もろはとつるぎ

星 陽月

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チャプター【039】

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「せやあッ!」

 霊波をまとった木刀が、つるぎの頭部を捉える。
 木刀はその威力を持ったまま、つるぎの身体を断ち割った。
 つるぎの身体が、真っ二つに両断されていた。

「なに……」

 呟くようにもろは丸が言った。
 すると、眼の前の両断されたつるぎの身体がゆらゆらと揺れて、煙のように消えた。
 もろは丸が断ち割ったのは、つるぎの残像だった。

「ぐう……」

 もろは丸が、がくりとその場に片膝を落した。

「ヘヘン。ボクをだれだと思ってるのさ」

 膝をついたもろは丸の背後に、つるぎの姿があった。

「約束どおり、ここから出してもらうよ」

 つるぎは、片手で器用に木刀をくるくると回した。

「あァ……」

 その返事を聞き、つるぎは、やったー、とガッツポーズをとった。
 もろは丸は、脇腹を押さえながら立ち上がると、ふり返った。
 険しい眼でつるぎを見つめ、

「このおれを誘ったな」

 言った。

「あれ、ばれた?」

 つるぎは涼しい顔で、もろは丸を見つめ返した。

「おれがわからぬとでも思ったか」

 もろは丸は、唇の片端を上げて皮肉な笑みを浮かべた。
 つるぎは立ち合いの中で徐々に力を落していき、そして故意に隙を見せ、もろは丸が打ちこんくるのを誘ったのだ。
 そうして、頭上から木刀がふり下されるその刹那に、つるぎはその場に残像を残すほどの速さでもろは丸の背後へと回りこみ、脇腹へと一刀したのだった。

「まったく、小賢しい技を……。だが、その小賢しい技に、まんまと掛かったのはこのおれだ。見事な1本だった」
「へへへ」

 つるぎは、まんざらでもないという顔した。

「しかし、いつの間に、あんな芸当を覚えたのだ」
「まあ、もろは丸が眠っているときにね」

 わけもないようにつるぎは言ったが、これで相当の日々を、ひとりきりで剣術の鍛錬を重ねてきたのだろう。
 もろは丸にはそれがわかった。

「にしても、この短い修行で、これほどになるとはな」

 正直驚きだ、とうれしそうにもろは丸言った。

「短い? なにが短いもんか。ボクには、ものすごーく長かったよ。ここには昼も夜もないから、いったいどれだけの月日が経ったのか見当もつかないけどね。実際には、どれだけ経ったの?」
「おまえが感じる時の流れでなら、8年だ」
「えー! はは、8年!」

 とたんにつるぎは、へたへたと坐りこみ、

「8年って言ったら、ボクは22歳になってるってことじゃないか。なな、なんだよそれ。じゃあ、とうさんもかあさんも、もうボクは死んじゃったって思ってるよ、きっと。どうしよう、どうしよう。あー、ボクの中高生生活が、ボクの青春がなくなっちゃった。ボクの憧れのファーストキスまでが、夢と消えてしまった……ボクは、これからどうしたらいいんだ……」

 がっくりと首を垂れて、どっと沈みんでしまった。

「勘違いするな、つるぎ。おれが言った8年とは、そういうことではない」

 もろは丸のその言葉に、つるぎは顔を上げると、「どう言うこと?」という眼でもろは丸を見つめた。

「おれは、おまえが感じる時の流れでならと言っただろうが。それは、この異空間の中でのことだ。つまり、ここでの1年は、外の世界の1時間。要するに、実際には8時間しか経っていないということだ」
「なに、それ、ほんと?」

 つるぎ信じられず、訊いた。

「ほんとうだ」
「ほんとに、ほんと?」

 さらに訊く。

「あァ」
「ほんとのほんとうの、ほんと?」

 念を押すように、もう一度訊いた。

「しつこいぞ、つるぎ! ほんとうだと言ったら、ほんとのほんとうだ!」
「だってさ。8年は信じられるけど、たったの8時間しか経ってないっていうのは、とても信じられないよ」
「信じられなくとも、ほんとうなのだ。ここは、そういう場所なのだからな」
「うむむむ……」

 つるぎはまだ信じられずにいる。

「いいか、つるぎ。この時の異空間と外の世界では、次元が違うのだ。だから、時の流れかたも違う。といって、時が外の世界よりも速く進んでいるというわけではないぞ。おまえの感じた時の流れは、精神の感覚なのだ」
「精神の感覚?」
「そうだ。だからおれは、おまえの感じる時の流れ、という表現をしたのだ。おまえは、ここで8年を過ごしたのは確かだ。だがそれは、精神で感じた時の流れだ。だから、見てみろ。おまえの身体は齢をとっていないじゃないか」

 言われてつるぎは、自分の手や身体を見た。

「うーん。そう言われてもさ、顔を見ることができなきゃ、よくわかんないよ」
「まったく、面倒なやつめ。これなら、どうだ」

 言うともろは丸は、ぽん、と姿を消し、そう思うと姿見となって現れた。

「へー、もろは丸って、こんなものにも化けることができるんだー」

 つるぎは感心とばかりに、凄いや、凄いや、ともろは丸の化けた姿見を軽く叩いた。

「これは、おまえの頭の中にあった、イメージというものに化けただけだ。それより、早く自分の姿を見ろ」

 言われるまま、つるぎは自分の姿を映してみた。

「うん、そうだね。確かにボクは齢をとってないよ。だけどさ、ボクってこんな凛々しい顔をしていたかな。身体だって、なんだか筋肉がついて引き締まった気がする」
「そのとおりだ、つるぎ。おまえは逞しくなったのだ。おまえは精神では8年を過ごした。そしてそれは、修行に費やした日々だ。それが肉体に現れたということなのだ」

 姿見のままで、もろは丸は言った。

「そっかー、そうなんだー。ふーん。ねえ、もろは丸。なんかボクってかっこよくなってない?」
「知らん!」

 食い気味でもろは丸は答えると、ぽん、ともとの青年の身体にもどった。

「はー、でも、よかったー。中学はともかく、高校や大学も行きそびれるかと思ったもんなー。いきなり22歳で自分の世界にもどったら、まるで浦島太郎状態だったし、それにボクは、まだキスもしたことないんだから、22歳にもなって童貞なんて恥ずかしくて死んでやる―、ってなってもんなー。ほんとによかった。これでボクは、まだ青春を謳歌することができるんだ。ボクの予定では、高校に進学して、そして彼女をつくって、それでそれで、ファーストキスを経験して、それから、あんなことやこんなことも経験して――」
「おい、こら。おまえはいったい、どんなことを頭の中に思い描いているのだ。まったく、おまえは身体だけでなく、妄想までが逞しくなったようだな」

 辟易としながら、もろは丸は言った。
 そんなもろは丸の言葉には耳をかさず、つるぎは、尚も妄想を逞しくさせ、

「それからそれから、こんなことやあんなこともしたりして、ムフフ。あ、でも、待てよ。あんなことやこんなことって、どんなことをすればいいんだ? こんなことやあんなことだって、どうしたらいいかまったくわからない。うーん……。ま、いっか。とにかく、ここから出られるんだから、バンザーイ、バンザーイ!」

 手を挙げておおいに歓んだ。

「歓ぶのもいいが、おまえの使命を忘れるなよ」

 歓ぶつるぎに、もろは丸は釘を刺した。
 と、

「あッ――」

 つるぎは現実を思い出し、

「そうだった。ボクは闇と戦わなくちゃいけなかったんだ。でもさ、羅紀って強いんだよね。だって闇の王だもんね……」

 とたんにまた、沈みこんでしまった。

「心配するな、つるぎ。おまえは逞しくなっただけじゃない。強くもなっているのだ。小賢しい技だとはいえ、おまえは式鬼であるこのおれから1本取ったのだからな」

 そう聞くと、つるぎの顔がぱっと明るくなった。

「しかも、全力ではなかった」
「あれ、それもばれてたんだ」

 つるぎは頬を指先で掻きながら、ハハハと笑った。

「クク、とぼけたやつだ。だが、よくぞそこまで成長した。修行をするまでは、どうなることかと思っていた。なにせ、泣き虫で軟弱で、情けないやつだったからな」
「このボクを、情けないって言うな」

 つるぎは、上目使いにもろは丸を睨みあげた。

「今度は、その脇腹だけじゃすまなくなるよ」

 とたんに、身体が青い霊波で被った。

「そう怒るな、つるぎ。おまえには、負けん気があった。その負けるものかという気概で、どんなに打ちのめされとも、なんど倒れようとも立ち上がってきた。辛く厳しい修行であっても、それに耐えた。それはおまえに、揺らぐことのない意志の強さがあったからだ。でなければ、あれほど嫌がっていた修行についてはこれなかっただろう。そのうえおまえは、ひとりになっても修行に励んでいた。実はな、つるぎ。おまえがひとりで修行に励んでいたのは知っていたのだ」
「え? じゃあ、ボクがあの技を特訓していたときも、眠ってるふりをして見ていたってこと?」

 つるぎを被う青い霊波が、一瞬にして消えていた。

「いや、それはない。それを見て知っていたら、おれがむざむざその技を喰らうものか。あんな技に引っかかったのかと思うと、おのれが恥ずかしくてならん」

 つるぎに一本取られたことがよほど悔しかったのか、もろは丸はむくれた顔をし、

「だが――」

 と、前置くと、

「よくぞ頑張り抜いた。おまえには、努力するという才能がある」

 真剣な眼でそう言った。
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