上 下
6 / 32
Chapter1:名探偵と美少女と召使い

母の話

しおりを挟む
 

「・・・ママがいなくなって……もう、一年になるんです…っ」

「一年、ね…。警察には既に連絡してるって電話でも言ってたよね。改めて確認するけど、それは間違いないんだね?」

「あっはい…!パパが捜索願いは出してるって言ってました。けど、なんの進展もなくて…」

「ふむ、なるほどね…」


探偵は神妙な面持ちで、真凛亜ちゃんの話をじっくりと聞いていた。


「・・・っ」

けどオレに至っては内心、とてもじゃないが穏やかな気持ちではいられそうになかった。
…呆気に取られる、とはまさにこのことかもしれない。

すると探偵は、オレの異変に気付いたのかすぐに声をかけて来た。


「…召使いくん?なんて顔しているんだい?」

「え、だ…だって、あまりにも衝撃的すぎて…こんな、こんなことって…ッ!」


…母親が一年も前から行方不明?
しかも、警察に捜索願いを出しているのにも関わらず何の進展もないだって?

ーこんなの、明らかに事件じゃないか。


「こらこら。そんなに騒いだら真凛亜ちゃんが怯えてしまうよ」

「だ、だけどこんなの…探偵の手に負える問題じゃ……」

「いいから。今はちゃんと真凛亜ちゃんの話を聞くんだ。いいね?」

「…っ」


なんたって探偵はこうも落ち着いていられるんだ。
オレはそれが不思議でたまらなかった。


「召使い、さん…?」

「・・・ま、真凛亜ちゃん…っ」


だけど、探偵の言うこともあながち間違いではなかった。
真凛亜ちゃんは、案の定怯えた様子でオレの顔色を伺っている。

…悔しいけど、ここも召使いの件と同様に探偵の言う通りにすべきなのかもしれない。
つい、感情的になってしまうのはオレの悪いクセだ。


「ごめんね、びっくりさせちゃったかな」


オレはなるべく笑顔を意識して再度、真凛亜ちゃんに話しかける。


「でも安心して欲しいんだ。この探偵…じゃなかった。ホームズさんが、必ずママを探して来てくれるから」

「ほ、ほんと…?」


真凛亜ちゃんの視線が自然と探偵の方へ向いた。
すると、探偵はウインクをしてお馴染みの言葉を述べた。


「もちろん。二言はないよ」


不本意だけど、ちょっとだけカッコいいと思ってしまった。
その自信はどこから出てくるんだと思ったけど、あえて何も言わずにしておいた。


「……ッ…ホームズさん!召使いさん!ママのこと、よろしくお願いします!!」


真凛亜ちゃんは頭を下げてこう言った。
こんなに小さいのに…しっかりしてるなぁなんて、思わず感心してしまう。


「あ、そうだ。これ…ママの写真です。」


真凛亜ちゃんはそう言うとポケットから一枚の写真を取り出した。

…2~3才くらいだろうか?
その写真には、かなり小さな真凛亜ちゃんらしき女の子と、その女の子を抱っこしている女の人が一緒に写っていた。
その女性は真凛亜ちゃんと同じほんのり茶色のロングヘアで、それはそれは綺麗な人だった。


「…ありがとう。でも…これ、随分前の写真なんだね。」

「?いけませんか…?」

「あ、いや…そういうわけじゃないんだけど…なるべく最近の写真の方がいいんじゃないのかなって」

「……ごめんなさい。ママの写真…これしかなくて…っ」


え、これしかない…?


「あ、そう…なんだ。ところで…真凛亜ちゃんて、今いくつ?」

「?12才ですけど…」

「そ、そっか。わかった。ごめんね、変なこと聞いて…」

「いえ…だいじょうぶです」


ううっ…また余計なこと言っちゃったかな。
でもこの写真を見てしまった以上、聞かないわけにはいかないと思った。

…探偵は何も聞かないつもりなんだろうか。


「さて、真凛亜ちゃん。この写真、ありがたく参考にさせてもらうよ」

「はい!お役に立てるなら嬉しいです」


どうやらそのつもりらしい。
何も聞かず、探偵に限っては何食わぬ顔でその写真を受け取っていた。

…まさか、気付いていないのか?
この写真からすれは既にもう十年は経っているのは明らかだ。

つまりそれは母親だって、同じ時が経っているということになる。
だとすると、この写真じゃ母親を探す手掛かりにはならないことくらいすぐ分かりそうなものなのに。

いやまあ、確かに雰囲気くらいなら分かるかもしれないけど……一応、伝えてみるか…?


「…あ、あの」

「おや、召使いくん。キミの仕事はお茶を入れることだろう?」


すると、探偵は間髪を入れずに突っ込んできた。
どうやらオレは本当にただことしか出来ないみたいだ。


「・・・分かりましたよ。」


仕方なく、オレは二杯目のお茶を用意することにした。


「あっあの、私…そろそろ帰ります。」

「でも…お茶のおかわりくらいは飲んでいったら?」

「ありがとうございます。けど、お話し終わったらパパが早く帰って来なさいって」

「そう、なんだ…それじゃあしょうがないか…」


よっぽど心配性の父親なんだろうか。
だったらこんな小さな女の子に依頼なんかさせに来ないで、自分でくればいいのに。
それか一緒に来るとか…それが出来ないくらい多忙な人なんだろうか。

そう考えると、ちょっとだけ不便に思ってしまう。


「ok.じゃあ、召使いくん。依頼人のお帰りだ。扉を開けてあげて」

「!は、はい!」


すっかりこの対応にも慣れてしまった。
順応性の高い自分に若干引く。


「…召使いさん。お茶、ごちそうさまでした。美味しかったです!」

「!真凛亜ちゃん…っ!」


帰り際、小さな声で真凛亜ちゃんは言った。

…良かった。少なくとも、喜んではくれたみたい。


「…また、飲みにおいでよ。とびきりの用意しておくからね!」

「はい!ありがとうございます!」


そうして少女は最後の最後でとびきりの笑顔をオレに見せてくれた。

そして、そのままその場を後にしたのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

手のひらのイリュージョン

空川億里
ミステリー
 近年隆盛を極める新興宗教のグレート・ハンド教。が、その教祖が不可解な死に方をして……。

四天王寺ロダンの挨拶

ヒナタウヲ
ミステリー
『奇なる姓に妙なる名』その人は『四天王寺ロダン』。  彼はのっぽ背にちじれ毛のアフロヘアを掻きまわしながら、小さな劇団の一員として、日々懸命に舞台芸を磨いている。しかし、そんな彼には不思議とどこからか『謎』めいた話がふわりふわりと浮かんで、彼自身ですら知らない内に『謎』へと走り出してしまう。人間の娑婆は現代劇よりもファナティックに溢れた劇場で、そこで生きる人々は現在進行形の素晴らしい演者達である。  そんな人々の人生を彩る劇中で四天王寺ロダンはどんな役割を演じるのだろうか? ――露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢、秀吉が辞世で詠んだ現代の難波で、四天王寺ロダンは走り出す。  本作は『嗤う田中』シリーズから、一人歩き始めた彼の活躍を集めた物語集です。 @アルファポリス奨励賞受賞作品 https://www.alphapolis.co.jp/prize/result/682000184 @第11回ネット大賞一次通過作品

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

キケンなバディ!

daidai
ミステリー
本作は架空の昭和時代を舞台にしたレトロな探偵物語。ハードボイルドコメディです。 1984年の夏、梅雨の終わり頃、神戸の和田岬に謎の女性が流れ着いた。謎の女性は瀕死状態であったが、偶然発見した私立探偵〝真部達洋(まなべたつひろ)〟に救われて一命を取り留めた。だが。彼女は過去の記憶を失って自分の名前すら分からなかった。  ひょんなことから真部探偵が謎の女性に面倒を見ることになり、彼女は〝山口夏女(やまぐちなつめ)〟と名付けられた。

虚無感とたたかう女の話

まつも☆きらら
ミステリー
食べていくために派遣社員の仕事をしながら下着を売る真衣。人と関わるのが苦手で恋愛にも興味なし。生活費の他には推しのアイドルのためにお金を使う日々の中、マンションで隣に住む女性が殺害される事件が起きる。第1発見者として事件にかかわることになり、被害者の弟とともに事件を解決しようと奔走する。

酔っ払いの戯言

松藤 四十弐
ミステリー
薫が切り盛りする小さな居酒屋の常連である佐々木は、酔った勢いに任せて機密情報を漏らす悪癖を持っていた。

処理中です...