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第1章
幕間1 ある大男の怒髪天
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「クソっ!」
怒りを抑えきれず、飲み干した杯を叩きつける。
安く、頑丈なはずの木の杯は衝撃で砕け、辺りに破片を撒き散らした。が、今はどうでもいい。
あの後、気が付いたら俺は〈剣の継承亭〉から離れた路上に寝かされていた。
全身が、特に側頭部がひどく痛んだ。なにがあったかを思い出したのはしばらく経ってからだった。
怒りと羞恥で頭が沸騰しそうだったが、その度に蹴られた部分がズキズキと痛み、苛んでくる。それがまた、怒りを倍増させていた。
馴染みの冒険者の宿、〈赤錆びた短剣亭〉に辿りついたのは深夜のこと。とりあえずは飲んで鬱憤を晴らすつもりだった。
だが憂さを晴らすために飲んでいるはずなのに、飲めば飲むほど苛立ちが増していく。それもこれも……
「どうした、えらく荒れてるな」
顔馴染みの冒険者が声を掛けてくる。
フードを目深に被った痩せぎすの男で、俺と同じ裏家業を主にこなす類だ。下層には(特に今いる北地区には)こういうのが多い。
「今日は例の店に行くと息巻いていたはずだが……返り討ちにでもあったか?」
そのものずばり言い当てられ、さらにイライラは増していく。
「……まさか、図星か? クっクっ……あんなに自信満々だったというのにな」
「ぅるせぇ! あんなもんは負けたうちに入らねえ!」
クソっ、どいつもこいつも癇に障りやがる。
「まともにやってりゃ俺が負けるわけねえんだ! それをあの女ぁ……狸寝入りで騙し討ちなんぞしやがって……!」
「……女? 狸寝入り? ……まさか、白い鎧に、黒い左篭手の女か?」
「あ? あぁ……言われてみりゃそんな格好だったかもしれねぇが……知ってんのか?」
「……ああ。そいつはおそらく〈黒腕〉だ」
〈黒腕〉の二つ名で呼ばれる女剣士、アレニエ・リエス。その腕前と悪評は下層に留まらず、中層の一部にまで広まっているらしい。
聞いた覚えもなくはないのだが、〈剣帝〉の捜索に躍起になっていたため、それ以上の情報は知らず終いだった。……そもそも、情報収集自体が苦手だ。
基本的にはあの店に腰を落ち着けているが、気まぐれに他所に現れては騒ぎを起こしているとか、迂闊に近づくと折られるとか、ろくな話が出てこない。
「ちなみにあの女、本当に寝たままで折ってくるらしい」
「んなもんどっちでもいいんだよ!」
とにかく俺はあの女が気に入らない。なんならすぐにでも報復に……!
「……ふむ。なら、他の連中にも声をかけてみるか?〈黒腕〉に恨みを持つヤツは少なくない。探せばすぐに集まるだろう」
「……お前が、わざわざ他の奴まで集めて、ただ働きするってのか? 明日は星でも落ちるんじゃねえか?」
「なに。噂の〈黒腕〉がどの程度のものか、以前から興味があったからな。首尾よく討てれば、名も売れる。それに先刻、急ぎの依頼が入って人数を集めるつもりだったのでな。ちょうど良かったのさ」
「要は、ついでにその依頼を手伝えってことか?」
わずかな間、考える。
普段なら、徒党を組んで女を襲いに行くなんて話は、おそらく断っていた。
だが今は、如何せん頭に血が昇っていたし酒も入っていた。正直このイライラを解消できればなんでもよかった。
「ふん、いいだろ。乗ったぜ」
これであの女を叩きのめせば溜飲も下がるだろう。
わずかにだが気分も回復し、支払いを済ませて帰ろうと懐から財布(ただの布袋だが)を取りだした俺は――
「…………クソがぁっ!?」
――ご丁寧にも、中身だけが綺麗に抜かれていたそれを、地面に叩きつけた。
怒りを抑えきれず、飲み干した杯を叩きつける。
安く、頑丈なはずの木の杯は衝撃で砕け、辺りに破片を撒き散らした。が、今はどうでもいい。
あの後、気が付いたら俺は〈剣の継承亭〉から離れた路上に寝かされていた。
全身が、特に側頭部がひどく痛んだ。なにがあったかを思い出したのはしばらく経ってからだった。
怒りと羞恥で頭が沸騰しそうだったが、その度に蹴られた部分がズキズキと痛み、苛んでくる。それがまた、怒りを倍増させていた。
馴染みの冒険者の宿、〈赤錆びた短剣亭〉に辿りついたのは深夜のこと。とりあえずは飲んで鬱憤を晴らすつもりだった。
だが憂さを晴らすために飲んでいるはずなのに、飲めば飲むほど苛立ちが増していく。それもこれも……
「どうした、えらく荒れてるな」
顔馴染みの冒険者が声を掛けてくる。
フードを目深に被った痩せぎすの男で、俺と同じ裏家業を主にこなす類だ。下層には(特に今いる北地区には)こういうのが多い。
「今日は例の店に行くと息巻いていたはずだが……返り討ちにでもあったか?」
そのものずばり言い当てられ、さらにイライラは増していく。
「……まさか、図星か? クっクっ……あんなに自信満々だったというのにな」
「ぅるせぇ! あんなもんは負けたうちに入らねえ!」
クソっ、どいつもこいつも癇に障りやがる。
「まともにやってりゃ俺が負けるわけねえんだ! それをあの女ぁ……狸寝入りで騙し討ちなんぞしやがって……!」
「……女? 狸寝入り? ……まさか、白い鎧に、黒い左篭手の女か?」
「あ? あぁ……言われてみりゃそんな格好だったかもしれねぇが……知ってんのか?」
「……ああ。そいつはおそらく〈黒腕〉だ」
〈黒腕〉の二つ名で呼ばれる女剣士、アレニエ・リエス。その腕前と悪評は下層に留まらず、中層の一部にまで広まっているらしい。
聞いた覚えもなくはないのだが、〈剣帝〉の捜索に躍起になっていたため、それ以上の情報は知らず終いだった。……そもそも、情報収集自体が苦手だ。
基本的にはあの店に腰を落ち着けているが、気まぐれに他所に現れては騒ぎを起こしているとか、迂闊に近づくと折られるとか、ろくな話が出てこない。
「ちなみにあの女、本当に寝たままで折ってくるらしい」
「んなもんどっちでもいいんだよ!」
とにかく俺はあの女が気に入らない。なんならすぐにでも報復に……!
「……ふむ。なら、他の連中にも声をかけてみるか?〈黒腕〉に恨みを持つヤツは少なくない。探せばすぐに集まるだろう」
「……お前が、わざわざ他の奴まで集めて、ただ働きするってのか? 明日は星でも落ちるんじゃねえか?」
「なに。噂の〈黒腕〉がどの程度のものか、以前から興味があったからな。首尾よく討てれば、名も売れる。それに先刻、急ぎの依頼が入って人数を集めるつもりだったのでな。ちょうど良かったのさ」
「要は、ついでにその依頼を手伝えってことか?」
わずかな間、考える。
普段なら、徒党を組んで女を襲いに行くなんて話は、おそらく断っていた。
だが今は、如何せん頭に血が昇っていたし酒も入っていた。正直このイライラを解消できればなんでもよかった。
「ふん、いいだろ。乗ったぜ」
これであの女を叩きのめせば溜飲も下がるだろう。
わずかにだが気分も回復し、支払いを済ませて帰ろうと懐から財布(ただの布袋だが)を取りだした俺は――
「…………クソがぁっ!?」
――ご丁寧にも、中身だけが綺麗に抜かれていたそれを、地面に叩きつけた。
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