【完結】社畜でしたが冷酷で慈悲深い吸血鬼におやつとして愛されます――転移したら唯一無二の高級食材でした

牛丸 ちよ

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勇者と魔王 編

35 魔王INハヤトキ【1】

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 風の静かな晴れの日は、小鳥のさえずりがよく聞こえる。

 昼食を終え、部屋で机に向かっていた。ぱらりと本のページをめくる。

 作り置いた料理をまだ消費しきれていないため、今日はキッチンに立つのを控えていた。
 他にやれることといったら、勉強をすることくらいだ。
 最近は、この国の文字の読み書きを練習をしている。
 市場の値札やレシピ本が読めないのが不便だった。

 この森で文字が読めるのはジェードとバウだけらしい。
 先日、バウに読み書きを教えて欲しいと頼んだら、街で絵本を買ってきてくれた。
 確かに、子供向けの絵本はうってつけだ。

 あらかじめ読み聞かせてもらったから、おおよそのストーリーは覚えた。挿絵からどうにか文字の意味を予想し、書き写していく。

 絵本の内容は、やはり魔族と人間の戦いに関連した寓話が多かった。百年前の戦争よりも前から両者の確執は存在していて、この国のアイデンティティに根深く関わっていることが汲み取れる。

「なんだおぬし、いい歳して絵本など読んでおるのか」

「文字の勉強をしてて……えっ!?」

 誰もいないはずの部屋で声をかけられ、振り返る。
 そこにはなんと、魔王ベクトルドが立っていた。

「ギャッ!?」

「遊びに来ちゃった」

 彼もジェードのように瞬間移動の能力があるようだ。
 できれば廊下に現れてドアをノックして欲しかった。びっくりするだろ。

「ハヤトキよ、人間であるおぬしに相談がしたいのだ。……勇者のことで」

「勇者!? リオンに会ったのか?」

「なぜ驚く。おぬしたちの飛竜に同行したと言っていたぞ」

 ウワーッ! やっぱりあのとき、俺とジェードの話を盗み聞きしてたんだ。
 そして翌朝、気配を消して……。飛竜か荷台か、一体どこにくっついていたんだ。ノミか?

 で、俺たちが魔王城から去った後、勇者リオンはベクトルドと接触したのだろう。
 それにしても……相談って?

「俺が力になれることなんて……無いと思うんだけど」

「実に簡単な質問だ。人間は何が好きなのだ? ナデナデか?」

「はい?」

「欲しいものはないかと何度も聞いているのに、おれが居れば充分などと遠慮する。もっとこう……甘やかしてやりたいのだ……! 人間は何が嬉しい? 食べ物か? 宝石か?」

「待ってくれ、魔王と勇者の話だよな?」

「そうとも」

 なんか頭痛がしてきた。眉間を揉みながら考える。
 魔王と旅行者が仲良くなったって話ならシンプルだが、魔王と勇者がと言われると頭が混乱する。

 でも、リオンは魔王を助けたいと言っていたから、好意的な態度で近づいた可能性は大いにある。
 ベクトルドも人当たりが良いから、相手が宿敵でもグッドコミュニケーションができてしまいそうだ。

 それにしたって、この熱量はなんだ。友達に対する感じじゃないぞ。
 ルンルンというか、デレデレな顔しちゃって。

 魔王、恋バナしに来たのか?

「リオンはいま、魔王城に滞在してるってこと?」

「うむ。我がかくまっているから、ジェードも気付いてないと思うぞ」

 ジェードが気の毒になった。
 国の防人さきもりとして血眼になって探してるのに、まさか上司が隠しているとは。
 英雄扱いされるくらい有能なのに、勇者の追跡に関してはふんだりけったりだな。

「仲が悪いより良いことだとは思うけど……魔王と勇者が……?」

「あれは我のために勇者となり、忠誠を誓うため海を渡ってきたと言っている。なかなか健気な男だ。人間は好かんが、勇者は特別だな。あ、おぬしもな、ハヤトキ」

「それはどうも……」

「で、人間は何をされると嬉しい?」

「人それぞれだから、本人に聞くほうが絶対良いよ」

 ベクトルドは口をへの字にして、あごをさすった。納得いってなさそうだ。

「では、身体を貸してくれないか?」

「なんだって?」

 彼の指先は、真っ直ぐに俺を向いていた。
 俺の身体を?

「我の姿のまま質問しても、あれは同じ返事しかせん。おぬしになら、我に言わぬことも言うのではないか? 本音を聞きたいのだ」

「身体を貸すって、どういう……」

「一言許すと言ってくれれば、我はおぬしの身体を借りられる。意識はあるし、痛みもないぞ。すぐに返す。──我と勇者の平和のためだ。人肌脱いでくれるだろう?」

 彼の言う内容が想像できなかったが、俺が断ることで変にこじれても困る。魔王や勇者の交友が世界平和に繋がるというのも一理ある気がした。
 何より、ジェードの友達であり、苦労のあった彼が助かると言うのなら……。
 
「……《許す》」

「ハヤトキ、おぬしは良いやつだなあ」

(う、わ……!?)

 ──視界がぐらりと揺れた。いつの間にかベクトルドの姿が消え、俺の中に他人の思考が流れ込んでくる。

『意識はあるな? いい塩梅で肉体を支配できたぞ』

『な、なにこれ』

 頭の中で彼の声がした。それに返事をすることもできる。
 身体は自分の意思では動かせなくなっていた。 

「うむうむ、悪くない」

 俺は指示していないのに、勝手に右手をグーパーしながら喋っている。
 肉体の操縦席にベクトルドが座っているのがなんとなくわかる。俺はその横で体操座りをしながら視界というモニターを見てる感じ。

「うん? なんだか腰がだるいな。まだ若いのに」

『ほ、ほっといてくれ!』

 ジェードとの関係をどこまでわかって言ってるんだ。
 雷雨の夜以降、吸血もも、しばしばするようになった。
 彼に喉の渇きがないときは、そういうことだけをする夜もある。お互いに、何を考えて誘っているのか言葉にするでもなく。
 昨夜もそうだった。

「わかるわかる。我も初めは驚いたものだ。温かい湯に浸かると楽になるぞ」

『は?』

「さあ、魔王城へ行くぞハヤトキ。──我に……をしたのだ。勇者には責任をとってもらわねばな。嘘偽りのない忠誠あいを確かめねば」

 照れながら言う「あんなこと」って何?
 いや、説明されても困るけど。

「あの土地の空気に耐える必要もあるから、魔法が使えるよう身体を少しが、返すときには戻すから安心してくれ」

『早くも怖くなってきた。なあこれ、俺の意思じゃ身体を取り戻せないよな?』

「ははは、まるで我が身体を返さないことを心配しているような言い草だな」

 視界がフッと切り替わる。
 魔王城へ移動していた。
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