甦る妻

星 陽月

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【チャプター 25】

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「やめろ、やめろ、やめろッ!」

 怒りがふつふつと沸騰しはじめる。

「これは夢か、だって? あたり前だ! こんな現実、あるわけがない!」

 その怒りは手へと流れて、中沢はグラスを棚に向かって投げつけていた。
 凄まじい音を立てて、ガラスの扉が粉砕し床に砕け散った。
 ガラスの破片に眼を向ける。
 それはまるで、崩壊した自分自身のように思えた。

「クソッ」

 呪われた夢なんかじゃない。
 これは罠だ。
 得体の知れない何もかによって仕組まれた、
 狡猾な罠。
 そしてこれは実験なのだ。
 人間ひとりが崩壊していく姿を眺めているだけの、ただそれだけの実験。

 いや――

 中沢はかぶりをふった。

(わからない。なにもかもが……)

 もう何も考えられなかった。
 いや、考えたくなかった。
 だからこそ酒を欲し、バーボンを呷ったというのに。だが、混乱はさらに増すばかりだった。

「もう、どうだっていい」

 自棄(やけ)になり、そして思った。
 自分を罠に陥(おとしい)れている何者かが存在するというのなら、とことんあらがってやると。
 そこでふいに中沢は立ち上がった。

「そうさ……」

 酔って濁った眼の奥に、ぎらりと光るものがある。
 それは何かを決意したような、それでいて狂気を孕(はら)んだ光りだった。
 中沢は食卓を離れると、酔っているとは思えないほどの足取りで2階へと上がっていった。
 寝室のドアを力任せに開け放つ。
 とたんに廊下の灯りがベッドサイドの灯りを呑みこんで、闇と一緒に斜めに切った。
 ベッドの横に立つと、死体となった妻にかけたシーツを剥ぎ取った。
 妻を見下ろし、一瞬、哀しげな色をその眼に浮かべたが、すぐに彼女を抱き上げると寝室を出て階下の浴室へと向かった。
 浴室の床に妻をそっと横たえる。
 そして中沢は浴室を出ていき、しばらくしてからもどってきた。
 右手に何か握っている。
 黒く鈍い光りを放つもの。
 それは俗に鉄鋸といわれるタイプの鋸(のこぎり)だった。
 細かくびっしると並ぶ刃の鋭さは、獰猛で残忍な鮫の歯を思わせる。
 何もかもを、ズタズタに切り裂いてばらばらにする容赦のない非常な刃に。
 その刃をいま、中沢は妻の身体に突き立てようとしている。
 もう動くことのないただの肉塊となった身体を、鮫の刃でバラバラにしようとしている。
 そうしなければ、妻は生き返ってくる。
 なんどでも。
 そしてまた、その妻を殺すことになるのだ。
 そんな日々がこの先もつづいたなら、自分の精神のほうがバラバラになってしまう。
 もうごめんだ。
 こんな茶番は、自分の手で終わらせなければならない。
 中沢はふらりと妻の傍らに膝をついた。

「礼子、ごめんよ……」

 そう声をかけると妻の右腕を取り、床に押さえた。
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