上 下
7 / 35
狼男と人魚と吸血鬼 編

7 正式にエサになる【1】

しおりを挟む
 水の冷たさが体力を奪っていく。

「みんながごはんに困ってる中で、きっとキミは神様がくれたご褒美だね。ありがとう、ありがとう!」

 やけに濃厚なキスをされるので口を引き結んでいたら、首を絞められた。
 彼の手を掻きむしるが大した抵抗にもならない。

 俺が顔色を赤くしたり青くしたりしている最中、ロコは饒舌だった。
 とにかく腹が減っていたということだけは伝わってくる。

 首の骨が軋んで気絶しそうになるたび、絞める力を緩められてしまう。窒息の苦しみに耐えかね、酸素を求めて口を開く。
 すると、すかさずロコの長い舌が滑り込んできた。

「もごぉおっ!?」

 ぼこっと喉のあたりが膨らむのを感じた。口内よりも奥、喉の管の内側をべろべろ舐められているのがわかる。
 気持ち悪い。胃カメラ最強バージョンの苦しみ。人魚の食事の作法って最悪。
 おえ゛っ。

「~~~~~っ!?」

 生臭い汁のようなものが流れ込んで来て、反射的に嚥下してしまった。
 液体が駆け抜けた食道や胃が熱い。もしかして、消化液みたいなものを流し込まれてる? 胃液にも耐える臓器がじわじわと溶かされるなんて、想像するだけでゾッとする。

 何が恐ろしいかって、その汁を飲んだそばから苦痛以外の感覚が生まれたことだ。

(く、くるしいのに……気持ち良い……!?)

「おごっ、ぉッ……! お゛……!」

 ただの消化液じゃない? 麻酔? それにしたって、これは。

 どんどん身体の奥に入ってくる舌先が、胃の壁をどつき回している。
 こいつ、俺の中で内臓ミックスジュースでも作るつもりか?

 暴れようとすると、喉にまた同じものを流し込まれた。
 消化液か麻酔液か、なんにせよ餌の抵抗心を弱めるためなのだろう。効果はてきめんで、身体の力は入らないし、胃腸より先に脳みそが溶けていくみたいに気持ちがふわふわしていく。
 痛いし怖いのに、気持ちよくて安心してしまう。このままだと死ぬのに。

 むせると口から血の泡が出てきた。
 体内をざらざらした舌でやすりがけ・・・・・されているんだから、こうもなるか。

「おいしいねえ! うれしいねえ! バウったらもったいないなぁ、こんなにいいもの食べないなんて! きゃはっ、ははははっ」

 これってあれかな。輪廻転生、弱肉強食。彼が言うように、俺は神様を通じて送り込まれた彼らの餌なのかも知れない。そのほうが、森で目を覚ましてからの異常な状況に納得できてしまう。
 ともすればこれは正しい流れで、こんなにも感謝されながら食われて死ぬのなら今生こんじょうの大団円なのかも。

「すごい、すごい。もったいなくて一気に食べれないよ。ああでも、早くお腹いっぱいになりたいなぁ……!」

 うーん、こんなに泣いて喜んでくれている。嬉しいな。
 ……とはならない。

「じ、死にたくな゛っ……うぐぅっ……!」


 ――覚えのある鞭の音がした。


 俺もロコもハッと驚いて陸地のほうを見る。
 あきれ顔のジェードと、息を切らしたバウの姿があった。

「ジェー……ド……?」

 ……バウは逃げたんじゃなくて、彼を呼んできてくれたのか。

「ロコ、それは私の管理下にすると言っただろう」

「シャアアアッ! ダメ! もうボクの! ボクのごはんだよ! あげないから!」

 昨日、彼に対してあんなにも怯えていたロコがエラを震わせて怒っている。ひどく興奮状態なのがわかる。
 けれど。

「誰にものを言っている?」

「ギ……!」

 彼らのヒエラルキーは確固たるもののようで、一睨みでロコは肩を丸めて小さくなった。
 うつむいたまま恨めしそうに唸っている。

「それをこちらに渡せ」

「ヴヴ──~~ッ……!!」

 ジェードが差し伸べた手に対して威嚇を続けるも、根負けするのは時間の問題だった。

 俺はだいぶ前からぐったりと動けなくなっていて、意識も朦朧としている。
 濡れた身体が風で冷え、寒いと感じてようやく水から引きあげられていると気付いた。
 いつの間にか、ロコの腕の中ではなくジェードの腕の中にいる。

「ジェードぉ……ひもじいよ。最近は街から来る人もみんな、痩せてておいしくないんだ……」

 食事をしそこねた人魚がしくしくと泣いている。それはとても切実な嘆きに聞こえて、なんだかこっちまで悲しくなってしまう。ごはんになってやれなくてごめん。

「バウ、あとは任せる」

「ああ」

 濡れた前髪から滴る水を拭われた。ジェードの指先が暖かく感じる。

「街へ送っても良いが……、屋敷に帰っても構わないな?」

 そうたずねられ、俺は小さく頷く。
 この大陸に人間がいないと知った以上、どこに行っても同じだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

気づいて欲しいんだけど、バレたくはない!

甘蜜 蜜華
BL
僕は、平凡で、平穏な学園生活を送って........................居たかった、でも無理だよね。だって昔の仲間が目の前にいるんだよ?そりゃぁ喋りたくて、気づいてほしくてメール送りますよね??突然失踪した族の総長として!! ※作者は豆腐メンタルです。※作者は語彙力皆無なんだなァァ!※1ヶ月は開けないようにします。※R15は保険ですが、もしかしたらR18に変わるかもしれません。

処理中です...