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【チャプター 46】
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「いや、なにも僕は……」
中沢は立つに立てなくなってしまった。
「隠さなくてもいいのですよ。あなたの発するオーラの色の変化でわかるのですから」
「オーラ……?」
「はい。色の変化は口ほどにものを言うのです」
「あなたには、それが見えると」
「ええ、はっきりと」
これも口からのでまかせだろうか。
「あなたはどうやら、わたしのことを訝しんでおいでのようだ」
だが、心を見抜かれている。
「わたしは、頭がおかしいわけでも、話を創っているわけでもありません。事実をお話しているだけです」
中沢は思わずぎょっとした。
老紳士は、心を見抜いているどころか心で呟いた声が聴こえているようだった。
そうとしか思えない。
「とは申しましても、事実をお話できないのですから、そう思われてもしかたがありません。あなたからすれば、確信を得られずに歯痒い心持でありましょう。しかし、頭がおかしいと思われているわたしからすれば、いささか心外というものです」
心外と言いながらもべつだん怒った様子もなく、だが、何か思慮深げに瞼を閉じると眉根をよせた。
「あの、とにかく謝ります。ですから、もう気にしないでください。では、僕はこれで」
中沢はもう一度立ち上がりかけ、するとまた、
「お待ちなさい」
老紳士が制した。
「このまま去られてしまっては、わたしはあなたにとって頭のおかしい男のままということになってしまう。それでは、わたしの自尊心が許さない。わかりました。いいでしょう。わたしの役割の範疇を外れてしまうことですが、ある程度のことならば修正も利きますし、お話してもよろしいでしょう。ただし、ある程度というからには、お話しできないこともあるということをご理解ください」
「あ、ああ、ええ。わかりました」
中沢は話の流れでうなずいていた。
とりあえずこれで、謎めいた事実を聞くことができる。
「言うなれば、わたしは彼の守護天使といったところでしょうか」
「は? 守護天使? それじゃ、あなたは天使だというんですか」
「ですから、あくまでも言うなれば、です。本来わたしのような存在には、形容する言葉などないのです」
中沢は呆れて言葉を失った。そんな話をどうしたらまともに聞けるというのか。
謎でも何でもない。
やはりこの老紳士は頭がおかしいのだ。
それとも、ただ担がれているだけなのか。
いや、違う。
すっかり忘れていた。
ここが現実の世界ではないということを。
夢の中ならば、どんなことも現実なのだ。
「信用できないのも無理はありません。しかしこれは、創り話でも偽りでもないのです」
中沢は無言で立ち上がった。
もう何を話そうとも、聞く耳を持つ気にはなれない。
だが、中沢が立ち去ろうと足を踏み出したとき、
「彼も、あなたと同じなのですよ」
老紳士がそう言った。
その言葉に中沢の足はぴたりと止まった。
すぐにうしろをふり返る。
「それは、どういうことですか」
思わず訊いていた。
「あなたと同じように、彼もまた、囚われているのです」
「だから、それはどういうことなんですか。いや、それより、どうして僕が囚われていると……。あなたはいったい、何者なのですか」
中沢は立ち尽くしたまま、老紳士を見つめた。
「ですから、わたしの存在を形容する言葉はないのです。あなたからするならば、『得体の知れない何者か』とでも申しておきましょうか」
「ま、まさか、そんな……」
中沢は驚愕(きょうがく)した。
実際にそんなものが実在していたというのか。
「なら、この醒めぬ夢に僕を閉じこめたのは、あなたということなんですか。見てください。この顔や衣服に付着した血を。これは僕の妻の血なんです。僕はこの手で妻を殺し、そして……」
血の付着した手のひらを見つめる。
「あなたがその何者かだとするなら、どうして僕をこんな目に遭わせるんですか。僕がいったいなにをしたというんですか!」
声を荒げると、中沢は老紳士を睨みつけた。
老紳士はうろたえることもなく、その視線を受けとめた。
中沢は立つに立てなくなってしまった。
「隠さなくてもいいのですよ。あなたの発するオーラの色の変化でわかるのですから」
「オーラ……?」
「はい。色の変化は口ほどにものを言うのです」
「あなたには、それが見えると」
「ええ、はっきりと」
これも口からのでまかせだろうか。
「あなたはどうやら、わたしのことを訝しんでおいでのようだ」
だが、心を見抜かれている。
「わたしは、頭がおかしいわけでも、話を創っているわけでもありません。事実をお話しているだけです」
中沢は思わずぎょっとした。
老紳士は、心を見抜いているどころか心で呟いた声が聴こえているようだった。
そうとしか思えない。
「とは申しましても、事実をお話できないのですから、そう思われてもしかたがありません。あなたからすれば、確信を得られずに歯痒い心持でありましょう。しかし、頭がおかしいと思われているわたしからすれば、いささか心外というものです」
心外と言いながらもべつだん怒った様子もなく、だが、何か思慮深げに瞼を閉じると眉根をよせた。
「あの、とにかく謝ります。ですから、もう気にしないでください。では、僕はこれで」
中沢はもう一度立ち上がりかけ、するとまた、
「お待ちなさい」
老紳士が制した。
「このまま去られてしまっては、わたしはあなたにとって頭のおかしい男のままということになってしまう。それでは、わたしの自尊心が許さない。わかりました。いいでしょう。わたしの役割の範疇を外れてしまうことですが、ある程度のことならば修正も利きますし、お話してもよろしいでしょう。ただし、ある程度というからには、お話しできないこともあるということをご理解ください」
「あ、ああ、ええ。わかりました」
中沢は話の流れでうなずいていた。
とりあえずこれで、謎めいた事実を聞くことができる。
「言うなれば、わたしは彼の守護天使といったところでしょうか」
「は? 守護天使? それじゃ、あなたは天使だというんですか」
「ですから、あくまでも言うなれば、です。本来わたしのような存在には、形容する言葉などないのです」
中沢は呆れて言葉を失った。そんな話をどうしたらまともに聞けるというのか。
謎でも何でもない。
やはりこの老紳士は頭がおかしいのだ。
それとも、ただ担がれているだけなのか。
いや、違う。
すっかり忘れていた。
ここが現実の世界ではないということを。
夢の中ならば、どんなことも現実なのだ。
「信用できないのも無理はありません。しかしこれは、創り話でも偽りでもないのです」
中沢は無言で立ち上がった。
もう何を話そうとも、聞く耳を持つ気にはなれない。
だが、中沢が立ち去ろうと足を踏み出したとき、
「彼も、あなたと同じなのですよ」
老紳士がそう言った。
その言葉に中沢の足はぴたりと止まった。
すぐにうしろをふり返る。
「それは、どういうことですか」
思わず訊いていた。
「あなたと同じように、彼もまた、囚われているのです」
「だから、それはどういうことなんですか。いや、それより、どうして僕が囚われていると……。あなたはいったい、何者なのですか」
中沢は立ち尽くしたまま、老紳士を見つめた。
「ですから、わたしの存在を形容する言葉はないのです。あなたからするならば、『得体の知れない何者か』とでも申しておきましょうか」
「ま、まさか、そんな……」
中沢は驚愕(きょうがく)した。
実際にそんなものが実在していたというのか。
「なら、この醒めぬ夢に僕を閉じこめたのは、あなたということなんですか。見てください。この顔や衣服に付着した血を。これは僕の妻の血なんです。僕はこの手で妻を殺し、そして……」
血の付着した手のひらを見つめる。
「あなたがその何者かだとするなら、どうして僕をこんな目に遭わせるんですか。僕がいったいなにをしたというんですか!」
声を荒げると、中沢は老紳士を睨みつけた。
老紳士はうろたえることもなく、その視線を受けとめた。
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