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✧ Chapter 1
青い屋根のシェアハウス【1】
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時間停止姦、触手の苗床、モブレなど、奇異な状況から奇跡的に救出された者たちがいる。
彼らは《快楽堕ち》という後遺症に苦しんでいた。
現代の発達した医療と魔法でも、執拗にエロ改造された心身を元通りにすることはむずかしい。
東京郊外に青い屋根の一軒家がある。
社会復帰を目指す男たちのシェアハウスだ。
《受け》の宿命がある限り、いつどこでエロ同人誌的展開の事件・事故に巻き込まられるかわからない。
後遺症の発作が起きたとき、理解者がそばにいるほうがいい。
──同じ悩みを持つ者同士が助け合うため、十数名が同居している。そのうちの四名は特に古株だ。
青い屋根のシェアハウス
最寄駅まではバスか徒歩のどちらか。
買い出しに出た大和は、わずかなバス賃を惜しみ徒歩を選んだ。
結果、道端に停車していたデカい乗用車に引きずりこまれてしまうのだった。
スマホの忘れ物に気付いたトリクシー──俺が追い着いたとき、事はすでに終わっていた。
「もしも……あっ、はい、俺です。またなんですけど」
気絶した暴漢三人を車から引き降ろす彼にスマホを手渡せば、慣れた様子で110番へ通報している。
あきれ顔で見守り、通話の終わりと共に声をかけた。
「なんで地元警察に『俺です』で通じるんだ」
「いつもモブレイパーを通報してるので……」
「この街の治安、マジで最悪」
大和は発火能力を発動するまでもなく、拳で解決したらしい。
爽やかな黒髪に紺色の瞳をした彼は顔こそ童顔だが、首から下はムチムチのマッチョで可愛らしさのカケラもない。パンチでサンドバッグに穴を開ける。モブレイパーの性癖をとやかく言うつもりはないが、挑むのならもっときちんと武装するべきだ。
「おまえのことだから、こういうときは喜んで身を差し出すかと思ってた」
「失礼ですね、俺にも分別くらいあります」
「そーかよ」
先日、発作を起こした大和がエアコン掃除業者の胸ぐらをつかんで逆レ未遂を起こしたのを知っている。アダンがリビングにあった花瓶で殴って止めていた。
あの花瓶、アダンのお気に入りだったんだぞ。
アスファルトを踏みしめるタイヤの音がした。振り返ると、赤いランプの点滅──警察の到着だ。
パトカーから降りた警官に男たちを引き渡す。
警察の対応はフランクで、立ち話だけで大和は解放されたようだった。
署での聴取などはないのだろうか。職業が一般人とは少し違う大和だからこその対応なのかもしれない。
「気を取り直して買い出しに行きましょう。せっかくですし、荷物持ち手伝ってくれますよね?」
「しょうがねぇな……」
心配じゃないと言えば嘘になる。大和は強いが、脆い。
午前の澄んだ空気の中を歩いた。初夏の柔らかな風が涼しい。
「それにしても。窓にスモークが貼ってあるでけぇ車、そういうのが停まってる横を通るの、危険だってそろそろわからないのか?」
車道側を歩きながら、俺は心底不思議に思って大和を見た。戦闘訓練を受けた強者ゆえの警戒心の無さなのだろうか。
「まさかドアが開いて引きずりこまれるとは思わないじゃないですか。こちとらイイ歳した男なんですよ? しかもこんな……胸囲119cmあるのに」
乳がデカいのはむしろ理由になるんじゃないのか? なぜ胸筋で敵を威嚇できると思っているんだ。
「イイ歳した男……ねぇ。何回同じ目に遭えばその理屈は通じないと認めるんだ」
「だって……」
大和の声は悲鳴でかき消された。
目前に見える駅ロータリーが騒がしい──魔物の群れが暴れている。
人の頭ほどある蛙の魔物が何匹も跳ね回り、長い舌を伸ばして逃げまどう通行人を捕まえ、丸呑みしているではないか。
しかも、食べた分だけ醜く巨大化していく。
魔物とは、人や動物や物に似ていながら《どれでもないもの》を指す。どこからともなく現れて必ず生物に害を成すため、共存が不可能とされている。謎の多い存在だ。
「トリクシーさんは通報を! 俺は救助活動をします!」
「あっ、おい!」
異変を察知した大和が、すぐさま現場へと駆け出した。
魔物や異能力犯罪に対応するための組織がある。それがヒーロー機関。
実力があって顔も良くて、太陽のような善人である大和は広告塔になるほど人気ヒーローだった。
《事件》の後、無期限の休職命令が下されている。
彼としては一日でも早く復職したいようだが、なかなか叶わないようだ。
組織上層部の考えはなんとなくわかる。みそがついたうえ、強すぎる隊員を持て余している。後遺症のせいでいつ制御不能になるかもわからないから。
トラブルを避け、安全性をアピールすることが大和のすべきことだろうに。持ち前の正義感は休暇というものを知らないらしい。
「うわあぁっ!?」
一般人を狙って伸びる舌を躊躇なく素手でつかんでいた。大和は力任せに引き寄せると、異能力をまとわせた拳でぶん殴る。普通の火とは違うそれで焼かれると、魔物はみるみる燃え尽きる。
一方、俺は安全そうなルートで駅に向かって歩く。緊急通報は別の人間がしているのが見えたから、わざわざ俺までする必要はない。
救助活動に参加する義理もなかった。大和に加勢なんてもってのほか。一応は俺も一般人だし。
「そこの人、危ない!」
誰かが俺に向かって叫んだ。
少し離れて歩く俺を見逃してはくれなかったらしい。三方向から大小の魔物が飛びかかってきた。
舌打ちをして一匹を蹴り飛ばし、ベルトバックルの隠しナイフを抜いて一匹の脳天を突き刺す。ナイフと魔物の即席の棍棒で残りの一匹を打ち返してやる。
ナイフに刺さっていたそれがさらさらと塵になって消滅した。
「ふん」
刃をバックルにしまい直していると、駅のデジタルサイネージが時報を告げる。
ああ、乗りたい電車に間に合わないな――予定に気を取られ、蹴飛ばした蛙が背後に這い迫っていることに気付かなかった。
イヤな気配を察知して振り返ったときには、赤々とした臭い口が目前に迫っていて。
「トリクシーさん!」
離れた所に立つ大和がすかさず能力を発動し、炎の壁が蛙を弾き返した。地面に転がった魔物は身体に燃え移った火を消せずにのたうち回る。
俺は不機嫌にそれを踏み潰した。
あわてた様子で大和が駆け寄ってくる。
「怪我はないですか?」
「……助けられなくても自分で対処できた」
「詰めが甘いくせに言うなあ」
「うるせえ。おまえに言われるとムカつく」
やりとりをしている間に駆除隊――大和の同輩――が到着していた。
彼らの手際は良く、早くも救助や駆除が片付きそうな具合だ。
「さ、行きましょうか」
途端に大人しくなった大和は、彼らに背を向けたまま振り向こうとさえしない。……そんな寂しい顔をするのなら、首を突っ込まなきゃいいのに。
仕方なく早足で歩く。
駅構内に入り、尻ポケットからスマホを取り出す。改札の読み取り機に押し当てて通った。
「あっ」
後ろで残高不足のエラー音が聞こえたが、無視してホームへ向かった。やれやれ。
彼らは《快楽堕ち》という後遺症に苦しんでいた。
現代の発達した医療と魔法でも、執拗にエロ改造された心身を元通りにすることはむずかしい。
東京郊外に青い屋根の一軒家がある。
社会復帰を目指す男たちのシェアハウスだ。
《受け》の宿命がある限り、いつどこでエロ同人誌的展開の事件・事故に巻き込まられるかわからない。
後遺症の発作が起きたとき、理解者がそばにいるほうがいい。
──同じ悩みを持つ者同士が助け合うため、十数名が同居している。そのうちの四名は特に古株だ。
青い屋根のシェアハウス
最寄駅まではバスか徒歩のどちらか。
買い出しに出た大和は、わずかなバス賃を惜しみ徒歩を選んだ。
結果、道端に停車していたデカい乗用車に引きずりこまれてしまうのだった。
スマホの忘れ物に気付いたトリクシー──俺が追い着いたとき、事はすでに終わっていた。
「もしも……あっ、はい、俺です。またなんですけど」
気絶した暴漢三人を車から引き降ろす彼にスマホを手渡せば、慣れた様子で110番へ通報している。
あきれ顔で見守り、通話の終わりと共に声をかけた。
「なんで地元警察に『俺です』で通じるんだ」
「いつもモブレイパーを通報してるので……」
「この街の治安、マジで最悪」
大和は発火能力を発動するまでもなく、拳で解決したらしい。
爽やかな黒髪に紺色の瞳をした彼は顔こそ童顔だが、首から下はムチムチのマッチョで可愛らしさのカケラもない。パンチでサンドバッグに穴を開ける。モブレイパーの性癖をとやかく言うつもりはないが、挑むのならもっときちんと武装するべきだ。
「おまえのことだから、こういうときは喜んで身を差し出すかと思ってた」
「失礼ですね、俺にも分別くらいあります」
「そーかよ」
先日、発作を起こした大和がエアコン掃除業者の胸ぐらをつかんで逆レ未遂を起こしたのを知っている。アダンがリビングにあった花瓶で殴って止めていた。
あの花瓶、アダンのお気に入りだったんだぞ。
アスファルトを踏みしめるタイヤの音がした。振り返ると、赤いランプの点滅──警察の到着だ。
パトカーから降りた警官に男たちを引き渡す。
警察の対応はフランクで、立ち話だけで大和は解放されたようだった。
署での聴取などはないのだろうか。職業が一般人とは少し違う大和だからこその対応なのかもしれない。
「気を取り直して買い出しに行きましょう。せっかくですし、荷物持ち手伝ってくれますよね?」
「しょうがねぇな……」
心配じゃないと言えば嘘になる。大和は強いが、脆い。
午前の澄んだ空気の中を歩いた。初夏の柔らかな風が涼しい。
「それにしても。窓にスモークが貼ってあるでけぇ車、そういうのが停まってる横を通るの、危険だってそろそろわからないのか?」
車道側を歩きながら、俺は心底不思議に思って大和を見た。戦闘訓練を受けた強者ゆえの警戒心の無さなのだろうか。
「まさかドアが開いて引きずりこまれるとは思わないじゃないですか。こちとらイイ歳した男なんですよ? しかもこんな……胸囲119cmあるのに」
乳がデカいのはむしろ理由になるんじゃないのか? なぜ胸筋で敵を威嚇できると思っているんだ。
「イイ歳した男……ねぇ。何回同じ目に遭えばその理屈は通じないと認めるんだ」
「だって……」
大和の声は悲鳴でかき消された。
目前に見える駅ロータリーが騒がしい──魔物の群れが暴れている。
人の頭ほどある蛙の魔物が何匹も跳ね回り、長い舌を伸ばして逃げまどう通行人を捕まえ、丸呑みしているではないか。
しかも、食べた分だけ醜く巨大化していく。
魔物とは、人や動物や物に似ていながら《どれでもないもの》を指す。どこからともなく現れて必ず生物に害を成すため、共存が不可能とされている。謎の多い存在だ。
「トリクシーさんは通報を! 俺は救助活動をします!」
「あっ、おい!」
異変を察知した大和が、すぐさま現場へと駆け出した。
魔物や異能力犯罪に対応するための組織がある。それがヒーロー機関。
実力があって顔も良くて、太陽のような善人である大和は広告塔になるほど人気ヒーローだった。
《事件》の後、無期限の休職命令が下されている。
彼としては一日でも早く復職したいようだが、なかなか叶わないようだ。
組織上層部の考えはなんとなくわかる。みそがついたうえ、強すぎる隊員を持て余している。後遺症のせいでいつ制御不能になるかもわからないから。
トラブルを避け、安全性をアピールすることが大和のすべきことだろうに。持ち前の正義感は休暇というものを知らないらしい。
「うわあぁっ!?」
一般人を狙って伸びる舌を躊躇なく素手でつかんでいた。大和は力任せに引き寄せると、異能力をまとわせた拳でぶん殴る。普通の火とは違うそれで焼かれると、魔物はみるみる燃え尽きる。
一方、俺は安全そうなルートで駅に向かって歩く。緊急通報は別の人間がしているのが見えたから、わざわざ俺までする必要はない。
救助活動に参加する義理もなかった。大和に加勢なんてもってのほか。一応は俺も一般人だし。
「そこの人、危ない!」
誰かが俺に向かって叫んだ。
少し離れて歩く俺を見逃してはくれなかったらしい。三方向から大小の魔物が飛びかかってきた。
舌打ちをして一匹を蹴り飛ばし、ベルトバックルの隠しナイフを抜いて一匹の脳天を突き刺す。ナイフと魔物の即席の棍棒で残りの一匹を打ち返してやる。
ナイフに刺さっていたそれがさらさらと塵になって消滅した。
「ふん」
刃をバックルにしまい直していると、駅のデジタルサイネージが時報を告げる。
ああ、乗りたい電車に間に合わないな――予定に気を取られ、蹴飛ばした蛙が背後に這い迫っていることに気付かなかった。
イヤな気配を察知して振り返ったときには、赤々とした臭い口が目前に迫っていて。
「トリクシーさん!」
離れた所に立つ大和がすかさず能力を発動し、炎の壁が蛙を弾き返した。地面に転がった魔物は身体に燃え移った火を消せずにのたうち回る。
俺は不機嫌にそれを踏み潰した。
あわてた様子で大和が駆け寄ってくる。
「怪我はないですか?」
「……助けられなくても自分で対処できた」
「詰めが甘いくせに言うなあ」
「うるせえ。おまえに言われるとムカつく」
やりとりをしている間に駆除隊――大和の同輩――が到着していた。
彼らの手際は良く、早くも救助や駆除が片付きそうな具合だ。
「さ、行きましょうか」
途端に大人しくなった大和は、彼らに背を向けたまま振り向こうとさえしない。……そんな寂しい顔をするのなら、首を突っ込まなきゃいいのに。
仕方なく早足で歩く。
駅構内に入り、尻ポケットからスマホを取り出す。改札の読み取り機に押し当てて通った。
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後ろで残高不足のエラー音が聞こえたが、無視してホームへ向かった。やれやれ。
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