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二十
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廊下で見た陸は、すらっと背が高くみんなの注目の的だった。友達数人と笑いながら歩く何気ない姿にも、ふと目を奪われる。
直接見るのは一週間ぶりだ。なのに、ひどく懐かしい気分になった。
目が合う。会釈だけをして通り過ぎるつもりが、予想外に向こうから声がかかった。
「最近忙しいのか?」
真正面に立った陸のネクタイを見つめて、「すいません」と答える。
「え? 何? 知り合い?」
「知らねーのお前? 俺、何回か見たことあるぜ?」
両側に立つ生徒たちが値踏みをするように学を舐めまわす。笑顔で応えていると、生徒たちを陸が諫める。
「謝ることねえけど、ほどほどにな」
「はい」
陸は学に背を向けて歩き出す。子分のように、生徒たちはそれを追いかけて行った。
背中に手を伸ばしてみたい気はしたが、学は振り返ることはしなかった。
「陸、さっき妙に優しくなかった? 俺ももっと労わってほしー」
「てかさっきのってやっぱ、生徒会の奴じゃね?」
だから生徒会ではない。心の中で否定しかけたが、ここ最近の動向を見ていると、生徒会に入る気がしてならないのが事実だった。先生から、そのことついて話を繰り出されたのだ。考えておいてほしい、と。
だから、将来的には嘘でなくなる可能性は十分にある。
「労わってほしいなら、あいつみたいにもっと努力しろよ」
何度も聞いたぶっきらぼうな声が、優しい風に乗って学へ届く。背中を追うように視線を移せば、縋り付く生徒に陸が蹴りを入れているところだった。
つい笑うと、その声が聞こえたわけでもないだろうが、陸が振り返る。とても優しい目で笑った。
身体の奥がじわりと熱を帯びてきそうになるのを胸の辺りで止め、学は姿勢正しく廊下を歩いた。
「よ」
廊下ですれ違った、次の日。
欠伸をかみ殺して窓の外を見つめていると、背中から聞き覚えのある声がかかった。
「お、おはようございます」
帰りはともかく、朝の電車で一緒になることはなかったため、清々しい顔で立っている陸に驚きを隠せなかった。
「乗ってるとしたらこの車両だと思った。お前、こんな早く登校してんのな」
当たり前のように学の隣に立ち、つり革を持つ。
正直なところ、陸と顔を合わせるのは気まずかった。陸にとっては何でもないことだったと思おうとすればするほど、胸に針を刺されているような、如何ともし難い気持ちになる。
うじうじした気持ちを振り払って、学は普通を務めて答えた。
「俺は、文化祭のこととか色々あって。先輩もですか?」
「まあな。でもお前、普段から早いよな? 一回も電車一緒になんねえし」
「俺は、なるべく余裕を持って来てますから」
「やっぱな。俺なんて、遅刻ぎりぎりばっか」
陸は、いつも通りだった。笑う顔も、すらっと伸びた手足も、きっと、その体温も。
気にしているのが馬鹿らしくなるほどだ。学は深呼吸をした。
「朝早く行くのって、悪くないかもな。人少なそうだし」
「でも今の時期は、早めに来てる人多いと思いますよ」
「それでも多くはないだろ」
「ああ、モテる男は辛いって話ですか。人が多いといつも囲まれる、みたいな」
「だからちげーっつの」
一度電車を降りて乗り換え。人の流れに乗って移動し、次の電車を待つ。
「好きでもねえ奴にモテても意味ないだろ」
真に迫った言い方に、学はあえて試すような口ぶりを作った。
「その言い方だと、好きな人ができたみたいですよ」
陸はちらと学を見ると、口を尖らせた。
「言わねえ」
「つまり、できたってことですか。その様子だと両想いにはなれていないと」
「うるせ」
「応援してますよ」
「すんなよお前が」
「俺以外にはされたいんですか?」
「そういうことじゃ……もう何でもねえよ」
「怒ってます?」
「怒ってねえ」
視線に含みがある気がして、学はふいと逸らした。朝、通勤する人と一緒の電車の中では、陸の目の威力は皆無だ。でも、意味深な視線を突き刺されると、それを真正面から受け止める気にはなれなかった。
しばらく電車に揺られていると、陸が口を開いた。
「お前、文化祭はクラスで何すんの?」
「先輩は、喫茶店でしたっけ」
「何で知ってんだよ」
「噂になってますから。長岡陸が執事になって接客してくれるって」
執事服に身を包んだイケメンたちが接客する、執事喫茶。クラスの女子が、チケットを買いに行かなくてはと、意気込んでいたのが印象的だった。陸の集客力にただただ脱帽だ。
「紅茶とパンケーキしか出ないちゃちいやつだよ。チョコペンで絵描いたり文字書いたりするサービスやるから、練習しとけって言われたし。メイド喫茶かよ。てか俺やるなんて一言も言ってねーんだけど」
「仕方ないですよ。みんなきっと、先輩目当てなんですから」
陸はうるせえ、とだけ小さく呟いた。
この顔に憧れる女子生徒がどれだけいるのかを考えると、果てしなかった。不服そうだったが、これも持って生まれた顔のせいだと思って受け入れるしかないのだろう。
「お前、来ないの?」
「どこにですか?」
「喫茶」
「女性が多そうですからね。長蛇の列に並ぶ気力はありません」
チケットを持っている人優先で、持っていない人はひたすら並ぶ。当日券も用意するとかしないとか、そんな話が出るくらいだから、陸の存在は計り知れない。もちろん、他校の女子生徒も来るだろうから、尚更だ。
遠まわしに行かないと言えば、陸はふうんとつまらなさそうに呟いた。
「で、お前だよ。俺はお前んとこの訊きたいんだけど」
「幻の生き物特集です」
「は?」
班を作って、それぞれ好きなものをテーマに調べて、模造紙に書くのだ。河童、龍、ツチノコ等々。学は鵺について調べ、それをまとめている最中である。
「地味」
「これくらいが高校生っぽくありません?」
描き終えたら、それらを板に張り付けて飾る。繁盛はしないだろうが、調べるのはなかなか楽しい。
望のクラスは、占いをやるとのことだった。教室の飾りを少し手伝うくらいしかやることがないらしく、ほとんど美術部の方に駆り出されていた。美術部では教室を貸し切って絵を飾るらしく、一緒に見に行こうと約束している。
「お前、友達と文化祭回るのか?」
「一日目は。二日目は、仕事があったりもするので」
「そっか。じゃあ一緒には回れなさそうだな」
言葉が遅れた。端正な顔を見上げると、陸ははにかんだ。
「俺と一緒に回るつもりだったんですか」
「時間が合えばな」
「先輩、きっと女の子に追いかけ回されますよ。それに、執事喫茶もありますし」
車掌が、学たちが降りる駅を告げる。
「じゃあ来年か?」
「来年も似たようなものだと思いますけど」
陸は苦い顔で、忌々しそうに唸った。
「モテる男は辛いですね」
心を込めて言えば、陸は拗ねたように黙って学を見るだけだった。
直接見るのは一週間ぶりだ。なのに、ひどく懐かしい気分になった。
目が合う。会釈だけをして通り過ぎるつもりが、予想外に向こうから声がかかった。
「最近忙しいのか?」
真正面に立った陸のネクタイを見つめて、「すいません」と答える。
「え? 何? 知り合い?」
「知らねーのお前? 俺、何回か見たことあるぜ?」
両側に立つ生徒たちが値踏みをするように学を舐めまわす。笑顔で応えていると、生徒たちを陸が諫める。
「謝ることねえけど、ほどほどにな」
「はい」
陸は学に背を向けて歩き出す。子分のように、生徒たちはそれを追いかけて行った。
背中に手を伸ばしてみたい気はしたが、学は振り返ることはしなかった。
「陸、さっき妙に優しくなかった? 俺ももっと労わってほしー」
「てかさっきのってやっぱ、生徒会の奴じゃね?」
だから生徒会ではない。心の中で否定しかけたが、ここ最近の動向を見ていると、生徒会に入る気がしてならないのが事実だった。先生から、そのことついて話を繰り出されたのだ。考えておいてほしい、と。
だから、将来的には嘘でなくなる可能性は十分にある。
「労わってほしいなら、あいつみたいにもっと努力しろよ」
何度も聞いたぶっきらぼうな声が、優しい風に乗って学へ届く。背中を追うように視線を移せば、縋り付く生徒に陸が蹴りを入れているところだった。
つい笑うと、その声が聞こえたわけでもないだろうが、陸が振り返る。とても優しい目で笑った。
身体の奥がじわりと熱を帯びてきそうになるのを胸の辺りで止め、学は姿勢正しく廊下を歩いた。
「よ」
廊下ですれ違った、次の日。
欠伸をかみ殺して窓の外を見つめていると、背中から聞き覚えのある声がかかった。
「お、おはようございます」
帰りはともかく、朝の電車で一緒になることはなかったため、清々しい顔で立っている陸に驚きを隠せなかった。
「乗ってるとしたらこの車両だと思った。お前、こんな早く登校してんのな」
当たり前のように学の隣に立ち、つり革を持つ。
正直なところ、陸と顔を合わせるのは気まずかった。陸にとっては何でもないことだったと思おうとすればするほど、胸に針を刺されているような、如何ともし難い気持ちになる。
うじうじした気持ちを振り払って、学は普通を務めて答えた。
「俺は、文化祭のこととか色々あって。先輩もですか?」
「まあな。でもお前、普段から早いよな? 一回も電車一緒になんねえし」
「俺は、なるべく余裕を持って来てますから」
「やっぱな。俺なんて、遅刻ぎりぎりばっか」
陸は、いつも通りだった。笑う顔も、すらっと伸びた手足も、きっと、その体温も。
気にしているのが馬鹿らしくなるほどだ。学は深呼吸をした。
「朝早く行くのって、悪くないかもな。人少なそうだし」
「でも今の時期は、早めに来てる人多いと思いますよ」
「それでも多くはないだろ」
「ああ、モテる男は辛いって話ですか。人が多いといつも囲まれる、みたいな」
「だからちげーっつの」
一度電車を降りて乗り換え。人の流れに乗って移動し、次の電車を待つ。
「好きでもねえ奴にモテても意味ないだろ」
真に迫った言い方に、学はあえて試すような口ぶりを作った。
「その言い方だと、好きな人ができたみたいですよ」
陸はちらと学を見ると、口を尖らせた。
「言わねえ」
「つまり、できたってことですか。その様子だと両想いにはなれていないと」
「うるせ」
「応援してますよ」
「すんなよお前が」
「俺以外にはされたいんですか?」
「そういうことじゃ……もう何でもねえよ」
「怒ってます?」
「怒ってねえ」
視線に含みがある気がして、学はふいと逸らした。朝、通勤する人と一緒の電車の中では、陸の目の威力は皆無だ。でも、意味深な視線を突き刺されると、それを真正面から受け止める気にはなれなかった。
しばらく電車に揺られていると、陸が口を開いた。
「お前、文化祭はクラスで何すんの?」
「先輩は、喫茶店でしたっけ」
「何で知ってんだよ」
「噂になってますから。長岡陸が執事になって接客してくれるって」
執事服に身を包んだイケメンたちが接客する、執事喫茶。クラスの女子が、チケットを買いに行かなくてはと、意気込んでいたのが印象的だった。陸の集客力にただただ脱帽だ。
「紅茶とパンケーキしか出ないちゃちいやつだよ。チョコペンで絵描いたり文字書いたりするサービスやるから、練習しとけって言われたし。メイド喫茶かよ。てか俺やるなんて一言も言ってねーんだけど」
「仕方ないですよ。みんなきっと、先輩目当てなんですから」
陸はうるせえ、とだけ小さく呟いた。
この顔に憧れる女子生徒がどれだけいるのかを考えると、果てしなかった。不服そうだったが、これも持って生まれた顔のせいだと思って受け入れるしかないのだろう。
「お前、来ないの?」
「どこにですか?」
「喫茶」
「女性が多そうですからね。長蛇の列に並ぶ気力はありません」
チケットを持っている人優先で、持っていない人はひたすら並ぶ。当日券も用意するとかしないとか、そんな話が出るくらいだから、陸の存在は計り知れない。もちろん、他校の女子生徒も来るだろうから、尚更だ。
遠まわしに行かないと言えば、陸はふうんとつまらなさそうに呟いた。
「で、お前だよ。俺はお前んとこの訊きたいんだけど」
「幻の生き物特集です」
「は?」
班を作って、それぞれ好きなものをテーマに調べて、模造紙に書くのだ。河童、龍、ツチノコ等々。学は鵺について調べ、それをまとめている最中である。
「地味」
「これくらいが高校生っぽくありません?」
描き終えたら、それらを板に張り付けて飾る。繁盛はしないだろうが、調べるのはなかなか楽しい。
望のクラスは、占いをやるとのことだった。教室の飾りを少し手伝うくらいしかやることがないらしく、ほとんど美術部の方に駆り出されていた。美術部では教室を貸し切って絵を飾るらしく、一緒に見に行こうと約束している。
「お前、友達と文化祭回るのか?」
「一日目は。二日目は、仕事があったりもするので」
「そっか。じゃあ一緒には回れなさそうだな」
言葉が遅れた。端正な顔を見上げると、陸ははにかんだ。
「俺と一緒に回るつもりだったんですか」
「時間が合えばな」
「先輩、きっと女の子に追いかけ回されますよ。それに、執事喫茶もありますし」
車掌が、学たちが降りる駅を告げる。
「じゃあ来年か?」
「来年も似たようなものだと思いますけど」
陸は苦い顔で、忌々しそうに唸った。
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