上 下
6 / 14

5.憧れ

しおりを挟む
「あのさ、ファム。ちょっとこれからダンジョンに行きたいんだけど」

 ラウルは鍛冶屋を出て宿屋に向かおうとするファムを引き止めた。ファムが足を止め、ラウルの肩の上を見遣る。そこには背負った2本の剣の柄が覗いていた。

「ちょっとならいいけど……。ねえ、ラウル。何で1本買ったの?」

 先ほど訪れた新人向けの鍛冶屋ではそれほど強力な武器は扱っていなかったのだが、ラウルは剣を1本購入していた。

「それの試し切りがしたいんでしょ?」
「それはそうなんだけど。えっとー……」

 ラウルは言葉を濁す。今使っている武器とそれほど変わらない、どちらかといえば多少質の劣るくらいの剣を買う意味がわからないのは当然だとラウルは思った。ダンジョン内で剣が破損したときに備えて短剣を別に持ち歩いているし、身軽さを重視して予備の剣を常時持ち歩いていないのはファムとも話し合って決めたことだった。

 しかし、ラウルとて理由なく買ったわけではない。

「ちょっと試してみたいことがあって……」
「ふーん……」

 ラウルはファムの見透かすような目から視線を逸らす。

「まぁ、いろいろ試してみるのは別にいいけど。じゃあ、行こっか」

 ファムが再び歩き出し、ラウルも小走りで追いかけてその隣に並ぶ。ラウルは前方を見据え、脳裏にかつての英雄の姿を思い浮かべた。





「ダメかー……」

 ラウルがダンジョンの床に溶けるように吸収されていく魔物の死骸を眺めながら、がっくりと肩を落とした。その両手にはそれぞれ剣が握られている。

「っていうか、ダンジョンで試す以前の問題なんじゃない?」
「前からイメージはしてたんだよ、イメージは……」
「イメージトレーニングも大事って言うけど、そもそも片手でまともに振れないレベルじゃ、実戦は無理じゃん」

 せめて冒険者ギルドの鍛錬場などである程度練習してくるべきではないかと指摘するファムに、ラウルは何も言い返すことができなかった。ダンジョン1層での戦闘だったので事なきを得たが、もし普段潜っている階層辺りで試していたとしたら致命傷を負っていた恐れがあった。

 それほどまでに、ラウルの動きは悪かった。

「ミルミルのお兄さんの真似をしたんだろうけど、どう考えても戦力ダウンしてるからね?」

 ミルの兄的存在だった英雄は、度々、二刀流で戦っていた。ラウルは彼の戦いぶりをそう何度も間近で見てきたわけではないが、2本の剣を巧みに操って敵を圧倒していく様は端的に言ってかっこよく、密かに憧れていたのだ。

 攻撃力の底上げという課題の克服のために思い切って試したものの、片手で剣を振るうという点だけでもいつもより力と速度で劣っているのに加えて、バランスを取るのが非常に難しく、とても一朝一夕で形になるようなものではなかった。

 そして、ラウルも薄々気付いてはいたが、よほどのことがない限り、片手で剣を振るうよりも両手で振るった方が威力は増すのだ。多頭蛇竜ヒュドラーの首を一刀のもとに切り落とすという目的に際してどちらが向いているか、言うまでもない。

 もちろん、かつての英雄のように二刀でバサバサと切り落とせるのであれば効率は上がるだろうが、どう転んでも今のラウルにできる芸当ではなかった。

「とりあえずさ、今日のところは帰ろうよ」

 おおよそ結果を予想していたのか、ファムは殊更馬鹿にするようなことはなく、諭すように言った。ラウルは小さく頷きを返し、とぼとぼと帰路につく。

「あっ」

 ファムのこぼした声でラウルが顔を上げると、くすんだ白い石壁の続くダンジョン第一層の通路の前方から、人影が近付いてくるのが見えた。

 入り口から程近いところを進む、体に合わない長さの剣を両手で握った小柄な少女。彼女から少し遅れて、女性にしては長身で、身の丈を超えるほどの槍を手にしたもう一人。

 そのどちらも獣のような耳を頭に生やした二人組を視界に捉えた瞬間、ラウルは慌てて片方の剣を背中の鞘に納める。形だけの二刀流を彼女たちに、特に小柄な少女に見せるのが恥ずかしかった。

「あ、曲がっちゃった」

 ラウルが俯いていると、ファムの残念そうな声が聞こえた。恐る恐る顔を上げたラウルの視線の先に獣人族女性の二人組の姿はなく、どうやらメルニールへ続く転移罠へ向かったのだと推測する。

「ラウル、どうする? 挨拶してく?」
「いや、僕はいいや」

 想い人の笑顔に励まされたいという気持ちはあったが、それ以上にラウルは今の情けない姿をミルに見せたくないと思った。

 次に会う時には多頭蛇竜ヒュドラーを倒したと報告したい。ラウルはそう強く願う。

「ファムが話したいなら、ここで解散でもいいけど」

 出口はもう目と鼻の先だ。二刀流にこだわらなければ一人でも全く問題ないくらいの実力は、ラウルも、そしてファムも持っている。ファムが片手を顎に当て、先ほどまで二人がいた場所を見つめた。

「うん。私も今日はいいや。これからのことを話し合わないといけないし。あと、お腹もいたしね!」

 ファムが屈託なく笑い、ラウルも釣られて笑みを見せる。二人は歩みを再開し、出口を目指した。その途中、曲がり角でラウルは顔を横に向ける。真っ直ぐ転移罠へと伸びている通路の先に、憧れの背中が見えた。

「ちょっと通してもらえるかな?」
「あ、すみません!」

 道の真ん中で立ち止まっていたラウルは角を曲がる商人に声を掛けられ、慌てて脇へ退いた。「しっかりしろよ」と肩を叩く顔見知りの冒険者に続き、ガラガラと荷台付きの馬車が進んでいく。既に二人組の背中は見えなくなっていた。

「ラウル~。行くよ~」

 少し先にいたファムが手招きし、ラウルは小走りで駆け出す。

「明日さ、私たちもメルニールに行ってみない?」

 そんなことを話しながらダンジョンを出た二人を出迎えたのは、寂しそうにダンジョンの入り口を見つめる真紅の瞳だった。

「グルゥ……」

 それは人の大人を超えるほどの体長まで成長した、2足のドラゴンの子供。翼を丸めて座り込み、首を垂れ提げた赤い竜の子が、二人を見据えて恨めしそうに鳴いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン生活10年目にして配信者になることになった男の話

天野 星屑
ファンタジー
突如地上に出現したダンジョン。中では現代兵器が使用できず、ダンジョンに踏み込んだ人々は、ダンジョンに初めて入ることで発現する魔法などのスキルと、剣や弓といった原始的な武器で、ダンジョンの環境とモンスターに立ち向かい、その奥底を目指すことになった。 その出現からはや10年。ダンジョン探索者という職業が出現し、ダンジョンは身近な異世界となり。ダンジョン内の様子を外に配信する配信者達によってダンジョンへの過度なおそれも減った現在。 ダンジョン内で生活し、10年間一度も地上に帰っていなかった男が、とある事件から配信者達と関わり、己もダンジョン内の様子を配信することを決意する。 10年間のダンジョン生活。世界の誰よりも豊富な知識と。世界の誰よりも長けた戦闘技術によってダンジョンの様子を明らかにする男は、配信を通して、やがて、世界に大きな動きを生み出していくのだった。 *本作は、ダンジョン籠もりによって強くなった男が、配信を通して地上の人たちや他の配信者達と関わっていくことと、ダンジョン内での世界の描写を主としています *配信とは言いますが、序盤はいわゆるキャンプ配信とかブッシュクラフト、旅動画みたいな感じが多いです。のちのち他の配信者と本格的に関わっていくときに、一般的なコラボ配信などをします *主人公と他の探索者(配信者含む)の差は、後者が1~4まで到達しているのに対して、前者は100を越えていることから推察ください。 *主人公はダンジョン引きこもりガチ勢なので、あまり地上に出たがっていません

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...