遑神 ーいとまがみー

慶光院周

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第2章

大迷宮!! ~二代目天空神~ 上

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 拓也が今見たいな猪突猛進で身勝手になり始めたのはこの世界に来て半年ぐらいした辺りからなんです。
 
 あれでもこの世界に来るまでの拓也は漫画の主人公みたいな性格の人間だったんですよ。
……なんですけどこの世界に来てから何をしても優先されて担がれるようになちゃってあの“バカ也”は……あ、ごめんなさい。つい今までの鬱憤が、
 それで何というかこう、周りにちやほやされることで『絶対自分が正しい!』なんて可笑しな自信が付いちゃったんです。
 で、でも中身は良い子なんですよ! 今はちょっと困ったちゃんなんですけど……


 薫も少し前までは私と一緒に仲裁に入ったんですけど最近では疲れているのかそういうこともすることがあまり無くなっちゃって……
 お城のメイドさんに聞いた話によると拓也が稽古で負かした騎士さん達が拓也を恨んでるらしいんです。
 でも向こうは仕返しをしようとしてるけど拓也には何時もの誰かが一緒にいるので何も出来なかったんです。そこで薫に矛先が向いて勇者の腰巾着と言って辛く当たって……剣で首元を少しだけだけど切られてその、

……失禁しそうになったところを笑われたことがありました。
 私も気が付いたのがほんと最近で、もっと早くに気が付いていればと後悔してます。


 佳奈ちゃんが変わり始めたのはイルメラさんに会った時からだったんです。
 始めはイルメラさんが拓也を気に入って稽古に誘い出したのを佳奈ちゃんが叫んだことから始まって、でも初めは本当にその程度でみんなで笑いあった程度でしかなかったから薫も笑いながら軽く間に入ってたんです。
 けど段々と佳奈ちゃんがヒートアップして、イルメラさんもそれにつられていっちゃったんです。二人の関係は最悪に、というか佳奈ちゃんは拓也に近づいて来る女の人に何というか……こう、威嚇するような感じになっちゃったんです。


 吹雪さんも大体佳奈ちゃんと似たり寄ったりなんですけど……ほら、この世界人って美形ばっかじゃないですか。それで吹雪さんは何かコンプレックみたいなのを感じたらしいです。
 吹雪さん程の美人ならそんなの考える必要ないのに。






 「……っと、これが今までで一番、夢であって欲しいなって思ってた悪夢のような現実です。けれどもまさかこれを上回ることが起きるだなんて思ってもいませんでしたよ」

 背後から食人鬼集団が付いて来ることに感覚が麻痺したのか一条美海は遠い目で今までの人生を振り返り始めた。自身の走馬灯を自らがナレーションする姿は自暴自棄になっているようにしか見えない。
 件のカエル頭集団の格好が不快だ、という理由で素の姿に戻させたが戻ったところで姿が魔人とよく似た服装になっただけだ。頭と足音は相変わらずであることに精神が参っていると見受けられる。


 「――――! ―――――!!」
 『だ――――! この状況、陰湿ぅー!』
 「え? レモーネちゃん何か言いたいの?」

 鬱病患者のような顔付きの一条美海に嫌気が差し始めたのか今度は新月が騒ぎ始めた。幸いなことに新月自身は一条美海に【以心伝心】を使う気は更々無いようだが。

 「クロスさん、レモーネちゃんは何て言ってるんですか?」

 分からないのなら私に聞けばいいという方程式が頭に浮かんだらしい。
 輝いた目が私を凝視する。そして年相応の柔らかさと白さを兼ね備えた手は私の外套を離さない。
 そんな目で私を見るな、私は通訳者か。

 視線で身体に穴が開くと書物に表現として書いてあるのを見たことがある。読んだ当時はそんなことはないと否定したが今ならよく分かる。あれは正しかった。

 「おい、こいつにも【以心伝心】を使ってやれ。毎回毎回私を翻訳機扱いされるのは御免だ」
 『むぅ……クロが言うなら仕方ないことにしよう。ついでに後ろの食人鬼集団もね!―――はい!』

 ふくふくに膨れた新月の頭を撫でながら頼むと不満そうな文章が届いた。しかしにやけた顔の白髪は言っている事とやっている事が真逆である。

 クスクスと笑ったまま手拍子を打つとオペラ歌手さながらの動作で文章を飛ばし始める。

 『あー、もしもし、感度良好で御座いますかー? ただ今マイクのテスト中ー! あ―――!!』
 「え?! う、うん! 聞こえる……けどレモーネちゃんって何ていうか……凄く明るい性格なんだね……」

 相手の了承を得ずいきなり送られてきた文章に一条美海は目を白黒とさせる。もちらりと後ろにも目をやったがあちらも同じような顔をしていた。

 『何よー、お淑やかな性格じゃなくってわるーござんしたね! 見た目だけで判断すんなつーの。
 大体、俺は自分のこと“俺”って言ってるけど直すつもり無いからね。クロもこのままでいい、そのままのお前を愛してるって言ってくれてるもん。「愛してるは言ってない」


 黙らっしゃい!
 それに俺は君達召喚者一行に加わるつもりはないからね。大迷宮ここ出たら即縁切りさせて頂きますから~! 何が、

 “あんな魔族擬き捨てて俺に来いよレモーネ、俺がクロスに囚われたお前を解放するから。”

 だ、気色悪!!!!! クロが俺を縛ってるんじゃなくって俺がクロを縛ってるんだよ! 特に一番硬い絆は勿論、“愛”という名の鎖だけどね♡♡♡』
 「絆は百歩譲って理解出来ても“愛”なんてホルモンによる錯覚だろうが、理解出来ないな」
 『えー(´・ω・`)』
 「どうでもいいだろ。そんなもの」
 『(´・ω・`)』
 「しつこい」

 『(´・ω・`)』
 『(´・ω・`)』
 『(´・ω・`)』
 『(´・ω・`)』
 『(´・ω・`)』
 『(´・ω・`)』
 『(´・ω・`)』
 『(´・ω・`)』

―――――――――――――――――――――
―――――――――――――
―――――


 「分かった、分かった! お前と私の間には可能性は低確率だが愛という名の絆があるかもしれない。これで満足か?!」

 事実を述べた筈が何故か顔文字だけの文章で四方八方を隙間無く埋め尽くされる。風属性の魔法でカエル頭集団に投げつけてやるが新月が私を見上げたまま送り続けて来るのだからキリがない。
 終いには顔文字の海に埋め尽くされた私が折れた。『あるかもしれない』という合間な言葉で、それでも新月には十分だったようだ。
 一昔前の『計画通り』という主人公に相応しくないしたり顔をした。気がついた時には時すでに遅し、接着剤でも付けたのかと言いたくなる程強い力を加えても剥がれない殆ど強い力で抱きついた。しかも腹に、



 もう諦めた。自然に剥がれるまで好きにさせておこう。

 「お互いがお互いを大事にしてるんですね。仲が良さそうで何よりデス」
 『そうだよ! クロは俺の大っ事な弟であり半身だからね! ほら、こうやってくっ付いていると片割れだって分かるでしょ?

 “ああ、愛しの君よ! 貴女と私は二人で一つだ! 何が有ろうと君を離さない!”

 っての? きゃー♡クロの男前! 色男!』
 「何を不気味な三芝居妄想に私を登場させてるんだアホ。一条美海、こいつはこんな事を言っているが先々月にはハリスの腰と肩を触りまくってた不潔なやつだ。しかも痴女だぞ」
 『な、何を根拠にそんなことを!』
 「私が寝具に横になると必ずお前が入ってくるだろ。自分専用の物があるくせに」
 『うっ……』
 「私が浴室に入ると100%の確率、では無いが結構な確率でお前が『背中を流す』という名目で入ってくるじゃないか。又は着替えを手伝うと言って脱衣所に待機してるだろ」
 「―――♪」
 「お粗末な程下手な口笛だな、誤魔化せてないぞ。ついでにその度に私に家に入ってきた野良猫宜しく摘み出されているのはどいつだ?」
 『はい!!!』
 「事実なんだぞ?! 何を大真面目な顔で手を挙げているんだ。反省しろ! 少しは恥じらいを持て!」
 『事実だからこそ潔く手を挙げてるんじゃん! あと反省も弁解する気もない! 恥はオカンのお腹に置いてきた!

 あ、俺にオカンいなかったわ(゜∀゜)
 あとクロのバキバキに割れた腹筋が悪い! これは弁解しとく!』
 「私のせいなのかこれは?!」
 「本っっっっっ当に仲が良いんですね!!!」


 一連の動きを観覧席から視聴していた一条美海が引き攣った顔で笑っていた。
 脳内の新月の立ち位置がガラリと変わった様子が手に取るように分かる。
 だが仲が良いんじゃない、こいつが暴走して私が折れただけだと否定はしたが後ろのカエル頭集団と魔人すら聞き入れては貰えなかった。



****
ハリス視点


 右、

 左、 

 真っ直ぐ、

 右、


 後ろを振り返るともう何も追ってきてはいなかった。振り切ったと見ていいようだ。
 ほっと息を吐いてその場に崩れるように座り込む。後ろで同じく金属が音を立てたのでもしかしてと思い、両脇に目をやると手を引いて走っていたあの勇者男もその取り巻きも同じように座り込んでいた。

 魔力が足りない、回復しようにも大迷宮ここは酸素が無いし気温が低すぎる。


 なのにこいつらと一緒に全員疲れて休んでいるところを無理矢理走った。今の状況じゃ魔獣が出て来たらお終いだろ。どーすんのさ、これ。
 こいつら怪我したら俺やクロス様が罪状とか渡されそう……というか一人いない時点で終わってないか?
 もしかしたらミミとか言ってた女の人はクロス様が回収してそうだけどどうかなー、クロス様今運気が上がったとか言ってたけど本来なら不幸が向こうからやって来そうな人だしな~。

 頭に手を当てて考え込んでいると勇者? とその取り巻き女が喚き始めた。俺、ではなく今まで自分達が走って来た道に向かって。
 耳を傾けるとあのミミって女の人の名前を叫んでいた。こいつらは仲間が死んだとでも思っているらしい。実際に死んでいるかは分からないがそこはクロス様と一応新月さん&アリアスさんの神のみぞ知るところだろう。

 俺はそのまま壁側によって関わらないようにしていると散々嘆き悲しんだ末に涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔でクロス様に場違い恨み言を吐き捨てて聖剣を勝ち取る、とかほざき始めた。

 え、これクロス様関係なくね? もしかしてあの人不幸体質だからどっかで要因の一部にはなってそうだけど。
 というかこいつに聖剣とか持たせたら天狗になるだけじゃなくって飛び始めて入っちゃいけない領域に突っ込んで行きそうなんだけど。

―――いやだ、俺そこまで支えたくない。


 「美海……!!! 俺、俺は絶対この世界を救ってみせる!! だから、だから、俺達を見守っていてくれ……」
 「た、拓也……」
 「……ええ、ここで立ち止まっている訳にはいかないわ。一条さんをけして無駄死になんかにはさせない!」
 「……っ、」
 「「「そうだ(そう)、俺達(私達)は進み続ける! この世界を救う為に!!」」」
 「………そーだな」

 「あの、まだ美海が死んだとは決まってはいないのですが……」
 「それには同意です。あいつらは勝手に話を進ませているんだ?」

 新月さんの私物で見た書物漫画の使い古した台詞を言い合ってるんだ?



 この後、やっと泣き止んだ思ったのに何回も泣いたり叫んだりと煩い奴だった。魔獣に会えば心の内を押し付けるように力任せに倒し、道があれば考えなしに突き進む三人、はっきり言ってこのままじゃこいつらすぐに死ぬんじゃないかなと思ってた。けど……


 「まさか勢いに任せて歩いたら目的地に着くなんて思ってなかった」
 「それは私も同じ気持ちですわ」

 俺とおーじょさんは目の前に聳え立つ薄暗い石材出てきた炎がモチーフと一発で分かる建物、どう見ても神殿、
 まさか道を塞いでいた紅蓮の竜を倒したらすぐ着くとか思わないだろ。

 発見した地下神殿に飛び込んで行った三人を眺めなら俺はおーじょさんとぼーっとしてるやつの三人で周囲を警戒しながらゆっくり足を運ぶ。
 ここに来てすぐ聖剣が手に入る訳ないだろ。あいつら危機感無さすぎ、普通ここでとんでもない敵が―――


 「なんだお前―――???!!!」
 「ほら、言わんこっちゃない!!」


 やっぱあいつら馬鹿だろ!!

 建物内から聞こえて叫び声に弾かれて中へと走り込む。迷宮の中で一番天井が高くなっている神殿内の敷地は広々としていて競技場にも使えるんじゃないかと思う。

 中央奥に鎮座ましましているのは金で出来た巨大な女性像、壁に明かりとして設置された松明で人間離れした顔がさらに不気味に演出されている。うねる髪の表現を忠実に再現した像は身の丈は新月さんが登って怒鳴られていた異世界のでっかい程大きい訳じゃないけどそれなりに大きい。醸し出す雰囲気も半端ない、そしてその腕に抱かれた白く輝く剣が一振りあった。



――――あれが聖剣とやらだ間違いない。

 あんな如何にもな所にあるんだ、第六感が働かなくっても分かる。
 あの三人とぼーっとしてるやつ、おーじょさんもそれはピンときたようで三人がどうやって登ろうかと議論をさっきまでしていた事が伺えた。けど周りを見てもあの三人が声を荒げるようなものは見当たらない。


 薄暗い色をした石柱は配置された焔が映って揺らめいている。
 几帳のような物があるけど彼方此方に倒れ、銀色の盆が床にひっくり返って上から柔らかく垂れ下がっていたであろう薄布もビリビリに引き裂かれて焦げた跡がある。
 荒らされたと一発で分かる場所だったけどほかにおかしな所は―――


 と頭にハテナマークが上がりかけたその時、像の影で何かが動いていた。



 


 気を抜きかけていたため俺は杖を構えるのが遅れた。代わりに、と言ってはなんだけどおーじょさんが剣を抜いて金の像の影に潜む何かに向かって叫んだ。

 「―――あ、」
 「一体何者です?! お答えなさい!!! 答える口が無いのであれば姿をお見せなさい!!!」
 「そ、そうだ! !」
 「ええ! そうよ!」
 「Show your appearance!!」

 呟くように声を漏らしたのは以外にもあのぼーっとしたやつだった。おーじょさんはぽかっと口を開けて動かないそいつの前に立って剣を抜き、もの凄い剣幕で叫んだ。その姿はおーじょさんの気品は投げ捨てて一端の剣士に思える。

 この人以外としっかりしてたんだ―――後の三人は後から感があるけど。

 出てこいと言われて普通、素直に出てくるやつなんていないけど状況から違背は出来ないと悟ったらしい、床を微かに震わせながら銅像の影から姿を現したのは―――



 鳥、



 煌々と輝くように燃える翼に太陽みたいに燃え盛る瞳、その姿は凄く美しくって自ら膝をつきたくなる程綺麗な鳥。綺麗な魔獣には何度かあってるけどこれは群を抜いて綺麗だ。
 燃え盛る焔のように人を魅了する外貌にぼーっとしてるやつ、おーじょさんの二人はいつのまにかしゃがみ込んで手を合わせていた。三人はうろたえて動かない。
 俺はクロス様で抗体があるから立ったままでいられるけど以前なら他のやつらみたいに手を合わせていたかもしれない。でも―――



 なんかこいつじゃない感があるんだよな。

 「おい、こいつがさっきの叫び声の元か?」

 思わず疑いを口に出すと目は奪われても、膝は折らなかった勇者擬きは被りを振ると俺の頭を掴んで強引に後ろを向かせた。

 「ちげーよ!! 後ろだ後ろ!!」

 捻られた方角には俺がたった今潜った入り口がある。その入り口の天井、黒い水晶が焔を思わせるように嵌め込まれたレリーフに長い青色の布が垂れかけてある。



 いや違った、布じゃない。あれは髪だ、

 布の正体に気がついた時にはもう手遅れで俺との視線が合致した。


 紫色の光が灯る瞳、


 目に惹かれたと同時に悪寒が走り、身が凍りつく思いをした。そして同時に直感で感じ取った。
 あれはクロス様とのものだと。
 目を覗き込まれた訳ではなかったので前のように気絶することはなかったけど威圧感はここにいるおーじょさんなんて塵に思える程猛威を振るっていた。



 「……はっ! なんだこのガキは、こいつらを釣るために俺はこんなど田舎の世界に来たんじゃねーぞ」

 俺と目を合わせた張本人は俺の事など眼中にない様子で視線を外し鼻で笑った。
手が髪を搔き上げると声高に叫んだ。

 「邪魔だガキ共! とっとと消えろ」

 滑り落ちる布をだと思っていたが実は頭髪だった。髪は真っ青な糸の中に炎で影になって見えなかったけど掻き上げて知った、真逆の燃える赤が混ざっていることを。
 鍛えられた長身に裾だけに星空の切り取って貼ったような嗜好が凝らされた真っ白でゆったりとしたワンピースみたいなもの、さらにこれまた同じ嗜好が凝らされた真っ白で長い布を体に巻いてるので動き辛いだろうなと思ったが―――


 「なんか全体的にギャラクシーだよな」
 「「「うん」」」
 「ギャラクシー? 勇者様達の言っていることが私には分かりませんわ」
 「……ああ」
 「誰がギャラクシーだ!! あのカオスという名のUMAと同じこと言ってんじゃねーよ!!!」

 思わず口から出た言葉に賛成するのが三人、首を傾げるのが一人、反応が薄いのが一人に激情で髪が逆立っているのが一人いた。

 「……っふぅ、二度とあいつと同じこと言うんじゃねーぞ。それよりお前ら何用だ?」

 逆立てた髪を撫で付け直し息を整えたワンピース姿のド派手な髪色の男は平常心を装って俺達に向き合った。だが内心の内では焦燥感に苛まれているようで眉間の皺が深まっている。
 向けられる槍ような視線に誰もが口を噤む中、勇者(?)だけが言葉をつっかえさせながら答える。

 「お、俺は、俺達はそ、そこにあるせ、聖剣、エクスカリバーンをとりに来ただけだ」
 「聖剣、エクスカリバーン……?……嗚呼、あれか」

 しどろもどろに言葉を紡ぎだした勇者(?)……あああ―――!! 面倒だ! 似非勇者でいいや! 似非勇者は自分の言った言葉に身震いしていた。
 自分の発言が恐ろしく感じたみたいだ。それは一言も喋っていない筈の他のやつらでも同じようだけど。

 だがそんな震える小鼠達には興味が無いらしく似非勇者が言った言葉にぽかんと口を開けた。



 何のことだか分からない。
 顔にはそう書いてあり、辺りを見回してやっと意味が分かったようだ。納得してくれて清々したようで少しだけ視線の鋭さが無くなった。
 長い、長い鮮やかな髪を揺らせながら金の像に降り立ち、像が持っていた剣を何のためらいもなく抜いた。

 「ほらよ、」
「「「「「「????!!!!」」」」」」

 固唾を飲んで見守る中、そいつは手に持った剣をそのまま持って像の手の先、落ちるか落ちないかと言った瀬戸際に立ち―――




 手を離した。

 真っ逆さまに落ちた剣は塵で汚れた床に軽やかな音を響かせて転がる。
 ゴミをゴミ箱に放り捨てるような軽さで貴重である筈の聖剣を荒れた床に落とした、向こうは平然とした澄まし顔のままだ。

 「はっ、こんな剣が聖剣かよ! 高々ドワーフが作っただけで特殊な効力なんて無い玩具なのにな。
 まあ、いい。それやるからとっとと失せろ」
 「―――――――――――――
   ―――――――
   ――――






   
    ―――へぇ……?」


 たっぷりと時間を費やして似非勇者の口から絞り出された声はその鳴き声一つだった。これには珍しくあのぼーっとしてるやつも含めて表情が抜けた顔をしていた。
 当然か、今までちやほやされ過ぎたんだ。ここで虫けらのような扱いをされたのだから無理もなさそうだけど。
 ともあれ散々馬鹿にされたけど格が違い過ぎる相手に突っ込む殆ど俺も馬鹿ではない。というか痛いほど新月さんの奇行で巻き込まれてるから身に染みてるんだよな。
 さっさとこいつら捕まえて逃げよう。




 「あ、アリエマセン! 何かのtrapデス!!!」
 「か、帰れって何様だよ! これは絶対に闘いになる素振りじゃないか?! ならこっちから仕掛けてやる!!!」

 コケにされたことが癪に触るのか、窮鼠猫を噛む(クロス様に教えて貰った言葉。ここで使うか分からない)と言ったところか分からないが取り巻き1の銀髪と似非勇者がブツを抜いて攻撃を開始し始めやがった!!!

 あいつら馬鹿だろぉぉぉぉぉおおおおおおおおお????!!! 
 見逃して貰えたのに自分の欲優先にしたり先入観で攻撃し始めるとか?!

 制止の声を上げようとしたが一歩手前で手遅れとなった。
 チャクラムと斬撃を放ったアホ二人の攻撃は既に興味が失せたと踵を返していた髪長男の背後で歪に起動を曲げて跳ね返った。



 「――――あ゛ぁ゛?!!」

 低音の声が凄みをかけて声を出す。明らかにヤバイ、逃げないと死ぬ。
 久しぶりに感じる死への恐怖に自然と身体が動く。どうにか馬鹿アホ似非勇者一行全員の手、又はどこか一部を掴んで出入り口にへと足を向ける。



 走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ――――――

 バシュッ、

 出入り口直前になって何かが風を切った音と俺の髪が少し空気中を舞った。同時に出入り口が瓦礫の山を形成して無くなる。



 足を止めて身体を強張らせた。動けない、
 何かに拘束されてる訳じゃ無いのに動けない。本能が動くな、と叫んでいる。
 目だけを切られたと思わしき左耳付近を見る。耳が分断されそうな程深く、綺麗に斬られると同時に少しづづ伸び出していた灰色の髪を垂直に切り取っていた。





 あ、


 一瞬過ぎて痛みを感じなければ血も出ていない。
 宙を舞った灰色の髪の毛がゆっくりと床に落ちるのを目で追う、そこでやっと身体が切られたことに気が付いたようで血を吹き出し始めた。


 「っ~~~~~!!!」



―――熱い、熱い、痛い、痛い、痛い、痛いぃぃぃ!!! 

 切断面が見えれば真っ赤に染まった肌色の皮と血が見えただろうがそんなことはどうでもいい。熱いと痛い、それしか脳に届いて来なかった。


 「おい、勝手に逃げるな。俺に向かって攻撃しておいてこれはないだろうがって、―――ん?」

 叫びたくなる口を血が出るほど噛み締めて堪える。背後では怒りが収まらないと言った声色のまま歩いてくる男の声と気配がいきなり止まった。
 首を傾げるような声を二、三度あげると俺が握っていた手を全て突き飛ばして床に転がす。散々無体を強いられているようだけど気配に押されて全員が唸るような声しか出せず反抗の意思も見せることが出来ていない。
 そのままゆっくりと歩いて来て俺の背後に男は立った。そしてもう一度首を傾げるような声を出すと「顔を見せろ」と言った。

 意地でも振り返ってやるかと思ったが唐突に宙に浮かんだ身体は当たり前のように方向転換をした。
 鮮やかな赤色が輝く瞳が俺を凝視するのに目が閉じていく感覚を覚えたが必死に堪える。クロス様の目を覗いた時は簡単に気絶しちゃうか固まるけどこいつの目はクロス様程強力じゃない。
 そう自分に思い込ませて耐えていると前髪を力任せに上に引っ張られる。凄い力だ、何本か髪の毛が抜けたようでぶち、ブツッ、と言った音が切れた耳をさらに傷付ける。
 痛みに目を瞑っているととんでもない言葉が男の口から出てきて思わず目を見張った。

 「……なんか知らないけどお前から微かにあいつの気配を感じる。しかもすれ違った程度の残り香じゃない。……っっ! 普段からあいつと一緒に行動を共にしてるだろ!!
 しかもこれだけ染み込んでるんだ。一ヶ月とかではなく年単位だろ。あいつが隠居宣言なんて馬鹿な事してくれたのが二年と半年程前だからそれ丸々だな。コイスも早く言っとけっての!
 あいつの事になったら気持ち悪いぐらい一直線に崇拝し始めるんだよな。本当勘弁して欲しいぜ」

 一人で何かをぶつぶつと言っているがよく聞き取れない。当たり前か、片方の耳が千切れかけなんだから。

 「おいお前、あいつと一緒だったってことは現在地も知ってるんだろ? 教えろ」


 歓喜を含んだ目が口を釣り上げて言った。
 嫌な予感がする、ここで答えたら全てが終わる。そんな予感が、なんでだろう。分からない、けどここで口を開いたら凄く後悔する気がする。


 やけに上から目線の男に答えてやるもんかと唇をさらに噛む。
 絶対に答えてやらない。


―――そのつもりだった。


 「お、おい俺達を無視するな!」


 アホ似非勇者一行が何を思ったのかまた剣を出してきた。耳が痛いはずなのになんか胃が痛くなってくる。もうやめてくれぇ……

 そんな微かな願いもあの神様連中クロス様、新月さん、アリアスさんは見落としてくれた。

 「てめぇ……もう我慢出来ねぇ! おい、いつまでそこでぼーっとしてるつもりか?! やることを済ませないと帰らせないぞ!! とっととこいつらぶっ殺せ!!!」

 見逃してくれたんだから逃げればよかったのに。痛みであまり働こうとしない頭の中で『馬鹿だな。あいつら』と他人事のように思えた。
 喚き散らして鳥へ命令を下す髪長俺様男、それをぼんやりと霧がかかった視界で見ていると地響きがした。それと同時に俺も床に投げ捨てられる。
 うぅ~~! 痛い! ―――なんて言っていられる状況じゃない。

 ズシッ、ズシッ、と規則正しい足音のような地鳴りを上げて歩く鳥に対して固唾を飲んで見守るしかできない。
 その様子に満足したようで髪長男が高笑いをして床を蹴り上げた。たいして助走も付けていない筈なのに一回のジャンプで金の像に飛び乗ったところにも恐怖を覚える。


 「あ、あり……、あり得ない……」

 似非勇者が剣をかろうじて向けている鳥の名前とレベルをぼそりと吐いた。

 「ふ、ふし、『不死鳥フェニックス  【種族】神鳥   【Lv】437』 なんて……!!」




―――インフェルノレベルじゃね? これ。あと神鳥って明らかにヤバイ。
 ヤバイのにさらに不死鳥、なんで喧嘩売ってくれたんだこいつ。と似非勇者を睨む。あのおーじょさんやぼーっとしてるやつは慎重過ぎてここに入ってから殆ど口を開いていないのに、もうこいつらの爪の垢煎じて飲めと言いたくなった。



 「やれ、フェニックス」

 長髪男の声とフェニックスと呼ばれた鳥の声だけが神殿内に響くのを聞いた。
























 「なんだ、あいつが目を掛けているならばと思ったんだかな。見掛け倒しかよ」

 うるせえ……この似非勇者一行を死なしたら俺にまで面倒なことになるから庇ってるだけだ。そりゃ格下なのに重しが乗ってる俺の方が思うように出来ないのは当たり前じゃないか。なんて思うがそんなこと言える気力も無い。
 フェニックスが仕掛けられて早数分、こちらは予想通り壊滅寸前だった。
 隊列も取れずズタボロで武器を構える似非勇者一行に全身血だらけで床に這い蹲る俺、怪我こそ少ないが綺麗なドレスアーマーと髪をぼろぼろにしながらも果敢に攻めるおーじょさんの計六人。

 でも、もう……無理かも。他は兎も角、俺は今までの人生が高速で脳内上映されているのを見ていた。
 時間稼ぎももう無理そうだ。多分、新月さんがあっちにいるからギリギリあの似非勇者一行を助けることは出来るだろうけど俺は間に合わないかな。
 あー……久しぶりに見るな走馬灯。だなんて薄笑いを浮かべたくなる。
 頭の中で上映される走馬灯を見ながら勝手に始まった緊急会議で複数の俺が大乱闘をしてるが知ったこっちゃない。

 あー、せめて最後にクロス様と新月さんに、あの時掬い上げてくれてありがとう、ってそれぐらいは言いたかったな―――


 「ふん、高々人間のガキが偉そうに」

 うん、人を踏みにじるような凶悪極まりない笑みを浮かべる男にだけは俺の願いを聞き入れて貰えたみたいだ。よかった、よかった、独り言にならずに済んだ。

 「そうだ、この俺が聞いてやったんだ。安心して死ね。人間のガキ」

 まるで虫にでも語りかけるような声で男が手を振るのがぼやけて色しか判別出来なくなった筈の目に映る。

 トリが口をアケタ……もう何もミタクない。まぶたがオモイ。

 「……ぁあ、おージョさんよけろ、よ」
 「そんな! 民を盾にして逃げるなど嫌です!!!!」

 掠れたコエで横たわル俺をかばうように立つおージョさんにいったけどききいれてもらエ無かった。
 目のマエに赤いヒがミエル、もうダメか―――


















「勝手に死ぬな、大間抜け」

 瞼を閉じた瞬間、聞き慣れた低音の声色と破壊音で一気に目が開いた。


 「おい、誰が勝手に死んでいいと言った? 今の状況を考えたら私のことを素直に言っとけば良いものを、なぜ言わないのだ?」


 おいおい、こっちは死んでも言うもんかとか考えていたのにこんな登場に言えばいいだろうって!!! 俺の苦労は一体何処に!!!!

 『お空の彼方に吹っ飛んでいきましたとさ☆ちゃんちゃん♪』



 チクショ――――――――!!!
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