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✧ Chapter 1
今日も明日も今まで通り【2】
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電車の扉が開き、乗客がいくらか入れ替わっていく。
俺たちが降りるのは次の駅だ。放送を聞き流しているうちに再び発車し、身体がわずかに揺れた。足元に置いた買い物袋が倒れないよう気をつける。
「トリクシーさんて、何が好きなんですか? 何回一緒に買い物しても、食べ物の好みくらいしか教えてくれないですよね」
大和の会話の引き出しは、一日一緒に居たって尽きない。よくもそんなに他人に興味を持てるなと感心する。
「こだわりがないからな」
輪ゴムからヘアゴムに変えたのも、食器洗剤からシャンプーに変えたのも、よれよれのTシャツを捨てたのも、財布やスマホを持ち歩くようになったのも、大和が用意してくれたからに過ぎない。
「もう出会って二年くらいなのに、謎が減らない……」
「お前が開けっぴろげすぎるんだろ」
「うーん、そういうものなんでしょうか?」
納得のいっていないような顔で話を続ける大和は、いつからか睡魔と戦い始めていた。わかりやすくまぶたが重くなっていく。
あえて黙っていれば、肩が重くなる代わりにやっと静かになる。ありがたい。
ガタン、と電車が揺れる。ささやかな寝息を聞きながら窓の外を眺めた。
この街は長閑で喧騒を知らない。一部を除けば、住民の人柄も良い。様々な土地を渡り歩いてきたが、悪くない居心地だった。
あの青い屋根も嫌いじゃない。
ここで生活していると、つい自分が普通の人間かのように錯覚してしまう。
■
目的の駅に到着すると、大和を起こして電車を降りる。
荷物が多いから、駅からシェアハウスまではタクシーを使うことにした。
大和と荷物と、後部座席にぎゅうっと収まりながら運ばれていく。
見慣れた青い屋根が近づくにつれ、その玄関先で人が集まっているように見えた。揉めごとだろうか。
関わっても良いことは無さそうだったが、あれを突っ切らないと玄関に入れそうにない。
到着し、タクシーからせっせと荷物を下ろす。
横目で観察すると、中心にいるのはシェアハウスの住人と管理人──ちょうど大和が話題にした誕生日を控える真魚彦だ。隣には明くると鈴見がいる──と、見知らぬ中年の男女だった。
「探したんだぞ。こんなところにいるなんて」
「うちの何が嫌だったの? 真魚彦、帰りましょう」
「父さん、母さん……。急に来られても、俺は……」
聞き耳を立てるに、息子である真魚彦を迎えに来た両親らしい。シェアハウスに良い印象を抱いておらず、実家へ連れ戻したいようだ。
当の真魚彦は連れ出されることに納得していなさそうだが。
「調べたんだぞ。こんなところでおまえの治療ができるもんか。うちに戻りなさい」
「そうよ。ここの人たちはみんな同じなんでしょう? 病人で集まっても悪い影響を与えあうだけよ。監督者のいるまともなところで暮らすべきよ」
なかなかはっきりものを言う親だな。このシェアハウスにおいては一理あるが、その言い方で納得する息子ならここには来てないだろうよ。
鈴見も明くるも家を侮辱され、今にも声を荒げて文句を言い出しそうだった。
「おい、人んちの玄関の前で親子ゲンカすんな。邪魔だ」
「なっ……!」
夫婦を押し退けて通ると、非常識な人間を見る目で見つめられた。どうぞどうぞ。その通りなんでな。
玄関の鍵は開いていた。がちゃりとドアを開ける。
「真魚彦、おまえも大人なんだ。したいようにしろよ」
ドアを背で押さえながら、「おまえは入るのか、入らないのか」と目で訴える。
真魚彦は不安そうに俺を見て、それから両親を見やった。
「実家のほうが気が滅入るんだ。父さんも母さんも自分の生活を優先して。俺のことはそっとしておいてよ」
それが精一杯の返事とばかりに、俺の前を通ってシェアハウスの中へ入っていく。
追いかけようとする夫婦を、そばで見ていた大和がやんわりと止める。
「少し時間をあげてください。そうだ、お二人とも夕飯を一緒に食べませんか? それで、たまには帰省するように言うとか、少しずつ話しましょうよ。真魚彦さんの幸せを願ってるのは僕たちも同じですから」
こういうとき、彼の人好きする笑顔は便利だなあと思う。
夫婦が緊張を緩めたように見えた。さらに一言二言なだめられると、息子がいかに大切かの話が始まり、止まらなくなる。
親身に相槌を打つ大和と目が合い、俺は頷く。夕飯まで息子と両親が鉢合わせないようサポートしてほしいのだろう。
こういうとき、俺が彼の望み通りに動くと思われているのはなんだか癪だが──信頼されているようでくすぐったい。俺はそういうキャラじゃない──いたしかたない。飯が不味くなると困る。
夫婦は彼に任せ、屋内に入る。荷物を玄関の適当なところに置いて廊下を進んだ。
すると、リビングの手前で真魚彦が立っていた。
俺を見るなり、近づいてくる。玄関の様子が気になって仕方がないらしい。
「トリクシー、二人は……?」
「まだいる。大和が夕食に誘ってるが、やめさせたほうがいいか?」
「……みんなが構わないなら、いいよ」
「そうか。じゃあ部屋に行ってろ。進展があったら言うから」
気を使うのも面倒になってきて、しっしっと手で追い払う。
真魚彦がとぼとぼと階段を上がり、自分の部屋へ入っていくのを見届けた。
そのまま踵を返して自分の部屋に向かいたいところだが、玄関に戻る。
置きっぱなしの荷物を回収する必要があった。大和に任せればいいことだが、夫婦の相手をしている今は難しいだろう。
少しくらいなら手伝ってもいい。
俺たちが降りるのは次の駅だ。放送を聞き流しているうちに再び発車し、身体がわずかに揺れた。足元に置いた買い物袋が倒れないよう気をつける。
「トリクシーさんて、何が好きなんですか? 何回一緒に買い物しても、食べ物の好みくらいしか教えてくれないですよね」
大和の会話の引き出しは、一日一緒に居たって尽きない。よくもそんなに他人に興味を持てるなと感心する。
「こだわりがないからな」
輪ゴムからヘアゴムに変えたのも、食器洗剤からシャンプーに変えたのも、よれよれのTシャツを捨てたのも、財布やスマホを持ち歩くようになったのも、大和が用意してくれたからに過ぎない。
「もう出会って二年くらいなのに、謎が減らない……」
「お前が開けっぴろげすぎるんだろ」
「うーん、そういうものなんでしょうか?」
納得のいっていないような顔で話を続ける大和は、いつからか睡魔と戦い始めていた。わかりやすくまぶたが重くなっていく。
あえて黙っていれば、肩が重くなる代わりにやっと静かになる。ありがたい。
ガタン、と電車が揺れる。ささやかな寝息を聞きながら窓の外を眺めた。
この街は長閑で喧騒を知らない。一部を除けば、住民の人柄も良い。様々な土地を渡り歩いてきたが、悪くない居心地だった。
あの青い屋根も嫌いじゃない。
ここで生活していると、つい自分が普通の人間かのように錯覚してしまう。
■
目的の駅に到着すると、大和を起こして電車を降りる。
荷物が多いから、駅からシェアハウスまではタクシーを使うことにした。
大和と荷物と、後部座席にぎゅうっと収まりながら運ばれていく。
見慣れた青い屋根が近づくにつれ、その玄関先で人が集まっているように見えた。揉めごとだろうか。
関わっても良いことは無さそうだったが、あれを突っ切らないと玄関に入れそうにない。
到着し、タクシーからせっせと荷物を下ろす。
横目で観察すると、中心にいるのはシェアハウスの住人と管理人──ちょうど大和が話題にした誕生日を控える真魚彦だ。隣には明くると鈴見がいる──と、見知らぬ中年の男女だった。
「探したんだぞ。こんなところにいるなんて」
「うちの何が嫌だったの? 真魚彦、帰りましょう」
「父さん、母さん……。急に来られても、俺は……」
聞き耳を立てるに、息子である真魚彦を迎えに来た両親らしい。シェアハウスに良い印象を抱いておらず、実家へ連れ戻したいようだ。
当の真魚彦は連れ出されることに納得していなさそうだが。
「調べたんだぞ。こんなところでおまえの治療ができるもんか。うちに戻りなさい」
「そうよ。ここの人たちはみんな同じなんでしょう? 病人で集まっても悪い影響を与えあうだけよ。監督者のいるまともなところで暮らすべきよ」
なかなかはっきりものを言う親だな。このシェアハウスにおいては一理あるが、その言い方で納得する息子ならここには来てないだろうよ。
鈴見も明くるも家を侮辱され、今にも声を荒げて文句を言い出しそうだった。
「おい、人んちの玄関の前で親子ゲンカすんな。邪魔だ」
「なっ……!」
夫婦を押し退けて通ると、非常識な人間を見る目で見つめられた。どうぞどうぞ。その通りなんでな。
玄関の鍵は開いていた。がちゃりとドアを開ける。
「真魚彦、おまえも大人なんだ。したいようにしろよ」
ドアを背で押さえながら、「おまえは入るのか、入らないのか」と目で訴える。
真魚彦は不安そうに俺を見て、それから両親を見やった。
「実家のほうが気が滅入るんだ。父さんも母さんも自分の生活を優先して。俺のことはそっとしておいてよ」
それが精一杯の返事とばかりに、俺の前を通ってシェアハウスの中へ入っていく。
追いかけようとする夫婦を、そばで見ていた大和がやんわりと止める。
「少し時間をあげてください。そうだ、お二人とも夕飯を一緒に食べませんか? それで、たまには帰省するように言うとか、少しずつ話しましょうよ。真魚彦さんの幸せを願ってるのは僕たちも同じですから」
こういうとき、彼の人好きする笑顔は便利だなあと思う。
夫婦が緊張を緩めたように見えた。さらに一言二言なだめられると、息子がいかに大切かの話が始まり、止まらなくなる。
親身に相槌を打つ大和と目が合い、俺は頷く。夕飯まで息子と両親が鉢合わせないようサポートしてほしいのだろう。
こういうとき、俺が彼の望み通りに動くと思われているのはなんだか癪だが──信頼されているようでくすぐったい。俺はそういうキャラじゃない──いたしかたない。飯が不味くなると困る。
夫婦は彼に任せ、屋内に入る。荷物を玄関の適当なところに置いて廊下を進んだ。
すると、リビングの手前で真魚彦が立っていた。
俺を見るなり、近づいてくる。玄関の様子が気になって仕方がないらしい。
「トリクシー、二人は……?」
「まだいる。大和が夕食に誘ってるが、やめさせたほうがいいか?」
「……みんなが構わないなら、いいよ」
「そうか。じゃあ部屋に行ってろ。進展があったら言うから」
気を使うのも面倒になってきて、しっしっと手で追い払う。
真魚彦がとぼとぼと階段を上がり、自分の部屋へ入っていくのを見届けた。
そのまま踵を返して自分の部屋に向かいたいところだが、玄関に戻る。
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