上 下
28 / 49
第1章至る平安

英才教育

しおりを挟む
「あんた誰?」

5、6歳くらいの子供が、夜をぎろりと睨んだ。

「こら。夜さんに失礼だろう。すみません。こちらは私の娘なのですがなにぶん口が悪くて。」

「いえいえ。気にしていませんよ。私は夜。お嬢様、これからよろしくお願いします。」

「ふうん。まあ、せいぜい役に立ってちょうだいね。」

なかなか偉そうな子供である。

「あなたは非常に賢いと伺いました。どうでしょう。ここはひとつ物語を書いてみませんか?」

提案する夜。
彼女は同好の士の育成に余念がなかった。

「物語?」

「ええ。ご存知ないですか?とっても面白いんですよ。」

そう言ってどこからともかく本を取り出して読んで聞かせる。

そんな姿を見た為時は、これならうまくやってくれそうだと考えるのだった。



藤原為時女(ふじわらのためときのむすめ)は頭がとても良かった。
6歳にして4歳年上の兄達と同じことを学び、あまつさえ、実力では上回りもした。書物に関してもぐんぐんと吸収していき、しまいには自分で書いて夜に見せるようになっていった。

夜は大変喜んだ。それは同好の士が増えたという意味だけではない。
彼女の描く物語がとても面白かったからである。

貴族達の色恋沙汰を豊かな筆致で書き出すのみならず、自然と描かれる和歌の数々が場面場面にマッチしている。
 各人の歌の優劣までも、典雅な貴公子には上手な歌を、おどけた道化にもそれ相応の歌を詠ませていて、物語にぴったりであった。夜が貫之のところで学んで、描こうとしていた世界がそこにはあった。

自分も負けないと心に決めて、夜も盛んに創作を行った。ただ、どう見ても彼女の劣化にしかならない。彼女の描く物語が素晴らしすぎて、勝てる気がしない。

これだけ研鑽を積んでもなお、及ばない領域があるのかとしばらく絶望していた夜だったが、彼女が湯水のごとく物語を書いては見せてくるので貪るように読むことで気を紛らわせることに成功していた。

彼女にとっては、時間はたっぷりある。素晴らしい物語を書く才能がある相手から、学ぶという経験をするという方向性に舵を切ったのは、当然のことだっただろう。

夜は、彼女に言い聞かせるようになった。
曰く、主人公の一代記を書けと。

一代記を描く難易度は、既存の物語とは比べ物にならない。
ひたすら長くなるし、物語的な浮き沈みも人生という面から見れば、なかなか描きずらいものである。
 だが、描き切ったときの感動は何者にも代えがたいものになる。夜はそう確信していた。
ただ、何より、長いのがネックだ。
経験を積んでから描こうとしてもなかなか完結まで書き切ることが難しい。
それが一代記の難しいところである。

だが、まだ歳若い彼女ならば、そんな不都合はなく、自由自在に書き切ることができるに違いない。夜はそう考えていた。

そして、一代記を描くように言い聞かせ続けた。

ずっとお世話してくれている綺麗なお姉さんで、自分の小説の熱心な読者でもあり、趣味の共有者でもある人がことあるごとに言ってくるのだ。
藤原為時女も、次第にそのつもりになってきた。

夜の目論見通りである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

雪花祭り☆

のの(まゆたん)
ファンタジー
記憶を失くし子供の姿に戻ってしまった黒の国の王 火竜王(サラマンデイア) アーシュラン(アーシュ)に 愛された 白の国のオッド・アイの瞳の王女エルトニア(エイル) 彼女は 白の国の使節(人質)として黒の国の王宮で暮らしていた・・ 記憶をなくし子供の姿になってしまった彼(アーシュ)黒の王に愛され  廻りの人々にも愛されて‥穏やかな日々を送っていた・・ 雪花祭りの日に彼女はアーシュに誘われ女官長ナーリンとともに 出かけるが そこで大きな事件が・・

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?

三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい!  ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。 イラスト/ノーコピーライトガール

処理中です...