35 / 54
勇者と魔王 編
35 魔王INハヤトキ【1】
しおりを挟む
風の静かな晴れの日は、小鳥のさえずりがよく聞こえる。
昼食を終え、部屋で机に向かっていた。ぱらりと本のページをめくる。
作り置いた料理をまだ消費しきれていないため、今日はキッチンに立つのを控えていた。
他にやれることといったら、勉強をすることくらいだ。
最近は、この国の文字の読み書きを練習をしている。
市場の値札やレシピ本が読めないのが不便だった。
この森で文字が読めるのはジェードとバウだけらしい。
先日、バウに読み書きを教えて欲しいと頼んだら、街で絵本を買ってきてくれた。
確かに、子供向けの絵本はうってつけだ。
あらかじめ読み聞かせてもらったから、おおよそのストーリーは覚えた。挿絵からどうにか文字の意味を予想し、書き写していく。
絵本の内容は、やはり魔族と人間の戦いに関連した寓話が多かった。百年前の戦争よりも前から両者の確執は存在していて、この国のアイデンティティに根深く関わっていることが汲み取れる。
「なんだおぬし、いい歳して絵本など読んでおるのか」
「文字の勉強をしてて……えっ!?」
誰もいないはずの部屋で声をかけられ、振り返る。
そこにはなんと、魔王ベクトルドが立っていた。
「ギャッ!?」
「遊びに来ちゃった」
彼もジェードのように瞬間移動の能力があるようだ。
できれば廊下に現れてドアをノックして欲しかった。びっくりするだろ。
「ハヤトキよ、人間であるおぬしに相談がしたいのだ。……勇者のことで」
「勇者!? リオンに会ったのか?」
「なぜ驚く。おぬしたちの飛竜に同行したと言っていたぞ」
ウワーッ! やっぱりあのとき、俺とジェードの話を盗み聞きしてたんだ。
そして翌朝、気配を消して……。飛竜か荷台か、一体どこにくっついていたんだ。ノミか?
で、俺たちが魔王城から去った後、勇者リオンはベクトルドと接触したのだろう。
それにしても……相談って?
「俺が力になれることなんて……無いと思うんだけど」
「実に簡単な質問だ。人間は何が好きなのだ? ナデナデか?」
「はい?」
「欲しいものはないかと何度も聞いているのに、我が居れば充分などと遠慮する。もっとこう……甘やかしてやりたいのだ……! 人間は何が嬉しい? 食べ物か? 宝石か?」
「待ってくれ、魔王と勇者の話だよな?」
「そうとも」
なんか頭痛がしてきた。眉間を揉みながら考える。
魔王と旅行者が仲良くなったって話ならシンプルだが、魔王と勇者がと言われると頭が混乱する。
でも、リオンは魔王を助けたいと言っていたから、好意的な態度で近づいた可能性は大いにある。
ベクトルドも人当たりが良いから、相手が宿敵でもグッドコミュニケーションができてしまいそうだ。
それにしたって、この熱量はなんだ。友達に対する感じじゃないぞ。
ルンルンというか、デレデレな顔しちゃって。
魔王、恋バナしに来たのか?
「リオンはいま、魔王城に滞在してるってこと?」
「うむ。我がかくまっているから、ジェードも気付いてないと思うぞ」
ジェードが気の毒になった。
国の防人として血眼になって探してるのに、まさか上司が隠しているとは。
英雄扱いされるくらい有能なのに、勇者の追跡に関してはふんだりけったりだな。
「仲が悪いより良いことだとは思うけど……魔王と勇者が……?」
「あれは我のために勇者となり、忠誠を誓うため海を渡ってきたと言っている。なかなか健気な男だ。人間は好かんが、勇者は特別だな。あ、おぬしもな、ハヤトキ」
「それはどうも……」
「で、人間は何をされると嬉しい?」
「人それぞれだから、本人に聞くほうが絶対良いよ」
ベクトルドは口をへの字にして、顎をさすった。納得いってなさそうだ。
「では、身体を貸してくれないか?」
「なんだって?」
彼の指先は、真っ直ぐに俺を向いていた。
俺の身体を?
「我の姿のまま質問しても、あれは同じ返事しかせん。おぬしになら、我に言わぬことも言うのではないか? 本音を聞きたいのだ」
「身体を貸すって、どういう……」
「一言許すと言ってくれれば、我はおぬしの身体を借りられる。意識はあるし、痛みもないぞ。すぐに返す。──我と勇者の平和のためだ。人肌脱いでくれるだろう?」
彼の言う内容が想像できなかったが、俺が断ることで変にこじれても困る。魔王や勇者の交友が世界平和に繋がるというのも一理ある気がした。
何より、ジェードの友達であり、苦労のあった彼が助かると言うのなら……。
「……《許す》」
「ハヤトキ、おぬしは良いやつだなあ」
(う、わ……!?)
──視界がぐらりと揺れた。いつの間にかベクトルドの姿が消え、俺の中に他人の思考が流れ込んでくる。
『意識はあるな? いい塩梅で肉体を支配できたぞ』
『な、なにこれ』
頭の中で彼の声がした。それに返事をすることもできる。
身体は自分の意思では動かせなくなっていた。
「うむうむ、悪くない」
俺は指示していないのに、勝手に右手をグーパーしながら喋っている。
肉体の操縦席にベクトルドが座っているのがなんとなくわかる。俺はその横で体操座りをしながら視界というモニターを見てる感じ。
「うん? なんだか腰がだるいな。まだ若いのに」
『ほ、ほっといてくれ!』
ジェードとの関係をどこまでわかって言ってるんだ。
雷雨の夜以降、吸血もそういうことも、しばしばするようになった。
彼に喉の渇きがないときは、そういうことだけをする夜もある。お互いに、何を考えて誘っているのか言葉にするでもなく。
昨夜もそうだった。
「わかるわかる。我も初めは驚いたものだ。温かい湯に浸かると楽になるぞ」
『は?』
「さあ、魔王城へ行くぞハヤトキ。──我に……あんなことをしたのだ。勇者には責任をとってもらわねばな。嘘偽りのない忠誠を確かめねば」
照れながら言う「あんなこと」って何?
いや、説明されても困るけど。
「あの土地の空気に耐える必要もあるから、魔法が使えるよう身体を少しいじったが、返すときには戻すから安心してくれ」
『早くも怖くなってきた。なあこれ、俺の意思じゃ身体を取り戻せないよな?』
「ははは、まるで我が身体を返さないことを心配しているような言い草だな」
視界がフッと切り替わる。
魔王城へ移動していた。
昼食を終え、部屋で机に向かっていた。ぱらりと本のページをめくる。
作り置いた料理をまだ消費しきれていないため、今日はキッチンに立つのを控えていた。
他にやれることといったら、勉強をすることくらいだ。
最近は、この国の文字の読み書きを練習をしている。
市場の値札やレシピ本が読めないのが不便だった。
この森で文字が読めるのはジェードとバウだけらしい。
先日、バウに読み書きを教えて欲しいと頼んだら、街で絵本を買ってきてくれた。
確かに、子供向けの絵本はうってつけだ。
あらかじめ読み聞かせてもらったから、おおよそのストーリーは覚えた。挿絵からどうにか文字の意味を予想し、書き写していく。
絵本の内容は、やはり魔族と人間の戦いに関連した寓話が多かった。百年前の戦争よりも前から両者の確執は存在していて、この国のアイデンティティに根深く関わっていることが汲み取れる。
「なんだおぬし、いい歳して絵本など読んでおるのか」
「文字の勉強をしてて……えっ!?」
誰もいないはずの部屋で声をかけられ、振り返る。
そこにはなんと、魔王ベクトルドが立っていた。
「ギャッ!?」
「遊びに来ちゃった」
彼もジェードのように瞬間移動の能力があるようだ。
できれば廊下に現れてドアをノックして欲しかった。びっくりするだろ。
「ハヤトキよ、人間であるおぬしに相談がしたいのだ。……勇者のことで」
「勇者!? リオンに会ったのか?」
「なぜ驚く。おぬしたちの飛竜に同行したと言っていたぞ」
ウワーッ! やっぱりあのとき、俺とジェードの話を盗み聞きしてたんだ。
そして翌朝、気配を消して……。飛竜か荷台か、一体どこにくっついていたんだ。ノミか?
で、俺たちが魔王城から去った後、勇者リオンはベクトルドと接触したのだろう。
それにしても……相談って?
「俺が力になれることなんて……無いと思うんだけど」
「実に簡単な質問だ。人間は何が好きなのだ? ナデナデか?」
「はい?」
「欲しいものはないかと何度も聞いているのに、我が居れば充分などと遠慮する。もっとこう……甘やかしてやりたいのだ……! 人間は何が嬉しい? 食べ物か? 宝石か?」
「待ってくれ、魔王と勇者の話だよな?」
「そうとも」
なんか頭痛がしてきた。眉間を揉みながら考える。
魔王と旅行者が仲良くなったって話ならシンプルだが、魔王と勇者がと言われると頭が混乱する。
でも、リオンは魔王を助けたいと言っていたから、好意的な態度で近づいた可能性は大いにある。
ベクトルドも人当たりが良いから、相手が宿敵でもグッドコミュニケーションができてしまいそうだ。
それにしたって、この熱量はなんだ。友達に対する感じじゃないぞ。
ルンルンというか、デレデレな顔しちゃって。
魔王、恋バナしに来たのか?
「リオンはいま、魔王城に滞在してるってこと?」
「うむ。我がかくまっているから、ジェードも気付いてないと思うぞ」
ジェードが気の毒になった。
国の防人として血眼になって探してるのに、まさか上司が隠しているとは。
英雄扱いされるくらい有能なのに、勇者の追跡に関してはふんだりけったりだな。
「仲が悪いより良いことだとは思うけど……魔王と勇者が……?」
「あれは我のために勇者となり、忠誠を誓うため海を渡ってきたと言っている。なかなか健気な男だ。人間は好かんが、勇者は特別だな。あ、おぬしもな、ハヤトキ」
「それはどうも……」
「で、人間は何をされると嬉しい?」
「人それぞれだから、本人に聞くほうが絶対良いよ」
ベクトルドは口をへの字にして、顎をさすった。納得いってなさそうだ。
「では、身体を貸してくれないか?」
「なんだって?」
彼の指先は、真っ直ぐに俺を向いていた。
俺の身体を?
「我の姿のまま質問しても、あれは同じ返事しかせん。おぬしになら、我に言わぬことも言うのではないか? 本音を聞きたいのだ」
「身体を貸すって、どういう……」
「一言許すと言ってくれれば、我はおぬしの身体を借りられる。意識はあるし、痛みもないぞ。すぐに返す。──我と勇者の平和のためだ。人肌脱いでくれるだろう?」
彼の言う内容が想像できなかったが、俺が断ることで変にこじれても困る。魔王や勇者の交友が世界平和に繋がるというのも一理ある気がした。
何より、ジェードの友達であり、苦労のあった彼が助かると言うのなら……。
「……《許す》」
「ハヤトキ、おぬしは良いやつだなあ」
(う、わ……!?)
──視界がぐらりと揺れた。いつの間にかベクトルドの姿が消え、俺の中に他人の思考が流れ込んでくる。
『意識はあるな? いい塩梅で肉体を支配できたぞ』
『な、なにこれ』
頭の中で彼の声がした。それに返事をすることもできる。
身体は自分の意思では動かせなくなっていた。
「うむうむ、悪くない」
俺は指示していないのに、勝手に右手をグーパーしながら喋っている。
肉体の操縦席にベクトルドが座っているのがなんとなくわかる。俺はその横で体操座りをしながら視界というモニターを見てる感じ。
「うん? なんだか腰がだるいな。まだ若いのに」
『ほ、ほっといてくれ!』
ジェードとの関係をどこまでわかって言ってるんだ。
雷雨の夜以降、吸血もそういうことも、しばしばするようになった。
彼に喉の渇きがないときは、そういうことだけをする夜もある。お互いに、何を考えて誘っているのか言葉にするでもなく。
昨夜もそうだった。
「わかるわかる。我も初めは驚いたものだ。温かい湯に浸かると楽になるぞ」
『は?』
「さあ、魔王城へ行くぞハヤトキ。──我に……あんなことをしたのだ。勇者には責任をとってもらわねばな。嘘偽りのない忠誠を確かめねば」
照れながら言う「あんなこと」って何?
いや、説明されても困るけど。
「あの土地の空気に耐える必要もあるから、魔法が使えるよう身体を少しいじったが、返すときには戻すから安心してくれ」
『早くも怖くなってきた。なあこれ、俺の意思じゃ身体を取り戻せないよな?』
「ははは、まるで我が身体を返さないことを心配しているような言い草だな」
視界がフッと切り替わる。
魔王城へ移動していた。
23
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
媚薬使ってオナってたら絶倫彼氏に見つかって初めてなのに抱き潰される話♡
🍑ハンバーグ・ウワテナゲ🍑
BL
西村つばさ 21歳(攻め)
めちゃくちゃモテる。が、高校時代から千尋に片思いしていたため過去に恋人を作ったことがない。
千尋を大切にしすぎて手を出すタイミングを見失った。
175cm
大原千尋 21歳(受け)
筋トレマニア。
童顔で白くてもちもちしてる。
絵に描いたかのようなツンデレ。
つばさが大好きだけど恥ずかしくて言えない。
160cm
何故かめちゃくちゃ長くなりました。
最初、千尋くんしか出てきません…🍑
【R18BL】世界最弱の俺、なぜか神様に溺愛されているんだが
ちゃっぷす
BL
経験値が普通の人の千分の一しか得られない不憫なスキルを十歳のときに解放してしまった少年、エイベル。
努力するもレベルが上がらず、気付けば世界最弱の十八歳になってしまった。
そんな折、万能神ヴラスがエイベルの前に姿を現した。
神はある条件の元、エイベルに救いの手を差し伸べるという。しかしその条件とは――!?
お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
悪役令息の取り巻きになっても、音楽はできますか?!
ユパンキ
BL
いつも愚痴や文句の捌け口になっている僕。両親にも愛されなくて、大学生になった僕には音楽しか残っていなかった。
でも、愛されていなくても、音楽さえあれば僕はずっと幸せだと思っている。
ーーのに!!
なぜか学校で読んでいた小説の世界に転生してしまった、、
しかも悪役令息とやらの取り巻きで、最後は悪役令息死刑で取り巻き監禁?!
音楽だけに集中しながら平穏な生活を送ることはできるのかーー
結構情緒不安定な主人公が、自分の好きなことを貫くために奮闘する物語です。
最初らへんはその不安定さが続くかもです。
同性婚、男性の妊娠が当たり前の世界の話です。
攻めはすぐには出てこないです!!
不定期更新です。ご了承のほどよろしくお願いします🙇♀️
♪初めての小説です!お手柔らかに!
♪ブクマ、感想など、とても励みになるのでよろしくお願いします!!
推し様の幼少期が天使過ぎて、意地悪な義兄をやらずに可愛がってたら…彼に愛されました。
櫻坂 真紀
BL
死んでしまった俺は、大好きなBLゲームの悪役令息に転生を果たした。
でもこのキャラ、大好きな推し様を虐め、嫌われる意地悪な義兄じゃ……!?
そして俺の前に現れた、幼少期の推し様。
その子が余りに可愛くて、天使過ぎて……俺、とても意地悪なんか出来ない!
なので、全力で可愛がる事にします!
すると、推し様……弟も、俺を大好きになってくれて──?
【全28話で完結しました。R18のお話には※が付けてあります。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる