甦る妻

星 陽月

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【チャプター 42】

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 キッチンまでの距離が、中沢にはとても長く感じた。
 それでも、何とかキッチンの入口に手が届くところまできた。
 そのときだった。
 足を咬んでいた妖鬼の牙が、ふいに緩んだ。
 と思うと、その貌が小刻みに揺れはじめた。

「うげ、ごえ、ごが!」

 口をあんぐりと開き、白目を剥いた。
 そのすき中沢は足を引き抜くことができた。
 妖鬼は髪をふり乱し、苦しげになにやらぶつぶつと言っている。

「なぜ……、おまえ……、出て……る。やめ、ろ。出て……、る……」

 やっと聞き取れるほどのその声は、意味不明のことを口走っていた。
 と、瞼が閉じた。
 しだいにその貌からおぞましさがなくなっていき、妻の顔にもどっていった。

「礼子……」

 思わず中沢は声をかける。
 その声に応えるように、妻にもどった顔は瞼をゆっくりと開いた。

「あなた……」

 声も妻のものだ。

「礼子……」

 もう一度、妻の名を呼ぶ。
 だが、それ以上の言葉が出てこない。
 妻が苦悶に耐えるように口を開く。

「おねがい。私を殺して……。私が私であるうちに……。もう、耐えられ、ない……。だから、おねがい。あなた、早く私を、早、く、殺し、て……」

 そう言うと、その顔がまた白目を剥き、妖鬼へと変貌しはじめた。
 その間、シンクまでたどり着いていた中沢は、シンクの下の扉を開き、包丁を手にした。

「かかか。そんなものを手にして、どうするつもりだあ」

 妖鬼は、怨敵(おんてき)とばかりに中沢を睨みつけ、にたりと笑った。
 と思ったとたん、

「かかッ!」

 中沢の顔に向かって跳んだ。

「うわあッ!」

 とっさに中沢は、手にした包丁を妖鬼に向かってふり下ろした。

  がつッ!

 包丁の刃が、妖鬼の額を割った。

「ぐえッ!」

 妖鬼は床に叩きつけられ、転がった。
 額からは血が滴っている。

「おのれェ、よくもやってくれたなァ」

 蜘蛛の脚と化している指で体勢を立て直すと、妖鬼は尚も向かってくる。

  かりかりかり、

 中沢は包丁を握り締め、眼を瞑って向かってくる妖鬼に刃先を突き出した。

「いげええええ……」

 包丁の刃先は、妖鬼の左の眼球に深く突き刺さっていた。
 思わず包丁を引く。
 すると、瞼を押し広げて眼球が包丁に刺さったまま飛び出してきた。
 眼球からは神経線維が伸び、それが伸びきったところで、眼球がぬるりと包丁から抜けて顎のあたりに垂れ下がった。
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