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勇者と魔王 編
38 勇者の死【1】
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勇者リオンが……死んだ?
昼食を中断し、ジェードと二人で玄関に行く。
エントランスには雨に濡れたバウの姿があった。
慌ててタオルを持ってきて渡す。
髪を拭きながら、バウは何かをジェードに手渡した。
「買い物しに街に行ったら号外が飛び交ってた。魔王城で、魔王が勇者の死体を抱えてるのを側近が見たって」
それは一枚の号外新聞のようだった。濡れてしわくちゃで、細かい文字は読めそうにない。
見出しの大きな文字は吉報を伝えるニュアンスだった。魔族からしたら敵である勇者が討伐されたのだから、そうか。
「ふむ……」
「側近が目撃して、すぐに発表したらしい。──でも、おかしくないか? この天気、ジェードも察してるだろ。この国の天候は魔王の感情とも繋がってる。勇者が死んでこんな天気になるなんて、歴代でも初めてのことだ」
「本人に聞けばいい」
「え?」
「ベクトルドが来ている。おそらく勇者も一緒だろう」
中庭のほうから爆発音がした。
「な、なんだ!?」
そのほうが近いと思い、玄関から中庭に回ったが、傘を持ち出すのを忘れたせいでみんなして濡れネズミになる。
駆け付けると、雷が落ちたかのように薔薇園の一角が破壊されていた。
その中心に二人の人物が立っている。
「ベクトルドと、リオン? あの姿は何だ……!?」
燃えるような赤い髪と瞳。特徴は魔王ベクトルドだったが、少年の体格になっている。
その隣には静かに佇むリオンの姿がある。だが、目が虚ろで覇気がない。様子が変だ。
首をぐるりと回る横一文字の傷。服の襟から胸元までが血で真っ赤に染まっている。
……あの首と胴は、繋がっているのか?
ジェードは特段驚くでもなく、彼らの異常を観察している様子だった。
「不死身だからこそ、戦いが苛烈になるほど肉体の修復に魔力を注ぎ込むことになる。魔力消費を抑えると肉体は小さくなるんだ。勇者に相当やられたのだろう」
「あの二人は戦ったのか? なんで……」
二人の様子から、どちらが勝ったのかは明らかだった。
「ジェード、裏切り者はこやつか? それともおぬしか?」
「何が言いたい」
苛立ちを隠さないベクトルドがジェードを睨む。
隣のリオンからはまるで精気を感じず、この状況を理解しているのかも怪しく見えた。
「勇者は己が異世界人であり、この世界の未来がわかるなどと言っている」
イセカイジン? なんだそれ。
……イセカイ、異世界?
もしかして、俺と……同じ?
じゃあ、今までの違和感がある言葉の数々って……。
「なあ」
小声で話しかけると、ジェードはかがんで耳を近づけてきた。
「ジェードは人間の国のこと、わかるんだよな? 《レベル上げ》って言葉知ってるか?」
「なんだ、それは?」
「人間の国って、太陽光発電とか、宇宙ロケット開発してる? 文明はどのくらい進んでるんだ?」
「何を言っているのかわからんが、百年前に我々がほとんどを破壊したんだぞ。土地を耕し、家畜の世話をするので手一杯だろう」
「やっぱり……」
人間の国の文明と、リオンの知識が全然噛み合ってない。
俺と同じで、ここじゃないどこかから──もしかしたら同じ日本から──来てるんだ。
しかも俺と違って、この世界に詳しい。
未来がわかるというのも何か根拠があるのかも。
なんにせよ、なんでこんなことになってるんだ。
「我の力になってくれる男と見込んでいたが……こやつは魔族と人間の和平を我に求めた。そうしなければ死ぬと」
リオンは《救う》《守る》という言葉を使っていた。幸せにするとか、協力するとかじゃなくて、あえてそれらの言葉を使ったのは……ベクトルドが死ぬと知っていたから?
「それだけではない。人間ごときよりも私の腹心のほうが信用できない、処刑せよと……好き勝手に言いよって! 結局、我を惑わせて人間に味方させようとしていたのだ。そうとしか思えぬ」
目的のためならどんなことでもすると言っていた。憎い人間を庇うことも、リオンにとってはもしかしたら手段のひとつだったのかも知れない。
ベクトルドは、そうは思わなかったようだが。
でも、リオンの腰に提げられたそれは彼が普段から装備している長剣だ。いつか見た聖剣の姿はない。命を取り合う戦いの中で、彼があれを使わなかったのなら、それは大きな意味があるんじゃないのか。
ベクトルドはそれに気付かないほど……頭に血が昇ってるのか?
彼は、控えるリオンと一度も目を合わせない。あの姿は誰が見ても痛ましい。好意を抱いている者ならなおさら直視するのはつらいだろう。
「ジェード、リオンは……」
物言わぬ人形のように立っている姿は、ゾッとするほど不気味だ。
「死体に、肉体から離れかけた魂を押し込んで囚えているな。意識はないだろう。生ける屍として使役しているようだ」
「そんな……。ベクトルドはリオンを殺してしまったのか?」
死体を連れ歩いてるなんて、そんな恐ろしいこと……。
辱めのため?
それとも……未練があるから?
俺の視線に気付いた魔王が、挑発的に笑って言った。
「どうした。友と話したいのか? 同じ人間同士だものなぁ」
そばで聞いていたバウが驚いた顔で俺を見た。
そうなんだ。俺、人間なんだ。言ってなくてごめん。
「ハヤトキは関係ない」
悪意のある視線から隠すように、ジェードが俺の前に立った。
情けないと思いながらも、その後ろから顔を出して話そうとする。
「ベク──」
が、名前を呼ぼうとしただけで睨まれ、真っ直ぐに飛んできた威嚇の圧に押し潰されそうになる。
ジェードが盾になって緩和してくれていたはずなのに、俺はがくりと膝を折って嘔吐していた。
「おえぇ゛ッ……」
「ベクトルド!」
ジェードが怒鳴るところを初めて聞いた。
バウが慌てて駆け寄ってきて、俺の身体を心配してくれる。彼に支えられながら立ち上がった。
「人間ごときが我の名を呼ぶからだ」
吐き捨てるようにそう言われる。
数日前の態度とは大違いだ。
昼食を中断し、ジェードと二人で玄関に行く。
エントランスには雨に濡れたバウの姿があった。
慌ててタオルを持ってきて渡す。
髪を拭きながら、バウは何かをジェードに手渡した。
「買い物しに街に行ったら号外が飛び交ってた。魔王城で、魔王が勇者の死体を抱えてるのを側近が見たって」
それは一枚の号外新聞のようだった。濡れてしわくちゃで、細かい文字は読めそうにない。
見出しの大きな文字は吉報を伝えるニュアンスだった。魔族からしたら敵である勇者が討伐されたのだから、そうか。
「ふむ……」
「側近が目撃して、すぐに発表したらしい。──でも、おかしくないか? この天気、ジェードも察してるだろ。この国の天候は魔王の感情とも繋がってる。勇者が死んでこんな天気になるなんて、歴代でも初めてのことだ」
「本人に聞けばいい」
「え?」
「ベクトルドが来ている。おそらく勇者も一緒だろう」
中庭のほうから爆発音がした。
「な、なんだ!?」
そのほうが近いと思い、玄関から中庭に回ったが、傘を持ち出すのを忘れたせいでみんなして濡れネズミになる。
駆け付けると、雷が落ちたかのように薔薇園の一角が破壊されていた。
その中心に二人の人物が立っている。
「ベクトルドと、リオン? あの姿は何だ……!?」
燃えるような赤い髪と瞳。特徴は魔王ベクトルドだったが、少年の体格になっている。
その隣には静かに佇むリオンの姿がある。だが、目が虚ろで覇気がない。様子が変だ。
首をぐるりと回る横一文字の傷。服の襟から胸元までが血で真っ赤に染まっている。
……あの首と胴は、繋がっているのか?
ジェードは特段驚くでもなく、彼らの異常を観察している様子だった。
「不死身だからこそ、戦いが苛烈になるほど肉体の修復に魔力を注ぎ込むことになる。魔力消費を抑えると肉体は小さくなるんだ。勇者に相当やられたのだろう」
「あの二人は戦ったのか? なんで……」
二人の様子から、どちらが勝ったのかは明らかだった。
「ジェード、裏切り者はこやつか? それともおぬしか?」
「何が言いたい」
苛立ちを隠さないベクトルドがジェードを睨む。
隣のリオンからはまるで精気を感じず、この状況を理解しているのかも怪しく見えた。
「勇者は己が異世界人であり、この世界の未来がわかるなどと言っている」
イセカイジン? なんだそれ。
……イセカイ、異世界?
もしかして、俺と……同じ?
じゃあ、今までの違和感がある言葉の数々って……。
「なあ」
小声で話しかけると、ジェードはかがんで耳を近づけてきた。
「ジェードは人間の国のこと、わかるんだよな? 《レベル上げ》って言葉知ってるか?」
「なんだ、それは?」
「人間の国って、太陽光発電とか、宇宙ロケット開発してる? 文明はどのくらい進んでるんだ?」
「何を言っているのかわからんが、百年前に我々がほとんどを破壊したんだぞ。土地を耕し、家畜の世話をするので手一杯だろう」
「やっぱり……」
人間の国の文明と、リオンの知識が全然噛み合ってない。
俺と同じで、ここじゃないどこかから──もしかしたら同じ日本から──来てるんだ。
しかも俺と違って、この世界に詳しい。
未来がわかるというのも何か根拠があるのかも。
なんにせよ、なんでこんなことになってるんだ。
「我の力になってくれる男と見込んでいたが……こやつは魔族と人間の和平を我に求めた。そうしなければ死ぬと」
リオンは《救う》《守る》という言葉を使っていた。幸せにするとか、協力するとかじゃなくて、あえてそれらの言葉を使ったのは……ベクトルドが死ぬと知っていたから?
「それだけではない。人間ごときよりも私の腹心のほうが信用できない、処刑せよと……好き勝手に言いよって! 結局、我を惑わせて人間に味方させようとしていたのだ。そうとしか思えぬ」
目的のためならどんなことでもすると言っていた。憎い人間を庇うことも、リオンにとってはもしかしたら手段のひとつだったのかも知れない。
ベクトルドは、そうは思わなかったようだが。
でも、リオンの腰に提げられたそれは彼が普段から装備している長剣だ。いつか見た聖剣の姿はない。命を取り合う戦いの中で、彼があれを使わなかったのなら、それは大きな意味があるんじゃないのか。
ベクトルドはそれに気付かないほど……頭に血が昇ってるのか?
彼は、控えるリオンと一度も目を合わせない。あの姿は誰が見ても痛ましい。好意を抱いている者ならなおさら直視するのはつらいだろう。
「ジェード、リオンは……」
物言わぬ人形のように立っている姿は、ゾッとするほど不気味だ。
「死体に、肉体から離れかけた魂を押し込んで囚えているな。意識はないだろう。生ける屍として使役しているようだ」
「そんな……。ベクトルドはリオンを殺してしまったのか?」
死体を連れ歩いてるなんて、そんな恐ろしいこと……。
辱めのため?
それとも……未練があるから?
俺の視線に気付いた魔王が、挑発的に笑って言った。
「どうした。友と話したいのか? 同じ人間同士だものなぁ」
そばで聞いていたバウが驚いた顔で俺を見た。
そうなんだ。俺、人間なんだ。言ってなくてごめん。
「ハヤトキは関係ない」
悪意のある視線から隠すように、ジェードが俺の前に立った。
情けないと思いながらも、その後ろから顔を出して話そうとする。
「ベク──」
が、名前を呼ぼうとしただけで睨まれ、真っ直ぐに飛んできた威嚇の圧に押し潰されそうになる。
ジェードが盾になって緩和してくれていたはずなのに、俺はがくりと膝を折って嘔吐していた。
「おえぇ゛ッ……」
「ベクトルド!」
ジェードが怒鳴るところを初めて聞いた。
バウが慌てて駆け寄ってきて、俺の身体を心配してくれる。彼に支えられながら立ち上がった。
「人間ごときが我の名を呼ぶからだ」
吐き捨てるようにそう言われる。
数日前の態度とは大違いだ。
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