あいつにそれが必要だと思った時に、助けてやってほしい」

「……」

 助けるのはもちろん構わない。私は彼女に返し切れない恩がある。それを返す意味でも、好意を寄せる意味でも、彼女の助けになれるなら全く問題はない。

 ただ……

「おかしいか? あたしがあいつを気にかけるのは」

「いえ、そんなことは……」

 どうしてそんなお願いをするのか。なぜ出会ったばかりの私になのか。その疑問が表に出ていたのかもしれない。ユティルさんの問いかけに、私はあわてて首を横に振る。

「恩があるんだよ」

「恩?」

「と言っても、近所の悪ガキ共に絡まれてたのを助けてもらった、って程度の話だし、当の本人はもう忘れてるだろうけどな」

 少し昔を懐かしむように、彼女の視線が虚空を踊る。

「あいつは大抵のことなら自力で切り抜けられるし、そこまで心配はしてないんだが……さっき言ったように、あいつには頼れる人間が少ないし、それに……なにせ、魔王が十年で復活する世の中だからな。いつ何が起こってもおかしくない」

 魔王の復活はおおよそ百年ごと、というのが定説だったが、今回はたったの十年で目覚めてしまっている。その理由も、実は私とアレニエさんは知っているのだが――

 彼女は目線を落とし、自らの手を見つめる。

「あたしは、ただの商人だ。手慰みの護身術程度は身につけてるが、きちんと戦う心得は持っていない。あいつを直接は助けてやれない」

 わずかに細められた彼女の瞳は、ほんの少し悔しそうにも見えた。

「だから、あんたに頼む。〈聖拳〉の弟子で、アレニエが心を開いてるあんたなら、あいつのパートナーとして申し分ない。……頼めるか?」

 終始淡泊な言葉の裏には、アレニエさんを想う気持ちが散りばめられているように感じた。いつも変わった品を見つけては売りつけているのも、ひょっとしたら彼女なりの……
 込められた想いに触れ、私は改めて決意し、言葉を返す。

「……はい。必ず」

 と、話が一段落ついたあたりで――

 コッ、コッ、コッ

 と、階下からこちらに近づく足音が響いてきた。程なくしてアレニエさんが扉を開け、入室する。

「ただいまー。なに話してたの?」

「あぁ、ちょっとあんたの陰口をな」

「……本人に言ったら陰口にならないんじゃない?」

「そうか。じゃあ、あんたに直接言うことにするさ」

「やめてください」

 そんな、以前見た時と変わらぬやり取りに自然と納得する。これが、この二人のコミュニケーションの取り方なのだ。全てを打ち明けることはできなくとも、お互いにどこかで通じ合ってるのだろう、と。

「まぁ、いいや。武具の手入れしたら今日はもう寝よっと」

「部屋は散らかってるのにそういうとこはマメだよな」

「命を預けるものだからね。こまめに点検しないと。というか、部屋はあれで使いやすい配置になってるんだよ」

「それ片付けられない奴の定番の台詞だぞ」

「うるさいなぁ。わたしの部屋だし誰かに迷惑かけてるわけでもないしいいでしょ別に」

「オルフランの旦那にはかけてるだろ」

「とーさんはいいの」

「なんでだよ」

 私はそんな二人のやり取りを微笑ましく見る。
 孤独も自責も頭を過らない、にぎやかな夜。
 それを三人で分かち合い、満喫してから、私は眠りについた。
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