蒼井倫太郎の愉快な夏

糸坂 有

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其の四 奇術師

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 石井が自転車通学であることを、安藤は初めて知った。多くの生徒が電車通学なので、石井もてっきりそうだと思い込んでいた。
「歩くと十五分はかかるかな。バス乗ってもいいんやけど、俺の自転車が学校に置きっぱになるのがちょっと」
「じゃ歩こう」
 蒼井の決断は早かった。
 十五分ほどなら問題はない。石井の家がそこまで近いとは、安藤は知らなかった。
 自転車のカゴに三人分の鞄を乗せ、さくさくと歩き始める。石井が先頭、その後ろを安藤と蒼井が歩くという形だった。
「…………」
 石井も蒼井も、もともと言葉数は少ない。沈黙が続くのは、十分想像出来た。むしろ、楽しくお喋りをしながら歩くなんて、考えられない。
 安藤は、隣を静かに歩く蒼井をちらと見る。
 沈黙が耐えられないとか、場の空気とか、そんなものとは縁遠そうな固い表情である。これから一世一代の勝負をするのだから、無理もなかった。
 石井も、振り返ってこちらの様子を伺うなんてことは一切なく、黙って自転車を運んでいる。
「あー、あれやな。あんまり俺、蒼井君と話したことなかったよな」
 沈黙に耐え切れず、安藤は苦笑いをしながら話しかける。応答があるかは賭けだった。なければ、それはそれで適当に話を切ろうと思った。
「全くないわけじゃない」
 蒼井は低く言った。会話をしたくないわけではないらしい。反応も、悪くないようだった。安藤は続ける。
「蒼井君って、孤高って感じすんねん。その、消えた人とは仲良かったんかもしれんけど、俺覚えてへんから」
「僕は別に孤高なんか気取ってないよ、それを言うなら彼の方がよっぽどそうだ」
「彼って、例の?」
 蒼井は頷いた。
 蒼井が孤高と呼ぶ人を想像して、安藤は頭がぐちゃぐちゃとなる。最近、安藤は変なのだ。記憶が消えたせいなのだろうか?
 蒼井の視線を感じて、安藤は慌てて平静を装った。
「蒼井君って、黒羽にやたら絡まれてるよな? 嫌いなん?」
「嫌い」
「悪い奴ちゃうけどなあ」
 隠さない物言いに、安藤は苦笑いをするしかない。
 今日だって、蒼井は黒羽に絡まれていた。心底鬱陶しそうなのが、見ているこちらとしては少し面白かったりする。
「奴は、気付いたら僕にしつこく付きまとってくるようになっていた」
「中学の時は、同じクラスじゃなかったん?」
「今年が初めて――だったと思う」
「そうなんや」
 蒼井は何か腑に落ちない顔をしてから、「そんなことより」と話題を変えた。
「石井君のあれ、どうやっているのか知っているか」
「あれって?」
「手品のことだよ」
 前を歩く石井を指差し、蒼井は心なしか声を潜めて言った。
 さっき石井が動揺しながら披露したマジックが、気になっているようだ。
「ああ、あれな。俺もタネは知らんねん。手先が器用なんやろうな。奇術部入ってるし。蒼井君、興味あるん?」
「日本奇術協会なら知っている、所属するマジシャンを眺めるのは暇つぶしに良い」
「へえー」
 安藤は、そんなものがあるのを初めて知った。
 変わった趣味だと思いながら、適当に相槌を打つ。
「自分ではすんの?」
「しない」
「興味あるなら、奇術部紹介してもらったら? 蒼井君って、部活入ってたっけ?」
「いいや、いい」
 蒼井は首を振った。
 そこで会話が止まる。蒼井は、マジックの話題に飽きたようだ。ふいと逸らした蒼井の視線を追いかけた安藤は、優雅に羽ばたく鳥を眺めた。
「暑いな。夏休みが終わっても、まだまだ夏って感じや」
「僕は昔から、夏なんて滅びれば良いと思っていたけど」
「まじ?」
「でも、今はそこまで嫌っていない」
「へえ。何で?」
「…………夏休みもあるし」
 蒼井は突然ぶっきらぼうな口調になった。蒼井倫太郎の夏休みは、大して良いものでもないのかもしれない。
 ぽつぽつと会話をしていると、石井は歩みを止めた。
 マンションを見上げた後、振り返る。
「ここや」
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