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其の四 奇術師
十一
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「よう、有村君」
「ん?」
綺羅は目を覚ました。
ここは有村家の、見慣れた綺羅の部屋である。
上半身を起こした綺羅は、しばらく目を瞬かせていた。頭がぼうっとするのだ。今はいったい何時だろうか?
「僕寝てた? いつから?」
「さあ?」
「さあって」
綺羅はうんと伸びをする。久しぶりに身体を動かした気がした。ぽき、と骨が鳴る。
時計を見れば夕方で、空は橙色をしている。どうにも記憶がはっきりしなかった。
「なんか、めっちゃ変な夢見てた気がする。やけにリアルやったし、変な感じやわ」
「どんな夢だ?」
蒼井は、妙に食いついて来た。「ああそう」と素っ気ない返答をされるとばかり思っていた。
綺羅は記憶を掘り返す。
「腹減ったなって思って食べ物探してたら、瓶が見つかってん。何やったかな、白米に合う系のやつが入ってる瓶やったと思う。で、食べようと思ってんけど、白米がないねん。探し回っても、炊飯器も米もない。どうしようか悩んだけど、ないもんは仕方ないから、白米なしでもいけるかなって思って、案外いけたからもりもり食ってたっていう、夢」
「有村君は夢の中でも平常運転だな」
「心なしか、お口の中が海っぽい。変な感じ。頭の中もふわふわするし。昼寝なんかするもんちゃうなあ。あれ、今日って何曜日?」
「日曜日」
「日曜日、日曜日かあ」
綺羅は腕を組み首を捻った。
何となく、日付の感覚が狂っている気がしたのだ。まあ、そんな時もある。
それにしても不思議なのは、あの味を鮮明に思い出せることだった。商品名が何だったか、思い出せないほど食べていないのに。
自慢じゃないが、綺羅は舌が大雑把だ。あの味を思い出して再現せよと言われたところで、絶対に出来ない。料理人には向かないタイプだ。
「まあまあ、メロンソーダでも飲んで落ち付くといいよ」
綺羅の様子を察したか、珍しく蒼井は気遣うようなことを言う。
「いや僕、メロンソーダで落ち着けるタイプの人間ちゃうんやけど。炭酸系って、ちょっと気持ちが弾けるやん? 僕って、そういうタイプと違うから」
「全く有村君は注文が多い」
「そりゃ悪かったな」
蒼井はいつも通り、にやにやと笑っている。変わらない蒼井に、綺羅はなぜか少し安心した。
「なあ、有村君は自分の名前を憶えているか?」
蒼井は、突然おかしなことを言い出した。いつものことなので、綺羅は答えることにする。
「そりゃあ、有村綺羅やけど」
「そうだ、僕も有村君のことは有村綺羅だと思っている、それこそが完成系だ」
「僕ってすでに完成されてんの? まだまだ発展途上やで」
「名は体を表すせいりがついんだ」
蒼井は言うだけ言って、にんまりと微笑む。
相変わらず、訳の分からない奴である。
「じゃあ僕は、きらきら輝く人間にならなあかんやん。無理無理」
「常にライトでも持っていれば良い」
「あ、そういうこと?」
「有村君が輝きたいのならって話だよ」
「いやいや、常にライト持って自分照らしてる人なんて、はた迷惑やろ。そんな人いたら、めっちゃ避けるわ。どう考えてもやばい奴やん」
蒼井はけらけらと笑った。何がそんなに楽しいのかと思うけれど、まあ、楽しそうで何よりである。
「有村君みたいな変な奴、僕は有村君以外に知らないよ」
「それはこっちの台詞やねんけど」
蒼井は、額に手を当てた。
浮かべるのは、いつものような嫌味っぽい笑い方ではなく、年相応の屈託のない笑顔だ。
綺羅は目を丸くした。なぜか、蒼井はずいぶんご機嫌なのである。
カレンダーを見れば、今は九月。普通なら、学校が始まった頃の蒼井は絶不調で、こんなに笑顔を振りまくことなんてない。
何か良いことでもあったのだろうか?
あはは、と蒼井が腹を抱えて笑い出すので、綺羅もつられて笑い出す。
何だか分からないけれど、とても愉快な気分だった。
綺羅は暑いこの季節が嫌いだが、夏もそこまで悪くはないかもしれないと、少しだけ思った。
「ん?」
綺羅は目を覚ました。
ここは有村家の、見慣れた綺羅の部屋である。
上半身を起こした綺羅は、しばらく目を瞬かせていた。頭がぼうっとするのだ。今はいったい何時だろうか?
「僕寝てた? いつから?」
「さあ?」
「さあって」
綺羅はうんと伸びをする。久しぶりに身体を動かした気がした。ぽき、と骨が鳴る。
時計を見れば夕方で、空は橙色をしている。どうにも記憶がはっきりしなかった。
「なんか、めっちゃ変な夢見てた気がする。やけにリアルやったし、変な感じやわ」
「どんな夢だ?」
蒼井は、妙に食いついて来た。「ああそう」と素っ気ない返答をされるとばかり思っていた。
綺羅は記憶を掘り返す。
「腹減ったなって思って食べ物探してたら、瓶が見つかってん。何やったかな、白米に合う系のやつが入ってる瓶やったと思う。で、食べようと思ってんけど、白米がないねん。探し回っても、炊飯器も米もない。どうしようか悩んだけど、ないもんは仕方ないから、白米なしでもいけるかなって思って、案外いけたからもりもり食ってたっていう、夢」
「有村君は夢の中でも平常運転だな」
「心なしか、お口の中が海っぽい。変な感じ。頭の中もふわふわするし。昼寝なんかするもんちゃうなあ。あれ、今日って何曜日?」
「日曜日」
「日曜日、日曜日かあ」
綺羅は腕を組み首を捻った。
何となく、日付の感覚が狂っている気がしたのだ。まあ、そんな時もある。
それにしても不思議なのは、あの味を鮮明に思い出せることだった。商品名が何だったか、思い出せないほど食べていないのに。
自慢じゃないが、綺羅は舌が大雑把だ。あの味を思い出して再現せよと言われたところで、絶対に出来ない。料理人には向かないタイプだ。
「まあまあ、メロンソーダでも飲んで落ち付くといいよ」
綺羅の様子を察したか、珍しく蒼井は気遣うようなことを言う。
「いや僕、メロンソーダで落ち着けるタイプの人間ちゃうんやけど。炭酸系って、ちょっと気持ちが弾けるやん? 僕って、そういうタイプと違うから」
「全く有村君は注文が多い」
「そりゃ悪かったな」
蒼井はいつも通り、にやにやと笑っている。変わらない蒼井に、綺羅はなぜか少し安心した。
「なあ、有村君は自分の名前を憶えているか?」
蒼井は、突然おかしなことを言い出した。いつものことなので、綺羅は答えることにする。
「そりゃあ、有村綺羅やけど」
「そうだ、僕も有村君のことは有村綺羅だと思っている、それこそが完成系だ」
「僕ってすでに完成されてんの? まだまだ発展途上やで」
「名は体を表すせいりがついんだ」
蒼井は言うだけ言って、にんまりと微笑む。
相変わらず、訳の分からない奴である。
「じゃあ僕は、きらきら輝く人間にならなあかんやん。無理無理」
「常にライトでも持っていれば良い」
「あ、そういうこと?」
「有村君が輝きたいのならって話だよ」
「いやいや、常にライト持って自分照らしてる人なんて、はた迷惑やろ。そんな人いたら、めっちゃ避けるわ。どう考えてもやばい奴やん」
蒼井はけらけらと笑った。何がそんなに楽しいのかと思うけれど、まあ、楽しそうで何よりである。
「有村君みたいな変な奴、僕は有村君以外に知らないよ」
「それはこっちの台詞やねんけど」
蒼井は、額に手を当てた。
浮かべるのは、いつものような嫌味っぽい笑い方ではなく、年相応の屈託のない笑顔だ。
綺羅は目を丸くした。なぜか、蒼井はずいぶんご機嫌なのである。
カレンダーを見れば、今は九月。普通なら、学校が始まった頃の蒼井は絶不調で、こんなに笑顔を振りまくことなんてない。
何か良いことでもあったのだろうか?
あはは、と蒼井が腹を抱えて笑い出すので、綺羅もつられて笑い出す。
何だか分からないけれど、とても愉快な気分だった。
綺羅は暑いこの季節が嫌いだが、夏もそこまで悪くはないかもしれないと、少しだけ思った。
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