[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

文字の大きさ
上 下
42 / 144
第1章

幕間9 ある二人の司祭

しおりを挟む
 バンっ!!

 と乱暴に、最高峰の神殿に似つかわしくない大きな音を響かせ、目の前の扉が開かれる。
 開けた人物は、ここ、総本山の聖服に身を包み、輝く銀の長髪を腰のあたりまでなびかせた、一人の美しい女性司祭。
 彼女こそは、数多の魔物を自身の拳で打ち倒し浄化させてきた、先代の英雄。〈聖拳〉、シスター・クラルテ・ウィスタリアその人だった。


 あ、申し遅れました。
 わたし、王都上層の治安維持を担う聖騎士を務めています、ティエラ・ヘラルディナと申します。
 聖騎士は、貴族出身であり、総本山の神官資格も必要という狭き門で、こう見えてわたしも一応エリートだったりします。出番はここだけですが以後お見知りおきを。

 そんな挨拶の間にもクラルテ司祭は歩を進めていたため、わたしも慌てて後に続きます。


「な、なんですか、貴女がた、は……せ、聖騎士!? それに、シスター・クラルテ!?」

 クラルテ司祭を呼び止めようと前に進み出たのは、傍仕えと思しき神官の少女。しかし相手の正体を知ると共に硬直し、その足を止める。

「――どういった用向きですか、シスター? シスター・クラルテ・ウィスタリア」

 代わりに口を開いたのは、この部屋の主、ヴィオレ・アレイシア司祭。紫紺の髪を短く切り揃えた、冷たい印象を抱かせる二十代ほどの女性。やや乱暴に開かれた扉にも動じず、手にするカップを静かに傾ける様は、場違いなほどに優雅だった。

「私がなんのために足を運んだのか、貴女なら察しがついているのではありませんか?」

「さあ。なんのことでしょう?」

 ヴィオレ司祭はあくまで落ち着いた態度を崩さない。その様子にクラルテ司祭は見るからに苛立ちを深め、そして苦労して静める。

「……でしたら、単刀直入に伺います。――ヴィオレ・アレイシア司祭。貴女には、シスター・リュイス謀殺の容疑が掛かっています」

 言い逃れできぬよう、はっきりと宣告するクラルテ司祭。しかし、その言葉に真っ先に反応を見せたのは告げられたヴィオレ司祭ではなく、傍仕えの少女のほうだった。

「どう、して……いえ。な、何を根拠に、そのような……?」

 クラルテ司祭は少女を一瞥してから、部屋の入り口に向かって声を掛ける。

「クロエ」

「はい」

 名を呼ばれ、入り口から新たな人物が進み出てくる。
 一人は私と同じ、騎士団支給の鎧に身を包んだ聖騎士。名を、クロエ・テンプルトンという。
 その彼女に連れられて現れたのは、動きやすそうな皮鎧を身につけた若い男だったが、今は上半身を縄によって縛られている。

「あ、なたは……」

「悪いな、あねさん。全部喋っちまった」

 男は傍仕えの神官を『姐さん』と呼び、彼女はそれに絶句する。その反応を目にし、クラルテ司祭が語調を強める。

「今の言葉通り、全て調べはついています。彼を経由して下層の冒険者に依頼し、王都を出たシスター・リュイスを手にかけようとした、貴女たちの企みは」

「……なるほど。言い逃れは意味が無いようですね。ここまで迅速に調べ上げるとは、流石に予想の外でした。ですが、それがどうしたと言うのでしょう?」

「……なんですって?」

「私の望みは、総本山をあるべき姿に戻すこと。ならば平民の神官など、一人でも多く減るのに越したことはありません」

「……貴女っ……!」

「そ、そうですよ、シスター・クラルテ。この地は、世界で最もとうとき神殿。本来なら、あのような得体の知れぬ平民が勤められる場所ではありません。ましてや、貴女のような英雄が相手にする価値など――」

「……っ!」

 傍仕えのそれは、ヴィオレ司祭の追い風に乗ったか、あるいはなんらかのフォローのつもりだったのかもしれない。
 しかし、彼女らの言葉を耳にしたクラルテ司祭は、拳を強く、血を滲ませそうなほど強く握り、静かに右腕を上げる。そうして肘を後方に、拳を前方に向け、一言、本当に一言だけ、小さく呟く。

「――《プロテクション》」

 その名を唱えると共に、人一人の身長ほどもありそうな巨大な光の盾が彼女の右腕の先に現れ……流れるように突き出された右手と共に直進する。

「ひっ……!?」

 ゴォっ!

 と、唸りを上げた光の盾は、傍仕えの少女に当たる寸前でピタリと停止する。さすがに直撃させるのは思い留まってくれたようだ。しかし巨大な盾にされた空気は風を起こし、少女だけではなく、その先にいるヴィオレ司祭の髪や服まで揺らす。

「……はっ……! ……はっ……! ……はっ……!」

 傍仕えの少女は風圧に圧され、その場にペタリと座り込む。現存する英雄の怒気を間近で受けたからか、全身に冷や汗を浮かべ、呼吸を荒くしている。

「貴族に取り立てられて十年が経つというのに、貴女の野蛮さは変わりませんね。憤怒ふんぬの悪魔に囁かれましたか?」

 一方のヴィオレ司祭は余裕を崩さない。が、彼女の手にするカップがわずかにカタリと音を鳴らしたのに私は気づいた。

「……これは私の怒り。怒るべき時に怒ることは、断じて『憤怒』の囁きなどではありません。私は――」

 盾を消失させ、改めてヴィオレ司祭に向き直った彼女の様子が、そこで一変する。

「――あたしは、娘の命を狙われて黙っていられるような親には、なりたくない」

「娘……本当に、それだけですか?」

「……他に何があるっていうのよ」

「…………まぁ、いいでしょう。素直に答えてはくれなさそうですし、これ以上貴女を怒らせるのも得策ではないようですしね。……そこの聖騎士の方」

「は、はい?」

「私たちを捕縛するのでしょう。彼女が本当に暴れ出さないうちに、どうぞお連れくださいな」

「あ、はい」

 促され、私はヴィオレ司祭とその傍仕えの持ち物を簡単に検査する。ここで逃げ出せば立場がさらに悪くなると自覚しているからか、両者共に存外素直に応じる。
 その様子を眺めながら、クラルテ司祭が口を開いた。

「……なんでこんなバカな真似したのよ。あんたなら、真っ当な手段でいくらでもやりようがあったでしょうに」

「何を言うかと思えば。貴女がいたからですよ、シスター・クラルテ」

「……あたしとあんたが対立してるのは、今に始まったことじゃないでしょ」

「ええ。ですが貴女がこの争いに勝利し、司教となれば、今以上に強い発言力を得ることになります。ならばいずれ、改革は成し遂げられてしまう。それを防ぐ最後の機会こそ、此度の選挙だと私は見ていました」

「だから今回みたいな強引な手段に出たって言うの? あたしを買い被りすぎてない?」

「貴女はもっと、自身の特異さを自覚すべきです。現存する英雄であり、二つの身分を持つ貴女は、それだけで人々の耳目じもくを集める存在なのですから」

「あたしが支持されてるのは、それだけ今の総本山に不満が募ってる証拠でしょう。あたしも同じよ。アスタリアは誰の祈りも聞き入れるし、『橋』だって誰もが渡れると思ってる」

「私は、相応しいのは最上の供物のみと考えます」

「……ほんっっと、あんたとは話が合わないわ」

「ええ。その点に関してだけは、気が合いますね」

 そうして悠然とした態度を崩さないヴィオレ司祭と、かなり憔悴しょうすいした様子の傍仕えの少女は、連れ立って部屋の出口に向かう。が。

「あぁ、そうです。最後に、一つだけ」

 外まであと数歩という位置でヴィオレ司祭が足を止め、背を向けたままでクラルテ司祭に声を掛ける。

「何よ。まだ何か――」

「……貴女の〝娘〟を手にかけようとしたこと。それだけは、謝罪します。シスター・クラルテ」

 その一言だけを残すと、ヴィオレ司祭は率先して部屋を出ていってしまった。慌ててクロエが傍仕えと冒険者の男を連れ、後を追いかける。
 私もそれに続こうとしたところで。

「……なんで、今さらそれだけ謝るのよ」

 クラルテ司祭が複雑そうに声を漏らすのが耳に入る。それはおそらく、一代で貴族となった彼女には理解しづらい事情だろうと、代わりに補足する。

「貴族は血筋を守ることで権力を得てきましたからね。そこだけは、本当に悪いと思ったんじゃないでしょうか」

「血は繋がってないわよ、娘とは」

「知識や技術の継承も、血統を守るようなものですよ。血だけが繋がっていても、子供に全て受け継がれるとは限らないんですから。……っと、それじゃ、わたしは彼女らの護送を手伝ってきますね」

「……ええ。お願いね、ティエラ」

「任されました!」

 そうして私が部屋を出る間際。

「……ュイス……無事で……」

 漏れ聞こえたクラルテ司祭の呟きは扉を閉める音に重なり、やがて総本山の静謐せいひつさに溶け込み、消えていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした

万千澗
ファンタジー
魔女の国――ユリリア国。 住んでいるのは女性だけ、魔法と呼ばれる力を扱う存在。 エネミット王国の孤児院で育ったあたしは伯爵家の使用人として働いていた。 跡取りのウィリアムと婚約を果たし、あたしの人生は順風満帆。 と、思っていた。 それはたった一夜で壊れていく。 どうやらあたしは”魔女”と呼ばれる存在で、エネミット王国からすれば敵となる存在。 衛兵から必死に逃げるも捕まったあたしは王都へと護送される。 絶望に陥る中、現れたのは白馬に乗った一人の少女。 どうやら彼女も魔女であたしを助けに来てくれたみたい。 逃げるには護衛を倒さないといけない。 少女は魔法と呼ばれる力を使って無力化を図る。 でも、少女が魔法を使うにはあたしとの”口づけ”が必要で――――。 ※小説家になろうでも連載中です

魔の森の鬼人の非日常

暁丸
ファンタジー
訳あって全てを捨て、人が住めない魔の森で一人暮らしの鬼人のステレ。 そんなステレが出会ったのは、いろいろ常識外れの謎の男。 「そこの君、俺と勝負しない?」 謎の男に見込まれたことで、死ぬまでただ生きるだけだったステレの日常は、ちょっとだけ変わったのでした。 *初作。拙い文才ですが頑張ってみます。見切り発車なのでどうなるか自分でもさっぱり。設定ゆるゆるなんで大目に見て下さい。 *所々パロネタが出てきますが、作者の習性です。転生キャラとかじゃありません。 *舞台も登場人物も少ないです。壮大とかそういうのとは無縁のちっちゃな物語です。

まほカン

jukaito
ファンタジー
ごく普通の女子中学生だった結城かなみはある日両親から借金を押し付けられた黒服の男にさらわれてしまう。一億もの借金を返済するためにかなみが選ばされた道は、魔法少女となって会社で働いていくことだった。 今日もかなみは愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミとなって悪の秘密結社と戦うのであった!新感覚マジカルアクションノベル! ※基本1話完結なのでアニメを見る感覚で読めると思います。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

新訳・親友を裏切った男が絶望するまで

はにわ
ファンタジー
レイツォは幼い頃から神童と呼ばれ、今では若くしてルーチェ国一とも噂される高名な魔術師だ。 彼は才能に己惚れることなく、常に努力を重ね、高みを目指し続けたことで今の実力を手に入れていた。 しかし、そんな彼にも常に上をいく、敵わない男がいた。それは天才剣士と評され、レイツォとは幼い頃からの親友である、ディオのことである。 そしてやってきたここ一番の大勝負にもレイツォは死力を尽くすが、またもディオの前に膝をつくことになる。 これによりディオは名声と地位・・・全てを手に入れた。 対してディオに敗北したことにより、レイツォの負の感情は、本人も知らぬ間に高まりに高まり、やがて自分で制することが出来なくなりそうなほど大きく心の中を渦巻こうとする。 やがて彼は憎しみのあまり、ふとした機会を利用し、親友であるはずのディオを出し抜こうと画策する。 それは人道を踏み外す、裏切りの道であった。だが、レイツォは承知でその道へ足を踏み出した。 だが、その歩みの先にあったのは、レイツォがまるで予想だにしない未来であった。 ------------ 某名作RPGがリメイクされるというので、つい勢いでオマージュ?パロディ?を書いてみました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏
ファンタジー
【2023/12/19】 1~3話を約二年ぶりにリライトしました。 以前よりも世界観などがわかりやすくなっていると思いますので、読んでいただければ幸いです。 魔法が当たり前、人間によく似た長寿の生命体は「神」と呼ばれる異世界、「デウスガルテン」。 かつて一つだった世界は複数の「箱庭」という形でバラバラに分かたれてしまい、神も人間も別々に生きている。 物語は、神のみが生きる箱庭「キャッセリア」から始まる。 ユキア・アルシェリアは、若い神の少女でありながら、神と人間が共存する世界を望んでいる。 それは神としては間違いで、失敗作とも役立たずとも揶揄されるような考え方。 彼女は幼い頃に読んだ物語の感動を糧に、理想を追い続けていた。 一方。クリム・クラウツは、特別なオッドアイと白銀の翼を持つ少年の姿をした断罪神。 最高神とともに世界を治める神の一人である彼は、最高神の価値観と在り方に密かな疑問を持っていた。 彼は本心を隠し続け、命令に逆らうことなく断罪の役割を全うしていた。 そんな中、二人に「神隠し事件」という名の転機が訪れる。 ユキアは神隠し事件に巻き込まれ、幼なじみとともに命の危機に陥る。 クリムは最高神から神隠し事件の調査を任され、真実と犯人を求め奔走する。 それは、長く果てしない目的への旅路の始まりに過ぎなかった────。 生まれた年も立場も違う二人の神の視点から、世界が砕けた原因となった謎を追うお話。 世界観、キャラクターについては以下のサイトにまとめてあります↓ https://tsukuyomiraika.wixsite.com/divalega ※ノベルアップ、カクヨムでも掲載しています。

処理中です...