104 / 198
三章 破滅のタルタロス
イシュリア王の考え
しおりを挟む
アグラタムが伝達を終え、イシュリア王の私室へと戻る。
「おかえりなさい。アグラタム。それで、キチンと伝達は出来たかしら?」
その言葉に苦笑しながらアグラタムは肩を下げながら答える。
「ええ。きちんと。……ですが、流石は師でした。門を見た瞬間敵襲と察知し直ぐに攻撃を仕掛けてきました。危うく伝達をする前にこの身が吹き飛ぶところでしたよ」
その言葉を聞いて書類に目を向けていたイシュリア王も顔を上げてにっこりと笑った。
「流石は貴方の師ね。守護者をうっかり殺そうとするなんて!」
「……いや、笑い事では無いのですが。昨今どころか昨日の出来事で師もピリピリしていたようですし、本当に治療が必要になる怪我になる可能性もあったのですよ!?その辺りも考慮して欲しかったですよ、王よ……」
もうぐったりだ。しかし、問いたかったのはそんなことではない。
「……良いのですか。いくら兵士としてラクザでの戦果を上げたとは言え彼らは一学年……五歳から六歳の子供。子供なりに口を軽く開く可能性だってあるでしょう。なのにタルタロスの事を伝えるなど……」
不安を呈するとイシュリア王は笑った顔から真剣な顔になって答える。
「……恐らく貴方の師は巻き込みたくない人なのでしょう。なら、まずは決意を聞くはずです。その上で……警戒心を持ってもらう。ラクザでの戦闘で影を撃退し、且つ案内屋の情報が確かであれば彼らは既に狙われる立場にあるのです。必ず……とは言えませんが、生贄として確保しにくるか、最悪始末も有り得るでしょう。私とて、子供に重荷を背負わせたくありません。ですが、素質あるイシュリアの子供が命を理不尽に失うぐらいならば……」
そう言ってイシュリア王は歯を噛む。確かに案内屋の情報通りならラクザで戦った彼らの記憶は影となり既にタルタロスへと送られているはずだ。師に影の獣が襲ってきたように、それに対する備えが必要なのもわかる。
それならばいっそ。という訳だろう。イシュリア王としても苦渋の決断だったわけだ。
「……それに」
「……?」
そのまま言葉を続ける王の隣で待機する。まだ何か意図があるのだろうか。
「悔しいですが、イシュリアの軍は恐らくタルタロスの襲撃の迎撃に当たることになるでしょう。本来子供に託すものではありませんが……。その純粋さと無垢な考えで、どうにかタルタロスを生かしたまま……救いたい。それが私の考えです」
その言葉に息を飲む。その言葉が表すことはつまり……。
「……タルタロスを消滅させる以外の道を、彼らに託す、と?」
その言葉に静かに王は頷く。
「確かにタルタロスは消滅させるべきなのでしょう。現に隠密部隊や諜報員にはそれに繋がる情報を探すよう命令しました。……ですが、あの世界の影は……人は。確かに『生きた』人です。光を奪われ、記憶を塗り替えられ、王に裏切られたことすら分からなくても……どうしても、私には、完全に切り捨てる事が出来ないのです」
その言葉には悔しさが募っている。恐らく混同してしまったのだろう。
王として、イシュリアを統括する者の判断としてならばタルタロスは消滅させる以外の道はない。それがイシュリアを守る最善の策であり、道だからだ。
しかし彼女自身……一個人としてタルタロスの住人に触れた感情がそれを邪魔する。彼女は優しき王だ。各地に設置された御意見箱にきっちり目を通し、それに真摯に向き合う人間性を持ち合わせている。
逆に今回はそれが仇になっていると感じた。彼女は確かにイシュリアを治めるに相応しい王だ。間違いない。だが同時に、長く人と触れたせいで全てを冷徹に切り捨てられない完璧な王……そう、ティネモシリを甦らせるという一点に置いて全てを犠牲に突き進んだタルタロスの王のように迷い無き王になれなかった。
その上で進言する。
「……王よ。私は王の意志を尊重致します。私は貴方の盾であり、イシュリアの剣。……ですが。もしもイシュリアに危機が迫った時。タルタロスが軍勢を仕掛けてきた時はイシュリアの守護者として……タルタロスを、滅ぼします。タルタロスの民を全て手にかけたという汚名、民の想い。私が全て受けましょう」
「ありがとう、優しき私の剣。……えぇ、ですが私もそれは背負いましょう。想い、汚名……全ては私の命令なのですから。だから……今は一刻も早く、何か対策を見つけなければなりません。諜報員、隠密部隊の情報が集まっても子供達が僅かな希望の欠片を拾ったのであれば……それを組み合わせるまで」
その目は悲しそうで、それでいて強い意志を感じて。
改めて、王の威厳というものを知らされた気がした。
「……隠密部隊と諜報員は十分でしょう。私は師とその友……いえ、協力者がいるかは分かりませんが。とにかく、師と共にタルタロスを維持したまま終わらせる方法を探ろうと思います」
「……そう、ありがとう。重ね重ね、貴方には辛い思いをさせるわね。……平和を願って貴方の師はこの世界に来たのに、平和に過ごすこともさせてあげられないなんて。不甲斐ない王だわ」
弱々しいその言葉に首を振ってハッキリと答える。
「……確かに平和に過ごせるように。そう願ったのは自分です。しかし、師は何処までも強く、優しい。平和を守る為ならばきっと厭わずその身体を動かすでしょう。……かつて、私が強くなりたいと願った時のように」
そう言って、彼女の横のテーブルに自分の書類を載せると、処理していく。
「あら、自室じゃなくて良いの?」
「傷心状態の王を慰めるのも、盾の役割ですよ」
「おかえりなさい。アグラタム。それで、キチンと伝達は出来たかしら?」
その言葉に苦笑しながらアグラタムは肩を下げながら答える。
「ええ。きちんと。……ですが、流石は師でした。門を見た瞬間敵襲と察知し直ぐに攻撃を仕掛けてきました。危うく伝達をする前にこの身が吹き飛ぶところでしたよ」
その言葉を聞いて書類に目を向けていたイシュリア王も顔を上げてにっこりと笑った。
「流石は貴方の師ね。守護者をうっかり殺そうとするなんて!」
「……いや、笑い事では無いのですが。昨今どころか昨日の出来事で師もピリピリしていたようですし、本当に治療が必要になる怪我になる可能性もあったのですよ!?その辺りも考慮して欲しかったですよ、王よ……」
もうぐったりだ。しかし、問いたかったのはそんなことではない。
「……良いのですか。いくら兵士としてラクザでの戦果を上げたとは言え彼らは一学年……五歳から六歳の子供。子供なりに口を軽く開く可能性だってあるでしょう。なのにタルタロスの事を伝えるなど……」
不安を呈するとイシュリア王は笑った顔から真剣な顔になって答える。
「……恐らく貴方の師は巻き込みたくない人なのでしょう。なら、まずは決意を聞くはずです。その上で……警戒心を持ってもらう。ラクザでの戦闘で影を撃退し、且つ案内屋の情報が確かであれば彼らは既に狙われる立場にあるのです。必ず……とは言えませんが、生贄として確保しにくるか、最悪始末も有り得るでしょう。私とて、子供に重荷を背負わせたくありません。ですが、素質あるイシュリアの子供が命を理不尽に失うぐらいならば……」
そう言ってイシュリア王は歯を噛む。確かに案内屋の情報通りならラクザで戦った彼らの記憶は影となり既にタルタロスへと送られているはずだ。師に影の獣が襲ってきたように、それに対する備えが必要なのもわかる。
それならばいっそ。という訳だろう。イシュリア王としても苦渋の決断だったわけだ。
「……それに」
「……?」
そのまま言葉を続ける王の隣で待機する。まだ何か意図があるのだろうか。
「悔しいですが、イシュリアの軍は恐らくタルタロスの襲撃の迎撃に当たることになるでしょう。本来子供に託すものではありませんが……。その純粋さと無垢な考えで、どうにかタルタロスを生かしたまま……救いたい。それが私の考えです」
その言葉に息を飲む。その言葉が表すことはつまり……。
「……タルタロスを消滅させる以外の道を、彼らに託す、と?」
その言葉に静かに王は頷く。
「確かにタルタロスは消滅させるべきなのでしょう。現に隠密部隊や諜報員にはそれに繋がる情報を探すよう命令しました。……ですが、あの世界の影は……人は。確かに『生きた』人です。光を奪われ、記憶を塗り替えられ、王に裏切られたことすら分からなくても……どうしても、私には、完全に切り捨てる事が出来ないのです」
その言葉には悔しさが募っている。恐らく混同してしまったのだろう。
王として、イシュリアを統括する者の判断としてならばタルタロスは消滅させる以外の道はない。それがイシュリアを守る最善の策であり、道だからだ。
しかし彼女自身……一個人としてタルタロスの住人に触れた感情がそれを邪魔する。彼女は優しき王だ。各地に設置された御意見箱にきっちり目を通し、それに真摯に向き合う人間性を持ち合わせている。
逆に今回はそれが仇になっていると感じた。彼女は確かにイシュリアを治めるに相応しい王だ。間違いない。だが同時に、長く人と触れたせいで全てを冷徹に切り捨てられない完璧な王……そう、ティネモシリを甦らせるという一点に置いて全てを犠牲に突き進んだタルタロスの王のように迷い無き王になれなかった。
その上で進言する。
「……王よ。私は王の意志を尊重致します。私は貴方の盾であり、イシュリアの剣。……ですが。もしもイシュリアに危機が迫った時。タルタロスが軍勢を仕掛けてきた時はイシュリアの守護者として……タルタロスを、滅ぼします。タルタロスの民を全て手にかけたという汚名、民の想い。私が全て受けましょう」
「ありがとう、優しき私の剣。……えぇ、ですが私もそれは背負いましょう。想い、汚名……全ては私の命令なのですから。だから……今は一刻も早く、何か対策を見つけなければなりません。諜報員、隠密部隊の情報が集まっても子供達が僅かな希望の欠片を拾ったのであれば……それを組み合わせるまで」
その目は悲しそうで、それでいて強い意志を感じて。
改めて、王の威厳というものを知らされた気がした。
「……隠密部隊と諜報員は十分でしょう。私は師とその友……いえ、協力者がいるかは分かりませんが。とにかく、師と共にタルタロスを維持したまま終わらせる方法を探ろうと思います」
「……そう、ありがとう。重ね重ね、貴方には辛い思いをさせるわね。……平和を願って貴方の師はこの世界に来たのに、平和に過ごすこともさせてあげられないなんて。不甲斐ない王だわ」
弱々しいその言葉に首を振ってハッキリと答える。
「……確かに平和に過ごせるように。そう願ったのは自分です。しかし、師は何処までも強く、優しい。平和を守る為ならばきっと厭わずその身体を動かすでしょう。……かつて、私が強くなりたいと願った時のように」
そう言って、彼女の横のテーブルに自分の書類を載せると、処理していく。
「あら、自室じゃなくて良いの?」
「傷心状態の王を慰めるのも、盾の役割ですよ」
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!
hennmiasako
ファンタジー
異世界の田舎の孤児院でごく普通の平民の孤児の女の子として生きていたルリエラは、5歳のときに木から落ちて頭を打ち前世の記憶を見てしまった。
ルリエラの前世の彼女は日本人で、病弱でベッドから降りて自由に動き回る事すら出来ず、ただ窓の向こうの空ばかりの見ていた。そんな彼女の願いは「自由に空を飛びたい」だった。でも、魔法も超能力も無い世界ではそんな願いは叶わず、彼女は事故で転落死した。
魔法も超能力も無い世界だけど、それに似た「理術」という不思議な能力が存在する世界。専門知識が必要だけど、前世の彼女の記憶を使って、独学で「理術」を使い、空を自由に飛ぶ夢を叶えようと人知れず努力することにしたルリエラ。
ただの個人的な趣味として空を自由に飛びたいだけなのに、なぜかいろいろと問題が発生して、なかなか自由に空を飛べない主人公が空を自由に飛ぶためにいろいろがんばるお話です。
寄宿生物カネコ!
月芝
ファンタジー
詳細は割愛するが、剣と魔法のファンタジーな世界に転生することになった男。
それにともなって神さまから転生特典の希望を訊かれたので、
「パンダかネコにでもなって、のんびりぐうたら過ごしたい」
と答えたら「あいにく、どっちもおらんなぁ」と言われてガックシ。
すると見かねた神さまがおっしゃった。
「ネコはおらん。が、ネコっぽいのならいるぞ。それでよければどう?」
その提案を受け入れ、ちゃちゃっと転生完了。
かくしてカネコという生命体に生まれ変わったのだけれども。
いざなってみたら「あれ?」
なんだかコレじゃない感が……
無駄にハイスペック、しかしやる気ゼロ。
働いたら負けだと思っている。というか働きたくない。
不労所得最高! 他人の金で喰うメシと飲む酒は最高にウマい。
他者にがっつり甘えて、おんぶにだっこの怠惰な生活を夢見る生物、それがカネコ。
だってしょうがないじゃない、そういう生き物なんだもの。
鳥が空を飛び、魚が泳ぐように、寄宿先を求めさすらうのがカネコという生き物の習性なのだ。
けっしてサボりたいわけじゃない、すべては本能ゆえに。
これは寄宿生物カネコに生まれ変わった男が、異世界にて居候先を求めて、
さすらったり、さすらわなかったりする物語である。
私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。
アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。
【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】
地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。
同じ状況の少女と共に。
そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!?
怯える少女と睨みつける私。
オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。
だったら『勝手にする』から放っておいて!
同時公開
☆カクヨム さん
✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉
タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。
そして番外編もはじめました。
相変わらず不定期です。
皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます🙇💕
これからもよろしくお願いします。
無価値と言われた人間が異世界では絶対必須でした
メバル
ファンタジー
家族に虐げられ続け、遂には実の親すらも愛すことを止めた地獄の人生。
誰からも必要とされず、誰からも愛されない。
毎日が仕事と自宅の往復のみ。
そんな男の人生がある日突然変わる……
ある日突然、朝起きると全く知らない世界へ賃貸の部屋ごと飛ばされてしまう。
戸惑いを見せるも最初に出会った者に言われるがまま、一旦は進み出すことになるが、そこで出会っていく者たちによって自分自身を含め仲間と世界の命運が大きく変わっていく。
異世界に来た理由・異世界に呼ばれた理由が徐々に判明していく。
何故か本人には最初からチートの能力を所持。この力で主人公と仲間たちで世界を正していく物語。
オススメの順番は【亜人種と俺】をみたあとに本編を読んでいただければ、話が繋がります。
外伝・完結編では子供や孫の話も含んでいます。話は繋がっていますので全て読んでいただければ楽しめるかと思います。
オススメの順番から読んでいただければ、より楽しめる作品に仕上がっています。
※この作品は一般の小説とは文体が異なります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる