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十四

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「彼女さんですか?」
 弟の声が、凛と響いた。こいつはこんな話し方をする奴だっただろうかと思って、顔を見た。いつもの穏やかな表情ではない。いったいどうした。
「馬鹿なこと言わないで。そんなわけないんだから」
 相川さんは、不快を露わにしていた。今弟の存在に気付いたようで、値踏みするような視線を送っている。当然、紀ノ川さんの弟なので、相川さんのお気に召すタイプの顔であることに間違いないのだが、相川さんは眉間に皺を寄せたままだ。
「そうですか」
 刺々しい雰囲気、重々しい空気。いったい突然どうしたというのか。相川さんは良いとして、弟のこんな様子は普通ではない。
 俺は、へへへと笑ってその空気を取っ払おうとした。
「あーえっと、この人は相川さんって言って、俺のクラスメイト。で、こっちは何だろ、中学生の」
「なるほど」
 相川さんに、こいつは紀ノ川さんの弟だと紹介しようとしたが、それは叶わなかった。弟が探偵風の声を出し、場をいっそう凍り付かせたからだ。
「つまり、相川さんは、泉井さんに片思い中ということですか」
「え」
 呆けた声が出て、俺は慌てて口を塞いだ。相川さんを見れば、眉間に皺が寄っている。
「馬鹿なことを。有り得ない」
「じゃあ、どうして泉井さんを追いかけて来たんですか?」
「あなたに言う必要はないでしょ」
「あります」
「どうして?」
「僕は、泉井さんの弟子なので」
「弟子?」
 初耳だった。相川さんが、不可解な目を向けて来る。止めてくれと言いたいところだが、ぐっとこらえた。
「俺、弟子なんて取った覚えないけど」
「じゃあ僕は、泉井さんの何なんですか」
 弟は、これ以上なく真剣な表情だった。思わず固まる。
「泉井さんは、僕のことをどう思っているんですか」
「えー、と」
「仕方なく僕に付き合っているんですか」
「……何この空気?」
 相川さんは、しらけたような声を出した。
「泉井さん」
 弟は、構うことなく俺へ答えを求めて来る。相川さんの言う通り、いったいこの空気は何だ?
 言葉に詰まっていると、「まあいいや」と嘆息した声が聞こえた。
「私、帰るね。泉井君、また明日」
 相川さんは、踵を返し去って行った。去り際に弟へ向けた視線は、ひどく冷たいものだった。二人のファーストコンタクトは、最悪だったと言って良いだろう。
「…………」
 目を合わせられない。相川さんの背中を見送った俺は、遠くを見つめたまま視線を戻すことが出来なかった。一秒がとてつもなく長い。
 弟は、何も言わなかった。俺の返答を待っているのだろうか。ぱちぱちと目を瞬かせていると、空気のような笑い声が聞こえた。
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