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三章 破滅のタルタロス

幕間 アグラタム様とフード殿と転生と。

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それに最初に気づいたのは誰だっただろうか。
玉座の間。既に多数の兵士は別室で治療を受けている最中に門が開かれたのは。

「イシュリア様!」
「アグラタム様!」

その為に残っていた多数の救護員が口々に名前を呼ぶ。
そしてイシュリアはそれに応えるように荘厳な表情で口を開き、声を轟かせる。

「タルタロスとの戦は我らイシュリアの勝利に終わった!全軍に通達せよ!我らの勝利である!最後の負傷兵の手当の準備を!」

「ハッ!」と言って駆け出した兵を見送った後、ぐったりとしたアグラタムをイシュリアは慈しむように見る。
アグラタムは外見上は目立った重症こそ無いものの、『解放』による魔力消費と肉体の限界を超えた活動は彼をぐったりとさせるには十分だった。

そこに、一言横から声をかける小さな少年がいた。

「ありがとう、アグラタム。イシュリア様、それに他の皆様……。貴方達がコキュートスの相手をしてくれなければ……私はティネモシリ王妃の魂を運ぶことが出来なかったでしょう」

その少年は深く礼をすると同時に、糸がプツリと切れたようにばたりと倒れた。

「師……大丈夫、です、か……!」

それを見た途端、バテていた守護者が這いずった。少年が倒れた場所まで這って、手を握る。
そしてゆっくりと私の方を見て掠れた声で、なお強い意志を感じさせる声で伝える。

「イシュリア……様……私よりも、先に……彼を……」

「わかったわ、アグラタム。貴方は別の人に運ばせます。彼は私が責任を持って治療室へと運びましょう」

その言葉に満足がいったのか、今度こそ、アグラタムもばたりと倒れる。二人とも息はある。生きている。ただ魔力の消費のしすぎでいかにも死んだように見えるだけだ。

「ではアグラタム様はわたし達がお運びします」

そう言って駆けつけてくれた救護員に任せる。他の軍員もそれぞれの救護員に運ばれて行った。
それを見て、私は彼を彼の友……勇敢なる幼き兵士の元へと背負って歩いていくのだった。


「……なあ、見たか。あのアグラタム様の姿」

救護室に運ばれて横になっている仲間に声をかける。
最後の死闘を潜り抜けた兵だと自分は思う。実際そうなのだろう。だが三人の別格が居た。

イシュリア王。
守護者アグラタム様。
そして小さな少年、フード。

アグラタム様は戻るまでまるで死んだかのような具合だった。だが、彼が……フードが倒れた瞬間、その守護者としての姿は無かった。
ただ師と呼ぶ、自分達が何時もアグラタム様に向けている視線と同じものを。心配を。投げかけたのだ。

「あぁ……見た。アグラタム様が他人……我ら軍人の事を想ってくれているのは分かっている。だがあの姿は……我らが向けているものと同じではないか」
「君もそう思うか?……私もそう思った。そしてタルタロスでの戦いも見た通りだ。イシュリア様が臨時とはいえ、最高位の守護者の権限を与えた事。そして我々を勝利に導いたのは間違いなくあの方々のお陰だろう……」

思えば我々はフード殿の事をよく知らない。
幼い子供を連れて、救援に来て。それでただ一人案内屋と呼ばれた影と渡り合った。
そしてアグラタム様が必死に絞り出した声からして、彼はアグラタム様の「師匠」に当たる人だろう。

「……輪廻転生って、信じるか?」
「どうだろうな……。俺たちイシュリアの民は長寿だからな。でも寿命が来て死んだら……それはもう戻ってこないんじゃないか?」

確かにそうだろう。一度失われた命は戻ってこない。だがもしも、転生という御伽噺のような言葉が存在するのだとしたら……。

「……アグラタム様はフード殿の事を師と呼んでいた。フード殿は幼い……あぁ、見た目の話だ。だがあの場で見た目を幼くする有利など無いだろう?」
「……つまり、フード殿は転生したアグラタム様の師である、と?」

自分達が正気か分からない中、不確定な話をしている。だけれどなぜか語りたくなるのだ。あの二人を。

「だと自分は思っているよ。或いは……転生する前、護っていたのかもしれないな」
「……このイシュリアを、か?」
「あぁ。長寿の我々でも寿命は尽きる。けれどアグラタム様を導いたあの人に……イシュリア様のフード殿に対する厚い信頼。そしてその実力……影の守護者と言って良いんじゃないか?」

そう言うと天井を見上げる。ああ、白い。明るい。未だ身体に痛みはあれど、身体を覆う光魔法は温かい。

「影の守護者……か、確かにな。イシュリア様もフード殿の連れてきた子供達には全幅の信頼を寄せていた。……魔力で一応止めようとしたようだけれど、それを破ったのもフード殿だろう」

「間違いないだろうな。……とんでもない人が生まれてきたって思うと、一つ期待しちまうんだよ」

「……何を、だ?」

間を置いてこちらをニヤリと笑う仲間に笑い返す。

「分かっているくせに。……あのコキュートス王とティネモシリ王妃の転生だよ。もし別世界から別世界への転生も門を通じてあるのだとしたら……今度こそ、光を奪わなくていい健康な夫婦でいて欲しいなって」

「バレてたか。……当然だろう、あそこまで互いを愛した人同士が不幸になんてなって欲しくない。イシュリアで普通の生活を……って、なんでイシュリアに生まれ変わる前提なんだろうな」

「はは、分からねえ。でも……俺たちが死んで転生する時はイシュリアがいいよな」
「それはその通りだ。イシュリア様と守護者様がいる限り……この平和な世界で暮らしたい」

そう言って天井をもう一度見上げる。
ああ、やはり温かい白色だ。
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