20 / 28
其の四 奇術師
三
しおりを挟む
石井が自転車通学であることを、安藤は初めて知った。多くの生徒が電車通学なので、石井もてっきりそうだと思い込んでいた。
「歩くと十五分はかかるかな。バス乗ってもいいんやけど、俺の自転車が学校に置きっぱになるのがちょっと」
「じゃ歩こう」
蒼井の決断は早かった。
十五分ほどなら問題はない。石井の家がそこまで近いとは、安藤は知らなかった。
自転車のカゴに三人分の鞄を乗せ、さくさくと歩き始める。石井が先頭、その後ろを安藤と蒼井が歩くという形だった。
「…………」
石井も蒼井も、もともと言葉数は少ない。沈黙が続くのは、十分想像出来た。むしろ、楽しくお喋りをしながら歩くなんて、考えられない。
安藤は、隣を静かに歩く蒼井をちらと見る。
沈黙が耐えられないとか、場の空気とか、そんなものとは縁遠そうな固い表情である。これから一世一代の勝負をするのだから、無理もなかった。
石井も、振り返ってこちらの様子を伺うなんてことは一切なく、黙って自転車を運んでいる。
「あー、あれやな。あんまり俺、蒼井君と話したことなかったよな」
沈黙に耐え切れず、安藤は苦笑いをしながら話しかける。応答があるかは賭けだった。なければ、それはそれで適当に話を切ろうと思った。
「全くないわけじゃない」
蒼井は低く言った。会話をしたくないわけではないらしい。反応も、悪くないようだった。安藤は続ける。
「蒼井君って、孤高って感じすんねん。その、消えた人とは仲良かったんかもしれんけど、俺覚えてへんから」
「僕は別に孤高なんか気取ってないよ、それを言うなら彼の方がよっぽどそうだ」
「彼って、例の?」
蒼井は頷いた。
蒼井が孤高と呼ぶ人を想像して、安藤は頭がぐちゃぐちゃとなる。最近、安藤は変なのだ。記憶が消えたせいなのだろうか?
蒼井の視線を感じて、安藤は慌てて平静を装った。
「蒼井君って、黒羽にやたら絡まれてるよな? 嫌いなん?」
「嫌い」
「悪い奴ちゃうけどなあ」
隠さない物言いに、安藤は苦笑いをするしかない。
今日だって、蒼井は黒羽に絡まれていた。心底鬱陶しそうなのが、見ているこちらとしては少し面白かったりする。
「奴は、気付いたら僕にしつこく付きまとってくるようになっていた」
「中学の時は、同じクラスじゃなかったん?」
「今年が初めて――だったと思う」
「そうなんや」
蒼井は何か腑に落ちない顔をしてから、「そんなことより」と話題を変えた。
「石井君のあれ、どうやっているのか知っているか」
「あれって?」
「手品のことだよ」
前を歩く石井を指差し、蒼井は心なしか声を潜めて言った。
さっき石井が動揺しながら披露したマジックが、気になっているようだ。
「ああ、あれな。俺もタネは知らんねん。手先が器用なんやろうな。奇術部入ってるし。蒼井君、興味あるん?」
「日本奇術協会なら知っている、所属するマジシャンを眺めるのは暇つぶしに良い」
「へえー」
安藤は、そんなものがあるのを初めて知った。
変わった趣味だと思いながら、適当に相槌を打つ。
「自分ではすんの?」
「しない」
「興味あるなら、奇術部紹介してもらったら? 蒼井君って、部活入ってたっけ?」
「いいや、いい」
蒼井は首を振った。
そこで会話が止まる。蒼井は、マジックの話題に飽きたようだ。ふいと逸らした蒼井の視線を追いかけた安藤は、優雅に羽ばたく鳥を眺めた。
「暑いな。夏休みが終わっても、まだまだ夏って感じや」
「僕は昔から、夏なんて滅びれば良いと思っていたけど」
「まじ?」
「でも、今はそこまで嫌っていない」
「へえ。何で?」
「…………夏休みもあるし」
蒼井は突然ぶっきらぼうな口調になった。蒼井倫太郎の夏休みは、大して良いものでもないのかもしれない。
ぽつぽつと会話をしていると、石井は歩みを止めた。
マンションを見上げた後、振り返る。
「ここや」
「歩くと十五分はかかるかな。バス乗ってもいいんやけど、俺の自転車が学校に置きっぱになるのがちょっと」
「じゃ歩こう」
蒼井の決断は早かった。
十五分ほどなら問題はない。石井の家がそこまで近いとは、安藤は知らなかった。
自転車のカゴに三人分の鞄を乗せ、さくさくと歩き始める。石井が先頭、その後ろを安藤と蒼井が歩くという形だった。
「…………」
石井も蒼井も、もともと言葉数は少ない。沈黙が続くのは、十分想像出来た。むしろ、楽しくお喋りをしながら歩くなんて、考えられない。
安藤は、隣を静かに歩く蒼井をちらと見る。
沈黙が耐えられないとか、場の空気とか、そんなものとは縁遠そうな固い表情である。これから一世一代の勝負をするのだから、無理もなかった。
石井も、振り返ってこちらの様子を伺うなんてことは一切なく、黙って自転車を運んでいる。
「あー、あれやな。あんまり俺、蒼井君と話したことなかったよな」
沈黙に耐え切れず、安藤は苦笑いをしながら話しかける。応答があるかは賭けだった。なければ、それはそれで適当に話を切ろうと思った。
「全くないわけじゃない」
蒼井は低く言った。会話をしたくないわけではないらしい。反応も、悪くないようだった。安藤は続ける。
「蒼井君って、孤高って感じすんねん。その、消えた人とは仲良かったんかもしれんけど、俺覚えてへんから」
「僕は別に孤高なんか気取ってないよ、それを言うなら彼の方がよっぽどそうだ」
「彼って、例の?」
蒼井は頷いた。
蒼井が孤高と呼ぶ人を想像して、安藤は頭がぐちゃぐちゃとなる。最近、安藤は変なのだ。記憶が消えたせいなのだろうか?
蒼井の視線を感じて、安藤は慌てて平静を装った。
「蒼井君って、黒羽にやたら絡まれてるよな? 嫌いなん?」
「嫌い」
「悪い奴ちゃうけどなあ」
隠さない物言いに、安藤は苦笑いをするしかない。
今日だって、蒼井は黒羽に絡まれていた。心底鬱陶しそうなのが、見ているこちらとしては少し面白かったりする。
「奴は、気付いたら僕にしつこく付きまとってくるようになっていた」
「中学の時は、同じクラスじゃなかったん?」
「今年が初めて――だったと思う」
「そうなんや」
蒼井は何か腑に落ちない顔をしてから、「そんなことより」と話題を変えた。
「石井君のあれ、どうやっているのか知っているか」
「あれって?」
「手品のことだよ」
前を歩く石井を指差し、蒼井は心なしか声を潜めて言った。
さっき石井が動揺しながら披露したマジックが、気になっているようだ。
「ああ、あれな。俺もタネは知らんねん。手先が器用なんやろうな。奇術部入ってるし。蒼井君、興味あるん?」
「日本奇術協会なら知っている、所属するマジシャンを眺めるのは暇つぶしに良い」
「へえー」
安藤は、そんなものがあるのを初めて知った。
変わった趣味だと思いながら、適当に相槌を打つ。
「自分ではすんの?」
「しない」
「興味あるなら、奇術部紹介してもらったら? 蒼井君って、部活入ってたっけ?」
「いいや、いい」
蒼井は首を振った。
そこで会話が止まる。蒼井は、マジックの話題に飽きたようだ。ふいと逸らした蒼井の視線を追いかけた安藤は、優雅に羽ばたく鳥を眺めた。
「暑いな。夏休みが終わっても、まだまだ夏って感じや」
「僕は昔から、夏なんて滅びれば良いと思っていたけど」
「まじ?」
「でも、今はそこまで嫌っていない」
「へえ。何で?」
「…………夏休みもあるし」
蒼井は突然ぶっきらぼうな口調になった。蒼井倫太郎の夏休みは、大して良いものでもないのかもしれない。
ぽつぽつと会話をしていると、石井は歩みを止めた。
マンションを見上げた後、振り返る。
「ここや」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます
ジャン・幸田
キャラ文芸
アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!
そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】追放住職の山暮らし~あやかしに愛され過ぎる生臭坊主は隠居して山でスローライフを送る
張形珍宝
キャラ文芸
あやかしに愛され、あやかしが寄って来る体質の住職、後藤永海は六十五歳を定年として息子に寺を任せ山へ隠居しようと考えていたが、定年を前にして寺を追い出されてしまう。追い出された理由はまあ、自業自得としか言いようがないのだが。永海には幼い頃からあやかしを遠ざけ、彼を守ってきた化け狐の相棒がいて、、、
これは人生の最後はあやかしと共に過ごしたいと願った生臭坊主が、不思議なあやかし達に囲まれて幸せに暮らす日々を描いたほのぼのスローライフな物語である。
鬼の御宿の嫁入り狐
梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中!
【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】
鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。
彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。
優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。
「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」
劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。
そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?
育ててくれた鬼の家族。
自分と同じ妖狐の一族。
腹部に残る火傷痕。
人々が語る『狐の嫁入り』──。
空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符
washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる