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第1章

第26話

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 ミーナッツ島密林地帯

 多少整備された海岸地区とは違い、この密林地帯は全く人の手が入っていない。
 背の高い木々が林立し、草花も多様に咲き乱れる。多くの動物、魔獣が棲息し、植生も豊かだ。
 元々、王国は大陸の中でも温暖な地域であり、王都は海に面している。
 それでも王都からそれほど離れていないこの島は温暖と言うよりも熱帯に近い気候だ。
 なので熱帯特有のスコール。ゲリラ豪雨といい変えた方がわかりやすいかもしれない、激しい雨が降り始めていた。

「はぁ、はぁ、はぁ、あれっ? どこ行ったんだ?」

 バベル魔法学園1年第2クラス ゼラード・ミミラッチは息を切らして豪雨の中、密林を歩き回る

「たしか、こっちに歩いて行ったはずなんだけどなぁ……」

 ゼラードは誰かを探す為に密林の中に足を踏み入れたようだ。豪雨により全身はびしょびしょに濡れ、密林の中は湿度が一気に上昇する。不快な顔についた水滴を拭うがまた直ぐに濡れていく。

「第1クラスと第2クラスの美女2人が揃って森に入っていく……これは絶対スクープね匂いがするんだけどなぁ」

 バベル魔法学園は王国にある一般的な学園と同じく様々なクラブ活動があり、盛んである。

 ゼラードは新聞部というクラブ活動に従事しており、日々、記事のネタを探していた。
 今回の親睦パーティも、ネタの宝庫だと思い参加を決意した。
 多くのクラスメイト達の休日の姿、交友関係、女子生徒の水着写真。半日居ただけでも充分な収穫だった。
 そこにきて、このスクープの予感だ、これは尾けるしかないと、直ぐに尾行に移ったが早々に見失ってしまったのだ

「ん? あれは……」

 運良くゼラードは尾行対象を再発見する事ができた。身を隠せる所は沢山ある。見つかる心配は無さそうだが、降り頻る豪雨で肝心の会話が全く聞こえなかった

「くそっ! 何言ってるか全然聞こえない! でもあのリディア嬢があんなに取り乱すなんて、何かあったのかな?」

 ゼラードは会話の内容を知りたい為に見つかる危険を冒してもう少し近づこうか思案する。
 
「最悪見つかったら心配で探しに来た、とでも言えばいいか……」

 ゼラードが結論に達し、もう少し近づこうとした時、突然、長い銀髪の少女が桃色の髪をした少女に掴みかかる

「ひっ!?」

 美しい少女の顔は憎悪に染まり、かつてないほど醜く顔を歪める。相手の桃色の髪をした少女を殺してしまいそうな勢いだ。
 ゼラードは見てはいけないものを見てしまった気がして一瞬顔を背ける。

 次の瞬間、豪雨の中、微かに少女の悲鳴が聞こえる。

 ゼラードにはどちらの悲鳴か分からなかったが状況的に桃髪の少女だろうと思い至る。助けに行くべきか迷いながらも状況を確認しようと見てみると……

 大きな鹿型の魔獣、ビッグスタグに跨った何者かが少女を1人担いで走り去って行く

 桃色の髪をした少女が大鹿の消えていった方向を向いて立ち尽くしている。ゼラードからは少女の表情は伺えなかった

 (これは……リディア嬢が拐われた? やばい、早く誰かに知らせないと!!)

 ゼラードは一目散に海岸へと走って行った





────────────



 ゼラードがクラスメイトのいる海岸の休憩所へ戻った時にはさっき迄の雨が嘘の様に上がっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ、た、大変だぁ! リディア嬢が誰かに拐われたぁ!」

 休憩所に入り、勢いよくドアをあけ叫ぶ。
 そこにひテーブルを囲み歓談するクラスメイト達が大勢いた。ゼラードはその中でも、いつもリディアと行動を共にしている事が多い一団、メッフィとユリウス、リュージの3人を探す。

「それはどういう事だい?」

 不意に背後から声がかかる。輝くブロンドヘアをした今代の勇者、ユリウス・ヘクトールだ。

 何故か昼間、海辺では1度も見かけ無かったがどうやらこの島へは来ていたようだった。

 ゼラードは勇者の登場に安堵し、先程森の中で見た一部始終を話す。自分と同い年でまだ若いが規格外の戦闘力を誇る勇者なら直ぐに助け出してくれるだろうと

「なるほど! それは直ぐに探しに行かなきゃいけない! 大体の方角は?」

「誰を探しにいくの?」

 ゼラードの話を聞いたユリウスは直ぐにでも探しに出る勢いだ。そこにのんびりとした女性の声がかかる

「もちろんリディア様だ!!」

「ん? 私?」

 焦ったユリウスが苛立ち混じりに振り向くとそこには銀糸の様な長い髪をびしょびしょに濡らしたリディアの姿があった

 
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