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第2章
ブライダル・ローズ下 ~原初の神とは~。
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紅ちゃんの声にばっ、とハリスくんが俺の顔を凝視する。
そこに強い疑いの色を隠しきれない眼差しが付いているのは当たり前のことだ、つーちゃんはどちらでもいいと言いたいのか俺の意思表示待ちしかしていないけど。
クロを王座へと再臨させる。
聞こえとしてはよく聞こえる、むしろ俺が見たい。その思いも込めてあのキンキラキン作ったし~……でもさ、理想と現実を混ぜ合わせれる程俺だって馬鹿じゃないよ?
『……見たいよ。クロが王っていうか王様みたいな政治でやりたい放題するだけの私欲の塊じゃなくって本当の意味での王様として立つって言うならみたいって気持ちは今もあるよ。
―――でもやだねー!! クロはもうあんな面倒なことしたくないんだって言ってたしー! ってかそんなにティータン族復興なら君らだけでやれ。
俺とクロはマイホーム造ってのんびりするって目標があるんだよ! 勝手に巻き込むな、どうせ自分だけじゃ力が弱いから最強クラスのクロを使ってオリンポスのガキども追い出したいだけだろ!』
『んでもってもしも自分達が負けそうになったらクロを首謀者にして逃げると、そんなこと猿並みの知能でもわかるつーの。はははは!! ふふふ……ははぁ……あー笑った笑った。
君達よくもそこまで図々しいこと考えられるねぇ~頭に入っているのは綿か何かかな? そんなことクロが見逃しても俺が見逃す訳ないじゃん。馬鹿なの?あ、馬鹿だったね~ごめんwww
でもさ、クロに悪役全部押し付けて自分らはこうしてクロみたいな悲惨な人間、じゃなかった神様関係を作らずコツコツと地道に蓄えていた財宝全部すっからかんにしたり、親族に嫌悪感持たれることなくそこそこの生活を持ってる癖にまだクロに無心するのをやめないの?
紅ちゃんがクロのことを王として認めていたのは知ってるけど俺君達がクロのこと影で《忌々しい》ってコソコソ言っていたの全部見てるからね?
分かる? そんな君達をクロのお姉ちゃんである俺がクロに近づけさせるわけ無いじゃん? 顔洗って出直して来いっての、この間抜け!!!』
微笑むエセ王子様に向かって今まで溜まっていた鬱憤を込めてやや熱が入ったマシンガントークをお見舞いし、ついでにと差し出された手のひらを叩き落すと乾いた音が小さく響いた。
揺れた無駄に綺麗な瞳を見ると自然と口角が上がる。今までの叫んでも届かないもどかしさに唸っていた日々で蓄積された恨み辛みを全部吐き出してやったのだ。
嬉しい、という気持ちが込み上げてくるのは許して欲しい。
最後に締めくくりとして顔を洗って……というお決まりの返しを言ってやると肩の力が一気に抜けた。
知らない内にヒートアップしていたみたいだ。スッキリとしたので思わずそのままドヤ顔を決めてやると固唾を飲んで見守ってくれていたハリスくんがスッと息を吸い込んで抱きついてきた。
「新月さん! 話を聞いてて一時はどうなるかと思いましたけどその答えを聞いてて安心しましたぁ……あぁーなんかどっと疲れが出てきた。なんだか新月さんが行っていることが少し頼もしく感じましたし」
『え~、どいひ』
やった! ショタっ子のハグだ~と喜びたくなってこちらも腕を回すとチクリとした言葉が返ってきて頭に刺さった。わーん、クロぉ~慰めて!
「日頃の行いのせいです。
ではクレイオス様貴方は我が主人にとって敵、害を及ぼす存在です。となれば我がマスターをお返し頂いて帰っていただけますでしょうか?」
完全にこちらのターンになっていた状況に俺の旗色がわかったのか控えていたつーちゃんが低っくい声で完全敵認定をするという言葉を言い放った。
現状はまたピリピリとした空気に逆戻りした。焦った顔の紅ちゃんが一人一人の顔を覗いていくがもう誰一人として意見を変えない、という雰囲気が伝わると紅ちゃんは「そうか」そう言ってこっちに向けていた手をだらんと下げた。
ははは、ザマァwwwそりゃ答えなんて決まっているだろ。俺の答えは絶対NOの意思表示……だけでなく高笑い気味にNOを表しなおかつさりげなく相手をディスるのが俺流の答えだ!!
って思ったのに日頃の行いが悪いとか言われた悲しす(´>ω<`)
そんなことないもん!
そんな感じに空気の緩和剤を入れようとしたが要らん、と言わんばかりの打ち付けるような疾風が吹き抜けた。思わず顔を風が吹き目を閉じた。
音が止むのを確認して恐る恐る目を開くと目に青い光を持った紅ちゃんがいた。
怒らせたかと首を傾げるがいつまで身構えた状態で用心しようとも何も起こらない。偶然だったのか? そう俺が聞こうとすると先に口を開いたのは俺ではなかった。
「だったら面倒なことの芽は摘んでおくに限るな! 行け、ネメアーの獅子!!」
叫ばれるように放たれた言葉は戦線布告ではなく戦闘開始宣言でした!!
「え、えーとラ、『ライトニング』!! 今です、とりあえず距離を取りましょう!」
「ええ、お嬢様とハリスはあの獅子をお願いします。私は流星の神クレイオスをどうにかしますから」
「は! たかだか神域に片足突っ込んだだけの山羊が僕に勝とうって言うのかい?」
「ええ、その通りです」
喋りながら紅ちゃんに向かって立ち向かって突進して行く山羊に眉間に皺を寄せた紅ちゃんが視野の片隅で写っていたけど呑気にしていられるわけがなかった。
目もくれず合図によって迷うことなく突進してくるライオンにハリスくんがテンプレの『ライトニング』をぶつけて怯んだ隙に俺のコートの袖引っ張って逃走する。
走る、走る、走る、そしてひたすらに走る。
ライオンが近付いてきたらまた魔法をぶつけるといった具合で時間稼ぎをして逃げ惑う。だがそんなことをしても焼け石に水だ。
「新月さんどうすればいいですか?! あいつ魔法が効かないんですけど!!」
『わっかんないっての!! でもクロの使ってた魔法とかをやってみると良いと思うよ!! ほらあの世紀末とか! 口や目にでも打ち込んでやると良いかも!!!』
「出来ませんよあんな世紀末!!!!」
二人で叫びながら必死に腕と足を滅茶苦茶に動かしてあっちへ、こっちへ、と逃げ惑って魔法が使えるハリスくんと押し問答を続ける。
クソ、むこうのおたくは風になたびく黄金のたてがみが様になってるぜ!
煌びやかなたてがみに気を取られていると無意識に足の回転が遅くなってしまった。
しまったと思った時には時すでに遅し。コート型の上着を着ていたおかげで傷は浅かったが獅子特有の刃物のような犬歯で左腕を噛まれた。
もう痛いどころの騒ぎじゃない。なまじ今まで血が出るようなことを体験してなかった所為で熱い! と感じるとともに視界が暗くなりかぶりを振ることで振り払った。
幸い自分の勝利だと決めつけてくれたむこうのおかげてガラ空きの胴に足につけていたポレインを急所に入れて引き剥がすことに成功した。
だが俺が噛み付かれたことにより動揺したハリスくんが前足による強力な拳で足をやられた。
「――いいっ!! 新月さん、はや、く!」
苦悶の表情を浮かべるハリスくんっだったがクロにも貰った留め具のおかげか俺のように出血の怪我は無く腫れてはいるがまだ動けるようだ。
無事だった俺の右手を取り再び走りだす。しかしその動きは何処と無くぎこちない。このままだとあいつのおやつのチキンになるのもほぼ確定だ。
『ハリスくん』
「なん、ですか?!」
『お願いだから挑戦して』
「出来ない、です!」
『出来ないじゃないの、やらなきゃあと数分であのライオンのおやつだよ!』
「それは、い、嫌です!!」
互いに怪我でボロボロで痛みは増すし俺の血は服に染み込んで気持ちが悪いが僅かにしかなかった空間が徐々に徐々にと削られていく差に体力の差を見せつけらた。苛立ちを覚えて舌打ちをする。
それでも獅子は見たところ体力の十分の一も削れていないのか体力の限界で動きが遅くなった俺達にラストスパートをかけるように四肢にさらに力を入れ始めた。
あーもうダメかもしれないクロや、おねーちゃんは先にハリスくんと一緒に旅立ちます。
多分神様なので死にはしませんが離れ離れになるかも……ってそんなことしたくない!! クロからも離れたくないしハリスくんと永遠の別れになっちゃう! つーちゃんも未亡人にさせちゃうしやっぱりここはハリスくんに頑張って貰わないといけない。
『なら腹くくって嫌でもやるの!! 頑張れハリスくん君ならできる!!』
「んな無責任な! で、でもおやつも御免だ!! 俺は……俺は強く、なったって教えなきゃいけないんだ。もう俺はあの、時の捨てられ、た子供じゃない、伝えるんだ。母さんに!!!」
真っ青で引きつらせた顔で泣き叫びそうなハリスくんの尻を……あまり見れたものではなくなった腕でなんとか力を込めて叩き喝を入れる。
俺が辛そうな顔をしたら頼りがないだろうと大丈夫だ、そういった人生最大のドヤ顔を決めてやる。力を入れて叩いたから腕の骨が痛むしグロいかもしれない腕は見せない。
頑張れハリスくん、
そう口に出したが口パクになってしまった声を拾ったハリスくんは俺の手を握っていた手を離した。
変わりに杖を取り出すがまたライオンの平手打ちをくらった、斜面を転がりながらも短剣型である杖の特性を生かし地面に差し込んでスピードを落とす。
ふらふらと立ち上がると衝撃で少し擦り切れた魔道書を取り出すと大きく息を吸って目を閉じた。
ライオンは何をするかわかっていない様子だがとりあえずといった様子でのっしり、のっしりと地面に足跡を残しながら動かない獲物へと歩を進める。
「『宙に朱い爪痕を――
雷鳴の記録をここに残す。汝を迎えし者、未だ自身の運命を知らない者へと下す。【スプライト・プロムノン】』!!」
一足遅くハリスくんの方が先に呪文を唱えて魔法を発動させた。
そして一気に出来上がる積乱雲と赤い光線、クロ程のものではなかったがそれでもこの六雲峰の頂辺りは包むことが出来た。
へぇ、クロがやってたのってこんな凄い魔法だったのか~あいつこんなかっこいい呪文をとばしやがったのか!
しかも一回は何も言わずにハリスくんの何十倍の出しやがって! 絶対に今度fullでやらせてやる。
でもハリスくんもハリスくんだよねクロが言ってた通り出会った時と比べると肉つきも良くなったし少し身長も伸びて力的にも神経的にも強くなったよね。
『やったねハリスくん! 偉い!』
「は、はひ、でももふまりょふ切れでふ……」
▼ハリスくんは魔力切れで倒れた! だがライオンは光線が当たってもボロボロだが生きている!
『万事休す! あーもう、クロはまだなの?! 早く戻ってこいよクロ――――!!!!』
やけくそで聖女宜しく膝をついて祈ってみる(さけぶ)。と聞き慣れた声が微かに聞こえた。
一瞬で気が緩み『おお、クロよ、』と歓喜の声をあげると何も無かった空間から靄のようにボヤけたところから段々とはっきりとした見慣れた高身が現れた。
ぶっ倒れたハリスくんや紅ちゃんに踵落としを入れていたつーちゃんもすぐに気が付いたらしく二人してふやけた笑顔を浮かべていた。
「五月蝿いぞ新月」
『うっさい、油断しやがってこの馬鹿! 何やってたんだ』
「悪い、手こずった。だが色々と収穫はあったぞ」
こちらへと歩を進めながら「ほら、」とポケットから手を出すクロが懐かしく思う。
たった数十分程しか経っていないのに、と自分の衝動を隠せずかっちりとしたベストに包まれた腹部に頭をうずめる。前にクロ離れ離れになったこともあったけどまた同じようなことになるなんて思ってなかったから不安が過って焦った。
でもそれもどうでもいい、クロが戻って来てくれれば問題無い。しかし収穫とはなんだろうとポケットを探る手を楽しみに待つ。
「こいつだ」
『……あ、ありぃぃぃぃ?! fkfkfかりfkっっっ!!』
「五月蝿い」
『く、クロオオアリです!』
「「「『シャベッタァァァァアアア!!!」」」』
「G uuu?!」
なんとでてきたのはオオクロアリと言い張る満身創痍のシロアリだった。
しかも喋った、驚いた声は俺だけではなくあの紅ちゃんとライオンも驚いてる。
そりゃクロがそんなの持ってたら驚くよね~、紅ちゃんは別の意味での動揺も含んでるけど。
「こいつはこの世界の神アリアスだ。それと久しぶりだなクレイオス、なぜここにいるのかという質問はしない。こちらとしても怪我人やらが出ているから手加減など出来ない。とっとと帰れ」
「そんな! ク、クロノス、僕はお前に話があって……!」
「聞こえなかったのか?……あぁ、お前は昔から命令でもなければ何も聞かないやつだったな。では私としてではなく元ではあるがティーターンの王として其方に命ず、《去れ、クレイオス》」
「っ! で、でも……かしこまりました」
だがそこは空気クラッシャー(クロ)、トントンとこっちの気持ちを無視してさらりと重大なことことを言ってあの紅ちゃんに帰れと言いやがった。しかもちょっと王様……というか帝王? 皇帝? 様モードといった感じの有無を言わさない感じで。
邪険にされて紅ちゃんも負けじと言い返そうとしたが崇拝の域に達しているといっても過言ではないクロの帝王? 皇帝? 様モードに一瞬目を輝かせてる。
だけどもだけど~♪、返ってきた冷たい言葉に苦虫を噛み潰したような顔をしてた。
流石にクロを相手に出来る気力も命令に刃向かう勇気もないみたい。
何も言わなかったけど凄く悔しそうな顔をして煌めくマフラーをふわりと風に弄ばれながら去っていた。
でもこのライオンさん置いてけぼりですか?! 飼い主の責任はちゃんととりなさい!!
****
クロノス視点
一人置いて行かれたネメアーの獅子はさっきまでの勢いはどこへやら、私を前にして借りてきた猫のような顔をして逃げていった。
クレイオスを探して目をキョロキョロとさせてあっちへオロオロ、こっちへオロオロと飼い主を探す子犬のように歩き回った後どこにもいないと知ると眉を下げてその場に座り込んで
(´・ω・`)
みたいな顔をしていた。
見かねていっそ元あった所に送り返してやろうかと考えているともう自分の味方はいないと知ったらしく頭を下げた状態でよろよろと立ち上がった。
来るか、身構えるがそのまま数十秒が経過した。もう何も起こらないのならこちらも気を緩めようかと考えているとハッ、と獅子が顔を上げたので改めて気を引き締める。
のっしり、のっしりと初めはゆっくりとだが徐々に足の回転を早くして獅子は動き出した、どうやら玉砕覚悟を覚悟した捨て身の攻撃をするつもりらしい。
助走を付けると太陽を背に受けて飛びかかる牙に何もしない私に三人が焦りの顔を見せる。だが私もそう二度も易々とやられるような神ではない。
口を開けて襲ってくる牙を―――鷲掴みにして地面へと突き刺すと丁度いい高さに来た鼻を強く踏みつける。
黄金色の獅子は前足で鼻を抑えて地面に転がり込んだ。あっちがそう来てくれるならこちらとしても有難い、こちらも思いのままに動ける。ということで背後でコートの裾を掴んでいた新月に向かって手を振る。
「新月手早く済ませるぞ。ということだスタシス」
『俺満身創痍なんだけど!』
「魔法の類が効くかもわからないやつ相手に長期戦で挑めと言いたいのかお前は。見たところ『スプライト・プロムノン』も使ったが死ななかったのだろう?ならスタシスを使わんと無理があるだろ」
『あ、あーぁ……そういえばヘラくれは結局腕で絞め殺したんだもんね~。OK、OK』
そう言って出た来た私のスタシスを掴む。が、ヘラくれとはなんだ名前からして弱そうに見えるだろ。
『特殊スキル【エンパス】が発動しました。危険です回避して下さ、ぁぁぁあああ??!!』
「……っ」
『うぉっ!』
新月の発言に肩を落とすと隙を与えてしまったらしく横からきた攻撃を許してしまった。
間一髪のところで【エンパス】の声……もといいアリアスによってそれも免れたが。
アリアスはというとポケットの中で現状確認をしようと出入り口を探して上へと平泳ぎをしていたらしく攻撃をかわした時の衝撃でシャッフルされて大人しくなった。大方気絶でもしているのだろう。
寸前のところで避けられて目を丸くする黄金色に隙が出来た。その隙を逃さず前足を狙って振り下ろした。のだが……
「っ、硬いな」
そう伝承の通り硬かった。
スタシスが折れるようなことはなかったが代わりに振り下ろした時の衝撃がそっくりそのまま私の腕にかかり耐えるように固く口を結んだ。
しかもむこうは外見に傷一つない。いや眉間に皺を寄せているから無傷はいかなかったのだろうと推測する。
普通ならまともに私の攻撃を受けてたら前足どころか首まで持っていかれるからな。
だがどうする。あいつに普通に挑んでも時間がかかるだろうし魔法あまり効果が無い。
ついでに私のスタシスも効かないし時間を止めても外皮が硬いのだから意味が無いとききた。まさに為す術なし、とまではならないか。
ヘラクレスは時間はかかったが素手でこいつに勝っている。
さらにこいつはスライムのようなゲル状でもなければちゃんとした体に器官が備わったまともな形をしている。口内にスタシスを突き刺してそのまま脳に損傷を与えればどうにかなるだろ、そのためには足留めさせるためのものが必要だが。
「guuuuuuuuuーーー」
再び牙を剥き出しにし飛びかかって来た爪を柄で防ぎ、体重をかけて無理矢理にでもこちらの動きを封じようと凭れかかる無防備な胴体に全身全霊の力を込めて前蹴りを食らわせ露骨周辺に刃を振りかざす。
勿論これで死んでくれるとは思ってはいないので喉にヘパちゃんのお遊びから新しく付属された槍頭のようなもので突き刺す。鎧のように硬いはずの毛皮にも向こうが自分の体重を思いっきりかけてくれたおかげで穂先が少しだけだが刺さった。
「今か、『グレイプニル』」
獅子から目を離さずに土属性魔法で素早く動きを封じる。
地面から伸びた鈍色の鎖が獅子の身体に無造作に巻きつき羽交締めにした。身動きが取れなくなった獅子は何が何でも振り解こうと首を激しく振り暴れ回る。
「五月蝿い」
「……Gaaa?!」
隙を見て口内にスタシスを深く突き刺した。中から引き裂き口内から激しく血飛沫が上がる。
熱い、返り血のせいで全身が泥で汚れ、衣類の重さが増加したように思えた。
なまじこいつには私のような神の血が流れているもんだから色は黄金色を帯びた赤色で燃え上がる炎を連想させ余計に熱いと感じる。
それでもなお踠き足掻こうとする怪物の喉にさらに深く刃を差し入れ引き抜くと先程よりも量の多い血飛沫が上がり大地に炎が燃え盛った色を塗りつけていった。
やがて血飛沫も途絶えると黄金色び光っていた、目も虚ろになっていき生気が失われた。これでこちらの方は肩が付いた。
だが息つく暇もない、走って数という力の前にやや劣勢を強いられ始めたツァスタバへと助太刀に向かう。この際だ、周りに被害を受けるものなど何もないのだから手加減などせずに終わらせて早く帰ろう、三人とも多少の差はあるが全員怪我人ばかりだ。私ですら全身血塗れなのだから。
そう決心した私はツァスタバをハリス共々私の体よりも後ろに下がらせてから横一文字に柄を振り間合いまで近づいていた魔獣に斬撃を食らわせ距離を取る。
もう久々の自分自身の能力を使ってどうにかするしかない。
スタシスの刃を地に突き刺すと空いた片手を空へと伸ばし能力を使う。
手短に済ませるのならばここ一帯周辺の空の時空を歪めて身体を捻じ曲げて押し潰すのが楽だろう。取り逃がしそうになったものだけ私が狩ればいい話だろうし。
脳内でこれからやることを簡単に組み立てるとまず始めの時空を歪めることから開始する。これはアリアスがなんやかんやと言わずとも元々私の得意分野だ、サポートも何も要らない。要は私が強く念じて仕舞えばいいのだから。
目を空を覆い隠すほど翼を持つ魔獣が多く集まる中で目を閉じている私はむこうからしてみれば異常かもしれない。などと考えながら強く、強く念じる。
だだ一言、
歪めと、
「「「―――――――」」」
目を開くより早く声にならない悲鳴が鼓膜に響いた。
ゆっくりと目を開けると先程までは我こそが勝者と言わんばかりの顔をしていた魔獣が捻じ曲がった空同様に身体を無理矢理に右へ左へカーブを作り、あるものは身体全体を使って一回転、二回転と本来あり得ない方向に捻じ曲げられたもの。
生きたまま皮膚が肉から剥がれ眼球が吸い出されたもの。悲鳴と苦痛がこの辺り唯一の音楽となり絶叫が響き渡る。
その異様な光景は正にこの世の終わりにも等しい。
もしこれで“空”と限定していなければこの悲鳴に新しく二つの声がお仲間になるところだったのでしっかりと限定していた自分をよく思う反面ハリスの前ではあまり使いたくないなと思った。
今は魔力切れにより気絶しているからよかったもののこんな光景をまざまざと見せられたらトラウマ間違いなしの一位として永遠にハリスの脳裏に焼き付けれる自身がある。
『え、クロが心配してる?! しかも顔が少し困り顔になってるだと……クロ君は一体どうしたというのだ?! まさかこの旅のおかげで感情が塵が積もるように経験を重ねて少しづつ山になってきているということか?! そうなのかクロよ!!!』
「……あ? そんなことは……あるかもしれん」
今回と今後のことを考えていると新月には筒抜けだったらしく横槍だけでなくマシンガントークまで付いてきた。
五月蝿い、と思ったが新月の言葉でどこかストンと落ちるところがあり自分のことでありながらも驚いた。
『マジか、それならこれからもクロにはいろんな体験をして貰おう! でも今はこの大世紀末をどうにかしないと、つーちゃんですら驚くとかまじパネェ。流石俺のクロ!』
私が本気かと言いたい。
お前いろんな体験って、つまりは他にも今日と同じような経験させる気だろうこっちが願い下げだと返す。
火が付いたのかうだうだと、文書をストーカーのように大量に送り始めたので全てを着信不可して振り払い何も言わずただ絶叫が木霊する空を眺めていたツァスタバに近づく。
ハリスの心配ばかりをしていたがこいつももしかしたらどこかでショックを受けているかもしれない。
「どうしたツァスタバ、やはり気分を害したか」
「っ! いえ、ただこの光景を見ていると思い出したことがあるのです」
「思い出した?」
大世紀末を目の当たりにして立ち竦んでいるツァスタバの肩を軽く叩いたはずなのだが芝居がかって見える程大袈裟な反応が返ってきて逆に驚く。
思い出したとはなんだ? こいつにそんな記憶があったとは初耳だ。
「はい、私の元になったシルバーゴートなのですがあれはマスターにいきなり勝負を挑んで負けた魔獣でしたよね?
あれがなぜ勝負など挑んだのかが引っかかっていたのです。その時の記憶もありませんでしたし、しかしクレイオスを見た後にこの光景を見たことにより思い出しました。
私は流星の神クレイオスの操作により今回のネメアーの獅子と同じくマスターを捕獲することを神の啓示として脳に叩き込まれたのです。
今この現状のように身体が折れ曲がる程の苦痛を強いられ操り人形のように動いていたのだと、今更思い出したのです!」
頭を抱えて怯えたように目を伏せたツァスタバからはそれなりに重大な告白が出てきた。続いて懇願する表情で傅き顔を見上げてくる。
「ああ我が主人クロノス、どうか私を罰して下さい! このような大事に至ることを忘れていたなど私は愚か者でしか御座いません!!」
「別に問題でもないだろ」
『ま、今回のことで色々わかったんだしもういいじゃん。面倒いことは俺も嫌いだし』
「で、ですが」
「だと、それにこれはこっちの問題なのだからお前が思い悩むこともない。ただ思い出してくれたおかげて今までのことが分かったのだからよくやったと私は思うぞ? ギヴールや今回の獅子のようにあれらは自分の意思とは全く関係なく操られていたのだからな」
別にそこまでしなくてもいい、というか面倒だ。
それでもなお食い下がるツァスタバの意見を口説いとばかりに一蹴するとツァスタバも腑に落ちないといった顔をしているが首を縦に振り納得したようだ。
「ではこの話は終わりだとっとと帰るぞ」
倒れているハリスをツァスタバに抱えさせると捻じ曲げていた空を元に戻す。
少し橙色の光が差し込んだ空が元に戻る頃には先の断末魔は一切無くなっており空に縫い付けられていただけだった死体は重力に従って大きな衝撃音を何度も上げながら落下していった。
この異常な数の死体だがツァスタバの提案からあとで全部回収することになった。面倒だ。
続いて全員に『アギト』をかけて早く下山しようかと思ったところで踏みと止まる。
これだけ怪我人が出ているというのに『アギト』を使ったところでまともに動けるのは私ぐらいしかいないではないか、なら魔法を使ったところで無駄になるだけだ。
どうするかと腕を組み考えていると胸元のポケットからヒイヒイ言いながらアリアスが出てきて新月がまた理解不能な宇宙人語で叫び出した。
窘めると頭の中で電球が光った。そうだこいつはアリの姿は嬉しくないと言っていた。
なら私が力添えをしてこいつ全員を運べるような大きな生物に変更させてやれば解決するではないかと。
よし、やるか。
「アリアス、喜べ。今からお前の姿を私の力を加えて大きな生物に変更させる。もうアリとはおさらばだ。良かったな」
『ファ?! え、ち、ちょっと話の展開がイマイチわからなぁぁぁぁぁあああああ!!!!!』
困惑するアリアスを手の上に乗せて神通力を使いアリアスが降参のポーズをしたまま空高くへと浮いていくのを見つめる。
自動的に開いたステータス内の私の魔力とやらがガリガリと削られていくのに目を見開く。
……これ減るんだな。
やがて半分にまで減少しはじめた魔力のゲージに驚きを隠せない。不味い、このままではアリが空を飛んだだけで終わってしまう。
駄目元で神通力を上乗せしてみると残り四分の一まで来たところでやっとアリが光を放ち大きくなり始めたのを見てやっとかとほっと息を吐く。
『クロいきなり過ぎない? 選択時間ぐらいあげようよ』
「ええ、お嬢様の言う通りです。流石にいくらアリの姿で本人は全くの役ただずだとしてもアリアスはこの世界の創作神、せめてどんな生物にするのかぐらいは話しておいた方が良かったと思うのですが」
「仕方ないだろ。そんな無駄な時間を割く暇が無いのだから」
『そこですか?! ちょっと私の扱い酷くないですか!!』
上から酷い、酷いと言う声がして見上げるとそこには羽の生えた大きなシロアリ……ではなくて白く美しい翼を持った大きな鳥が『不公平だ――!!』と叫びながらゆっくりと地面に着地した。
『酷いです~。私だけこんな扱いなんてぇ~確かにこの姿は嬉しいですけどぉ―――!!』
「よしハリスとツァスタバがまず先に乗れ、私が持ち上げる」
『聞いて!!』
『蔑ろにされる創作神ってm9(^Д^)プギャー』
「おい新月、お前もそんな所で笑っている暇があったら早くの……」
『ごめんごめん置いてかんといて――わっ!』
「いい、そのまま大人しくしていろ」
『っい! お、おう?』
うだうだと愚痴を言いはじめたアリアスの背中に二人を持ち上げて載せる。その後、ここ周辺の魔獣の死骸を適当に【無限の胃袋】に仕舞う。
その間にいつの間にか戻っていた新月が腕が痛むだろうに腹を抱えて笑い転げていた。
笑い転げている力があるならとっとと乗れ、と言いかけたが肉が見えるほど抉られた腕を見て無理だと判断し横抱きにしてアリアスの上に飛び乗ると動いた衝撃で顔を歪めた新月だったがなぜかきょとんとしたままいつも以上に大人しくなった。……まあ五月蝿くなければいいかこのままで抱えておこう。
『私の話は無視ですか?!』
「無視はしてない。話を聞いてたら長くなりそうだなと思っただけだ」
『それを無視と言うのです!』
「まああとで好きなもの持ってきてやるから機嫌を直せ、麓まで頼むぞ」
『えー、いいですげど約束ですからねっ!』
おっとこっちの存在を忘れていた。
このままだと運んでもらえなくなりそうなので単純ではあるが物で釣る。簡単に釣られてくれたアリアスは巨大な翼を広げて六雲峰からゆっくりと山肌をなぞるように緩やかに回りながら降りてくれた。
横から夕日が照らしてくるのに目を細めながら目を向けると私が頭からかぶった血の色よりも明るい橙色の光を浴びてやっとこれで今回の依頼が終わったのだと実感が湧いてきた。
今回は流石に疲労の色が濃い、何せ魔力のゲージが半分以下になる程消費したのだ無理もない。
だが明日からはまたあの召喚者の面倒を見なければならないと思うと少し疲れが増したように感じた。
あいつら……主に五十嵐拓也とその取り巻きの少女二人はどうも私を敵と認定しているようで何かと反発して訓練の邪魔をするのが難儀な点だ。帰ったらすぐに次の訓練の用意とあれを早く進めなければ……
『クロあんまり考え込まなくていいよ。今日のことは終わったんだがらこれからのことを考えるんじゃなくって終わったことを喜ぼうよ』
「……私が何を考えていたのかお前にも筒抜けだったのか?」
『んー? いやなんとなくクロが考え込んでる顔をしているなーって思ったから。とりあえず今日は帰って休もうよ、んでもってなんか食べて飲んで寝よう。難しいことは今日ぐらい明日に回してもいいと思うよ? ほら後ろをご覧ください』
考え込んでいると新月に言われて口に出していたのかと思ったがただ顔に出ていただけだった。
新月の言葉で後ろを見るとハリスは相変わらず魔力切れで倒れていたし、それを所々ほつれが目立つ燕尾服で包んで抱えていたツァスタバも疲れからか船を漕いでいた。
『ね? 今日はもう帰って休もうよ』
「そうだなお前達の怪我も直さんといかんからな」
再度休めと言われてもう断る理由も無く言葉に甘えて今日は休むことにする。
少なくとも今日だけは多くの問題が解決しては発生したのだからゆっくりしよう。そう思った。
おまけ
『クロ、どうやって戻ってきたん?』
「ああ、時間を止めた空気を―――」
『え、空気●?!』
「いや、か●は●波形式で流星にぶつけて破壊した」
『ふぁ?!』
さらにおまけ
そのころ六雲峰の麓では依頼で来てたけど唐突に起こった世紀末を目撃した三人組がおりました。
彼らも数日がかりでの討伐依頼をこなしていたので空からゴミのように落ちてくる魔獣の死骸に腰を抜かすことなったのです。ちなみにこの時の彼らの感想はというと、
「お、おい見たか伸さん! あの人たちキメラの時の人達だ、すげぇ……流石本物のチートだよな!」
「ああ、凄いな敵には回したくないものだ」
「ってかあの人たち絶対にアニメのチートキャラだろ! 特にあの男の人!!」
「だよね、流石おじさま! というかそのカラコンどこで売ってるのか教えてよぉ!!!」
「「まだそれいってるの(のか)!!」」
というのがこの系統がかみ合っていない三人の会話でした。
そこに強い疑いの色を隠しきれない眼差しが付いているのは当たり前のことだ、つーちゃんはどちらでもいいと言いたいのか俺の意思表示待ちしかしていないけど。
クロを王座へと再臨させる。
聞こえとしてはよく聞こえる、むしろ俺が見たい。その思いも込めてあのキンキラキン作ったし~……でもさ、理想と現実を混ぜ合わせれる程俺だって馬鹿じゃないよ?
『……見たいよ。クロが王っていうか王様みたいな政治でやりたい放題するだけの私欲の塊じゃなくって本当の意味での王様として立つって言うならみたいって気持ちは今もあるよ。
―――でもやだねー!! クロはもうあんな面倒なことしたくないんだって言ってたしー! ってかそんなにティータン族復興なら君らだけでやれ。
俺とクロはマイホーム造ってのんびりするって目標があるんだよ! 勝手に巻き込むな、どうせ自分だけじゃ力が弱いから最強クラスのクロを使ってオリンポスのガキども追い出したいだけだろ!』
『んでもってもしも自分達が負けそうになったらクロを首謀者にして逃げると、そんなこと猿並みの知能でもわかるつーの。はははは!! ふふふ……ははぁ……あー笑った笑った。
君達よくもそこまで図々しいこと考えられるねぇ~頭に入っているのは綿か何かかな? そんなことクロが見逃しても俺が見逃す訳ないじゃん。馬鹿なの?あ、馬鹿だったね~ごめんwww
でもさ、クロに悪役全部押し付けて自分らはこうしてクロみたいな悲惨な人間、じゃなかった神様関係を作らずコツコツと地道に蓄えていた財宝全部すっからかんにしたり、親族に嫌悪感持たれることなくそこそこの生活を持ってる癖にまだクロに無心するのをやめないの?
紅ちゃんがクロのことを王として認めていたのは知ってるけど俺君達がクロのこと影で《忌々しい》ってコソコソ言っていたの全部見てるからね?
分かる? そんな君達をクロのお姉ちゃんである俺がクロに近づけさせるわけ無いじゃん? 顔洗って出直して来いっての、この間抜け!!!』
微笑むエセ王子様に向かって今まで溜まっていた鬱憤を込めてやや熱が入ったマシンガントークをお見舞いし、ついでにと差し出された手のひらを叩き落すと乾いた音が小さく響いた。
揺れた無駄に綺麗な瞳を見ると自然と口角が上がる。今までの叫んでも届かないもどかしさに唸っていた日々で蓄積された恨み辛みを全部吐き出してやったのだ。
嬉しい、という気持ちが込み上げてくるのは許して欲しい。
最後に締めくくりとして顔を洗って……というお決まりの返しを言ってやると肩の力が一気に抜けた。
知らない内にヒートアップしていたみたいだ。スッキリとしたので思わずそのままドヤ顔を決めてやると固唾を飲んで見守ってくれていたハリスくんがスッと息を吸い込んで抱きついてきた。
「新月さん! 話を聞いてて一時はどうなるかと思いましたけどその答えを聞いてて安心しましたぁ……あぁーなんかどっと疲れが出てきた。なんだか新月さんが行っていることが少し頼もしく感じましたし」
『え~、どいひ』
やった! ショタっ子のハグだ~と喜びたくなってこちらも腕を回すとチクリとした言葉が返ってきて頭に刺さった。わーん、クロぉ~慰めて!
「日頃の行いのせいです。
ではクレイオス様貴方は我が主人にとって敵、害を及ぼす存在です。となれば我がマスターをお返し頂いて帰っていただけますでしょうか?」
完全にこちらのターンになっていた状況に俺の旗色がわかったのか控えていたつーちゃんが低っくい声で完全敵認定をするという言葉を言い放った。
現状はまたピリピリとした空気に逆戻りした。焦った顔の紅ちゃんが一人一人の顔を覗いていくがもう誰一人として意見を変えない、という雰囲気が伝わると紅ちゃんは「そうか」そう言ってこっちに向けていた手をだらんと下げた。
ははは、ザマァwwwそりゃ答えなんて決まっているだろ。俺の答えは絶対NOの意思表示……だけでなく高笑い気味にNOを表しなおかつさりげなく相手をディスるのが俺流の答えだ!!
って思ったのに日頃の行いが悪いとか言われた悲しす(´>ω<`)
そんなことないもん!
そんな感じに空気の緩和剤を入れようとしたが要らん、と言わんばかりの打ち付けるような疾風が吹き抜けた。思わず顔を風が吹き目を閉じた。
音が止むのを確認して恐る恐る目を開くと目に青い光を持った紅ちゃんがいた。
怒らせたかと首を傾げるがいつまで身構えた状態で用心しようとも何も起こらない。偶然だったのか? そう俺が聞こうとすると先に口を開いたのは俺ではなかった。
「だったら面倒なことの芽は摘んでおくに限るな! 行け、ネメアーの獅子!!」
叫ばれるように放たれた言葉は戦線布告ではなく戦闘開始宣言でした!!
「え、えーとラ、『ライトニング』!! 今です、とりあえず距離を取りましょう!」
「ええ、お嬢様とハリスはあの獅子をお願いします。私は流星の神クレイオスをどうにかしますから」
「は! たかだか神域に片足突っ込んだだけの山羊が僕に勝とうって言うのかい?」
「ええ、その通りです」
喋りながら紅ちゃんに向かって立ち向かって突進して行く山羊に眉間に皺を寄せた紅ちゃんが視野の片隅で写っていたけど呑気にしていられるわけがなかった。
目もくれず合図によって迷うことなく突進してくるライオンにハリスくんがテンプレの『ライトニング』をぶつけて怯んだ隙に俺のコートの袖引っ張って逃走する。
走る、走る、走る、そしてひたすらに走る。
ライオンが近付いてきたらまた魔法をぶつけるといった具合で時間稼ぎをして逃げ惑う。だがそんなことをしても焼け石に水だ。
「新月さんどうすればいいですか?! あいつ魔法が効かないんですけど!!」
『わっかんないっての!! でもクロの使ってた魔法とかをやってみると良いと思うよ!! ほらあの世紀末とか! 口や目にでも打ち込んでやると良いかも!!!』
「出来ませんよあんな世紀末!!!!」
二人で叫びながら必死に腕と足を滅茶苦茶に動かしてあっちへ、こっちへ、と逃げ惑って魔法が使えるハリスくんと押し問答を続ける。
クソ、むこうのおたくは風になたびく黄金のたてがみが様になってるぜ!
煌びやかなたてがみに気を取られていると無意識に足の回転が遅くなってしまった。
しまったと思った時には時すでに遅し。コート型の上着を着ていたおかげで傷は浅かったが獅子特有の刃物のような犬歯で左腕を噛まれた。
もう痛いどころの騒ぎじゃない。なまじ今まで血が出るようなことを体験してなかった所為で熱い! と感じるとともに視界が暗くなりかぶりを振ることで振り払った。
幸い自分の勝利だと決めつけてくれたむこうのおかげてガラ空きの胴に足につけていたポレインを急所に入れて引き剥がすことに成功した。
だが俺が噛み付かれたことにより動揺したハリスくんが前足による強力な拳で足をやられた。
「――いいっ!! 新月さん、はや、く!」
苦悶の表情を浮かべるハリスくんっだったがクロにも貰った留め具のおかげか俺のように出血の怪我は無く腫れてはいるがまだ動けるようだ。
無事だった俺の右手を取り再び走りだす。しかしその動きは何処と無くぎこちない。このままだとあいつのおやつのチキンになるのもほぼ確定だ。
『ハリスくん』
「なん、ですか?!」
『お願いだから挑戦して』
「出来ない、です!」
『出来ないじゃないの、やらなきゃあと数分であのライオンのおやつだよ!』
「それは、い、嫌です!!」
互いに怪我でボロボロで痛みは増すし俺の血は服に染み込んで気持ちが悪いが僅かにしかなかった空間が徐々に徐々にと削られていく差に体力の差を見せつけらた。苛立ちを覚えて舌打ちをする。
それでも獅子は見たところ体力の十分の一も削れていないのか体力の限界で動きが遅くなった俺達にラストスパートをかけるように四肢にさらに力を入れ始めた。
あーもうダメかもしれないクロや、おねーちゃんは先にハリスくんと一緒に旅立ちます。
多分神様なので死にはしませんが離れ離れになるかも……ってそんなことしたくない!! クロからも離れたくないしハリスくんと永遠の別れになっちゃう! つーちゃんも未亡人にさせちゃうしやっぱりここはハリスくんに頑張って貰わないといけない。
『なら腹くくって嫌でもやるの!! 頑張れハリスくん君ならできる!!』
「んな無責任な! で、でもおやつも御免だ!! 俺は……俺は強く、なったって教えなきゃいけないんだ。もう俺はあの、時の捨てられ、た子供じゃない、伝えるんだ。母さんに!!!」
真っ青で引きつらせた顔で泣き叫びそうなハリスくんの尻を……あまり見れたものではなくなった腕でなんとか力を込めて叩き喝を入れる。
俺が辛そうな顔をしたら頼りがないだろうと大丈夫だ、そういった人生最大のドヤ顔を決めてやる。力を入れて叩いたから腕の骨が痛むしグロいかもしれない腕は見せない。
頑張れハリスくん、
そう口に出したが口パクになってしまった声を拾ったハリスくんは俺の手を握っていた手を離した。
変わりに杖を取り出すがまたライオンの平手打ちをくらった、斜面を転がりながらも短剣型である杖の特性を生かし地面に差し込んでスピードを落とす。
ふらふらと立ち上がると衝撃で少し擦り切れた魔道書を取り出すと大きく息を吸って目を閉じた。
ライオンは何をするかわかっていない様子だがとりあえずといった様子でのっしり、のっしりと地面に足跡を残しながら動かない獲物へと歩を進める。
「『宙に朱い爪痕を――
雷鳴の記録をここに残す。汝を迎えし者、未だ自身の運命を知らない者へと下す。【スプライト・プロムノン】』!!」
一足遅くハリスくんの方が先に呪文を唱えて魔法を発動させた。
そして一気に出来上がる積乱雲と赤い光線、クロ程のものではなかったがそれでもこの六雲峰の頂辺りは包むことが出来た。
へぇ、クロがやってたのってこんな凄い魔法だったのか~あいつこんなかっこいい呪文をとばしやがったのか!
しかも一回は何も言わずにハリスくんの何十倍の出しやがって! 絶対に今度fullでやらせてやる。
でもハリスくんもハリスくんだよねクロが言ってた通り出会った時と比べると肉つきも良くなったし少し身長も伸びて力的にも神経的にも強くなったよね。
『やったねハリスくん! 偉い!』
「は、はひ、でももふまりょふ切れでふ……」
▼ハリスくんは魔力切れで倒れた! だがライオンは光線が当たってもボロボロだが生きている!
『万事休す! あーもう、クロはまだなの?! 早く戻ってこいよクロ――――!!!!』
やけくそで聖女宜しく膝をついて祈ってみる(さけぶ)。と聞き慣れた声が微かに聞こえた。
一瞬で気が緩み『おお、クロよ、』と歓喜の声をあげると何も無かった空間から靄のようにボヤけたところから段々とはっきりとした見慣れた高身が現れた。
ぶっ倒れたハリスくんや紅ちゃんに踵落としを入れていたつーちゃんもすぐに気が付いたらしく二人してふやけた笑顔を浮かべていた。
「五月蝿いぞ新月」
『うっさい、油断しやがってこの馬鹿! 何やってたんだ』
「悪い、手こずった。だが色々と収穫はあったぞ」
こちらへと歩を進めながら「ほら、」とポケットから手を出すクロが懐かしく思う。
たった数十分程しか経っていないのに、と自分の衝動を隠せずかっちりとしたベストに包まれた腹部に頭をうずめる。前にクロ離れ離れになったこともあったけどまた同じようなことになるなんて思ってなかったから不安が過って焦った。
でもそれもどうでもいい、クロが戻って来てくれれば問題無い。しかし収穫とはなんだろうとポケットを探る手を楽しみに待つ。
「こいつだ」
『……あ、ありぃぃぃぃ?! fkfkfかりfkっっっ!!』
「五月蝿い」
『く、クロオオアリです!』
「「「『シャベッタァァァァアアア!!!」」」』
「G uuu?!」
なんとでてきたのはオオクロアリと言い張る満身創痍のシロアリだった。
しかも喋った、驚いた声は俺だけではなくあの紅ちゃんとライオンも驚いてる。
そりゃクロがそんなの持ってたら驚くよね~、紅ちゃんは別の意味での動揺も含んでるけど。
「こいつはこの世界の神アリアスだ。それと久しぶりだなクレイオス、なぜここにいるのかという質問はしない。こちらとしても怪我人やらが出ているから手加減など出来ない。とっとと帰れ」
「そんな! ク、クロノス、僕はお前に話があって……!」
「聞こえなかったのか?……あぁ、お前は昔から命令でもなければ何も聞かないやつだったな。では私としてではなく元ではあるがティーターンの王として其方に命ず、《去れ、クレイオス》」
「っ! で、でも……かしこまりました」
だがそこは空気クラッシャー(クロ)、トントンとこっちの気持ちを無視してさらりと重大なことことを言ってあの紅ちゃんに帰れと言いやがった。しかもちょっと王様……というか帝王? 皇帝? 様モードといった感じの有無を言わさない感じで。
邪険にされて紅ちゃんも負けじと言い返そうとしたが崇拝の域に達しているといっても過言ではないクロの帝王? 皇帝? 様モードに一瞬目を輝かせてる。
だけどもだけど~♪、返ってきた冷たい言葉に苦虫を噛み潰したような顔をしてた。
流石にクロを相手に出来る気力も命令に刃向かう勇気もないみたい。
何も言わなかったけど凄く悔しそうな顔をして煌めくマフラーをふわりと風に弄ばれながら去っていた。
でもこのライオンさん置いてけぼりですか?! 飼い主の責任はちゃんととりなさい!!
****
クロノス視点
一人置いて行かれたネメアーの獅子はさっきまでの勢いはどこへやら、私を前にして借りてきた猫のような顔をして逃げていった。
クレイオスを探して目をキョロキョロとさせてあっちへオロオロ、こっちへオロオロと飼い主を探す子犬のように歩き回った後どこにもいないと知ると眉を下げてその場に座り込んで
(´・ω・`)
みたいな顔をしていた。
見かねていっそ元あった所に送り返してやろうかと考えているともう自分の味方はいないと知ったらしく頭を下げた状態でよろよろと立ち上がった。
来るか、身構えるがそのまま数十秒が経過した。もう何も起こらないのならこちらも気を緩めようかと考えているとハッ、と獅子が顔を上げたので改めて気を引き締める。
のっしり、のっしりと初めはゆっくりとだが徐々に足の回転を早くして獅子は動き出した、どうやら玉砕覚悟を覚悟した捨て身の攻撃をするつもりらしい。
助走を付けると太陽を背に受けて飛びかかる牙に何もしない私に三人が焦りの顔を見せる。だが私もそう二度も易々とやられるような神ではない。
口を開けて襲ってくる牙を―――鷲掴みにして地面へと突き刺すと丁度いい高さに来た鼻を強く踏みつける。
黄金色の獅子は前足で鼻を抑えて地面に転がり込んだ。あっちがそう来てくれるならこちらとしても有難い、こちらも思いのままに動ける。ということで背後でコートの裾を掴んでいた新月に向かって手を振る。
「新月手早く済ませるぞ。ということだスタシス」
『俺満身創痍なんだけど!』
「魔法の類が効くかもわからないやつ相手に長期戦で挑めと言いたいのかお前は。見たところ『スプライト・プロムノン』も使ったが死ななかったのだろう?ならスタシスを使わんと無理があるだろ」
『あ、あーぁ……そういえばヘラくれは結局腕で絞め殺したんだもんね~。OK、OK』
そう言って出た来た私のスタシスを掴む。が、ヘラくれとはなんだ名前からして弱そうに見えるだろ。
『特殊スキル【エンパス】が発動しました。危険です回避して下さ、ぁぁぁあああ??!!』
「……っ」
『うぉっ!』
新月の発言に肩を落とすと隙を与えてしまったらしく横からきた攻撃を許してしまった。
間一髪のところで【エンパス】の声……もといいアリアスによってそれも免れたが。
アリアスはというとポケットの中で現状確認をしようと出入り口を探して上へと平泳ぎをしていたらしく攻撃をかわした時の衝撃でシャッフルされて大人しくなった。大方気絶でもしているのだろう。
寸前のところで避けられて目を丸くする黄金色に隙が出来た。その隙を逃さず前足を狙って振り下ろした。のだが……
「っ、硬いな」
そう伝承の通り硬かった。
スタシスが折れるようなことはなかったが代わりに振り下ろした時の衝撃がそっくりそのまま私の腕にかかり耐えるように固く口を結んだ。
しかもむこうは外見に傷一つない。いや眉間に皺を寄せているから無傷はいかなかったのだろうと推測する。
普通ならまともに私の攻撃を受けてたら前足どころか首まで持っていかれるからな。
だがどうする。あいつに普通に挑んでも時間がかかるだろうし魔法あまり効果が無い。
ついでに私のスタシスも効かないし時間を止めても外皮が硬いのだから意味が無いとききた。まさに為す術なし、とまではならないか。
ヘラクレスは時間はかかったが素手でこいつに勝っている。
さらにこいつはスライムのようなゲル状でもなければちゃんとした体に器官が備わったまともな形をしている。口内にスタシスを突き刺してそのまま脳に損傷を与えればどうにかなるだろ、そのためには足留めさせるためのものが必要だが。
「guuuuuuuuuーーー」
再び牙を剥き出しにし飛びかかって来た爪を柄で防ぎ、体重をかけて無理矢理にでもこちらの動きを封じようと凭れかかる無防備な胴体に全身全霊の力を込めて前蹴りを食らわせ露骨周辺に刃を振りかざす。
勿論これで死んでくれるとは思ってはいないので喉にヘパちゃんのお遊びから新しく付属された槍頭のようなもので突き刺す。鎧のように硬いはずの毛皮にも向こうが自分の体重を思いっきりかけてくれたおかげで穂先が少しだけだが刺さった。
「今か、『グレイプニル』」
獅子から目を離さずに土属性魔法で素早く動きを封じる。
地面から伸びた鈍色の鎖が獅子の身体に無造作に巻きつき羽交締めにした。身動きが取れなくなった獅子は何が何でも振り解こうと首を激しく振り暴れ回る。
「五月蝿い」
「……Gaaa?!」
隙を見て口内にスタシスを深く突き刺した。中から引き裂き口内から激しく血飛沫が上がる。
熱い、返り血のせいで全身が泥で汚れ、衣類の重さが増加したように思えた。
なまじこいつには私のような神の血が流れているもんだから色は黄金色を帯びた赤色で燃え上がる炎を連想させ余計に熱いと感じる。
それでもなお踠き足掻こうとする怪物の喉にさらに深く刃を差し入れ引き抜くと先程よりも量の多い血飛沫が上がり大地に炎が燃え盛った色を塗りつけていった。
やがて血飛沫も途絶えると黄金色び光っていた、目も虚ろになっていき生気が失われた。これでこちらの方は肩が付いた。
だが息つく暇もない、走って数という力の前にやや劣勢を強いられ始めたツァスタバへと助太刀に向かう。この際だ、周りに被害を受けるものなど何もないのだから手加減などせずに終わらせて早く帰ろう、三人とも多少の差はあるが全員怪我人ばかりだ。私ですら全身血塗れなのだから。
そう決心した私はツァスタバをハリス共々私の体よりも後ろに下がらせてから横一文字に柄を振り間合いまで近づいていた魔獣に斬撃を食らわせ距離を取る。
もう久々の自分自身の能力を使ってどうにかするしかない。
スタシスの刃を地に突き刺すと空いた片手を空へと伸ばし能力を使う。
手短に済ませるのならばここ一帯周辺の空の時空を歪めて身体を捻じ曲げて押し潰すのが楽だろう。取り逃がしそうになったものだけ私が狩ればいい話だろうし。
脳内でこれからやることを簡単に組み立てるとまず始めの時空を歪めることから開始する。これはアリアスがなんやかんやと言わずとも元々私の得意分野だ、サポートも何も要らない。要は私が強く念じて仕舞えばいいのだから。
目を空を覆い隠すほど翼を持つ魔獣が多く集まる中で目を閉じている私はむこうからしてみれば異常かもしれない。などと考えながら強く、強く念じる。
だだ一言、
歪めと、
「「「―――――――」」」
目を開くより早く声にならない悲鳴が鼓膜に響いた。
ゆっくりと目を開けると先程までは我こそが勝者と言わんばかりの顔をしていた魔獣が捻じ曲がった空同様に身体を無理矢理に右へ左へカーブを作り、あるものは身体全体を使って一回転、二回転と本来あり得ない方向に捻じ曲げられたもの。
生きたまま皮膚が肉から剥がれ眼球が吸い出されたもの。悲鳴と苦痛がこの辺り唯一の音楽となり絶叫が響き渡る。
その異様な光景は正にこの世の終わりにも等しい。
もしこれで“空”と限定していなければこの悲鳴に新しく二つの声がお仲間になるところだったのでしっかりと限定していた自分をよく思う反面ハリスの前ではあまり使いたくないなと思った。
今は魔力切れにより気絶しているからよかったもののこんな光景をまざまざと見せられたらトラウマ間違いなしの一位として永遠にハリスの脳裏に焼き付けれる自身がある。
『え、クロが心配してる?! しかも顔が少し困り顔になってるだと……クロ君は一体どうしたというのだ?! まさかこの旅のおかげで感情が塵が積もるように経験を重ねて少しづつ山になってきているということか?! そうなのかクロよ!!!』
「……あ? そんなことは……あるかもしれん」
今回と今後のことを考えていると新月には筒抜けだったらしく横槍だけでなくマシンガントークまで付いてきた。
五月蝿い、と思ったが新月の言葉でどこかストンと落ちるところがあり自分のことでありながらも驚いた。
『マジか、それならこれからもクロにはいろんな体験をして貰おう! でも今はこの大世紀末をどうにかしないと、つーちゃんですら驚くとかまじパネェ。流石俺のクロ!』
私が本気かと言いたい。
お前いろんな体験って、つまりは他にも今日と同じような経験させる気だろうこっちが願い下げだと返す。
火が付いたのかうだうだと、文書をストーカーのように大量に送り始めたので全てを着信不可して振り払い何も言わずただ絶叫が木霊する空を眺めていたツァスタバに近づく。
ハリスの心配ばかりをしていたがこいつももしかしたらどこかでショックを受けているかもしれない。
「どうしたツァスタバ、やはり気分を害したか」
「っ! いえ、ただこの光景を見ていると思い出したことがあるのです」
「思い出した?」
大世紀末を目の当たりにして立ち竦んでいるツァスタバの肩を軽く叩いたはずなのだが芝居がかって見える程大袈裟な反応が返ってきて逆に驚く。
思い出したとはなんだ? こいつにそんな記憶があったとは初耳だ。
「はい、私の元になったシルバーゴートなのですがあれはマスターにいきなり勝負を挑んで負けた魔獣でしたよね?
あれがなぜ勝負など挑んだのかが引っかかっていたのです。その時の記憶もありませんでしたし、しかしクレイオスを見た後にこの光景を見たことにより思い出しました。
私は流星の神クレイオスの操作により今回のネメアーの獅子と同じくマスターを捕獲することを神の啓示として脳に叩き込まれたのです。
今この現状のように身体が折れ曲がる程の苦痛を強いられ操り人形のように動いていたのだと、今更思い出したのです!」
頭を抱えて怯えたように目を伏せたツァスタバからはそれなりに重大な告白が出てきた。続いて懇願する表情で傅き顔を見上げてくる。
「ああ我が主人クロノス、どうか私を罰して下さい! このような大事に至ることを忘れていたなど私は愚か者でしか御座いません!!」
「別に問題でもないだろ」
『ま、今回のことで色々わかったんだしもういいじゃん。面倒いことは俺も嫌いだし』
「で、ですが」
「だと、それにこれはこっちの問題なのだからお前が思い悩むこともない。ただ思い出してくれたおかげて今までのことが分かったのだからよくやったと私は思うぞ? ギヴールや今回の獅子のようにあれらは自分の意思とは全く関係なく操られていたのだからな」
別にそこまでしなくてもいい、というか面倒だ。
それでもなお食い下がるツァスタバの意見を口説いとばかりに一蹴するとツァスタバも腑に落ちないといった顔をしているが首を縦に振り納得したようだ。
「ではこの話は終わりだとっとと帰るぞ」
倒れているハリスをツァスタバに抱えさせると捻じ曲げていた空を元に戻す。
少し橙色の光が差し込んだ空が元に戻る頃には先の断末魔は一切無くなっており空に縫い付けられていただけだった死体は重力に従って大きな衝撃音を何度も上げながら落下していった。
この異常な数の死体だがツァスタバの提案からあとで全部回収することになった。面倒だ。
続いて全員に『アギト』をかけて早く下山しようかと思ったところで踏みと止まる。
これだけ怪我人が出ているというのに『アギト』を使ったところでまともに動けるのは私ぐらいしかいないではないか、なら魔法を使ったところで無駄になるだけだ。
どうするかと腕を組み考えていると胸元のポケットからヒイヒイ言いながらアリアスが出てきて新月がまた理解不能な宇宙人語で叫び出した。
窘めると頭の中で電球が光った。そうだこいつはアリの姿は嬉しくないと言っていた。
なら私が力添えをしてこいつ全員を運べるような大きな生物に変更させてやれば解決するではないかと。
よし、やるか。
「アリアス、喜べ。今からお前の姿を私の力を加えて大きな生物に変更させる。もうアリとはおさらばだ。良かったな」
『ファ?! え、ち、ちょっと話の展開がイマイチわからなぁぁぁぁぁあああああ!!!!!』
困惑するアリアスを手の上に乗せて神通力を使いアリアスが降参のポーズをしたまま空高くへと浮いていくのを見つめる。
自動的に開いたステータス内の私の魔力とやらがガリガリと削られていくのに目を見開く。
……これ減るんだな。
やがて半分にまで減少しはじめた魔力のゲージに驚きを隠せない。不味い、このままではアリが空を飛んだだけで終わってしまう。
駄目元で神通力を上乗せしてみると残り四分の一まで来たところでやっとアリが光を放ち大きくなり始めたのを見てやっとかとほっと息を吐く。
『クロいきなり過ぎない? 選択時間ぐらいあげようよ』
「ええ、お嬢様の言う通りです。流石にいくらアリの姿で本人は全くの役ただずだとしてもアリアスはこの世界の創作神、せめてどんな生物にするのかぐらいは話しておいた方が良かったと思うのですが」
「仕方ないだろ。そんな無駄な時間を割く暇が無いのだから」
『そこですか?! ちょっと私の扱い酷くないですか!!』
上から酷い、酷いと言う声がして見上げるとそこには羽の生えた大きなシロアリ……ではなくて白く美しい翼を持った大きな鳥が『不公平だ――!!』と叫びながらゆっくりと地面に着地した。
『酷いです~。私だけこんな扱いなんてぇ~確かにこの姿は嬉しいですけどぉ―――!!』
「よしハリスとツァスタバがまず先に乗れ、私が持ち上げる」
『聞いて!!』
『蔑ろにされる創作神ってm9(^Д^)プギャー』
「おい新月、お前もそんな所で笑っている暇があったら早くの……」
『ごめんごめん置いてかんといて――わっ!』
「いい、そのまま大人しくしていろ」
『っい! お、おう?』
うだうだと愚痴を言いはじめたアリアスの背中に二人を持ち上げて載せる。その後、ここ周辺の魔獣の死骸を適当に【無限の胃袋】に仕舞う。
その間にいつの間にか戻っていた新月が腕が痛むだろうに腹を抱えて笑い転げていた。
笑い転げている力があるならとっとと乗れ、と言いかけたが肉が見えるほど抉られた腕を見て無理だと判断し横抱きにしてアリアスの上に飛び乗ると動いた衝撃で顔を歪めた新月だったがなぜかきょとんとしたままいつも以上に大人しくなった。……まあ五月蝿くなければいいかこのままで抱えておこう。
『私の話は無視ですか?!』
「無視はしてない。話を聞いてたら長くなりそうだなと思っただけだ」
『それを無視と言うのです!』
「まああとで好きなもの持ってきてやるから機嫌を直せ、麓まで頼むぞ」
『えー、いいですげど約束ですからねっ!』
おっとこっちの存在を忘れていた。
このままだと運んでもらえなくなりそうなので単純ではあるが物で釣る。簡単に釣られてくれたアリアスは巨大な翼を広げて六雲峰からゆっくりと山肌をなぞるように緩やかに回りながら降りてくれた。
横から夕日が照らしてくるのに目を細めながら目を向けると私が頭からかぶった血の色よりも明るい橙色の光を浴びてやっとこれで今回の依頼が終わったのだと実感が湧いてきた。
今回は流石に疲労の色が濃い、何せ魔力のゲージが半分以下になる程消費したのだ無理もない。
だが明日からはまたあの召喚者の面倒を見なければならないと思うと少し疲れが増したように感じた。
あいつら……主に五十嵐拓也とその取り巻きの少女二人はどうも私を敵と認定しているようで何かと反発して訓練の邪魔をするのが難儀な点だ。帰ったらすぐに次の訓練の用意とあれを早く進めなければ……
『クロあんまり考え込まなくていいよ。今日のことは終わったんだがらこれからのことを考えるんじゃなくって終わったことを喜ぼうよ』
「……私が何を考えていたのかお前にも筒抜けだったのか?」
『んー? いやなんとなくクロが考え込んでる顔をしているなーって思ったから。とりあえず今日は帰って休もうよ、んでもってなんか食べて飲んで寝よう。難しいことは今日ぐらい明日に回してもいいと思うよ? ほら後ろをご覧ください』
考え込んでいると新月に言われて口に出していたのかと思ったがただ顔に出ていただけだった。
新月の言葉で後ろを見るとハリスは相変わらず魔力切れで倒れていたし、それを所々ほつれが目立つ燕尾服で包んで抱えていたツァスタバも疲れからか船を漕いでいた。
『ね? 今日はもう帰って休もうよ』
「そうだなお前達の怪我も直さんといかんからな」
再度休めと言われてもう断る理由も無く言葉に甘えて今日は休むことにする。
少なくとも今日だけは多くの問題が解決しては発生したのだからゆっくりしよう。そう思った。
おまけ
『クロ、どうやって戻ってきたん?』
「ああ、時間を止めた空気を―――」
『え、空気●?!』
「いや、か●は●波形式で流星にぶつけて破壊した」
『ふぁ?!』
さらにおまけ
そのころ六雲峰の麓では依頼で来てたけど唐突に起こった世紀末を目撃した三人組がおりました。
彼らも数日がかりでの討伐依頼をこなしていたので空からゴミのように落ちてくる魔獣の死骸に腰を抜かすことなったのです。ちなみにこの時の彼らの感想はというと、
「お、おい見たか伸さん! あの人たちキメラの時の人達だ、すげぇ……流石本物のチートだよな!」
「ああ、凄いな敵には回したくないものだ」
「ってかあの人たち絶対にアニメのチートキャラだろ! 特にあの男の人!!」
「だよね、流石おじさま! というかそのカラコンどこで売ってるのか教えてよぉ!!!」
「「まだそれいってるの(のか)!!」」
というのがこの系統がかみ合っていない三人の会話でした。
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「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
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執筆終了済みです。
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【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
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2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
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