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市場調査はそこら辺の冒険者に

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 鼻の穴にティッシュ詰めたまま対応する受付嬢・タルディ。
三つ編みそばかす眼鏡の一見地味目に見えるが、そんなもの胸の大きさで十分カバーできる見たまんまのドジっ子属性女子。
初見からまったく成長もなく、大きな胸揺らしながらペコペコ頭を下げてくる。
悪いことは言わんから、男の前ではするなよ?

「ギルド証を拝見します」

 商業ギルドに登録した際に貰った翡翠の様な石。
ファンタジーものであるギルドと言えば、ギルド証はカード状なのがセオリーだが、この異世界では石がギルド証になっている不思議。
 正直なところ私はカードの方が良かった。
石だと落としそうで怖い。加工しても問題ないなら加工してしまうんだが…羊皮紙買うついでにそこら辺も聞いてみるかな。

「アキラ・モリイズミ様……登録を確認しました
ギルド証をお返しします
本日はどのようなご用件でしょうか?」

「商業ギルドに登録してるなら
羊皮紙が格安で買えるって聞いたんだけどね
1枚いくらかな?」

「羊皮紙は1枚盾コイン1枚です」

「……え?」

 あれ?
羊皮紙ってすっごい製造工程が面倒で、現代でも作ってる人はいるけど、最低完成までに3週間かかるって聞いたことあるけど……え、安すぎじゃない?

「えっと……なんでそんなに安いの?」

「なんでって……《ディブル》に限らず
世界各地に存在するダンジョンには
モンスターが溢れかえっていて……
その素材を利用し発展させてきた結果
様々な技術が向上して色々なものが
作れる様になってきたじゃないですか。

中でも羊皮紙は聖女様が愛用していた品ということもあって
世界各地に普及していますから
羊皮紙は簡単に手に入る代物じゃないですか」

「あ、あー……そうだったそうだった
私ってばうっかり忘れてたわ」

 異世界の常識恐るべし。
やっぱりモンスターが存在すると素材の使い道とか研究して良いもの作ろうってなってくんだね。
 それならどこかに冷蔵庫もあるんじゃないか!?
それだけ色々な技術が向上してるならあってもおかしくないだろう!

「ちなみにだけどタルディ
魔力を注ぐと火がつくコンロと似た様な感じで
食材とかを冷やしたりできる……
箱的なものはあるのかな?」

「……氷魔導箱アイスボックスのことですか?」

「そう!多分それ!
どこに行けば手に入るとか知らない?」

「稀にモンスターが落とす氷属性の魔核ジュエルがあればすぐ手に入ると思いますが……
属性付きの魔核ジュエルはとても高価なものですからね」

 ほうほう。氷属性の魔核ジュエル。それが冷蔵庫作りに必要なわけか……。
つまり魔力で冷やすってことな。把握。

「庶民には手が出せない代物なのかね?」

「貴族のお屋敷には 氷魔導箱アイスボックスが必ずあるみたいですよ
ここ《ディブル》でも貴族専用エリアとなっている1、2区画
3から5区画までの飲食店には必ず 氷魔導箱アイスボックス
設置する義務がありますし
それ以外の区画ですとあるかないか……
微妙なところですね」

 なるほど。飲食店経営するなら鮮度は命。相手が貴族様なら尚のことってわけね。
そこんところは衛生的にしっかりしてるんだ。
ただし貴族に限る。キリッとか誰かが言いそうだ。

「氷属性効果が付与されてる魔核ジュエルが手に入ったら
すぐに 氷魔導箱アイスボックスをご家庭に置きたいですよね!」

「そうだね。食事は誰だって
鮮度の良いもの食べたいもんね」

 盾コイン1枚。約100円で羊皮紙が手に入るなら、たくさん買っておいて良いかもだけど……。
私専用羽根ペンとインク合わせて剣コイン2枚。

 内訳すると装飾のないシンプルな羽根ペンは盾コイン2枚。約200円。
インクは剣コイン1枚盾コイン8枚。約1800円。

 前回ミール皿を描いてた羊皮紙と羽根ペンはヘイスが工房に持って行ったからね。
そんで受付になかったところを見るとあの家にペンは1本しかないわけだ。
だから自分用にと買ったらインクの方が高かったの巻ってわけさ。
泣けるよ本当に。

 所持金約2100円。1枚買ったとして所持金約2000円で夕飯の食材何が買えるよ?
パンと卵でまたフレンチトーストか?
育ち盛りの子供にそれはダメだろ大人として!
自分の子供じゃないけどさ!
そういう良心はちゃんと祖父母から授かってるわけですよ。大っぴらに優しくしないけどさ!

「(アキラアキラ)」

「(なにフィルギャ
私は今羊皮紙1枚を買うか買わないかの
究極の二択を迫られてる真っ最中なんだけど?)」

「(アフロディーテ様からもらうスキルを
早く決めるためにも羊皮紙は買っておくべきだよ
そして今日中にスキルを1つ決めて
ユーリスの依頼を達成すれば報酬が手に入るよ!)」

「(それはそうなんだけどさ
冒険者であるユーリスたちにあげるなら
ちゃんと冒険者に役立つ効果付いてる
レジンアクセあげたいじゃん
そうすりゃ報酬も上がりそうじゃん)」

「(効果付けたらアキラが
能力付与できることバレちゃうよ?)」

 oh……その問題があった。
今のところ能力付与できることを知ってるのは、シオンとリオンとメルの3人だけだ。
ヘイスにも話してない。まあビジネスパートナーになると決まったらちゃんと話すが、今はその時ではない。

「(……偶然見つけた能力付与できる人に
付けてもらったって言い訳はどうだろう)」

「(それならいけるね!)」

 よし。私は羊皮紙を買う選択をするぜ!

「タルディ!羊皮紙1枚おくれ」

「アキラさん……すごい悩んでましたね
金銭面に余裕がないのでしたら
後払いでも大丈夫ですよ?」

 悪いな。借金は作らない主義だ。
借金してまで投資を勧める奴は100%詐欺。

「あ。それとこのギルド証って
穴とか開けたり加工しても大丈夫なの?」

「使用できなくなってしまうので
穴を開けるのは絶対ダメです!
文字が読み取れなかったりすると大問題なので!」

「そうか……みんなはどう管理してるのか知ってる?」

「登録されてる皆さんは洋服の内ポケットに入れて常に持ち歩くか
普段は家に置いておいたりしてるそうですよ
王都の方ですと専用の袋に入れて
首から提げるのが定番と聞きますね」

 ポケットに入れるか袋に入れて首から提げる……か。
これは色々と普及させつつ稼ぐチャンスなのでは?

「アキラさん?」

「なるほど……ありがとう」



 羊皮紙を買った私はフィルギャと急ぎポムニット家へ戻った。
フィルギャに持っててもらったスキル本を開き、隅々まで読み始めたところだ。

「やっぱり能力付与を
狙ってつけられるスキルが良いね」

「僕は身を守る系のスキルが良いと思うけどなー」

「そこは魔核ジュエルで補強すれば良いじゃん」

「ちゃんと鍛錬しないと効果は身につかないよ?」

「え?そうなの?
装備してれば上がるんじゃないの?」

 ゲームだと装備したら即効果実感!
だったからてっきりこの世界もそういう系だと思ってた。

「そんな楽できたら苦労しないよ!」

 フィルギャの両頬が餅の様に膨れてる。実際プクっと膨らませてる奴を見るのは久々だ。
 昔新入社員のぶりっ子ちゃんが“ぷんぷーん”とか言って膨らませてたけど、次の週から会社来なくなって上司が“こっちがぷんぷーんだわ”ってボヤいてたのを思い出す。
あれほど可愛くない頬膨らましを見たのは後にも先にもあれ一度だけだ。
フグの方がまだ可愛いぞと思うくらいだ。

「この際だから説明しておくと
付与された魔核ジュエルっていうのは
ただ装備しているだけで
自身の能力にプラスされるって代物じゃないんだよ
腹筋すれば腹筋が割れてくる
走り込めば脚力が付く!
何事も鍛錬しなきゃ良い装備してたって
宝の持ち腐れになっちゃうんだよ」

「見た目とレベルが合ってないというやつか」

 身につけるだけの万能型装備品ではなく、鍛錬をすれば能力が付く努力型装備品ということなら、やはり付ける能力はピンポイントできる方が良い。
冒険者のニーズに合わない魔核ジュエルはまず間違いなく装備することもなく売られてしまうだろう。
上昇能力バフ系ならどういう系が求められるか市場調査する必要があるな。

「よし……とりあえず貰うスキル1つ目は
この≪一点狙いピンポイントC≫という
生産系スキルにしようか」

 説明文によると≪バフデバフ効果を狙って付与できるスキル≫と書いてある。
戦闘系スキルにも同じような名前のスキルがあったけど、そっちは≪一点狙いピンポイント≫と明記されてた。
つまり”C“というのはクリエイティブの”C”なんじゃないかと推察。

 しかしドリュアスちゃん……いや、また来るって言ってたしアフロディーテ様かな?
女神精霊王が聞き間違いを起こすとは思えないけど……ドリュアスちゃんは絶対ポカミスすると思うんだよね。ドジっ子属性だから。念には念を。
しっかり正式名称で伝えることと生産系スキルの方であることと相手に復唱させることを徹底しとかないと。

「間違えちゃった……テヘッ」

 なんて言ってボケかまそうものなら私はあのドジっ子ドリュアスちゃんと女神精霊王アフロディーテ様の顔面に拳を射出する自信があるわ……。

 顔面国宝?
そう思ってんのは周りの熱上げてるファンか信者だけだからな。

「アキラ?どうしたの?大丈夫?」

「なにが?」

「いきなり“間違えちゃった……テヘッ”
なんてキャラじゃないこと口にしてたから」

「……忘れなさいフィルギャ
今日の夕日を拝みたかったら……」

 口に出ていたとは……おのれ。

「行くぞフィルギャ!」

「買い物?」

「まだ早い!
そこら辺の冒険者に突撃するぞ!」

「え……なんで?」

「市場調査だと言ったでしょ!」

「いつ!?」

「……すまん。言ったの心の中でだ」

 装備した、知力の魔核ジュエル、効果なし……。
頭も鍛えなきゃ衰えるってことよな。



 所変わって、周りの人たちには姿の見えないフィルギャと共に、冒険者が集まる10区と11区の境目に位置する冒険者ギルド前にやって来た。
邪魔にならない場所に立ち、行き来する冒険者の装いを見ていると、本当にファンタジーの世界にいるんだなと実感する。
 例えば、オオカミの皮を剥いで作ったであろう毛皮を肩にかけて歩く半裸族。
 例えば、細身の剣を腰に下げて歩く耳長青年。
 例えば、見るからに冒険者ではなく盗賊に見えてしまう厳ついおっちゃんたち。
 例えば、これぞ魔法使い!と言うべき木の杖を持って歩くご老人。

「(これ……誰に話しかけるのが正解?)」

「(見た目優しそうな人が良いと思うけど……)」

「(じゃあご老人一択かな)」

 フィルギャとの特殊会話、改め念話でそう伝えれば、フィルギャはなんで?言わんばかりの顔をこちらに向けて来た。
 なにがそんなに不満なのか、意味がわからない。

「(なに?)」

「(あの魔法使いはダメだよ)」

「(なんで?)」

「(魔法使いに見えてバリバリの武闘派だもん
絶対に魔法に関係ないこと喋るよ!)」

 あー……“殴った方が早い“と書いて”脳筋“と読むみたいなタイプか。
 魔力全振りが基本の魔法職で敢えて攻撃力に全振りする魔法使い。これを殴り魔と言う。

「(攻撃力じゃ!としか言わなそうだね)」

「(殴ればええんじゃ!って言うタイプだよ)」

「(それは市場調査にならないわ……)」

「おーーい!!」

 誰に話しかけようかと悩んでいた時、その聞き覚えのある声は遠くの方から聞こえて来た。
 人混みの中でもよく目立つ胸筋。
もう二度と会うことはないだろうと思っていた胸筋。
そう……ユーリスのパーティに所属してる大槌使い・グラントだ。
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