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衣食住にお風呂も添えて

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 ポムニット鍛冶屋へ戻り、ユーリスからの依頼のレジンアクセをどうするか考えていれば、食材が到着した。
「待っていたよ食材!」と喜びを口にしたらシオンとリオンは苦笑し、メルは涙目になってたけど気にしない。
待ってたのは食材で間違っていないからだ。

魔核ジュエルは冒険者ギルドが剣コイン11枚で買い取ってくれたぜ
で、頼まれてたパンと卵と調味料」

 Fランクの魔核ジュエルが約1万と千円か~。ぼったくり感半端ないけどこの世界ではそれだけ価値があるのね、うんうん。
おかげで私は一宿の恩を返せるわけだし、大いに利用し金稼ぎさせていただこう。

「パンは時間経つと岩みたいに硬くなっちまうから
1本だけ買ってきた。これが盾コイン2枚
卵は6個で盾コイン4枚」

 砂糖、塩は1キログラム盾コイン6枚。酒も1リットル盾コイン6枚だそうだ。
ここまでの合計日本円にして約2400円。
 ……うん。卵6個で約400円ってブランド鳥ですか?
砂糖も塩も料理酒も約600円って財布の紐締めるわ。
まだ見ぬ肉や魚や野菜の値段が恐ろしくて聞けないよ。

「おつりが剣コイン8枚に盾コイン6枚」

 しっかり食材とおつりを受け取るも、財布を持っていないことに気付いた。
洋服にポケットが付いてて助かった。
だけどいつまでも洋服のポケットにコインじゃらじゃらじゃ危なっかしいな。
今度またフィルギャにカタログ見せてもらおう。財布あるかもしれないし。

「パンだー!」

「前は盾コイン1枚だったのにね」

 色々物価が高騰してるって二人が言ってたもんな。なんて思いながらも私は厨房に立った。
そしてエプロンを身につけ、まな板の上にパンを置いた。
 パンは向こうの世界でもあったバゲット。それを食べやすい大きさにカット。
ブランド鳥の卵を3つ割りバット(調理器具)の上で溶く。砂糖を大きいスプーンで1杯。
よく混ぜたら切ったパンを溶き卵の液につけ、パンをひっくり返しながらパンが卵液を吸うのを待つ。

「婆ちゃん何作ってんのー?」

「私でも作れるフレンチトースト!」

「フレンチトースト?」

 知らないのかと問えば、3人揃って首を縦に振った。
なんでもこの世界では、卵は目玉焼きにするかスクランブルエッグにするかのどちらかしかないらしい。
パンは元々が硬いからスープに浸して食べるのが定番らしく、パンに卵液を吸わせるのは初めて見るそうだ。

「面白い調理方法があるんだな」

「……で、いつまでいるの?
メルの兄ちゃん」

 食材調達の任務が終えたのに帰らないメルを疑問に思ったのだろう。
リオンの何気ない一言がメルを傷つけていた。
まあ、いつまでいるんだって言いたくなるのはわかる。私もいつまでいるのか気になってた。

「え…あ、そ、そうだよな…
一緒に夕飯は…さすがに図々しいよな」

 苦笑いしながら頭を掻き、ササっと撤退しようとしていたメルを慌ててシオンが引き止めた。
何故そこで引き止めたのか…。

「違う違う!リオンはお仕事に戻らなくて
大丈夫なのって言いたかっただけだよ」

 なるほど。言葉足らずでしたか。
会話に主語がない人って多いよね。
私が勤めてた会社にもいたなー…主語がなくて何の話をしたかったのかわからないおばちゃん。
あれがね。で伝わるくらいの仲じゃないだろと言いたかったわ。

「お婆ちゃん!
パンがすっごく卵の液吸ったよ!」

 シオンのはしゃぐ声にバットに目を向ければ、いい感じにパンが卵液を吸っていた。
硬くなっていたとは思えないくらいふにゃりと柔らかくなっていた。

「フライパンを用意して火を…」

 火ってどうやっておこすの?



隔絶世界《リヴァーユ》

 上機嫌に庭園を散歩するドリュアス。
その胸には彼女の加護を授かった晶がお供えしたレジンで作ったネックレスがキラリと光り揺れていた。
 このネックレスを身に付けてからというもの、ドリュアスは他の精霊や妖精たちから「可愛くなった」「綺麗になった」などの称賛の声が送られる様になった。
今までにないことに最初こそ戸惑うも、次第に嬉しいという感情に変わり、今ではリヴァーユに住む精霊王・アフロディーテへの週一報告会も苦ではなくなってきているのだった。

「今回もまた信仰者は増えなかった様ですね…」

「ごめんなさいごめんなさい!
アフロディーテ様怒らないでー!」

 目下課題は木の精霊の加護を授かりたいという信仰者を増やすこと。
しかし魅力があまりにも伝わらず増えるどころか衰退の一歩を辿っている状態にアフロディーテは深くため息をついた。

「仕方がありませんね……ところでドリュアス」

「はい?」

 じっとドリュアスを見つめるアフロディーテ。
その視線の先にはレジンのネックレス。
微弱に漂う魅了の効果にアフロディーテは「コホン」と咳き込んだ。

「その変わったネックレスはどうしたのですか?」

 その問いによくぞ聞いてくださいましたと言わんばかりの顔でドリュアスはネックレスに手を触れた。

「アキラお婆ちゃんからの最初のお供物です!
可愛いですよねー!
これ身につける様になってから
みんなに可愛くなったねーって言われて
私、プチモテ期到来中なんですよー!」

 ふむふむとネックレスを見るアフロディーテ。
彼女はまたコホンと咳払いし、ドリュアスに言った。

「そ、そう言えばドリュアス…
加護を授ける際、アキラさんにスキルの付与を忘れたと言っていましたね」

「うぐっ!そ、それは…」

「今からアキラさんのところに行って来なさい!
私、アフロディーテ自ら赴きお好きなスキルを授けますと!」

「え…ええええええ!!」



「本当に助かったよメル
火のおこし方ド忘れしてた」

「大丈夫かよ婆さん…」

 この世界での火のおこし方は魔力を指先に集中させ、コンロ部分にあるボタンを押してつけるそうだ。
火力調整も指先に魔力を集中させたままボタンをタップで強火、中火、弱火と切り替わるそうだ。
ガスコンロほしいなと口にしてしまいそうなほど火力調整が面倒だ。
ちなみに消火する時は魔力を集中させずボタンタップで良いとのことだ。
 よし。覚えた。完璧。

「お待たせ若者たち
フレンチトーストだよ」

 無事フレンチトーストも完成したし、3人揃って美味しそうに食べてくれてるし、なんとかなって本当に良かった。
しかし夕飯が完成したというのにシオンとリオンの父親はやって来ない。
シオンとリオンが呼びに行ったのに”仕事があるから先に食べてなさい”と言われたそうだ。
え?お客なんて一人も来てないのに仕事ってなによ。そんなに私が作った飯は食えないと言うのか!?
失礼な奴めと思いながらも食事を済ませ、さあお風呂だとシオンとリオンに声をかければ…――。

「うちには入浴場がないんだ」

「あれは貴族が買えるもんだよ」

 と、衝撃的な事実を知った私だ。
風呂がない=髪ベトベト+フケ満載+体臭漂う+不潔。
無理無理無理!そんな不潔な連中といつも一緒とか嫌だし!
お風呂じゃなくていいから水浴びくらいさせて!

「…お風呂がない場合
みんなどこで身綺麗にしてるの?」

 それが一番大切!最優先事項!
人が暮らしていくうえで必要なこと、それは衣・食・住!
着るもの、食べるもの、住む場所が大事。でもそれと同時にお風呂も大事だと思ってる。
 今の若い子はお風呂に毎日入らないと聞いた時の私の衝撃は半端じゃなかった。自分が臭いの気付いてます?
汚部屋おへやに住んでるなら臭いに気づかないかもしれないけど相当臭いよ君。と、思った。
現に会社にいた若い女子社員の何人かは臭かった。例えるなら…―――。
 例えが見つからないくらいの異臭であったと語ろう。

「大浴場に行くんだよ」

「でも入浴料が高いから毎日は無理」

 どうやらこの世界にも銭湯はあるようだ。良かった。命拾いした。
しかし入浴料は高い。メルが言うには今までは子供は盾コイン5枚。大人は盾コイン8枚だったのが、冒険者が増えたり税金が上がったりで子供は剣コイン2枚、大人は剣コイン5枚に値上げしたそうだ。
スーパー銭湯並みのお値段に、一瞬目が落ちるところだったよ。
これじゃ風呂へ行こうなんて気分にはなれない。

「だからみんな、井戸水を汲んで
一回沸かして冷ましてから
水かぶっておしまいだよ」

「でもその井戸までが遠いから
みんなちょっとの汚れは気にしないんだ」

「メルは綺麗だな…安月給なのに
大浴場利用して綺麗にしてるの?」

「俺ら兵士団の宿舎は浴場完備だから」

 この野郎…。
一人身綺麗にしやがって!
こういう時にふと思うのが、水の精霊の加護を持ってる人たちって
お風呂の心配なくて良いよな…ということだ。
いや、そういうことに精霊の加護を使うんじゃないのはわかってはいる。
でも羨ましいな。と、ついつい思ってしまうのだ。現代社会と異世界のこの差よ。

 なにがなんでもお風呂代を稼ぐ!
そう決心した私はまた、依頼のレジンアクセについて考えるのだった。
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