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【第28話】
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『まったくです』
正吉は感慨(かんがい)深げに言った。
「1週間前には、こんなことになるなんて、まったく思ってもみなかった」
紀子も感慨深げである。
『はい』
「神様って、ほんとにいるのかな」
『どうしてです?』
「だって、正吉さんは死んじゃったはずなのに、こうして私の中にいるわけでしょ? これって神様の悪戯としか思えないじゃない」
『確かに、そうかもしれません』
「でも、これにはきっと、理由があるんだろうな。そうじゃなきゃおかしいもの」
『はい』
「その理由ってなんなんだろう」
『それがわかれば、苦労はしません』
「それもそうよね」
紀子は空を見上げる。
どこまでも清んだ青空が広がっていた。
「今日もいい日和」
『はい。いい日和です』
「私ね、季節の中で秋がいちばんが好きなの」
唐突に紀子は、そんなことを言った。
『それはまた、どうしてです?』
「秋って、とても美しい季節だから」
紀子のその言葉に、正吉の中で甦ってくるものがあった。
遥か過去に置いてきた記憶。
そのときも、いまのように清く澄み渡った蒼穹が広がっていた。
小高い丘の上にある神社の境内。
横倒しにされた丸太に腰かけ、隣に坐るあの人と、ふたり並んで蒼い空を見上げていた。
そしてあの人は言ったのだ。
『わたし、季節の中で秋がいちばん好きです。だって、美しく彩りを見せてくれるのは、秋だけだから』
陽光を浴びたあの人の横顔は、とても美しかった。
その横顔を見つめながら、このまま時が止まっていてほしい、と正吉は心から願った。
その願いは悲痛でもあった。
翌日には、彼女の前から去らなければならない。
そしてもう二度と、彼女に逢うことができないかもしれなかった。
正吉の胸は、引き裂かれんばかりだった。
このままどこか遠くへ行き、ふたりでひっそりと暮らせることができたなら。
そんなことも思った。
だが、時は否応なしに過ぎていったのだった。
(あの人はどうしているのだろうか……。まだ生きているのか、それとも……、もう一度でいいから逢いたかった)
その想いは、虚しさだけを募らせた。
紀子の眼を通して見る青空はとても眩しすぎた。
「そういえば、もうひとつ約束したわよね」
またも紀子は、唐突に言う。
『そうでしたか?』
「また、惚けちゃって。ほら、遠い日の約束っていうのを、聞かせてくれるって」
『ああ。そうでしたね。実はいま、そのときの遠い記憶を思い出していました』
「そうなの? だったら聞かせて。1日早いけど」
『そうですね。わかりました』
そこで正吉は間を取った。
紀子は期待を膨らませ、正吉が語りはじめるのを待った。
だが少し、その間が長い。
「って、正吉さん。まだですか?」
『――――』
「正吉さん? あの、話したくないなら、無理にとは言いませんけど……」
『――――』
正吉は答えない。
「え、まさか、こんなときに、意識が飛んじゃった?」
『――――』
「あらら。どうやら、ほんとに意識が飛んじゃったのね。もう、肝心なときにこれなんだから、まったく」
ブツブツと言いながら、紀子はひとりになった自分を持て余していた。
とはいえ、はたからみれば紀子はひとりきりである。
そんな紀子に秋の陽は穏やかに降り注いでいた。
正吉は感慨(かんがい)深げに言った。
「1週間前には、こんなことになるなんて、まったく思ってもみなかった」
紀子も感慨深げである。
『はい』
「神様って、ほんとにいるのかな」
『どうしてです?』
「だって、正吉さんは死んじゃったはずなのに、こうして私の中にいるわけでしょ? これって神様の悪戯としか思えないじゃない」
『確かに、そうかもしれません』
「でも、これにはきっと、理由があるんだろうな。そうじゃなきゃおかしいもの」
『はい』
「その理由ってなんなんだろう」
『それがわかれば、苦労はしません』
「それもそうよね」
紀子は空を見上げる。
どこまでも清んだ青空が広がっていた。
「今日もいい日和」
『はい。いい日和です』
「私ね、季節の中で秋がいちばんが好きなの」
唐突に紀子は、そんなことを言った。
『それはまた、どうしてです?』
「秋って、とても美しい季節だから」
紀子のその言葉に、正吉の中で甦ってくるものがあった。
遥か過去に置いてきた記憶。
そのときも、いまのように清く澄み渡った蒼穹が広がっていた。
小高い丘の上にある神社の境内。
横倒しにされた丸太に腰かけ、隣に坐るあの人と、ふたり並んで蒼い空を見上げていた。
そしてあの人は言ったのだ。
『わたし、季節の中で秋がいちばん好きです。だって、美しく彩りを見せてくれるのは、秋だけだから』
陽光を浴びたあの人の横顔は、とても美しかった。
その横顔を見つめながら、このまま時が止まっていてほしい、と正吉は心から願った。
その願いは悲痛でもあった。
翌日には、彼女の前から去らなければならない。
そしてもう二度と、彼女に逢うことができないかもしれなかった。
正吉の胸は、引き裂かれんばかりだった。
このままどこか遠くへ行き、ふたりでひっそりと暮らせることができたなら。
そんなことも思った。
だが、時は否応なしに過ぎていったのだった。
(あの人はどうしているのだろうか……。まだ生きているのか、それとも……、もう一度でいいから逢いたかった)
その想いは、虚しさだけを募らせた。
紀子の眼を通して見る青空はとても眩しすぎた。
「そういえば、もうひとつ約束したわよね」
またも紀子は、唐突に言う。
『そうでしたか?』
「また、惚けちゃって。ほら、遠い日の約束っていうのを、聞かせてくれるって」
『ああ。そうでしたね。実はいま、そのときの遠い記憶を思い出していました』
「そうなの? だったら聞かせて。1日早いけど」
『そうですね。わかりました』
そこで正吉は間を取った。
紀子は期待を膨らませ、正吉が語りはじめるのを待った。
だが少し、その間が長い。
「って、正吉さん。まだですか?」
『――――』
「正吉さん? あの、話したくないなら、無理にとは言いませんけど……」
『――――』
正吉は答えない。
「え、まさか、こんなときに、意識が飛んじゃった?」
『――――』
「あらら。どうやら、ほんとに意識が飛んじゃったのね。もう、肝心なときにこれなんだから、まったく」
ブツブツと言いながら、紀子はひとりになった自分を持て余していた。
とはいえ、はたからみれば紀子はひとりきりである。
そんな紀子に秋の陽は穏やかに降り注いでいた。
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