25 / 63
吸血鬼と人間 編
25 秘境温泉、ミュラッカ!【2】
しおりを挟む
服を着てロビーに戻ると、ジェードが部屋の鍵を持って待っていた。
その手にある部屋番号札が付いた鍵が、言いようのないノスタルジーを感じさせてくれてウキウキする。
川沿いの斜面に立つこの旅館そのものも年季の入った木造で赴きがあるし、ミュラッカ……日本人向けのエモさがある街だな。誰か留学してたと言ったら信じる。
その鍵ははなれの鍵だった。露天風呂付き一棟貸し……。一体いくら……いや、考えるのは止めよう。
部屋に入ってからも驚いた。
湯の川が流れる渓谷を一望できる大窓の絶景もそうだが、この内装……畳がある。
畳……いや、似てるだけでまったく同じではないな。なんだか柔らかいし、フカフカしている。この……爪や肉球がひっかかったり痛まないように工夫されてる感じ、魔族向けのそれだ。
他にも、大木の輪切りみたいな大きなローテーブルに座椅子がある。
さらに横には浴衣のような部屋着が入ったカゴがあった。
掛け軸がかかってるあのスペースはなんだ? 床の間か?
日本に帰ってきた? ……と、勘違いしたいところだが、そっくりに見えてどれも少しずつ違いがある。
何より、すべてが縦に長い。高身長の魔族向けだ。障子といえば女性が膝を突いた状態で開けられるよう取っ手が低い位置にあるが、ここのは俺が立ってちょうど良い位置だ。ローテーブルもあんまりローじゃない。
「端切れのような寝巻きだな……。ハヤトキは着るか?」
ジェードは浴衣(のようなもの)が見慣れないのか、一枚を身体に巻いて着る構造を珍しがっていた。普段は布量が強さみたいな服着てるもんな。
「せっかくだからジェードも着ようよ」
風呂も終えているし、夕食の前に着替えた。
断られるつもりで声をかけたが、なんと着てくれた。
彼のような男は何を着ても似合うのだなぁ。
二人で浴衣に身を包み、テーブルを挟んで座椅子に座れば本当に温泉宿に泊まっている感がある。すごい。楽しい。
これでビールがあったらいいのにな。
玄関の扉がノックされた。
ジェードが返事をすると、旅館のスタッフが部屋に入ってくる。夕食を運んでくれたらしい。
品数が多く、玄関先のワゴンとを一人で往復するのが大変そうだった。手伝っても良いか声をかけたら感謝してくれた。これくらいお安いご用だ。
テーブルの上に並べられたご馳走は圧巻だった。和食でもなんでもない異国の料理たちではあったが、どれも美味しそうだ。
ジェードも俺も普段は花か草しか食べてないのにこんなの胃に入るのか? 入れたら入れたで、胃がビックリするんじゃないだろうか。
「魔族向けのものだ。腹を壊すから食べすぎるな。特に肉は食わないほうがいい」
「で、でもこれを残すなんて……」
「無駄にはならんから安心しろ」
そういうものなのか? 残飯がどこに行くのか謎な話だが、なんにせよ食べ切ることは不可能な量だ。初めから完食は諦める。
……アッ、食器はスプーンとフォークだ。何から何まで和テイストだったのに、ここにきて違和感がすごい。
文句を言っても仕方がないことではある。黙って手を合わせた。いただきます。
どれから手をつけようか。なんだこれ。湯葉みたいなやつと蒸した根菜かな? 小鉢を手に取り、液体に浸る柔らかい塊にフォークを刺す。
「う、うまい……!!」
見た目の個性ほど香りは強くなく、口に入れると豊かな風味がある。未知の味だ。
温度も食感も食欲を増進させる絶妙な加減で、素材の良さだけではなく料理人の腕を感じた。
(この味付けめちゃくちゃ美味い。どんな調味料を使ってるんだろう)
前を見ると、向かいでフォークを動かすジェードも同じ皿を空けていた。
彼もこういう味が好きなのかな。
──そりゃそうか。魔族向けの旅館が魔族向けの味付けを極めていないわけがない。
俺はいつの間にか、一口一口に集中して飯を食べていた。
複雑な味を舌で楽しみ楽しみつつ、やる気に燃えて。
(この食卓から、魔族向けの料理のコツをつかみたい!)
せっせとフォークを動かしながらも、肉のように見えるものはジェードの忠告に従って避けた。
彼は市場でも肉屋の前を通るのを避けていた。屋敷で肉が提供されたこともない。……彼がみなまで言わない《魔族向けの肉》の意味を、俺はなるべく考えないようにしている。
水分が欲しくなって卓上を見ると、水の入ったグラスの他にとっくりとおちょこがあった。こ……これは……!!
「ジェ……ジェード……!」
ソワソワしながらおちょこをジェードに差し出した(目上に注いでからしか飲めないのは社畜の習性である)
おちょこを受け取ってもらえたので、とっくりに片手を添えながら中身を注いだ。
透き通る液体が小さな器に溜まっていく。やはりこれは……酒!
自分のおちょこにも注ぎ、口元に近づける。まったりとした良い香りがする。米麹系の酒に思えるがどうだろう。
そっと唇を濡らす。
「……う、う、う、うま! この酒うまいよ!」
「口に合うか。良かったな」
ますますご飯が進む。
うーん、この世界のこと好きになれそう。
屋敷でのときと同じように、ジェードは飽きもせず食事する俺を見ていた。
その手にある部屋番号札が付いた鍵が、言いようのないノスタルジーを感じさせてくれてウキウキする。
川沿いの斜面に立つこの旅館そのものも年季の入った木造で赴きがあるし、ミュラッカ……日本人向けのエモさがある街だな。誰か留学してたと言ったら信じる。
その鍵ははなれの鍵だった。露天風呂付き一棟貸し……。一体いくら……いや、考えるのは止めよう。
部屋に入ってからも驚いた。
湯の川が流れる渓谷を一望できる大窓の絶景もそうだが、この内装……畳がある。
畳……いや、似てるだけでまったく同じではないな。なんだか柔らかいし、フカフカしている。この……爪や肉球がひっかかったり痛まないように工夫されてる感じ、魔族向けのそれだ。
他にも、大木の輪切りみたいな大きなローテーブルに座椅子がある。
さらに横には浴衣のような部屋着が入ったカゴがあった。
掛け軸がかかってるあのスペースはなんだ? 床の間か?
日本に帰ってきた? ……と、勘違いしたいところだが、そっくりに見えてどれも少しずつ違いがある。
何より、すべてが縦に長い。高身長の魔族向けだ。障子といえば女性が膝を突いた状態で開けられるよう取っ手が低い位置にあるが、ここのは俺が立ってちょうど良い位置だ。ローテーブルもあんまりローじゃない。
「端切れのような寝巻きだな……。ハヤトキは着るか?」
ジェードは浴衣(のようなもの)が見慣れないのか、一枚を身体に巻いて着る構造を珍しがっていた。普段は布量が強さみたいな服着てるもんな。
「せっかくだからジェードも着ようよ」
風呂も終えているし、夕食の前に着替えた。
断られるつもりで声をかけたが、なんと着てくれた。
彼のような男は何を着ても似合うのだなぁ。
二人で浴衣に身を包み、テーブルを挟んで座椅子に座れば本当に温泉宿に泊まっている感がある。すごい。楽しい。
これでビールがあったらいいのにな。
玄関の扉がノックされた。
ジェードが返事をすると、旅館のスタッフが部屋に入ってくる。夕食を運んでくれたらしい。
品数が多く、玄関先のワゴンとを一人で往復するのが大変そうだった。手伝っても良いか声をかけたら感謝してくれた。これくらいお安いご用だ。
テーブルの上に並べられたご馳走は圧巻だった。和食でもなんでもない異国の料理たちではあったが、どれも美味しそうだ。
ジェードも俺も普段は花か草しか食べてないのにこんなの胃に入るのか? 入れたら入れたで、胃がビックリするんじゃないだろうか。
「魔族向けのものだ。腹を壊すから食べすぎるな。特に肉は食わないほうがいい」
「で、でもこれを残すなんて……」
「無駄にはならんから安心しろ」
そういうものなのか? 残飯がどこに行くのか謎な話だが、なんにせよ食べ切ることは不可能な量だ。初めから完食は諦める。
……アッ、食器はスプーンとフォークだ。何から何まで和テイストだったのに、ここにきて違和感がすごい。
文句を言っても仕方がないことではある。黙って手を合わせた。いただきます。
どれから手をつけようか。なんだこれ。湯葉みたいなやつと蒸した根菜かな? 小鉢を手に取り、液体に浸る柔らかい塊にフォークを刺す。
「う、うまい……!!」
見た目の個性ほど香りは強くなく、口に入れると豊かな風味がある。未知の味だ。
温度も食感も食欲を増進させる絶妙な加減で、素材の良さだけではなく料理人の腕を感じた。
(この味付けめちゃくちゃ美味い。どんな調味料を使ってるんだろう)
前を見ると、向かいでフォークを動かすジェードも同じ皿を空けていた。
彼もこういう味が好きなのかな。
──そりゃそうか。魔族向けの旅館が魔族向けの味付けを極めていないわけがない。
俺はいつの間にか、一口一口に集中して飯を食べていた。
複雑な味を舌で楽しみ楽しみつつ、やる気に燃えて。
(この食卓から、魔族向けの料理のコツをつかみたい!)
せっせとフォークを動かしながらも、肉のように見えるものはジェードの忠告に従って避けた。
彼は市場でも肉屋の前を通るのを避けていた。屋敷で肉が提供されたこともない。……彼がみなまで言わない《魔族向けの肉》の意味を、俺はなるべく考えないようにしている。
水分が欲しくなって卓上を見ると、水の入ったグラスの他にとっくりとおちょこがあった。こ……これは……!!
「ジェ……ジェード……!」
ソワソワしながらおちょこをジェードに差し出した(目上に注いでからしか飲めないのは社畜の習性である)
おちょこを受け取ってもらえたので、とっくりに片手を添えながら中身を注いだ。
透き通る液体が小さな器に溜まっていく。やはりこれは……酒!
自分のおちょこにも注ぎ、口元に近づける。まったりとした良い香りがする。米麹系の酒に思えるがどうだろう。
そっと唇を濡らす。
「……う、う、う、うま! この酒うまいよ!」
「口に合うか。良かったな」
ますますご飯が進む。
うーん、この世界のこと好きになれそう。
屋敷でのときと同じように、ジェードは飽きもせず食事する俺を見ていた。
23
お気に入りに追加
133
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました
及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。
※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。
柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。
そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。
すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。
「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」
そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。
魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。
甘々ハピエン。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
俺が歩けば蛇に当たる〜蛇神に娶られた平凡青年〜
花房いちご
BL
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
巳年をお祝いすべく書いた人外×人BL。下半身蛇の蛇神×無垢で優しい青年。いちゃいちゃラブラブ溺愛ハッピーエンドです。
以下あらすじ。
これは、心優しい青年が蛇神に娶られるまでの物語。
お人好しで少し世間知らずな大学生、天野坂桐矢(あめのさかきりや)は、外に出るたびに蛇に待ち伏せされていた。
桐矢は放置していたが、親友の八田荒政(やたあらまさ)に指摘されてようやく異常さに気づく。それは桐矢に惚れた滅びかけの神が原因だった。
滅びかけの神は、荒政によって祓われた。だが、話はそれだけでは終わらない。
桐矢は己の想いと荒政の想いに向き合い、選択を迫られることになるのだった。
あらすじ終わり。
後ほど、他サイトにも掲載予定です。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる