【完結】社畜でしたが冷酷で慈悲深い吸血鬼におやつとして愛されます――転移したら唯一無二の高級食材でした

牛丸 ちよ

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勇者と魔王 編

48 劫火の中で 〈Side B〉

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* 回 想 *


 ミュラッカをならし、治ったはずなのだ。
 なのに、いまも身体を焼かれているような錯覚に陥るときがある。

 人間の姿を見ると、声を聞くと、その存在を頭に思い浮かべるだけで、ごうごうと燃える炎に包まれる。
 焼けた喉が汚い音を鳴らし、黒炭になった四肢が崩れ落ちていく。
 なのに死ねない。ただ苦痛の終わりを祈る。
 ……実際はそんなことにはなっていない。まぼろしだ。


 海を越えられないと思っていた人間が技術を得て、魔族をさらいに来た時代を覚えている世代。
 対話を重ねている中で魔族の街があっけなく焼き払われたことを覚えている世代。
 その末裔まつえいたち。

 同胞の恐怖や怒りが、大陸の空気を通じて伝わってくる。

 犠牲になった同胞の魂は、長い年月を経て腐って溶けたか、輪廻の渦に消えたか、なんにせよこの世界にはもういない。
 消えていく彼らの無念は、無限の命を持つ我が引き継いだ。

 おれが許してはならない。
 無かったことにはしない。
 奴らに忘れさせたりしない。


 ジェードは我と考えをたがえたようだが、あれは優しすぎるから仕方がない。怒り疲れて耐えることを選んでしまう。
 大丈夫だ、我がいる。
 怒れない者のために、反撃のすべを持たない者のために、飢えた者のために、我が生まれた。
 彼はわかってくれている。だから何も言わない。
 いまは無理でも、すべて終わった後ならまた手を取り合えるはずだ。

 ああ、痛い。熱い。
 さみしい。

 人間に同情する者も、あれらから「人間」という名を剥奪し、「動物」に戻してやれば何も言わなくなる。

 民の腹も満たされ、国が脅かされることもない。

 すべてうまくいく。

 望みはただ一つ。

 人間の苦しみと嘆き。

 それさえあれば、痛みは癒える。



   ■ ■ ■



「魔王ー!」

「……勇者! どうしたのだ~、今日もちいこくてかわいいなぁ」

 笑顔を作って、飛び込んできた勇者を抱きしめてやる。
 静かな魔王城も、彼がいるとにぎやかだ。

「これあげる」

「ぬはは! 首! わざわざ持ってきたのか」

 勇者が裏切っていることを人間たちは知らない。魔族も勇者が敵ではないことを知らない。
 だから城にかくまっているが、勇者本人は特に警戒することもなく外出しては土産を持って帰ってくる。

 今回の土産は、テラルに文を送る裏切り者の首だった。人間にくみしていることは以前から知っていたが、あえて泳がせ、ときに偽の情報をつかませて利用していた。
 勇者が魔王城に留まっていることを嗅ぎつけたときは潮時だろうと考えていたが──。

「私のことが書いてある手紙、差し止めて燃やしておいたから」

 まさにそのタイミングだったようだ。勇者は我よりも行動が早くて助かる。

 首を受け取って眺め見る。
 まあ、ただの首だ。表情を見るに、こいつは首を切られて死んだことに気付いていないかもしれない。

 この国には、かつての国交の名残で人間の血が混ざった魔族が存在する。これもその子孫だ。
 半端者の一族でも代々かわいがってやったのに……やはりダメだな。人間の血は魔族の知性を穢す。

「のう、勇者よ。手筈が整ったら、人間の血を引く者はみな間引こうと思うのだ。早く手を打たねば、奴らは魔族をたぶらかし、純血の系譜けいふを侵していく」

「魔王がそれで幸せになれるなら、私は構わないよ。リストアップしとくね」

「うむ!」

 不思議だ。勇者と──リオンいると、重く軋む身体が軽くなる。
 膝の上に乗せていつまでも撫でていたい。

「おぬしからは癒しの波動でも出ておるのか? いい匂いだし、人間ぽくない。奴らは汗くさいからな」

「昔のくせで毎日風呂に入るからかな」

 それだけではないだろう。魂の美しさが発露して五感に訴えかけているのだ。そうに違いない。
 人間の肉をしているのがもったいない存在だ。
 我の力を以って魔族に引き上げてやろうか。きっと、リオンなら喜んで永遠を共に過ごしてくれる。


 魔王は神によって特別に作られた子供だ。
 旧魔王城地下洞窟《はじまりの水アンキアライン》から成体の状態で発生し、生まれたその日から天命に従って一人で活動を始める。
 魔王には大陸ルナニカひいては属する魔族を守護せんとする本能が備わっており、それ以外の情動の発達は誕生後の自由意志に委ねられている。
 外観こそ魔族と同じだが、根本的には異なる種族だ。上位存在としての自覚もあり、魔族の営みとは一線を引いて生活する。

 けれどリオンといると、まるで自分が一己いっこの魔族になったように思えた。
 それは幸せな心地だった。

 我の中に生まれた、一人を愛おしいと思う感情が愛おしい。
 彼が我に与えてくれる安らぎは、この長い生の中で比類なかった。

 失いたくない。

 だが、勇者を大切にしたいと思うほど、ぞわぞわとイヤな感覚が湧き上がる。

 これは罪の意識だ。

 守護ふくしゅうよりも優先されるものなどない。
 あってはならない。

 大丈夫、忘れていない。我が最も大切にすべきこと。
 我が魔王であること。

 彼ならわかってくれる、一緒にまっとうしてくれる。
 だから、彼を愛しても我は変わらずにいられる。
 変わらないから、彼を愛しても大丈夫。

 大切なものを取り替えるわけじゃない。
 同じくらい大切にするだけ。

 己の存在理由から逃げたりしない。

 だから、だから。
 束の間の安息を見逃してくれ、太古に我を産みし女神ははよ。


「ねぇ、聞いて欲しいことがあるんだけど」

「うむうむ、欲しいものでもあるのか? 我にできることならなんでもするぞ」

「私の父に会ってほしい」

 ばきっ。持っていた生首を握りつぶしてしまった。危ない危ない、彼の腕をつかんでいなくて良かった。

「おぬしの父……は、ただの人間ではないか」

 イヤな感覚がする。ちりちりと皮膚が焼ける感覚。
 自分の焦げたにおいがつきまとう。

「でも、テラル国王だよ。使い道のある年寄りだ。父と会って、両国の橋を渡して欲しい」

 国交? なぜ?
 滅ぼすのに?

 我の悲願をリオンは知っている。
 知っていてどうしてそんなことを言う。

「大丈夫! 私の言う通りにすれば、ハッピーエンドになるから」

 なぜこやつは笑っているんだ。
 喉が締まる。
 燃える。燃える。
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