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2.始まり

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多頭蛇竜ヒュドラーって……。もしかしてラウル、あの話を気にしてる?」

 椅子に座っているファムがテーブルの下で足をぷらぷらと揺らしながら、可愛そうな人を見るような目をラウルに向けた。

「あれでしょ? あの魔剣をミルミルからもらいたいとかっていう」

 図星を指されたラウルは顔を俯かせる。

 魔剣とは現代の技術では作ることのできない超古代文明の遺物、所謂アーティファクトの一種とも言われ、様々な特殊な効果を内包しているものも多い。確認されている魔剣のほとんどすべてが魔法を弾く性質を持っていることから、逆説的にその性質を有する武器が魔剣と呼ばれている。

 ファムの言う“あの魔剣”とは、かつてミルの兄的存在だった英雄が使用していた剣で、彼がこの地を去る際にミルに譲られたものだ。ミル自身はファム同様に短剣を用いる戦闘スタイルのため、成長して剣を使うようであれば使ってほしいと、そしてミルに必要ない場合は信頼できる相手に託してほしいと英雄は言い残したという。

「ねえ、ラウル。ミルミルがずっと剣の練習をしてるの、知ってるでしょ? ミルミル、絶対に他の人に渡す気ないと思う」
「そ、そんなのわからないじゃないか」
「わかるよ」

 ファムが断言し、ラウルは唇を噛む。ラウルも、ミルの親友だと自他ともに認めるファムに言われるまでもなくわかっていたが、それでも万に一つの可能性に賭けたかった。

 もしミルが魔剣を誰かに託す時が来た場合、ラウルはその相手が自分でありたいと思っている。けれど、そのためにはただ強くなるだけでも、ミルの信頼を勝ち取るだけでもダメなのだ。

 英雄の残した魔剣、“不死殺しの魔剣イモータルブレイカー”は、名前の通り、不死の存在を殺傷することができると言われる剣で、回復系の魔法を阻害する効果も持っている。

 そして、ラウルにとって最も重要なのは、不死的存在を倒したことのある者にしか使用を許されないということだ。

 魔剣はある種の意志を持っているとも言われ、使い手を選ぶ。資格なき者が用いようとすれば真価を発揮しないどころか、下手をすれば精神に支障を来したり、最悪、命を落としたりすることもあるという。

「もし死ぬ気で頑張って何とか多頭蛇竜ヒュドラーを倒せたとしても、ミルミルのお兄さんの魔剣はもらえないと思う。ていうか、もらえない」

 ファムの言葉がラウルの胸をえぐった。ラウルは膝の上に置いた拳を強く握りしめる。

「それでも、やるの?」
「それは……」

 多頭蛇竜ヒュドラーは何本もの蛇の首とドラゴンのような蜥蜴とかげの体を持つ魔物で、その首をいくら切り落としてもすぐに再生してしまうという驚異の回復力を持っている。かの英雄やミル自身もこの魔物の幼生体を倒して資格を得たことから、多頭蛇竜ヒュドラーを倒せばラウルの欲する資格が手に入るのは間違いなかった。

 けれど、そもそも攻撃力不足に悩んでいるような二人にとって、直近の目標に掲げるような相手ではない。ミルたちが倒した際に用いた戦法は話に聞いて知っているが、それを実行するには今のままでは100%無理なのだ。

「私は、いいよ」

 ラウルはハッと顔を上げる。ファムには反対されると思っていたため、聞き間違いかとも思った。

「なに呆けてるの? 私は、いいよって言ったんだけど」
「えっと。それって、多頭蛇竜ヒュドラーに挑んでいいってこと?」
「ラウルから言い出したのに、信じられないって顔しないでほしいなー」
「ご、ごめん」

 どうやら聞き間違いではなかったとラウルは理解するが、それならそれで疑問はある。ファムはラウルがミルに認められたいと願っていることを知っているが、特段それを後押ししているわけではない。すべてはミルの気持ち次第といった感じだ。それなのに、無駄になるかもしれない、いや、無駄になるとわかっている努力を、死の危険を冒してまでしてくれる理由がわからなかった。

 ラウルが遠回しにそのことを尋ねるとファムは、さも呆れたように溜息を吐いた。

「だーかーらー、私が了承するのがそんなにおかしいって思うようなことを言い出したのは、どの口なのー? ミルミルのことが大好きだって、いっつも叫んでる、その口だよねー?」
「さ、叫んでないよ!?」

 ラウルは思わず椅子から立ち上がって抗議の声を上げるが、ふと、周囲の視線を感じ、ここが宿屋の食事処で、満席でないにしても多くの客たちがいることを思い出した。そのほとんどは顔見知りだったが、ラウルは顔から火が噴き出す思いで椅子に腰掛け、体を縮こまらせた。

「ともかくさ、ラウルがミルミルに認めてもらいたいのと同じで、私もミルミルと肩を並べて戦えるようになりたいって思ってるから」

 ラウルもファムも、友人だということでミルと一緒にダンジョンに潜ったことは何度かある。ミルも二人と、特にファムと一緒のダンジョン探索を楽しんでいたのは間違いないが、決して対等の立場ではなかった。

 ミルがラウルやファムを格下扱いしているわけではないのはわかっていても、その実力差から、どうしても二人はミルに守られ、見守られているように感じてしまったのだ。

「だから、ラウルが本気だって言うなら私も付き合うよ」
「ファム……」
「まっ、ラウルが付き合いたいのはミルミルなんだけどねっ!」

 最後の一言は余計だったが、ラウルは胸がいっぱいになりながらファムを見つめる。

「な、なによー?」

 ラウルがあまりに真剣に見つめたためか、ファムがソワソワした様子で肩口まで伸びた赤茶色の髪を指でくるくると回した。ラウルが尚も無言でそんな様子を眺めていると、ファムは頬を膨らませて勢いよく立ち上がった。

「で! やるの? やらないの!?」
「や、やるよ!」

 ラウルは慌てて答える。なぜか周囲からはやし立てるような野次が飛んできたが、ラウルの耳から耳へと通り抜けていく。

 先ほどまでは困惑していたものの、多頭蛇竜ヒュドラーと戦えるのだという事実がラウルの胸の内で大きく膨らんでいく。

 もちろん、ファムの了承を得られたからといって、それで終わりではなく、始まりだということはラウルもわかっていた。けれど、この道がミルに繋がっているかもしれないと思えば、ラウルは高揚感を覚えた。

 魔剣を託してほしい。いや、魔剣は託してもらえなくても、せめてミルに認められたい。もし叶うなら、ファムと一緒にミルの所属する冒険者パーティ“戦乙女の翼ヴァルキリーウイング”に誘われたいと、ラウルは願う。

「そういえば……」

 ラウルは、なぜだかアワアワしながら席に着いたファムを眺めながら、ふと最近聞いた噂を思い出す。

 それはラウルやファム同様に孤児でありながら、“戦乙女の翼ヴァルキリーウイング”からパーティ加入を打診されたという年下の少女の噂だった。
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