上 下
8 / 14

8.新戦力

しおりを挟む
 翌日の朝、ラウルとファムは再び派遣騎士隊の事務所を訪れた。今朝早く、二人の泊まっている宿屋にセシルから伝言があったためだ。

 女将によれば、どうやらセシルが話を持って行った火魔法使いから臨時パーティへの参加の了承を得られ、顔合わせをしたいということだった。特に問題がなければダンジョンで実力を測った上で、冒険者ギルドで正式に一時的にパーティを組むことになる。

 どのような人が来るか何も聞いていないラウルとファムは期待半分、不安半分で事務所の門を潜った。

「どうぞこちらへ」

 今日はセシル本人ではなく受付のメイドに案内され、二人は前回と同じ応接室へと向かう。メイドのノックに部屋の中からセシルが応じ、年若いメイドが恭しい所作でドアを開けた。

「ラウルくん、ファムさん。御足労おかけしました」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「ありがとうございます!」

 ラウルもファムもセシルに伝えた感謝の言葉に嘘はないが、それでもその視線はすぐにセシルの横に立つ少女へと吸い寄せられた。

 薄いピンクのおさげ髪と碧眼を持つ、まだ幼さを残した人族の少女。その見知った顔を目にし、ラウルは驚くと共に心のどこかで納得している自分に気付いた。

「ラウルさん、ファムさん。よろしくお願いします」

 優しそうな声でそう告げた少女が、丁寧に頭を下げる。

「よ、よろしく」
「こちらこそよろしくね、ミレイナ」

 ラウルとファム、そして少女はセシルに促されてソファに腰を下ろす。お互いに自己紹介は不要だった。

 ファムにミレイナと呼ばれたこの少女は、先のいくさに際してメルニールからラインヴェルトに逃れてきた孤児の一人で、まだ英雄がこの地にいた頃は二人と寝食を共にしていた。

 そして彼女こそ、多頭蛇竜ヒュドラー討伐を決意した日に宿屋の食堂でラウルが思い出した噂話の主人公。即ち、最近ミルの所属する“戦乙女の翼ヴァルキリーウイング”からパーティ加入を打診されているという、ある意味ではラウルにとって羨望の、そして淡い嫉妬の対象でもあった。

 孤児院暮らしのミレイナは、これまで冒険者ギルドの依頼で街の外の湖に棲む友好的な魔物への食事の配送などで日銭を稼いでいて、空いた時間に冒険者見習いとして先輩冒険者から指導を受ける立場だった。

 その実力は既に冒険者として独り立ちしているラウルやファムに劣っていたはずだが、そんな彼女に転機が訪れたのはミルとの魔力操作の訓練を受けたときだった。

 魔法を効率的に運用するために必要な魔力操作の技能。一部のみにしか知られていないが、それを高めるのに効果的な訓練方法が、かつて英雄によって編み出され、今はミルへと継承されていた。

 そのラウルにとっては未知の訓練を受けたミレイナは、個人差があると言われる中、魔法使いとして劇的な成長を見せ、その潜在的な素質はミルが自らのパーティに勧誘したほどだという。

「実は以前からミレイナさんをメイド隊の候補生に勧誘していて、何度か体験入隊をしてもらっていたのですが、その、ある冒険者パーティにも誘われてしまって、少し相談を受けていたのです」
戦乙女の翼ヴァルキリーウイング……」

 無意識にラウルの口からパーティ名が零れ落ちた。

「ご存じでしたか」
「あ……。その、仲間内で噂になっていて……」
「ミルミルの訓練を受けたんですよね」

 二人が応じると、セシルは目を丸くしながらも納得したように小さく頷く。セシルにとっても、広義の意味で英雄の関係者である二人がある程度の事情を知っていたとしてもおかしいことではなかった。

「セシルさん、後は私が……」

 そう言って、ミレイナがラウルとファムを交互に見遣り、ラウルの目を見つめて再度口を開いた。

「ラウルさんもファムさんもご存じの通り、私は冒険者見習いとしてまだまだ修行中の身でした。自分でもあまり才能があるとは思えず、セシルさんに誘われてメイド隊への入隊も考えましたが、やはり憧れの冒険者になる道を諦めきれないでいました」

 15歳で成人する社会で未成年のラウルとファムよりも幼いミレイナだったが、メイド隊での練習の成果なのか、年齢のわりにしっかりとした言葉遣いをしていて、今より幼い頃の彼女を知る二人は少なからず驚いていた。

 元々しっかりした子ではあったが、当時はもっと年相応の話し方をしていたのだ。

「そんなとき、幸運にもミルさんの訓練のおかげで火魔法の素質があることがわかりました。ミルさんはそんな私をあの“戦乙女の翼ヴァルキリーウイング”に勧誘してくれました。それはもう信じられないくらい嬉しいことでしたが、同時に私のような未熟者が入れるパーティではないことも十分わかっていました」

 ミレイナの気持ちはラウルにも痛いくらい理解できた。それだけ英雄たちのパーティである戦乙女の翼ヴァルキリーウイングは、この街とメルニールで特別な存在だった。

 ラウル自身、いつかその一員になりたいという野望を持ちつつも、いざ誘われたら戸惑ってしまう自信があった。

 街の危機を幾度も救い、二人の英雄が去った後でも帝国皇帝から一目置かれる戦乙女の翼ヴァルキリーウイングに加わるということは生半可な覚悟でできることではい。

「だから、お二人と一緒に多頭蛇竜ヒュドラーを倒すことで、その名に恥じない冒険者になれると少しでも証明したいのです。他でもない自分自身に」

 そうして、ミレイナは多頭蛇竜ヒュドラー討伐臨時パーティへの参加を望んだ。頭を下げるミレイナに代わり、今度はセシルが口を開く。

「ミレイナさんはメイドの修練の合間に火魔法の鍛錬もしていて、決して足手まといにはならないはずです」

 身体能力の面ではそれほどではないが、継続して先輩冒険者からダンジョン内の立ち回りも学んでおり、何よりその火魔法はセシル以上の火力なのだという。

 ラインヴェルトで活動する冒険者の中でも一流と評されるセシルにそう言われてしまっては、ラウルもファムも、まだ見ぬ幼き才能を疑う理由はなかった。

 ラウルとファムは顔を見合わせてからミレイナに向き直った。二人を代表して、ラウルがミレイナの薄ピンクの後頭部を見つめながら歓迎の意を示す。

 具体的な戦力はこれからダンジョンでチェックするまでわからないが、ラウルは微塵も心配していなかった。セシルが自身以上だと明言し、そして何よりミルが素質を認めたのだから。

 ミレイナが頭を上げる。ラウルとファムに感謝の言葉を告げる彼女の浮かべた笑顔は年相応に可愛らしく、とても眩しいものだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン生活10年目にして配信者になることになった男の話

天野 星屑
ファンタジー
突如地上に出現したダンジョン。中では現代兵器が使用できず、ダンジョンに踏み込んだ人々は、ダンジョンに初めて入ることで発現する魔法などのスキルと、剣や弓といった原始的な武器で、ダンジョンの環境とモンスターに立ち向かい、その奥底を目指すことになった。 その出現からはや10年。ダンジョン探索者という職業が出現し、ダンジョンは身近な異世界となり。ダンジョン内の様子を外に配信する配信者達によってダンジョンへの過度なおそれも減った現在。 ダンジョン内で生活し、10年間一度も地上に帰っていなかった男が、とある事件から配信者達と関わり、己もダンジョン内の様子を配信することを決意する。 10年間のダンジョン生活。世界の誰よりも豊富な知識と。世界の誰よりも長けた戦闘技術によってダンジョンの様子を明らかにする男は、配信を通して、やがて、世界に大きな動きを生み出していくのだった。 *本作は、ダンジョン籠もりによって強くなった男が、配信を通して地上の人たちや他の配信者達と関わっていくことと、ダンジョン内での世界の描写を主としています *配信とは言いますが、序盤はいわゆるキャンプ配信とかブッシュクラフト、旅動画みたいな感じが多いです。のちのち他の配信者と本格的に関わっていくときに、一般的なコラボ配信などをします *主人公と他の探索者(配信者含む)の差は、後者が1~4まで到達しているのに対して、前者は100を越えていることから推察ください。 *主人公はダンジョン引きこもりガチ勢なので、あまり地上に出たがっていません

ごめんみんな先に異世界行ってるよ1年後また会おう

味噌汁食べれる
ファンタジー
主人公佐藤 翔太はクラスみんなより1年も早く異世界に、行ってしまう。みんなよりも1年早く異世界に行ってしまうそして転移場所は、世界樹で最強スキルを実でゲット?スキルを奪いながら最強へ、そして勇者召喚、それは、クラスのみんなだった。クラスのみんなが頑張っているときに、主人公は、自由気ままに生きていく

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...