もろはとつるぎ

星 陽月

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チャプター【020】

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 姿を現さずに、青竜は、闇に支配されし者たちを倒していった。
 本来、暴れることを好む青竜は、暴れに暴れまくった。
 青竜の姿が見えぬ者たちにとって、それは天地が荒れ狂っているとしか思えなかった。
 闇に支配された者たちは、天地の怒りをかってしまったと、恐れ、脅え、逃げ惑った。
 それは、弱き者も同様だった。
 青竜がひとたび暴れると、家屋は損壊し、田畑は全壊した。
 それによって大怪我をする者や、命を落とす者も少なくなかった。
 それは、巨大竜巻が通りすぎるがの如くであった。
 弱き者を救うはずの行動が、裏目に出る結果を招いてしまったのだった。
 しかしそれは、当然の結果とも言えた。
 なぜなら、青竜はしだいに見境がつかなくなっていたのだ。
 それを証拠に、青竜は平然と姿を晒し、暴れるようになった。
 いつしか青竜は、人々に「鬼」と呼ばれ、忌み嫌われるようになってしまった。
 それでも、青竜は止まらなかった。
 暴走する鬼神となっていた。
 その青竜を、賛同しなかった式鬼たちが、黙って見ているはずもなかった。
 青竜と同じく東方に散った、2体の式鬼が相対した。
 かくして、式鬼同士の闘いが始まった。
 闘いは壮絶なものとなった。
 大地は揺れ、山々は崩れ、渓は埋没し、村々は崩壊していった。
 人々は逃げ惑った。
 青竜は強かった。
 2体の式鬼と闘いながらも、引けを取ることがなかった。
 闘いは止むことなく、1ヶ月余りが過ぎた。
 そのころには、さすがに青竜も2体の式鬼も、傷つき、疲弊しきっていた。
 そんなときだった。
 ひとりの男が、青竜たちの前に姿を現した。
 人間である。
 それも、20歳にも満たぬ年若な者だった。

「鬼よ!」

 その男は、青竜を見上げ、そう呼んだ。

「か弱き人間ごときが、なんの用だァ」

 青竜は男を睨みつけた。
 男は、青竜の放つ威圧的な霊波に怯むことなく、真っ直ぐに見つめている。

「ほう。おれの姿を見ても恐れぬ人間は初めてだ。それどころか、おれの放った霊波を浴びても怯まぬとはな」
「これほどのことで怯むようなら、ここへ参ったりはせぬ」
「ほほう。言うではないか」

 グクク、と青竜は嗤(わら)った。

「その度胸に免じて聞いてやる。ならば、なにをしに、ここへ参ったのだ?」

「おまえたちと話し合いに来た」

 男はそう言った。

「な――」

 青竜はきょとんとしてしまい、他の2体の式鬼と、思わず貌(かお)を見合わせた。
 そして、男へと貌をもどし、

「聞き違いかもしれん。すまぬが、もう一度言ってくれないか」

 そう言った。

「だからだな。おまえたちと話し合いに――」
「ガー、ハ、ハ、ハ、ハッ! 」

 男が言い切る前に、青竜は声を大にして嗤いだした。

「聞いたか、おい。こやつ、おれたちと話し合いに来ただとよう。これは愉快だ。おまえ、よほど胆が太いのか、それとも、よほどの馬鹿かだな。ガー、ハ、ハ、ハ、ハッ!」

 青竜は涙を流し、腹を抱えて嗤っている。
 他の2体の式鬼までが、思わず嗤(わら)ってしまっていた。

「これはまいったな。わたしは、胆が太いのか? それとも馬鹿なのか? うむ、わからん……」

 男は腕を組み、首を捻って考え始めた。

「おーッ、ひーッ」

 3体の式鬼たちは、ついに嗤い転げた。

「これはどういうことだ。わたしは、笑わせているのか? それとも笑われているのか?」

 男は眉根を寄せ、真剣に考えこんだ。

「ひー、ひー、よせ。よくもその真面目な顔で、そんなことを。ぐ、くく、やめろー、やめてくれ。頼むから、もう、なにも言うな。なにも言うなよ。は、腹がよじれるう」

 式鬼たちは、苦悶の表情を浮かべて嗤いつづけた。
 しばらくして、式鬼たちはようやく嗤いが治まった。

「ハー、しかし、まいったのはこっちのほうだ。これほど嗤ったのは初めだ。おまえ、気に入ったぞ。だから頼む。その真面目な顔で、可笑しなことを言うのはやめてくれ。な」


 青竜の息はまだ荒れていた。

「そう言われてもだな。わたしには、おまえたちが、なぜ笑ったのかがさっぱりわからぬのだ」

 うむ、と男はまた考えこんだ。

「ま、待て。だから、そ、その真面目な顔が可笑しいのだ」

 青竜の頬が、いまにも嗤(わら)いださんばかりに、ピクピクと引きつる。

「この顔が可笑しいと言われても、生まれついてのものであるゆえ、いかんともしがたいのだがな」
「それと、その、物の言いようがたまらぬのよ」

 異様なほどに、青竜の貌(かお)が引きつっている。
 嗤い出してしまったら終わりだと、必死に堪えているのだ。

「これは、またまた、まいった」
「と、とにかく、か、帰れ。このままでは、おれは嗤い死ぬ」
「いや、帰るわけにはいかぬ」
「どうしてだ。いまのうちに帰ったほうが身のためだぞ」

 青竜の貌が、一変して険しいものに変わる。

「用が済んでおらぬ」
「用とは、おれたちと話し合うと言っていたことか?」
「そうだ」
「あのな、人間よ。おまえたちは、おれのことを『鬼』と呼んで恐れている。その鬼と、おまえは本気で話し合おうと思っているのか?」
「ああ、思っている。わたしは争い事を好まぬからな。話し合えば、わかり合えぬことはないと、そうも思っている」
「争いを好まぬだと? 争うのが恐いだけなのではないのか?」

 青竜は嘲(あざけ)るように言った。

「うむ、おまえの言うとおりだ。わたしは争うことが恐い」
「なんだ、認めるのか。たわいもない」
「そうさ。わたしなどは、たわいもないものだ。しかし、そんなわたしでも、考えることはできる。争いから、なにが生まれるのだ、とな。争いからはなにも生まれはしない。いや、生まれるものが、ひとつだけある。それは憎しみだ。憎しみは、また争いの火種となる。そうして争いがくり返され、心に狂気を芽生えさせてしまう。狂気はおのれを失わせ、弱き者へと鉾先(ほこさき)を向けさせる。それが、わたしはたまらなく恐いのだ。だからわたしは、この世から争いをなくしたいと思っている」
「争うのが恐いおまえが、どうやって争いをなくすと言うのだ」
「話し合うさ」
「話し合う? グクク、やはりおまえは、ただの馬鹿らしいな」
「どうしてだ?」
「話し合いで争いがなくなるなら、もうとっくの昔になくなっている」
「そうなのか?」
「そうなのかって、おまえ……、この世のなにを見てきたのだ」
「醜い争い。略奪、そして殺戮。血塗られた世界……。言い出せばきりがない」
「それを知ったうえで、話し合いをすると?」
「そうだ」
「本気でそう思っているのか?」
「そうだ」
「ガー、ハ、ハ。おまえのような馬鹿とはつき合いきれん。おまえ、狂気はおのれを失らせると言っていたなァ。この世はいま、その狂気にどっぷりと浸かっているだろうが。狂気に我を忘れているものと、どうやって話し合いをすると言うのだ」
「うむむ、確かに。それはそうだな……。おまえは頭がいいな。鬼とは、それほどに賢いものだったのか。やはり、話してみなければわからぬものだな」

 男は、すっかり感心しているようだった。

「おまえ、おれをおちょくっているのではあるまいな」

 青竜は口をつり上げ、牙を覗かせた。

「いや、そうではない。わたしはいま、すごくうれしいのだ」
「うれしい?」
「そうだ。おまえと出会い、こうして会話を交わしている。そしておまえを、ほんの少し理解した。話し合うとはこういうことなのだ」
「おれを理解しただと? これだけの会話で、おれのなにを理解したと言うのだ」

 青竜は、貌をずいっと男の顔に近づけた。

「そうだな。まずは、おまえが賢いということがわかった。そして、おまえはいいやつだ」
「なんだとう。おれがいいやつなどと、どうしてわかる」
「それは、わたしがそう思ったからだよ。なんだ、違うのか?」
「きさま、やはり、おれをおちょくっているのだろう」

 青竜の口調が変わった。
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