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死にたがりオーディション
電話
しおりを挟む「…!」
心臓がどくんと跳ねた。
声は、加工している…?
男と女とも分からないような、そんな声だった。
「…月鎖兎馬様?お声、届いておりますでしょうか?」
「は、はい…ッ」
「お名前にお間違いはございませんか?」
「そ、そうですけど…」
いくら電話の相手がわかってたこととはいえ、いざ対面すると何から切り出していいのか…分からない。
緊張で、頭が真っ白になってしまう。
「この度は、資料を受け取っていただきまことにありがとうございました。請求に関する封書も送らせて頂いたのですが、そちらは確認頂けたでしょうか?」
…請求に関する封書?それって、あの茶封筒のこと…?
「…それって、写真のことですか?」
「はい、そうです。どうやら確認頂けたようで安心しました。失礼ながら申し上げますが、お写真に写っていたご両親にお間違いはございませんでしたか?」
「は…?」
「月鎖兎馬様のご両親でお間違いないですか?」
淡々と何の悪びれる様子もない。
「…はい、そうです」
はらわたが煮えくり返る思いになりながらも、オレは言葉を続けた。
「……あの、一つ聞いてもいいですか」
「はい、なんでしょう?」
「オレが…その、オーディションを受けなきゃならないのって本当に友達紹介のせいなんですか?」
「と、言いますと?」
「…ッ…入原終夜って人から、友達紹介されたはずなんですけど」
「入原終夜様……ああ、はい。たしかに。承っております」
「それ、間違いなんですよ。だから…オレのオーディションに関しては辞退ってことにして欲しいんです。」
「………大変申し上げにくいのですが、それは出来ません」
「ッ!?な、何でーー」
「既に請求は済んでありますので、ご了承ください」
「それはそっちが勝手にやったことじゃないかっ!!」
「いえ、勝手ではございません。同意の上で殺らせて頂きました」
「…っ!!」
ゾッとした。
思わず背筋が凍った。
単なる電話での会話だけれど、オレには最後の言葉が、そういう意味でしか聞こえなかった。
…怯んだら駄目だ。
相手の不手際を認めさせれば、こんなオーディションなんて受けなくて済むはずなんだ。
一呼吸入れ、更に言葉を続けた。
「…っ…ど、同意だって…?友達紹介とか意味不明な制度が同意の扱い?そんなの、そちらが勝手に間違って受けただけじゃないですか!!」
「間違いはございません。死にたがりオーディション事務局総力を挙げて、審査しておりますので、不手際は一切ございません」
「……っ」
あまりにも迷いのない答えにオレは逆に戸惑ってしまう。
何で?どうしてそこまで、ハッキリと言い切ることが出来るんだ?
…オレの両親を殺したことさえあくまで同意の上だと言い切り、挙げ句の果てに不手際は一切ないとまで言い切るなんて…。
「…質問は以上ですか?でしたらそろそろ本題に入らせていただきたいのですがーー」
「ま、待ってください!まだ話は終わってないです!聞きたいことだって、まだーー」
「……それは、ご両親の秘密のことでしょうか?」
「えっ…」
心臓が、大きく跳ねる。
「死にたがりオーディション事務局の規定により、月鎖兎馬様のご家族についても調べさせてもらいました。」
「な…な……」
言葉が、上手く出てこない。
さっきまで、あれほど、言葉を並べて、言葉を続けて、話が出来ていたはずなのに。
オレの言葉は、それ以上出てこなかった。
…それほどまでに、オレは動揺以上に…混乱していた。
「ご安心ください。月鎖兎馬様の秘密は外部には漏らしません。死にたがりオーディション事務局の規定により、個人情報は厳守し、又取り扱いに関しましても厳重な管理を務めておりますので、何一つご心配には及びません」
…ちがう、ちが、う…。
オレが聞きたいのは…そういうことじゃない。
頭によぎったのは、どこでその情報を知ったのか…。ただそれだけだった。
「あ…あ…」
どうしよう…上手く言葉が出てこない。
頭の中ではこんなにも言葉が浮かんでいるのに、口に出すことがままならないなんて…っ
なんて、なんていえば、あの秘密が知られているとしたら、オレはどうなるの?
…警察?捕まる?
いやだ。いやだいやだ。そもそもオレは関係ない。
オレは悪くないのにーー
「月鎖兎馬様?大丈夫ですか?」
「…オ、オレ、を…どうする…つもり、ですか…?」
混乱のあまりか、ようやく口に出した言葉は質問にすらなってない台詞だった。
どうやらオレは…想定外の事態が起こると、こんな風に支離滅裂な台詞が出てしまうらしい。
「資料をお読みになりませんでしたか?」
「…資料?」
だけど、向こうはそんなこと気にも留めてない様子だった。
「はい、資料をお読みになられたのなら、既にご理解いただけているはずなんですが」
「えっと…具体的に言ってくれませんか?」
今のオレにはどうしてこのタイミングで、資料に繋がるのか全く理解出来なかった。
…資料なら、昨日終夜くんのを読んだけど…これといってオレが今抱えてる問題と繋がる部分が思い浮かばない。
「資料の三ページには、【ご両親請求後】についての記載がございます。それを読んで頂くと【このオーディションは国家公認のオーディションのため法は一切関与しないものとする。】と、大きく明記してあるのをご存知でしょうか?」
「それなら、見ましたけど…」
…たしかに見た。
だけど、そこにどんな関係があるっていうんだろう?
大体それは、オーディション側の不手際を隠蔽するためものじゃないか。
…そもそもその内容事態が一番おかしいのに。
何でそれを、わざわざ今言うんだ?
オーディション側にとっても、それは避けたい部分なんじゃないのか?
「お分かりになりませんか?つまりこれは、月鎖兎馬様がオーディションを受けてくだされば、ご両親の秘密は守られる上に、月鎖兎馬様自身も警察のお世話なることはないということです」
「は…、な、にを…言って…?」
オレは混乱のあまりか、とうとう耳までおかしくなったのかと、文字通り耳を疑った。
何を言ってる?何が言いたいんだ?
……オーディションを受ければ、オレが警察に捕まる事はないって…そう言いたいのか?
「よく勘違いをされてる方が多いのですが、この規定の本来の意味はオーディションを受けた皆様の身を守るための規定なのです。現に月鎖兎馬様の身柄はオーディションを受けることによって保証されます」
「…じゃあ、仮に受けなかったら…?」
「その仮にというのは死にたがりオーディション事務局の総意に反するのですが、あえて申し上げますと、月鎖兎馬様の規約違反ということで、警察に全てお話しさせていただく所存です。本来であれば、けして内密に出来るようなものではございませんので」
「……っ!!」
な、なんだよ…こんなの、こんなのはただの脅しじゃないか。
勝手に両親のことを調べ上げて、殺しておいて、オーディションを受けなかったら規約違反?
そんなのが…通るっていうのか?
「ご理解いただけましたでしょうか?それではそろそろ本題に入らせていただきます」
「ま、待ってください…っ」
「まだ、何か?申し訳ありませんが、こちらとしても後の電話がつかえておりますので、なるべく手短にお願いしたいのですが。月鎖兎馬様にとっても悪い話ではないはずです」
「そ、それは…」
…そうだ。
もし、ここで断れば…オレは警察に突き出されてしまう。
でも、オーディションを…死にたがりオーディションを受けさえすれば…オレの身の安全は保証される。
だけどこんなこと、簡単に鵜呑みにしていいものなんだろうか?
何か、何か…裏があるんじゃないか。
「…ッ」
そんなことを、考える。考える。考える。
頭の中で、ぐるぐると駆け巡りながら、色々なことを考える。
「ご決断、されましたか?」
「!!」
ーもう、迷っている時間はなかった。
「死にたがりオーディション、受けます…ッ…」
何も、言えなかった。
何も、出来なかった。
結局のところ、オレは死にたがりオーディションを受ける以外に他なかったんだ。
選ばざる得ない。仕方がないことなんだ。
オレは自分の意思の弱さを痛感した。
だけど、それがオレなんだ。
頭が悪いから、今の状況を打開する方法なんて浮かんでくるはずもない。
唯一出来たことと言えば、オレは自分の頭の悪さを言い訳にすることだけ。
…ただ、それだけだった。
「ご賢明な判断ありがとうございます。それでは本題に入らせて頂きます。今回、月鎖兎馬様にお電話を差し上げたのは、死にたがりオーディションの一次審査のご案内の為でございます」
「一次審査…?」
「はい、後ほどオーディション事務局よりメールにて詳しい内容を送らせていただきますので、もし迷惑メールなどのドメイン設定をされているのであれば、そちらの解除をお願いしたいのです。もしくは、今から口頭でメールアドレスを申し上げますので、こちらのアドレスを受信出来るように設定していただくかなんですが、どうなされますか?」
「ああ…そのことでしら大丈夫です。迷惑メールの設定なんて…してませんから」
「恐れ入ります。それでは、本日はご対応いただき、ありがとうございました。事務局総員をもってオーディション参加者の皆様が安心して受けられるよう誠意を持って対応させていただきますので、今後とも宜しくお願い致します」
「あ、はい…よろしくお願いします…」
「では、失礼いたします」
こうして、電話は切れた。
「はあ…」
どっと疲れた。
完全に相手のペースだった。
結局、オレはオーディションを受けることになってしまった。
…終夜くんが知ったら、何て言うんだろう?
「…あれ、そういえば終夜くんは…?」
電話に集中し過ぎて、すっかり気を取られていた。
今日は終夜くんが家に来て、オレはベッドの上で終夜くんの首をーー
「……っ…帰っちゃったのか…」
いくら見渡しても、そこに終夜くんの姿はなかった。
いつ帰ったのか分からないけど、オレはそこに終夜くんがいないことに心底ホッとしていた。
…少なくとも、電話してるところを全部見られたわけじゃないみたいだ。
だけど一応…どこまで見たのか後で聞いてみようかな。
「……それにしても、事務局の人はどこであの秘密を知ったんだろうか……」
ボソッと呟いた。
結局、そこの部分を聞きそびれてしまった。
「まぁ今更悔やんでも仕方ないよね…とりあえず、ジュースが溢れたとこ…掃除しなきゃ」
今更だ。
だって、オレはもう死にたがりオーディションを受けるんだから。
いや、受けなければいけないんだ。
あの秘密を守るためにもーー
オレの両親が、オレの父さんと母さんが、
連続児童誘拐殺人事件の犯人だってことを、公にしないためにも…オレは、受けなきゃならないんだ。
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