遑神 ーいとまがみー

慶光院周

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第2章

出発前夜

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 ???

 よし、ここにこいつを配置して……おっ! おい、暴れるなよ!


 ふぅ……、これでいいか。これでうまくいくといいんだが―――








 ****

 この大惨事はとある日の特別といえば特別な日から始まった。

 朝早くからハリスが回収してきた依頼は極寒の地に一番近いと言われるこの大陸の最北端に『氷帝』と称されるバンドゥードラゴンという魔獣の角を取ってくるという依頼だ。
 気温は零度を下回り目に入るもの全てが白一色、その中での依頼だった訳だがツァスタバは休暇でおらず、ロザリアントは相性の関係上で行くことが出来なかった。
 そのため私、新月、ハリスの三人でハリスの修行がてら依頼をこなすことになった訳だが、


 「ハリス、次はもっとタイミングを伺え! いくら必殺技を繰り出したところで場所が悪かったら相手側の良い的にしかならないぞ」
 「っ、はい! 『ウィ……「屈め!」っうわー!!」

 ハリスが私の指示のもとバンドゥードラゴンと格闘している訳だが上手くいかない。気を取り直して魔法を放とうとしたハリスだったがご相手さんの方が一足先に炎を吹いた。
 そうこのバンドゥードラゴンは水属性の氷系統の筈なのに火属性も持っていた。なんで相性悪い筈なのになんで持ってるんだと言いたい。

 「ハリス無事か?」
 「い、一応、でももう魔力がすっからかんに……」
 「もういい、目標の角は折れたから十分だ。あとは私が片付ける」
 「え?! ここまで頑張ったのにぃ!」
 「引き際を覚える潔さも大切だぞ。角はちゃんと回収しておいたから依頼は成功だ。だから成功してるということはお前の勝ちだ。私がやるのは後始末だけだからそこまで根気詰をするな」
 「うぅー……」
 「ハリス、」
 「はーい。分かりましたよー離れてます~」

 炎に吹き飛ばされたハリスを立ち上がらせて雪を払う。ここまできてと負けず嫌いを発動したハリスを宥めて強引に納得させた。
 その間にものっし、のっし、と距離を詰めに移動する白いドラゴンの顔が近づいてくる。

 最終的に諦めたハリスをこの場から離れさせるとバンドゥードラゴンと向き合う。

 「新月やるぞ、……新月?」

 声を掛けるが何時もの陽気な返事が無い。嫌な予感がして後ろを振り返ると寝てた。
 何を呑気に涎を垂らして熟睡してるんだこの馬鹿は。

 「こんなところで寝るな馬鹿!」
 『ふぇ?! お、起きてる!! 起きてます……ひゃ! 脇腹つつくのやめれ。セクハラや』
 「思いっきり寝てるだろ。あとこんな事でセクハラになる程お前の根性は真っ直ぐな訳ないだろ」

 脇腹を触ると面白い程跳ねた。
 もう一度脇腹を指で突いてスタシスを出せと言うとやっと出してくる。遅い、

 そんなことしていたらバンドゥードラゴンが目と鼻の先に―――と思ったらドラゴンは尻尾巻いて逃走飛行していた。
 力の差が分かるぐらいには賢いらしい。でも逃げるな、追いかけるのが面倒だろ。

 「あ、こら! 逃げるな!!」
 「GyAAAAA―――!!!!」


 スタコラと先程ハリスを圧倒した威厳は何処へやら、逃げ足だけは一丁前のトカゲとかした。

 「だから逃げるなと―――言っているだろうが!」

 久しぶりに時間停止の能力を使って突き放された距離を一瞬で0にする。
 私が新月と話している間にそれなりの距離を稼いだつもりだったのだろう。その距離を一気に詰めて顔を覗き込める程近距離に迫った私の顔を見てバンドゥードラゴンの顔に“嘘?!”と書いてある。
 その内に助走をつけて踏み込み右翼を切断する。これでもう飛ぶことは出来なくなった。

 なんて思ったが往生際が悪いらしく今度は足での逃走を図った。
 おいおい、空を統べる者が足使って逃げたら終わりだろ。馬鹿だ、しかし偶には足を使って追いかけるのも運動にはなるか。
 スタシスを持ち替えて自分の足で走る。先頭を走るバンドゥードラゴンの重量のせいか地面が揺れて走りづらいがこれはこれで良い。
 最近身体を動かしてなかったからかもしれない。なんて思いながら走る、走る。

 吹雪とは逆方向に走っているため目は開けられるが背中に雪が降って重さを感じる、足も雪に埋もれて走りづらい。それでも徐々に追い詰めてはいるが中々に体力があるらしい。全然捕まらない。
 このまま走り続けていると遥か遠くに見えるこの国最北端に位置する観測地、と思わしき建物で身を潜めてこちらを監視してるやつらにはっきりと見える範囲に入る。
 折角そうならないように大陸の端ギリギリの何も無い、何も来ない場所までバンドゥーラゴンを誘き寄せて闘っていたというのに。
 流石に何も無い場所まで来ると監視の目も隠れなければならないのでツァスタバから聞いた氷の大陸に一番近い場所に位置する観測施設よりも寒い場所なら、と思っていたが無駄になってしまうではないか。
 あそこからだと能力だか魔導具だかを使っても薄っすらぼんやりとしか見えないだろうと考えていたのに。

 私なら能力でどうにでも出来るからいいがハリスを防寒着で巻いても納得しない女三人から防寒になる魔法全部かけさせられた後に稽古させるのも結構大変だったんだぞ。
 その苦労を返せ、あまりの動き辛さハリスがわざと動きづらい服装で大物に挑む修行だと勘違いしているんだ。
 私はそこまで考えていない。ただ普通の稽古のつもりで来ていたというのに。



 「お前いい加減……っ、諦めろ!」

 これ以上面倒は起こしたくない。さっさと私に殺されろという怒りを持ってスタシスを投げる。
 『なんで投げんの?!』という新月の声がしたが鎖が私の腕を圧迫する前に硬い龍鱗に刺さった。
 少々声を荒げてしまったがこの範囲ならまだ監視者に聞こえることはないだろう。格闘ついでに追いかけっこをしてたことはばれているだろうけど。

 そのまま鎖を引っ張りスタシスを引き抜く、その反動で動きが止まったバンドゥードラゴンの足に穂先を刺す。
 これで足も使えないだろう。

 やっと鬼ごっこが終わったと息を吐きたいところだか自棄になり、水属性の攻撃やら氷の礫を放つ。終いには四方八方に火を吹き始めたバンドゥードラゴンは手のつけようがない。

 『クロ酷い!!』
 「分かった、分かった。あとで聞いてやるから今は大人しくしてくれ」

 酷い、酷いと喚く新月の言うことを聞き流し上から刃を振るう。バンドゥードラゴンがそれを避けようと尻尾を内巻きにして横にずれ、仁王立ちで避ける。
 お前は人間か、まあコンパクトに立ってくれてやり易くはなるが。

 『特殊スキル【地盤沈下 グラウンド・サヴサレント】が使われました』

 コンパクトに立ってくれたバンドゥードラゴンを中心としてぴったりおさまる円形状に地面を陥没させて身動きを封じる。
 巨体がもがいている間に二つの魔法を何も言わない状態で放つ。

 そのうち一つは『ホーリーツリー』という閃光が樹木のように大地から突き伸びるというものだ。名前はそのままだが侮るなかれ、言い易い代わりに割と上級魔法だ。
 本人にその資格が無ければ何度唱えようが出てこない。
 秘技に近いものだが難点も多い。まず伸びるのは上にであって下ではないからな。
 さらにこの魔法の欠点は対象物が近距離にいないと当たらない。ついでに伸びる速度もそれなりに時間がいるので魔法を放った瞬間自分がやられかねない。
 以上の理由から自爆覚悟でないと使いたくない魔法ベスト10に入る。派手好きかよっぽどの馬鹿しか使わない。雷属性魔法でそこまで光属性でもないのに絶賛不人気を誇る魔法だ。

 だから私はもう一つの魔法を先に放った。
 もう一つの魔法は『フリップシート』これは無属性の初歩の初歩でこちらも扱いが悪いが『ホーリーツリー』と少し前に使った【地盤沈下 グラウンド・サヴサレント】の組み合わせで驚く程便利になる。
 まず【地盤沈下 グラウンド・サヴサレント】で陥没させる。そこにこの魔法を貼る訳だがここに使う理由がある。

 この『フリップシート』だが意味は反転敷物、つまり文字通り敷くものだ。
 この魔法は火柱を上げる魔法の練習をしたいが周りに練習出来るスペースが無い時に使うものだ。この『フリップシート』を貼った場所に向かって火柱の魔法を放つと上にではなく下、つまり地面に火柱が逆方向に燃えてくれるというものだ。
 しかし下に行くため本当に魔法が成功しているか分からないし場合によっては環境が変わる恐れがある。しかもシートなので下にしか使えない。魔力の無駄だ。
 これなら五十音順ですぐ次の『フリップシールド』の攻撃を跳ね返すシールドの方がよっぽど役に立つ。勿論全てを跳ね返す訳ではないが。

 という訳でこの魔法も使い勝手は悪い。だが地面が陥没しておりそこにこの『フリップシート』を貼り、『ホーリーツリー』をやると

―――お察しの通りホーリーツリーが下に生えるという訳だ。これなら【地盤沈下 グラウンド・サヴサレント】で陥没して穴があるので『ホーリーツリー』がしっかり生えるし逃げられないので魔法を放った魔術師も身に危険が及ぶ心配が無い。
 今回は前々から実験してみたいと思っていたから使ってみたが……まあ普通ならこんな複雑なことをする前に別の魔法を使うな。

 確認を兼ねて穴を除くとピクリとも動かない屍があった。

 「クロス……様ぁ……、や、やっどおびづいだぁ~。あづいよ゛ぉ~~~」
 「ハリスか、思ったより早かったな。まだ脱ぐなよこいつ【無限の胃袋】に入れて……よし、帰ろう」

 運動によって茹でダコになってるハリスを小脇に抱えて『アギト』を使い王都へと一目散に走る。建物の方で大慌てするやつらなど知ったことか、私は帰る。

 「そぐいえば~グロブ……」
 「どうしたハリス」

 王都へと走っているとハリスが口を開いた。向かい風で扇風機の前にいる状態の声になっていて聞き取りづらい。顔が面白いことになってたので少々残念な気がしたが何を言っているのか理解不能なのは困る。
 惜しいとは思ったが我慢して空気抵抗を緩和する魔法をかける。

 「ぷふぅ! はぁ~、息出来なかった」
 「何か聞くことがあるんじゃないのか?」
 「ああはい、あります。クロス様自身がさっき依頼は完了したって言ってたのになんでわざわざあにバンドゥードラゴンを倒したんですか? クロス様の性格なら目標が終わったらすぐに帰るのに」
 「……バンドゥードラゴンの角はお前の依頼だろ。私が取ってきた依頼はバンドゥードラゴンの討伐だ。
 今日のこの依頼……まあ名目はそうだが中身は稽古だな、それを朝早くに『力の頂点グランドスラム』に行っただろ?」
 「はい、新月さん寝てたんで二人で楽しく喋りながら選びましたね」

 そう話すハリスの顔は綻び、陽気な声で答えた。頰が赤みを帯びて白い吹雪の中で目を引いた。

 「?……そしてその時お前に依頼の受理して貰っていただろ? その間にあそこのギルドマスターとか名乗る男がこの討伐依頼を直々に持ってきたんだ。SS級で尚且つ国王の口添え付きでな。

 『お前ハリスの師匠だろ? ならこれも出来る筈だ。倒して持ってこい。
 バンドゥードラゴンの角や牙、翼は切っても切っても自己再生するんだ。亡骸でも多分その効果はあるに違いないと国王様からのお達しだ。
 早く持ってこいよ、インフェルノみたいに独り占めしたら俺が国王様に被害届出してやるからな』

 だと、どうせ同じ魔獣を相手にするなら断る理由も無いし、とやることにしたんだ」
 「はぁ?! あのじじいそんな罰当たりなこと言ったんですか?!」
 「ああ」
 「え、それ新月さん聴いてました?」
 「多分寝てて聴いてない。だろ新月?」
 『そうだよ!! それ初耳だから!! クロ、おねーちゃんあとでしてくるから!』
 「いやその必要はないぞ。コア破壊したし再生は多分しない。それに私をこき使ったからあとで特殊能力の【天罰】が自動で降りる」
 「え、そんなのあるんですか?」
 「ああ、ついこの間見つけた。だから新月が絡まなくてもこれが落ちるんだ。なのに新月、」
 『ほえ?』
 「お前が勝手に動いてるせいで【天罰】の対象者が二回も【天罰】食らってる状態なんだよ」
 『えっ?! まじで……………











 ざまあないじゃん! 人を呪あば穴二つってやつでしょ?!』
 「いやそれは自分にも返ってくるぞという意味だぞ。お前は呪う前に行動に起こしてるがな」
 『えっへん! 当たり豆よ!』
 「褒めてません」
 「褒めてない。豆生やしても可愛くないからやめとけババア」
 『ぶぅ~~~、ババアじゃないもん! このおじじめ!』
 「ジジイだが?」
 『肯定するな! 自分で認めていたら君に言える悪口殆ど無くなるじゃん!』

 子豚の鳴き声を上げる新月の言葉は声にならないので雪に掻き消されることはなかった。
 しかしことはこの時には既に始まっていた。











 「国王直々に依頼だと?」
 「はい、マスターがお嬢様とハリスの三人で稽古に行っておられる合間に小間使いがこの依頼書を。中身に不審な物はありませんが内容が少々……きな臭い匂いがします」
 「……読みあげろ」
 「それは私がやりますわご主人様。では早速、
 『クロス・カオス殿、我が国の勇者に数々の貴重な魔法の伝授感謝する。
 中には我が国の宮廷魔導師でも使わない上級魔法を教え、勇者五十嵐拓也に魔法の実用性を教えてくれたこと。この二つのことには余も感謝しきれぬ。
 五十嵐拓也は我が国一番の宮廷魔導師とそりが合わぬところがあり……

 「長い、要点をまとめろ」

 かしこまりました。

 要するに今までありがとう。そろそろ勇者旅に出すから秘宝の聖剣が欲しい。
 この国の最西端には我が国とヴェレンボーンを繋ぐ程巨大な地下の大迷宮があってその何処かに最下層の地下神殿がある。
 そこに聖剣エクスカリバーンと呼ばれるものがある。それを勇者一同連れて取ってこい。
 お前はそれで勇者と別れて戻ってこいよ、依頼の報酬は後払いだからな。

 以上です」
 「なるほど

 疲れ切ったハリスが帰ると同時に電池が切れて倒れた。リビングのソファーに座った途端にだ。
 あれだけやったから仕方ないか、ハリスをそのままにしているとついでにと言わんばかりに新月もお昼寝タイムに入る。二人仲良く私を挟んで動かくなってしまった。

 動けん。そう思っているとツァスタバとロザリアントが両脇に控え、今に至る。
 これからの対策を考えていると左脇にいたロザリアントが目を細めてツァスタバの話に付け加える。

 「五十嵐拓也にはこの話がもう国王に聞かされているようです。他の召喚者には三日後に行われる五十嵐拓也の誕生会で発表される予定だそうですわ」
 「ギリギリまで言わずに今日言うことで断る時間を無くしたってことか」
 「ええ、でも作りましょうか? マスター……」
「あら、でしたら私もしますわよ? ツァスタバ……」

 この後の予定で盛り上がる執事とメイドの腕を引っ張る。綺麗に整った顔がぶつかる前にまだ動かせる両腕で首に手を回して止める。
 やめろ、面倒なことを増やすな。

 顔がすぐ目の前に並んだので右手でツァスタバを、左の手でロザリアントの頭を叩く。手を二人から離してみると顔が少し赤い。
 服の繊維で擦ったか? それとも叩いたのが強かったのだろうか。新月にやるのと同じ加減で叩いた筈だが。

 「やめろ、そんなことに労力使うなら王都に行って生ハムでも買ってきてやれ。新月が生ハムが食べたいと叫んでた」
 「あ、あら、でしたら私が今すぐにでも買ってきますわ! よろしくてご、ご主人様?!」

 謝ろうかと思ったが先にこの二人暴走を止めなければこの大陸が血で染まる。
 私は巻き込まれるのは面倒だが見るのは興味があるから面倒なことにするな。
 厄介ごとの芽を摘むなら私の隣でぐーすか寝てるこいつ黙らせるものを買ってきて欲しい。
 そう思って二人に言うとロザリアントがパッと私から離れて行くと慌てだした。

 「ああ、これで頼む」
 「かしこまりましたわ! 行って参ります!!」

 金も持たずに出て行こうとしたロザリアントに適当に銀貨数枚が入った袋を投げ渡すと後ろ手で袋を掴み顔を見せることなく出て行った。
 あ、謝るの忘れてた。

 「悪かったなツァスタバ。痛い思いをしたか?」
 「は、はぁ……あ、あらもうこんな時間に! 今すぐ夕食を用意致します!!」

 まだ動いていなかったツァスタバの頭を撫でて謝るとこちらは曖昧な返事だけ返ってくると音速の壁を破る勢いで飛んでキッチンへと走っていった。
 怒らせたらしい。やり方が間違ってたか? そう聞こうにもツァスタバは調理に取り掛かってしまったしロザリアントは買い出し、新月とハリスは夢の国で誰にも聞けない。
 キッチンに首を向けるとガシャン、と何かを落とした音がする。
 うん、やはり怒らせたか。今は何もしない方がいいかもしれん。




 そして時間三日という時間はあっという間に過ぎて城全体でお祝い色の濃い日となった。
 城の廊下を歩いても小間使いが私とすれ違っても見ることもなく楽しそうに歩いて行くしイルメラもあの無駄に優男の近衛隊長も浮かれているのか向こうから声をかけて来てくる始末だ。

 「それでこれか」
 「「どうしました?」」

 今はその二人と絶賛夕食会中となっているわけだがどこだここ。

 「もしかして場所がお気に召さなかったですか? ここ花の妖精と呼ばれる庭は誰でも使っていい場所ですが皆さんがここで昼食を取りたいと人気の場所ですのに」
 「ああ、でしたら迷路庭園の方へ行きますか?あそこなかなかに脱出が難しいんですよ」
 「やめて下さい隊長、貴方いつもあの迷路に挑戦して出られなくなってるじゃないですか! おかげで貴方のあだ名は“迷い子隊長”、私は“ママン部隊長”ですよ! 恥ずかしいとは思わないんですか?!」
 「い、いや今度こそ突破して―――「できた試しありますか?」ありません!」

 仲が良さそうで結構だ。
 二人は甲冑ではなく青い軍服に身を包み暖かな日差しを楽しんでいた。和やかな時間が流れて静かだ、ここに核兵器新月を入れたら騒がしくなるだろう。
 生憎だがあいつは五十嵐拓也に連れられて王都に行ったからそんなことにはならなくて済んだが。
 あの新月が引き摺られて連れていけるのは私ぐらいだと思っていたのに……新月のやつなに企んでいるんだ?

 「どうしましたか?」

 手に持ったティーカップの中に移る自分の顔を見ているとイルメラが声をかけてきた。顔を上げると眉が下がった困り顔の顔が二つ私を見ている。

 「先程から食が進んでおられないようですがお口に会いませんでしたか?」
 「いや、そういう訳ではないのだが先に済ませてきたから食力が湧かないんだ。とはいえ残すのもな、これは貰っておこう」

 首を落としたイルメラと近衛隊長にこちらが悪いことを説明して料理だけを【無限の胃袋】に流し込む。
 実は特殊能力の【悪食】というのを発動させて少しづつ毒に馴らしていたのだがゆっくり食べなければ耐久性はつかない。
 ただ毒性のあるものを身体に浸透させないことだけを考えれば早食いでも大丈夫だったのだが。野菜炒めでもどうにかなったし、

 あと少しだったのだが仕方ない。やっと半分程消費した料理を【無限の胃袋】の入り口に向けてザパザパと入れやる。そこにおかしな視線が注がれる。向き直ると二人が目を輝かせていた。

 「「そ、それは特殊スキルでも滅多に手に入らない【無限の胃袋】じゃないですか?!!!! 凄すぎます!!!」」
 「そうか?」
 「ええ、特に【無限の胃袋】は魔力の量に左右されない超が付くほどのレア特殊スキルなんですよ?!」
 「はい、私も始めてみました!」

 二人の食い付きようは凄まじく好奇心から根掘り葉掘り聞かれるがのらりくらりと躱すと二人からミステリアスの称号を頂いた。それでいいのか近衛隊、


 その後は私のことよりも最近の国の事情を話し合ったりなんやかんやでそこそこ収穫のある話を聞かせて貰った。

 「そういえばクロス、貴方ならもうご存知だとは思われますが」
 「伝説の聖剣とやらだろ」

 この短時間で話し合ったあと私は名前呼びを二人に許した。どうせ偽名だしな。
 近衛隊長……話し合った結果ハンスと呼ぶことになった。なったというか強制で呼ばされた。名前を呼ぶまで会話のノンステップマシンガンは新月並に辛かったぞ。
 兎に角、ハンスが聞こうとしたであろう話を先に切り出した。あの優男の面食らった顔は中々に面白い。文字通り目が点になった。
 面食らった顔を覗き込むとハンスは三分程固まった。
 汚物を見るような目つきでイルメラが隣の席から枝でつつく姿は子供が芋虫をつつく様子と重なって見えた。

 「……はっ! 私は何を?!」
 「固まってましたよ、人の目を覗き込んで固まるなど非常識ですね」
 「ち、違う! それは断じて違うぞ。私はただ綺麗だと思っただけです! そ、それにしても珍しい目をしてますね。魔族の魔眼とも違いますし……虹彩の色合いがなんとも……時計ですか?」
 「そうだ、まあこれには理由があるから放っておいてくれ。それより宝剣がなんだって?」

 話を戻すと慌ててハンスが視線を直し周囲を気にするような素振りで小声で囁く。

 「実はあの大迷宮は魔獣の凶暴化だけでなく最近になってなにやら新しい主が登場したらしいのです」
 「主? どんな」
 「それが分からないのです。調査隊は皆焼死体で発見されたので火属性の魔獣だとは思われますが……」

 主……? 魚の骨が喉に引っかかるような思いだな。
 違和感に首を傾げていると二人が交互に言い合い調査不足を自分達のせいだと謝罪する。どうやらこの二人は私に渡された依頼の内容を知っているらしい。
 そして私が睨みつけていると思っているようだ。
 
 
 二人の話を聞き流すふりをして特徴をまとめると、
 まず火属性、影を見た者によれば首長竜の魔獣程背が高い影だったと言っていたらしく身体は大きいと推定。
 迷宮の壁の後から翼を持つ。遺跡近くにいると考えられる、これだけだ。

 しかし用心に越したことはないだろう。貰える情報は有難く頂戴しておくとどこからか鐘の音が聞こえる。
 確かこれが五十嵐拓也の誕生日会の合図だ。二人とも気がついたようで用意があるとかで先に行ってしまった。





 「誰もいなくなったな―――ツァスタバ、ロザリアント」
 「「はい」」

 誰もいなくなった庭園で一人ぽつりと呟けば木の陰から見慣れた二人が登場し―――見慣れていない。二人とも簡素なドレスを着てた。
 ツァスタバが紺色に差し色に白が少し入ったもの。ロザリアントが濃い緑のもの。
 二人とも化粧をしているようにも見えない。が、よく見るとハリスもいた。
 ツァスタバに抱きしめられた形でぶら下がっている。

 「今までの会話は監視者に聞かれていないだろうな」
 「はい、流石に今日は人が忙しなく動いているので密偵も見つかることを恐れていませんね」
 「ならいい、ハリスお前は無事か?」
 「ずうっとこの体勢で足が冷たくなってきました」
 「ツァスタバ降ろしてやれ」
 「はい」
 「さて、私達も行くぞ」

 椅子からジャケットをとめて立ち上がり会場となる場所に向かう。

 となるのは場内にある舞踏会にも使われる大広間だ。私達が最後のようなのでそのまま城内に入ろうとした途端の待て、という声に遮られた。

 「おい、お前! そんな格好のままで入っていいとか考えているんじゃないだろうな」
 「だとしたら何か問題でもあるか?」
 「大有りだ! 舞踏会ではないにしろ服装は考える必要がある。出直してこい!……貴女方はどうぞ」

 見ると白いカールした巻き髪を一つに纏めた門番らし男が駆け寄り私の顔を一瞥すると眉間に皺を寄せていた。門番は私達全員を頭から爪先まで見回す。と、扉の前で手の平を見せる。

 なぜか私とハリスだけ追い返された。

 「……理由は?」
 「なぜで「ツァスタバ、ロザリアント」

 食ってかかりそうな勢いの二人の名前を呼び抑えろ、と黙らせる。

 「……先に入って状況を把握しておけ」
 「「……御意」」

 小声で命令すると二人は名残惜しそうな顔でこちらを気にしているようだが門番が急かして背中を押す。
 完全に触っている。言っておくが二人とも背中が見えるドレスを着ている訳ではない。
 だが私の見たところそれが分かっている手が徐々に下へ下がっていき終いには腰を触ろうとしているように見える。
 あ、二人が手の動きに気が付いて叩いた。
 のたうち回る門番、それを絶対零度の眼差しというやつで赤い目と薄緑色の目が見下ろし門番が震え上がると気が済んだのか扉の奥へと入っていく。
 それを見届けてから来た道を引き返す。城内の筈が殆どの人間が一箇所に集中しているせいか不気味な程静かだ。
 不気味な雰囲気が落ち着かないのかハリスが口を開いた。

 「なんで俺とクロス様だけ追い返されたんですかね。ツァスタバさんもロザリアントさんも服装なんて着飾らないドレス姿なのに」
 「私達が邪魔なんだろ。今頃新月みたいに凄まじい顔で五十嵐拓也と会話してるだろうな。早く着替えて私達も戻るぞ」
 「はーい、今度は新月さんセレクトで華麗に登場してやりましょう!! クロス様ならあの勇者とか言われるやつ砂塵に返してやれますよ!」
 「勇者とかとは……あいつの方がお前より年上だぞ?」
 「たかだか五、六歳の差じゃないですか。そんなのだけで敬う気持ちも湧きませんよ」
 「お前物怖じしなくなってきたな」
 「何千年と年が離れてるようなクロス様達といればこうもなりますよ。じゃあとりあえずですけど俺が新月さんの代わりに服選ぶんで着替え下さい!」
 「お前が選ぶのか?」
 「クロス様センス無いじゃないですか」
 「………」



****
勇者(?)視点

 今日10月10日は俺の誕生日だ。朝からみんながお祝いの言葉をかけてくれる。そして今も俺を祝って誕生日会が開かれている。
 名目が俺の誕生日だけど中身はただの舞踏会に毛が生えたようなものだけど。でも吹雪さんも佳奈も楽しそうだ。美海と薫は何故か少し離れたところで突っ立ってるけど。さらにいうとアデリーナも王族ってことで他の貴族に囲まれて話せねーけど!!
 そう思って見回していた首を戻すとすぐ隣の赤い瞳が何かを見てた。視線の先を辿ると背の高い黒髪の給仕の男が飲み物を配っていた。
 喉が渇いているんだろう。今日は朝から一緒に王都を見て回ったし。

 詫びに俺が声をかけてグラスを差し出す。

 「ほらよレモーネ、喉渇いてたんだろ」
 「………(飲み物、じゃねーよ! クロまだかな? 放置か?! おねーちゃん寂しくてこいつ蹴っちゃうぞ~)」

 ぐっとグラスを近づけると手に取った。けど相変わらず返事は無い。
 いつまでたっても口を付けないからこれじゃなかったのかと聞こうとすると右腕に柔らかい感触のものが絡み付いた。
 見ると白い柔らかな生地に目と同じ色の薄緑色がアクセントになった可愛らしいドレスを着て髪を編み込み一回だけ纏めてあとは巻いた凝った髪型をしていた。

 「拓也ーワタシも何かホシーネ!」
 「ならついでに私の分もお願いしていいかしら?」
 「俺は召使いじゃねーぞ! まったく」

 さらに吹雪さんからの追加オーダーでそんなことを口にしたが無意識に身体が動いてしまう。

 結局二人分の飲み物を取って来ると出入り口の扉が開いた。一体誰だろうと思っていると背の高い二人の女性……ツァスタバさんとロザリアントさんだった。
 しかも周りの公爵令嬢程ではないがドレスを着てる。しかもあいつがいない。
 思わず人混みをすり抜けて声をかける。

 「ツァスタバさんもロザリアントさんも来てくれたんですね! 俺嬉しいです」
 「そうですか、それは良かったですね」
 「ところでお嬢様はどちらかにおられますの?」

 二人にグラスを渡すと飲むより先にレモーネのことを聞かれる。相変わらずクールだな。

 「ああレモーネならあっちだ。ついて来てくれ」
 「「………」」

 俺が二人の前を進んで案内していると無言で付いてきた。何か一言言うべきじゃねーのとか思ったがレモーネと朝から最後の王都観光をしていたことが頭をよぎる。
 そうか、そりゃ朝からレモーネとずっと一緒だったんだ。レモーネがどうか気になるに決まってるよなぁ。


 進む途中で四方八方からお祝いの声が投げかけらてれ嬉しいが答えるのに一苦労する。途中でまた飲み物を調達して戻ると佳奈は大層ご立腹してた。

 「拓也、your  is so late!!」
 「静かにしなさいよ、拓也くんどうかしたの?」
 「ああ悪い。この人達にあったから」
 「「お嬢様」」
 「―――――」
 「お元気そうで何よりです」
 「――――――――」
 「ああ、ご主人様でしたら何故か服装を指摘されまして、ハリスもです」
 「――――――、――――?―――――」
 「そうですね」
 「しかしハリスもいますしすぐに来られるかと」

 佳奈と吹雪さんに詰め寄られているとレモーネは連れてきた二人と会話を始めた。声は出ないがツァスタバさんやロザリアントさんには何を言っているのか理解出来るらしい。
 よっぽど仲がいいんだろう。でもクロスがもうすぐ来るのは勘弁して欲しい。あいつがいないと伝説の―――聖剣エクスカリバーンだったか? が手に入らないって国王に言われて腹が立ってるんだ。確かにあいつ強いけどいけ好かねーし!!

 そんなことを考えていると出入り口の方が静かになった。本当に一瞬で静かになったと言える。
 クロスか?! そう思って出入り口の方向に向き直る。

 コヒュ……

 変な音が喉から出た。


 モーセみたいに人の波を割ってこちらに歩いて来る男がいた。
 クロスだ、でもあいつはいつものロングコートみたいなのでもない、あの絢爛豪華な服装でもなく見たことがないネクタイを締めて黒い軍服形式、裏地が赤い外套を着ていた。

 軍服は今ではこの城で見慣れた物となっていたがクロスが来ていたのはそれよりもっとスッキリとしたデザインの軍服だ。
 その中に着ている同じデザインのもっと簡素になった軍服を着てるハリスとかいう弟子と歩く姿はいつもの数十倍威圧感があった。それは周りのやつらもらしい。

 なんだよ?!!! あれ反則だろ?!!
 俺の方が金糸とか使われた豪華な服着てるのに! 殆ど黒一色のクロスに敵わないとか!

 俺の方がカッコいいよなぁ?! と聞こうとしたが佳奈も吹雪さんもぽかーんとして動かない。遠くにいたアデリーナはお辞儀すらしてるし……レモーネは―――レモーネはどこだ?!
 そう思って辺りを見回そうと思ったがその必要は無かった。クロスといつの間にか手を握っていたしツァスタバさんもロザリアントさんもそっちについて壁側に固まってしまった。
 壁の花ってやつになろうとしてるのか?! 目立ちすぎて無理だろ!!! 


 これには俺も完敗だと認めざる負えない。あいつ本気出したら色々と凄いんだな。でもあいつだけに良いところは渡さねぇ!
 国王様が予定通りクロスと俺に伝説の宝剣だか聖剣だかを探しに行って魔獣の凶暴化事件の解決を頼んだ。クロスは平然と承りましたーとか言ってたけどいつかお前をぎゃふんっと言わせてやる!

 最近スランプ気味だった光属性の魔法だってまた出来るようになったんだ。今に見てろ~~~!! 世界救うのは俺だ!!!


****

 五十嵐拓也の誕生日会も夜も更けて来るとお開きとなり始めた。私達も人目につかないようこっそりと抜け出し戻って来ると旅支度をする。
 しばらくはこのゲルともお別れだ。
 同行するのは考えた結果新月とハリスだけでツァスタバとロザリアントは居残りだ。二人は引かなかったが押し問答の末今では目を赤くして鼻を啜らせながら手伝ってくれている。
 小さくなった背中が感情を隠すことなく連れて行って欲しいと言っているが面倒なことは減らしたい。

 最終段階として畳の間で荷物の再確認をしていると新月が私の外套に包まっていた。見た目は黒い芋虫か蛹にしか見えない。
 帰り道で寒いと言ったので外套を渡していたからずっとそれに包まり帰ってきてからもそのままゲームをしていたらしい。

 「おいそこの芋虫働け」
 『えーあいつらのお守りしてきたんだよ、クロの温もりが足りなくってメーターが0なの、補給させてよ』
 「何が温もりだ。補給とは何をだ」
 『クロの体温と匂いがまだ残った衣類に囲まれるることでクロ成分を補給する。
 それにより疲れ切った俺にとってアニマルセラピーのような効果で癒されるんだ。この効果は科学的にも証明されておりいずれはノーベル賞を受賞する大発見となるでみそ』
 「何処がアニマルセラピーだ、何が科学的に証明されてるんだ。そんなことでノーベル賞を受賞出来たら世界中が受賞者になってるぞアホ。これが俗に言う変態というやつだな。ハリス、ツァスタバ、ロザリアント、お前達はこいつの様になるなよ」
 「「yes master」」「はーい」
 『酷い!』

 無駄いい発音で答えた二人と年相応の返事に安堵していると新月が本気で科学的にどうのこうのと話し初めて芋虫が転がり始める。
 どうやら変態だけでなく頭脳がぱっぱらぱーなせいで奇行を始めたらしい。
 放っておくかと考えているとハリスが被害に遭い助けを求めて私を呼び止める。



 面倒だな、

 そう思ったがこれは私以外どうしようもない。
 ハリスに癒着した芋虫状態の新月、面倒なので縮めて芋む新月をベリベリと剥がし外套を奪還する。

 『あーん! カムバックまいしぇる!』

 ぴょんぴょんと兎の様に取り上げられた外套を取り返そうと無い身長の代わりに飛び跳ねる新月。そのまま外套を持って離れると突進してくる馬鹿が一人、牛か。

 「お前は牛か」
 『  甘┳┓モー』

 牛かと、返したら絵文字が返された。不覚にも笑った。それに反応してか一緒に笑っていた三人も私に向けて驚いた顔を三つ並べた』
 『え、クロが笑っただと……?! よし! じゃあ―――僕牛丼が食べたいんだも~~』
 「共喰いする気か、ならば焼肉にしてやろう」
 『いや――! もうしませんごめんなさい。もう闘牛士ごっこはやめるから食べないで』

 再度懐に飛び込んできた小柄で食肉用の部分が全くない貧相な子牛をさらりと躱す。少し冗談を言うと大人しくなったので外套でぐるぐる巻きにして両手で抱き抱える。
 やれやれ、やっと捕まえた……と思ったが何を考えているのか分からないが顔でにやけていて気色が悪い。

 「とりあえず働け、サボるな。あとその顔なんだ」
 『ごめんなさーい! でもニヤけるのは勘弁して! だってクロがカッコ良かったからさー♡ ていうかクロのそのめっちゃ皇帝、帝王様モードなんなの? カッコ良すぎ!!』
 「なんだ気持ち悪いな」
 『ひど!』
 「あと皇帝、帝王モードとはなんだ線がずれてるぞ。この服装で言うなら総帥、又は将軍と言ったものだろ」
 『でもスカッとした! あの顔! あの老王の顔とかさ』
 「あーあれ確かにスカッとしました~。追い返したあの小間使いの人顎が外れるぐらい開けてましたもんね~。
 でもこれからどうするんですか? 国中の貴族やら将軍と言ったこの国のトップがいる場所で依頼を受けて」

 と言いつつもハリスの顔は新月と同じく爽やかだった。こいつ新月に毒されてないか?

 「ああそれは――――















 数日後、予定通りに召喚者+αが城を出ることとなった。空は快晴、城の内外を問わず人が歓声を上げて手を振っている。

 召喚者五人はそれなりに防御力と効果を伴った装備と武器を身につけていた。さらに旅道具一式に潤沢過ぎる路銀に馬、身分を証明する往来手形などと簡単な物しか用意していない私達と違って大層なご用意がされていた。
 しかも最初の大迷宮の入り口がある活火山の麓までは馬車付きらしい。アデリーナと一緒の馬車ではなく召喚者専用の馬車。甘い、甘過ぎる。

 出発のパレードが始まり召喚者が金ピカ馬車に乗り込むと一席余ったらしく新月が吸い込まれるように空席に収まった。
 普通そこは最年少のハリスを乗せるべきだろうがと抗議しようかと思ったがハリス自身が首を横に振った。

 「いいのか?」
 「いいんです。俺あんなやつらと一緒に旅をしているんじゃないんです。俺が師匠として敬愛して付き従うのはクロス様なんですから師匠を置いて弟子だけのんびりするなんて可笑しいです。なのでここは悪いですが新月さんに頑張って貰いましょうよ」

 小声でいいのかと聞くと私でも少し驚いた。ハリスは日に日に成長するんだな。こんな風に育ってくれるなら私も我慢しよう。
 ただ最近言い方が新月に似てきて困っているがな。育て方を間違えたのか?

 頭を撫でてやるとハリスは照れ臭いようで顔を下に下げてしまった。しかし灰色の髪の隙間から覗く耳はほんのりと色付いていて血色は良いことが見え見えだった。
 もう一度撫でてやるともっと色付きが良くなる。もう一度撫でるともうやめて欲しいと言わんばかりに首を振られる。でもやめない。
 構わず続けていると白鳩が放たれラッパの音が高々と響く。騎士が剣を捧げて前へと進み馬車もそれにつられて動く。

 だが私とハリスは何も乗っていない。遠くでハンカチ片手に見守っていたツァスタバとロザリアントにもそれが伝わったらしく二人とも髪を逆立てて呪詛を吐いている。
 面倒な事になるからやめて欲しい。


 もうこのまま歩こうかとも思ったその時、

 「邪魔だ! 退け退け!!! おい、あんたが先生だろ? 悪い、こいつは賢いが結構な暴れ馬だから支度が遅れた。こいつに乗って早く行け!」

 そう言って周りの騎士も貴族もどうしたと言わんばかりに蹴散らし目の前に現れたのは初老の馬丁だった。
 彼は見るからに手が付けられそうにないほど巨体を自由に動かし暴れる黒馬を連れてやって来たがしっかりと手綱をつけて来てくれたようだ。

 「ありがとう助かった。ハリス乗れ!」
 「うわっ!」

 馬車がまだ見える内に出発しようとハリスを背中に乗せる。が、余りにも暴れて制御不能だ。 
 それを見て周りの貴族はクスッっと笑っている。どうやらこれは仕組まれた事らしい。仕方ない、

 『誰も取って食わない。落ち着け』

 久々に【呼び声】を使い目を見つめると蹴り上げていた前足がぴたりと止まった。その内に跨り手綱を握る。
 割とあっさり乗れた。不思議に思いこっそりとノエルと呼ばれた馬の耳に「お前は暴れ馬なのか?」と聞く。

 すると鳴き声一つ上げて答えてくれた。
 確かにお転婆だが聞き分けはよく賢い。だだ賢いが為に腹の黒い者は好かない性格だそうで性格の悪い人間を見ると蹴り上げたくなるらしい。

 「は~、こりゃたまげた。このノエルちゃんはわしの言うことしか聞かないお転婆なんだがな~。そうかそうか、」
 「助かった。例を言おうご老人、―――行け」

 「おう、だけど気をつけてくれよ! ノエルちゃんはレンタルだから傷をつけたらお前が代金を支払ってもらうと国王様に言われてるんだ!!!」
 「「―――?!」」

 その様子にいつの間にか勝手に自己解釈をした馬丁が去り際に付け加えるようにこの馬はダンジョンまでのレンタルだと付け加えてくれた。
 喋ろうにももうノエルと呼ばれた馬は鳴き声を上げて走り出したがために時すでに遅し、私とハリスは意気揚々と駆け出す馬の背中に揺られながら顔を見合わせるしか出来なかった。
 この時の私達の心境は一つ、

 レンタルなのかこいつは?!
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