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会話とは、ヒントを得られるイベントのようなもの

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「まだ起きてたのですか?」

 メルを見送り、お腹いっぱいのうちにシオンとリオンを眠りにつかせた。
成長期の子供はよく食べよく遊びよく寝るものだというのが、祖父母の口癖だったからだ。
二人が眠ったのを確認し、依頼のことを考えつつ私は、厨房でシオンとリオンの父親の仕事が終わるのを待っていた。
食事中に二人から色々なことを聞いたが、やはり一度話をしておいた方が良いと思ったからだ。

 ヘイス・ポムニット。シオンとリオンの父親で、このポムニット鍛冶屋の店主にして親方。
弟子は数年前に一人いたが、今は各地の工房を巡る修行の旅に出ているそうだ。
各地の工房を巡り研鑽を積むことで、新たな発見や技術を得ることができる。
やがてそれは自身の武器となり、一人前に成長していくとのことだ。
鍛冶屋の世界に詳しくないからそれが本当に成長になるのかはわからないが、この世界ではそれが常識ということだから「そうなんだねー」と相槌を打って聞いていた。

 いや、私が話しておきたいのは弟子のことでも鍛冶屋のことでもない。
客なんて来ないのに仕事と言って夕飯を食べないとはどういうつもりなのかと言うことだ。
そんなに私の作った飯は食えないってか?
婆さんの作ったフレンチトーストは食えないってか?

「まあちょっとそこ座りなさいな
貴方とはきちんと話しておこうと思ってね」

 座るよう促せばヘイスは素直に従い私の目の前に座った。
まじまじと顔を見れば本当に二児の父親なのかと疑問に思う程若々しい。
シオンとリオンを添えても親子、ではなく歳の離れた兄弟と言っても通じるレベルだ。
 アッシュゴールドにクラウドマッシュな髪型。瞳の色は水色を少し薄めたような色合い。
ユーリスと並べば良い客寄せパンダになるに違いない。顔面偏差値的な意味で!
歩く広告塔。立っているだけで宣伝になるという表現ができるほどのイケメンだ。

「それで、話というのは?」

 しまった。見つめ過ぎた。
咳払いを一つし、私は口を開く。

「お客1人も来ないのに仕事ってなに?
ご飯は家族で食べるものでしょうよ」

 オブラートに包め?
包んで苦味が抑えられると思うなよ。
苦々しい思いをしてこそ人生だ!

「シオンとリオンは口に出さないみたいだけどね
顔には寂しいって書いてあるんだよ
お客が来ないなら2人のこと、少しは気にかけて構ってあげな」

 お世話になる身のくせに上からの態度だと自分でも自負してる。
だがしかし。親がいるのに甘えられないってどうなのよ?
仕事人間になるのは大いに結構だ。でもそれで家族を顧みないなら何故結婚し子供を作ったんだ?
仕事していたいなら独身童貞魔法使いへの道を貫けば良かったんだ。

 理解できない…ーー。

 人が人を愛する理由も。
 結婚したい理由も。
 子供を産みたい理由も。

 子供を捨てたい理由も…。

「シオンとリオンのことを気遣っていただきありがとうございます
…正直なところ、今は2人に構っている余裕が俺にはないんです」

 は?と言いたかった。でもグッと言葉を堪えた。
しかしどうやら顔に出ていたらしく、ヘイスは慌てて言葉を続けた。

「誤解しないで下さい!
子供たちのことが嫌いとかじゃないんです!」

「…なにがどうして構う余裕がないわけなの?」

 そう問えば「長くなりますが」と前置きをしヘイスは話し出した。

 ヘイスとその妻・リディは祝福され結婚をした。共に子を望み、祝福を受ける様に身籠り双子を産んだ。
 しかしリディは2人を抱くことなく命を落としてしまった。
周りを頼るということができない中で、貯金を崩し崩しで2人を育て7年が経った。
手があまりかからなくなり仕事へ復帰したものの、7年のブランクは相当なものであり、全盛期のような良いものが作れず、なまくらだと言われ始めてしまったそうだ。

「勘を取り戻すためには
仕事があろうとなかろうと
鉄を打ち続けなければいけないんです」

「…なるほど」

 事情は把握した。
だがしかし!売れぬものを作っても意味がなかろう!
鉄が豊富にあるにしたって無駄過ぎる。
もう少し売れるものを作りながら勘を取り戻すことはできないのか?
 いや、それ以前にこの世界の剣は鋳造ちゅうぞうではないのか?
鍛造たんぞうなことにビックリだよ。西洋っていうと鋳造ちゅうぞうなイメージだから…。

 その昔、私が日本という小さな島国で働いていた時、刀ブームで鍛冶屋の工房に見学に行った同僚の話を全力で聞き流していた時期があったのだ。だからまったく詳しくないわけだ。

「…ところでアキラさん。それは?」

 “それ”と指さされたものは、私がヘイスを待っている間落書きしていたミール皿のスケッチだ。
ミール皿のスケッチだ。
…念を押してもう一度言う。ミール皿のスケッチだ!
どこぞの守護妖精みたいに「これはおぼん?」とか言ってくれるなよ。

「ミール皿って言ってね
ここの凹んでる部分…受け皿って言えばわかりやすいかな?
その受け皿の部分に宝石や魔核ジュエルなんかを埋め込んで
アクセサリーにして身につけることができる代物だよ」

 ロットンと別れた後、教会へ行く前に街のアクセサリーショップを覗いてみたが、売られていたのはネックレスに指輪、イヤリングに腕輪のみ。
 ネックレスは宝石に穴を開け紐を通したものが一般。中には金具が付いてるものもあったが作りが雑。指輪は小さな宝石が嵌め込まれているものと何もついていないもの。
イヤリングは耳たぶに嵌めて使うタイプ…つまり耳環じかんであり、腕輪に関しては宝飾もなくただただ金の腕輪がズラリと並んでいただけだ。
 これはさすがにアクセサリー技術不憫過ぎると思った。

魔核ジュエルなどを埋め込む…」

 手で口元を少し隠し、じっと絵を見ながら考え込む様に呟くヘイス。
いきなりどうしたこのイケメンというような顔でじっと見ていれば、ハッとしたように再びこちらに視線を向けてきた。

「ネックレスや腕輪のように
身につけることができるのは良いですね
魔核ジュエルは武器に埋め込み使うのが一般的です
一度嵌めてしまうと武器が壊れるまで外せないので
アクセサリーにできるなら需要がありそうです」

「武器に埋め込むんだ…
ならモンスターと戦う時は
臨機応変に対処できないね」

 前にフィルギャからちょろっと聞いた話では、魔族やモンスターたちは生まれながら属性を持っているらしい。
属性とは、ファンタジーによくある火は水に弱く風に強いというあれだ。
人がサラマンダーの加護、即ち火属性を持っている場合、同じ火属性持ちのモンスターへのダメージはあまりない。
逆に風属性や木属性持ちのモンスターへのダメージはかなり入る。
だから冒険者同士でパーティを組む際は、加護が重複しない様、慎重に仲間を集めるそうだ。
 複数の武器を持って行動や戦闘なんて重いし邪魔でできないからね。

「ええ。例え属性付与の魔核ジュエルを持っていても
モンスターの属性が一緒だと
ダメージはあまりないですからね」

「それなら魔核ジュエル
着脱できる武器が重宝されそうだね」

「ははは。そんな武器ができたら
それこそ重宝されますね」

 ……うん。なんか今普通に儲けられそうなヒントが会話になかったか?
ミール皿ができれば私はレジンアクセサリーが作れる。
ミール皿が作れればヘイスも一風変わった武器が作れる。
イコール2人してメリットしか生まれない。winwinなビジネスパートナーになれるのでは!?
 普段なら業務に関係のない会話にメリットなんてないなーと思うけど、こういうヒントを得られるイベントだと思えば少しは話そうって思えるな…。
ずっとどうでも良い話や実りない会話は正直要らないけど。

「…アキラさん。相談なのですが…」

「ヘイス。私も相談したいんだけど…」

 どうやら言わずもがなだったようだ。
私が描ける範囲でミール皿を描いてみたが、自分でもこの絵は酷いと思った。
すまないヘイス…君の想像力と創作意欲に任せる。
全部丸投げする。頼んだぞ。



ーー 朝

 恨めしいほど憂鬱な朝がやってきた。
しわしわな老婆の手との挨拶から始まり、老婆な自分との対面に終わり、朝食作りが始まる。

「朝ご飯なにしよ…」

「はいはい!僕は卵が食べたい!」

 いきなりのフィルギャ登場に蚊を潰す勢いで手が出てしまった。

「潰さないで…」

 潰してないから安心してほしい。

「卵は昨日のうちに茹でて
ゆで卵にしたから…まあ無難に
トーストとゆで卵を朝食にしよう」

 ゆで卵は3個しかないからあの親子行き。私とフィルギャはトーストのみだと伝えれば駄々をこねられたが、そこはもうスルーだ。
 あー…冷蔵庫がほしい。卵を常温で1日放置しても問題はないだろうが、ここは異世界で何が常識で非常識なのかイマイチわかっていない状態だ。
食中毒なんて起こした日にはあの親子に目も当てられない。自分が腹を壊す分には問題ないけど、人の体を守るって…面倒だな。

「あ」

「どうしたの?」

「カタログ見せて!
お財布と買い物カバンないか探すから!」

 今日は自らの足で街へ向かうのさ!
肉とか野菜の価格調査に!
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