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其の三 回文
二
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「地面治面次といいます」
真面目な顔で渡された名刺には、地面治面次と書かれている。肩書には、府立大学回文研究会部長とあった。角ばった黒メガネをかけた、真面目そうな大学生である。
有村は他人の名前にケチを付けられるほど偉くはない。名刺に釘付けになるのは初めてのことだった。
「じめんじめん、じさんですか」
「じめんじめんじ、です」
キラキラネームやシワシワネームの範疇に収まらない、二度訊きしてしまいそうな名前だ。地面治という苗字に面次という名を合わせるとは、いかがなセンスだろうか。あるいは苗字が途中で変わったのなら仕方がないが、いや、他人のセンスに口を出すのはやめておこう。
有村がもやもやと考えていると、横からまたもや名刺を差し出される。
「私は三好好美です」
「みよしよしみ、さん」
回文研究会副部長とゴシック体で書かれた隣には、おめでたそうな宝船の絵が印刷されている。地面治のお堅い名詞と比べ、ポップで可愛らしい。
すっきりとした目元の美人は、柔らかく目を細めて微笑んだ、
有村の眉間には深く皺が刻み込まれた。体調が悪くなりそうな空気が流れている。どうにも奇妙であるが、そのまま言葉にするのも憚られ、会釈をする。
「僕は有村です」
有村は名刺など持っていない。一介の高校生には必要のない代物だ。
名乗れば、地面治も三好も大して興味のなさそうに曖昧に頷いている。視線は全て、有村の隣にいる蒼井に向けられていた。
「ああそうだ、ちなみに友達には、八乙女遠矢、三重野絵美、山根真矢や仲間加奈、蔦屋龍などがいます」
やおとめとおや。みえのえみ。やまねまや。なかまかな。つたやたつ。
有村は口を噤んだ。言葉にし難い違和感に襲われ、視線をどこへ置けば良いのかも分からない。自己紹介時に友達の名前を羅列するなんて、普通あるのだろうか?
「私たちの友人は、みんな上から読んでも下から読んでも同じ、という人ばかりでして。いやあ、皆さん楽しそうに人生を送られていますよ」
どういうことやねん。
有村はやはり口を噤んだままである。関西人とはいえ、有村は上品なタイプだ。初対面の人間にツッコミなんて出来るわけがない。
虚言か、何か別の意図があるのか、本当に偶然なのか。あらゆる可能性が浮かぶも、直接尋ねることは憚られた。
にこにこと害のなさそうな表情をしているのが、逆に不気味だ。何を考えているのか分からないと、恐怖に似た感情が湧き上がって来る。
理解が出来ない。これでは、話し合いすら困難だからだ。
有村は、隣で淡々と、出されたメロンソーダを飲み続ける蒼井を恨めしく見た。
この状況は、蒼井のせいなのである。
真面目な顔で渡された名刺には、地面治面次と書かれている。肩書には、府立大学回文研究会部長とあった。角ばった黒メガネをかけた、真面目そうな大学生である。
有村は他人の名前にケチを付けられるほど偉くはない。名刺に釘付けになるのは初めてのことだった。
「じめんじめん、じさんですか」
「じめんじめんじ、です」
キラキラネームやシワシワネームの範疇に収まらない、二度訊きしてしまいそうな名前だ。地面治という苗字に面次という名を合わせるとは、いかがなセンスだろうか。あるいは苗字が途中で変わったのなら仕方がないが、いや、他人のセンスに口を出すのはやめておこう。
有村がもやもやと考えていると、横からまたもや名刺を差し出される。
「私は三好好美です」
「みよしよしみ、さん」
回文研究会副部長とゴシック体で書かれた隣には、おめでたそうな宝船の絵が印刷されている。地面治のお堅い名詞と比べ、ポップで可愛らしい。
すっきりとした目元の美人は、柔らかく目を細めて微笑んだ、
有村の眉間には深く皺が刻み込まれた。体調が悪くなりそうな空気が流れている。どうにも奇妙であるが、そのまま言葉にするのも憚られ、会釈をする。
「僕は有村です」
有村は名刺など持っていない。一介の高校生には必要のない代物だ。
名乗れば、地面治も三好も大して興味のなさそうに曖昧に頷いている。視線は全て、有村の隣にいる蒼井に向けられていた。
「ああそうだ、ちなみに友達には、八乙女遠矢、三重野絵美、山根真矢や仲間加奈、蔦屋龍などがいます」
やおとめとおや。みえのえみ。やまねまや。なかまかな。つたやたつ。
有村は口を噤んだ。言葉にし難い違和感に襲われ、視線をどこへ置けば良いのかも分からない。自己紹介時に友達の名前を羅列するなんて、普通あるのだろうか?
「私たちの友人は、みんな上から読んでも下から読んでも同じ、という人ばかりでして。いやあ、皆さん楽しそうに人生を送られていますよ」
どういうことやねん。
有村はやはり口を噤んだままである。関西人とはいえ、有村は上品なタイプだ。初対面の人間にツッコミなんて出来るわけがない。
虚言か、何か別の意図があるのか、本当に偶然なのか。あらゆる可能性が浮かぶも、直接尋ねることは憚られた。
にこにこと害のなさそうな表情をしているのが、逆に不気味だ。何を考えているのか分からないと、恐怖に似た感情が湧き上がって来る。
理解が出来ない。これでは、話し合いすら困難だからだ。
有村は、隣で淡々と、出されたメロンソーダを飲み続ける蒼井を恨めしく見た。
この状況は、蒼井のせいなのである。
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